第161話 合流

 全身が重い。

 思った以上に、火傷とその回復で体力を消耗していたみたいだ。

 アシストスーツを着て、筋肉はそんなに使っていない筈なのに嫌な汗が止まらない。

 完全に体調を崩している。

 あまり身体に良くないのだが、解熱作用をするプロスタノイド系を少し生産する。

 前でカンガルーの肩に乗っていたのじゃロリが少し首を動かしたが、こちらは向かなかった。

 気付いたが知らんぷりしてくれたみたいだな。

 いや、どうでもいいからスルーしたのか。カンガルーが過剰反応するのは面白くないのだろう。

 体の熱は急速に退いていくが、急な体調変化に汗を冷たく感じ始め身震いした。

 アトムスーツの吸湿を一段階上げる。


 今俺たちは、獣道を伝って少し遠回りしながら早歩きで合流場所を目指している。

 作戦の全容をロリに見せたくなかったのだが、付いて来るとダダをこねたので、ハシモト重工たちも含めまだ皆一緒だ。

 このまま最後までついてきたら、ロリとか真本たちの前でスフィアネットワーク全域起動して、且つ対策ソフトと戦闘ソフトの配布を行わなければならない。

 後ろから撃たれる心配しながら最終局面に挑む事になる。

 最悪だ。

 いや、ロリが働いてくれれば使わずに乗り切れるか?

 ここまで手助けしてくれるのは想定外だよな。

 こいつらがいる前じゃ相談も出来ないし、接敵が無いから戦闘ソフトの更新も止まっている。今のままでも十分役立つが、やはり擦り合わせはしておきたい。対策ソフトに関しては、現地で展開する分には問題無いかなあ?

 ロリにはもうバレてるし。

 何も指示が無ければその方向でいこう。


 茂った木々で空は見えない。ライト無しなので足元は肉眼だと真っ暗だ。今二十一時か。


”良い子は寝る時間だよな”


 一番後ろで対人地雷を設置する悪い帽子を流し見て俺が呟くと。


”あっしは悪い子だで。夜更かし大好きじゃ”


 ロリはブラブラと足を遊ばせてカンガルーにウザがられている。


”そんなにわっしに付いて行かれたくないのか”


 まぁそうなんだが。


”子供が付いて来る場所じゃない”


”おのこは十代に見えるの”


”俺は別だ”


”わっしもじゃ”


 こいつは口喧嘩に慣れている。

 口下手の俺では勝てる気がしない。

 こういうのと争ってはいけない。

 勝てない奴への最適解は、同じ土俵で争わない事だ。


”湯沢の辺りまで南下して警備の薄い所を抜ける。その後合流する予定だが、作戦の進行度合が不明だ。場合によっては、代行と貴様はその場に残す事になる”


 そうだ。金持。それで良い。


”なんでぇ。わっし抜きで宴会か”


”弾が飛んでくるのは前からだけではない”


”追い込んだ後一気に周りを掘るんじゃろぅ?”


 カンガルーが怒りを隠さず唸った。

 なるほど。

 んで、現地で塹壕構築か。確実に包み殺すんだな。絶対に逃さないという積年の恨みを感じる。

 でも、現地にどうやって持ってくんだろう?


”今更なんじゃい。真本らも知っとるわ。のぅ?”


”橋本重工としては、拠出のみで作戦は一任しておりますので全容は関知しませんな”


 イケオジは紳士だ。


”わっしだけが悪者か。ふん”


”いくら貴様でも、飛んでくる弾全て把握することは出来ないだろ。次期当主がこんな処で脳みそぶちまけて良いのか”


 むくれてしまったロリをカンガルーが諭す。


”何故、わっしらが三人だけだったと?”


 声色を変えて感情を押し隠したロリにカンガルーは足を止めた。


”追ん出されたのよ。此度がしくじれば、わっしの一存で無かった事にする腹づもりじゃ”


”舞原家らしい立ち回りですな”


 イケオジの突っ込みにロリは鼻に皺を寄せ、皮肉気に歯を向く。


”勝って帰ればわっしが官軍じゃ。手の平返して歓待だで”


 舞原ってそういう奴らなの?

 そういや、お付きのカタクラフト部隊やモデルたちはどうしたんだろう?

 置いてきたのか、殺されたのか、取られたのか。


”行くところが無ければうちに来い。酒場の給仕くらいなら空いてる”


 流石のカンガルーも哀れに思ったらしい。


”基盤管理くらい任せんかい!”


 俺らは負けるつもりは毛頭無い。

 このロリは作戦に関しては舞原の勢力と情報共有してないのかな。

 こいつくらい出来る奴が使い捨てとは。恐れ入る。

 まぁ、仕事の出来る出来ないは必要不必要とは関係ないしな。

 もったいない話だ。


 いや、このロリは織り込み済みで立ち回っているのか?

 しょんぼりしたフリしてるけど、凱旋すれば株上がり放題だよな。

 カンガルーと愉しく作戦行動出来て、帰ったら諸手を上げてお出迎え。


 ふと見上げると、ロリが横目で俺をじっと見下ろしていた。

 一瞬だけ厭らしく嗤った後、健全な笑顔に戻ってカンガルーの頭をギュッと抱える。


”来たぞい”


 二つ向こうの尾根近くで破裂音がした。

 俺らが通ってきたルートだ。


”あー。愚かな奴らじゃ。もろ被りしとる。無菌者がおらんな。別行動か?”


 ロリの前で使うのは気持ち悪いので、体外ファージ誘導は今は使っていない。

 さっき公開してしまったスフィアの有効範囲は、常時電磁的に索敵してあるが、爆発があったのはその範囲外だ。


”何人喰らった?”


 帽子が聞いたらロリは即答する。


”四十八人中十八人負傷、動かぬのが二人。あれは、道をなぞっとったな。上杉の奴はあそこにはおらん。西の川沿いはガードが厚くてよく見えんが、隠れてるならそっちだいの。これだと何組かに分かれて山狩りしとるな”


”夜の索敵は難易度が高い、わたしらの跡をつけてきただけで褒めて良い。でも移動方向は特定されたな。南への追い込みが早くなる。早めに西に抜けたい”


”速さ重視なら、少し浮くかいの?”


 カンガルーが立ち止まった。


”全員?出来るようになったのか?”


”あまり大っぴらに使うと周辺全域のナトリウム含有量が下がるで、全員だと三十秒くらいが限界かの”


”頼む。そこの尾根に出たら川まで一気に下りたい”


”頼まれた。距離も稼げそうじゃの”


 浮くって、ファージで菌糸みたいの作って浮くアレか?

 十三人全員って、一トン以上ある。

 俺も使えるけど、ロリくらい軽ければ兎も角、地面に跡を付けずに三十秒も浮かせられる構造が想像出来ない。


 川沿いの岩原辺りでは良い場所が見付からず、ぐるっと回り込んで土樽まで南下した。

 薄っすらと谷川岳が見えてきた。


”これ以上南下するとみなかみの手勢に気付かれますぞ?”


”森が薄いが、月が曇った時に行くか。大きい雲で陰るまでそこの岩場で小休止だ”


 イケオジの一言からカンガルーの号令で、皆一旦足を止める。

 西の山間に霧に霞んで鉄橋が見えるが、あれは使われなくなった上越線だろう。

 ナチュラリストの支配圏で使われてる鉄道はあるのだろうか?


”金持、今降ろしていいか?”


”目立つから止めた方が良い。フライボードに載せて降ろすとか出来ないのか?”


 流石に出来ない。


”事前に載せておけばな”


 上に戻したジェットスーツをフライボードもとりあえず格納してあるだけだ。後で降ろして整頓し直さないといけない。


”呼んで荷下ろしして安地までまた上げるのに七分かかる。必要なら言ってくれ”


”分かった”


 腰を下ろしたいが、座ったら立ち上がれる気がしない。

 足首を回すだけにしておく。

 ソールが汗でぬかるんで、じっとりと冷えてしまっている。

 足の指先が冷たくかじかんでしまった。

 この靴はもう駄目だ。

 ここでは直せないし。保険は有るが、トンネルから修理依頼出せるはずがない。

 洗浄してお蔵入りだな。

 喰わず嫌いせずに、一本下駄に慣れないとか。

 これでアシストスーツまで逝ったら、俺は山を歩けなくなる。


 暗い中足元ばかり見ていたら、隣に来た青柳に背中を叩かれた。

 そうだ。

 油断しすぎだな。

 ここは敵地だ。のじゃロリが見張ってるとはいえ、気を抜いたら一瞬で頭が弾ける。

 そもそも、あいつはカンガルーの味方だろうが、俺の味方じゃない。

 いざとなれば、笑いながら平気で見捨てるだろう。

 振り返ると、偽装しながら一番後ろを歩く帽子の向こうに、木々の隙間から尾根が少し明るく見えた。


 尾根の向こう、見えないファージの動きに目の焦点を合わせる。


 サーチはしていないのだが、二つ三つ北の山の斜面が澱んでいるのが感覚で分かる。多分、ファージの大規模操作をしている。内容は分からない。

 細かく知りたいが、のじゃロリにも奴らにも気取られたくない。

 今回は我慢だ。絶対に調べない。なんとなく意識だけしておく。


 前に目を向けると、下の方に道路と鉄橋が見えてきた。

 バラックでも建てられているのだろうか?高架下一帯に明かりがちらほら見える。

 隊列は止まり、俺の管理してるスフィアとロリの誘導してるファージで走査を開始する。


”どこ担当だ?予定より進んでないぞ?”


”うちだ”


 単眼鏡を覗いていた帽子が見えてる奴らにマーカーを付け始めた。

 まぁ、仕方ない。追い込み人数がバレて、舐められてるんだな。

 任せた奴らは無事なのだろうか?

 生きてれば近くに潜んでいるんだろうが、まだ連絡は取れていない。

 戦闘アプリ渡しておけば良かったか?

 いや、オフラインで渡して奴らに解析されたらそっちの方が問題だよな。


”この辺りには餌が無い、数日中に工場に戻るだろうが・・・北上して合流されると面倒だな”


 包囲中後ろからノコノコ出てこられたら厄介だ。


”ああ。我慢できなかったんだな。仲間を喰ってる”


 そういう事する奴らなのか。


”想定内だ。このまま合流して追い込みを続ける”


 このまま休んでいる所を襲撃するのか?

 後ろから追われてるのに?


”おったが、二人しか見えんのう。わっしから連絡取るかいの?”


 早いな。どこだ?


”止めてくれ。ショックで自分の頭を撃ちかねん。山田。スフィアでコンタクト頼む”


”了解”


 とは言ったものの、まだ見付けられていない。

 慌てて動かすと見付かる可能性が高いので、帽子の設置したマーカーと整合性を取りながらじわじわと探索範囲を広げていく。

 のじゃロリが俺のスフィア展開手順をじっとり視てて嫌な感じだ。

 奴らのキャンプの直ぐ近くに伏せている人影が二つ。

 近いな!よくあそこで見付からないな。

 近づいてびっくりさせないようにしないと。

 上からレーザー通信打つか。


 上の高架はボロボロで人が載れる状態にはなっていない。

 誰もいないし、警戒も無いだろう。

 霧に紛れてから、高架を挟み遮蔽になる位置でスフィアを近づけていく。

 照射が目立たない時を狙って一発打つ。

 肉眼ではまず見えないが、万が一があるからな。


”山田だ。無事か?今近くに戻った。上の高架の陰にスフィアを配置した”


 直ぐにスフィアに向け通信が来た。


”いつ来た?気付かなかった”


「山田。繋げるぞ」


「ああ」


 カンガルーが割り込み、状況を確認する。

 定刻を過ぎても動かなかったから拠点を焼き払ったらここに居座ってしまったらしい。

 人数もなんとなくバレているらしく。緊急対処必要な脅威とは見られていないっぽい。


”全員直ぐに行動開始出来るか?”


”待機組は問題無い”


”作戦を続行する。カエデコ殿が後方を抑えている間にここは殲滅する”


 なんか話が違くね?


”次の指示まで指定の位置にて待機。追ってプログラムの起動確認のみ行う。作戦行動は三分を予定。通信終了”


 俺の知らない所で別の話が進んでいるのか?


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