第160話 火事場

”なんか俺。こういうの得意かも”


 ジェットスーツと並走して突入角を調整しながらレーザー通信で呟く。


”何だ?デスフラグか?”


 切り終わった赤鬼が一息ついて俺に応えた。

 カンガルーは目視で俺に気付いて、少しハンマーで調整している。

 壁は鉄骨が多かったから窓を取っ払ったみたいだ。


 銃声はしているが、明後日の方向に向いていて俺や金持たちには当たっていない。

 のじゃロリが力技でマーカー一人ひとりに向けて平面画像で別の位置に俺を見せている為だ。

狙われてないと分かっちゃいるが、もしもは常にある。ヒヤヒヤするのを喋って誤魔化す。


”こういう奪還任務”


”あぁん?”


”今の所成功率百パーセントだ”


”それは心強いな”


スフィアやサーモでは良く見えなかったが、ハンマーを杖に仁王立ちしていたカンガルーと下の階からの炎で陽炎みたいに揺らめきながら誘導している赤鬼が肉眼で見えてきた。

 良かった、ちゃんとマスクしていた。

 こいつらだと息止めて余裕で動いてそうなんだよな。心臓に悪い。


”ジェットスーツは噴射かけたくない。軽いからキャッチしてくれ”


”青柳。だそうだ”


”はぁ俺ぇ?!”


 言いつつも前に出て手を広げる赤鬼にジェットスーツを突っ込ませ、フライボードは丁寧に着陸させる。

 天井にも火が回り始め、完全に殺しに来てる熱風が巻き上がってアトムスーツごと燃えそうだ。


 近くでよく見たら、元タコは欠損が多すぎる上に生焼けで少し丸まって意味不明な形状になってしまっていた。

 これ人間なのか?

 スミレさんと映画館で見た元人間たちよりはマシなんだろうが、これで生きてるとか、人間辞めてる感が酷い。

 かなりちょん切ってスリムになっているが、それでもまだ触腕が多すぎて、頭も内臓もどこに有るのか。水中じゃないので自重で潰れてて余計分からん。

 青柳は鼻歌歌いながら器用にジェットスーツに括りつけている。

 ボーっとしてる場合じゃない。

 この後まだ銃弾の雨の中飛んでいかなきゃだ。


「なあ。噴射口は調整出来るのか?」


 ふと手を止めた青柳がエンジンを触って手を引っ込めた。


「問題ない。俺も手伝う」


 金持は、延焼を遅らせる為に燃えるものを蹴り落としたり、壁を崩したりしている。

 ヤバい。スパイク生やしたのに、床からの熱伝導で足の裏が燃える。

 下の六階はもう八百度近くある。


 安全帯をギュッと絞めると、悲鳴を上げて触腕全体が収縮する。

 血なのか水なのか、ブシュッと吹いて更に縮んだ。


 何度かエンジンを吹かしてから青柳に持ち上げて補助してもらいながら押し出すと、ジェットスーツは暗闇に消えていった。


「これでいい。フライボードに乗れ。維持出来ないから接地前に降りろ」


「「了解」」


 ファージが機能する位置までは俺がレーザーで三男を縛り付けたジェットスーツを誘導する。

 ファージが生存出来てる温度圏に入れば、以降は自動操縦にしても、のじゃロリが電子的にガードしてくれるだろう。

 後は俺ら三人がこのボードから落ちて怪我しないよう注意するだけで良い。

 降下ポイントは既に設定して下とも連携してある。


 ボードちょい出してと。

 ぐえぇ。焙られてる訳でも無いのに、風上でも下の階から放射されて凄まじい熱だ。

 風でも吹かせたいが、燃え上がると困るし、そもそも、ファージが死滅しててこっちから操作不能だ。畜生。こういう時、操作誘導が接続頼みだと弱い。

 音響操作出来るつつみちゃんが羨ましい。


「おし飛び乗れ」


 二人が飛び乗りやすいよう少し傾ける。

 遠慮なく飛び乗ってきた二人の重さに耐えきれず、ジェットが唸りを上げる。駄目だ。既に過熱されててオーバーヒート気味だ。


「む」


 カンガルーが上を向く。

 湿度を伴ったキンキンに冷たい風が上から一気に吹きつけてきた。

 のじゃロリ!グッジョブ過ぎる。

 冷たい吸気に息を吹き返したエンジンが元気に回り、なんとか落下とは言えない速度になった。

 でもまだきついな。

 このままだと三人ともぺちゃんこだ。

 目算、接地までにエンジン吹かす高さが十五メートルは欲しい。


「高度二十メートルで俺が降りる。二人は安地まで乗ってろ」


 ルート表示させ、片手を離したらカンガルーに腕をがっしり捕まれた。


「大丈夫だ。靴がある」


「壊れてないのか」


 うん。大丈夫。機能している。


「放せ」


「信じるぞ」


 もう二十切ってる。ニヤッと笑ってカンガルーを振り払い急いで飛び降りる。


 俺が飛び降りると、一瞬ジェットの熱を被りスーツが冷却の為にギュルンと脈動した。エンジンの唸りが一段階上がる音が遠ざかりながら聞こえる。

 まぁ、あれなら大丈夫そうだ。

 問題は俺だ。

 真っ暗な地面が迫る。降下ポイントからは民家三つ程離れてるが、パッと見ここが一番着地し易かった。

 レーザー通信は遮蔽で届かなくなり、回復し始めたファージ接続で、ピアス君とそのダチが民家の隙間をすり抜けて俺の落下地点に走ってくるのが見える。

 こんな高所から飛び降りるのはつつみちゃんとルルルの所に内緒で向かっていった時以来だ。

 アシストスーツ有りで十メートルなら余裕だった。

 スペック的にはこの靴だけで二十メートルから飛び降りても問題無い。

 ファージで網作って空気抵抗を上げたいところだが、濃度が足りなくて組み上げられない。

 靴を信じるしかない。


 接地!


 思っていた以上の衝撃が全身に奔る。

 靴から嫌な音が伝わる。

 ミシリとくる骨への荷重に耐えきれず、そのまま何度か前転して加重を殺す。

 背骨逝ったか?

 急いで体内のファージ走査。

 うん。一応、身体の方は直ちに影響は無いな。アトムスーツも大丈夫。

 でも。


「逝ったな」


 超々高級、STCのマイシューズが完膚なきまでに破損した。

 外観的には両方ともソールが少し沈んだ程度だが、電子的な機能は全部逝ってしまった。高熱でヘタってた処を落下の加重でダメ押ししたみたいだ。

 結構ショックだ。


 フラフラと壁際に寄る俺を見つけて、ピアス君たちが駆け寄ってきた。


「いきなり跳ぶから焦ったぜ。早くクイーンのテリトリー内に入るぞ。ん?どこかヤったか?」


「いや。靴が壊れただけだ」


 兄ちゃん二人が唸る。


「もったいねえ・・・」


「心中察する」


「ああ。はぁ。行こうぜ」


 まだ夜は長い。




 降下ポイントにはもうカンガルーたちはいないので、合流ポイントに向かう。

 クッション性ゼロの慣れないソールで一歩のストロークがかなり短く感じる。

 暗闇の森の中、音も少なく登っていく兄ちゃんたちに付いて行くのがやっとだ、肉眼だと後姿もよく見えないから、周囲の地形はスフィアによるワイヤーフレーム表示でナビ頼みだ。

 接地面の調整が効かないから、足首への負担が凄い。

 普段どれだけ靴に任せっきりだったのかが分かる。

 機材頼みだったツケだ。いずれ補助無しで少しずつ慣らそう。


 生きて帰れればな。


 焦げ臭いにおいがしてきた。

 茂みをかき分けると、ステルスかけた一角で皆が装備の点検をしていた。

 青柳が穴を埋めてる所だった。

 青柳も金持も薄着だ、コートは駄目になったか。

 まぁ、あの中生き残れたんだ。

 コートくらい安いもんだな。


「ヤマダ。怪我は?」


「お。ボウズ動けたんだな」


 青柳はタンクトップがヌットヌトに濡れている。

 ノーブラなんだよなあ。

 頭から組織補修材を被ったな。矢張り相当な火傷だったらしく、全身から補修材が可動する湯気を上げている。

 シャベルを拭きながら寄ってきた青柳と、補修材のパックを持って近寄ってきた金持を見て、後ろでのじゃロリが呆れている。


「主らは自分の心配しとれ。ホイル焼きのミディアムレアじゃったぞ」


 俺だったらそれは死んでる。


「イイトコの出の方々と違ってトンネル育ちは丈夫だからな。心臓と頭さえ茹らなきゃどうとでもなる」


 バンバン俺の背中を叩く手が、微妙に火傷している部分に当たって激痛だ。

 目敏いカンガルーに気付かれた。


「スーツを脱げ。この後また移動だ。そのままだと皮膚が溶けるぞ」


「そこまで酷くない」


「いいから脱げ」


 カンガルーが首元に手をかけてぶっ壊しそうだったのでアトムスーツのロックを解除する。

 背中全体を山の空気が冷たく刺す。割と酷かったのか?

 バックパックのはめ込み部分からスーツ越しに熱が伝わり、その部分がじんわり火傷したっぽい。

 火傷は見た目より痛みが大きいからな。

 平気で動いてるカンガルーと赤鬼はオカシイ。


 スミレさんより温かい手だ。

 カサついていて爪が少し肌に刺さる。

 戦士の手だ。


「良いコートだったんだな」


 埋まった穴を名残惜しそうに見ていた青柳に声をかけた。


「ボウズの靴程じゃない。まぁでも、千度に十五分耐えられる仕様だ。熱がこもっちまって流石に着たままだと丸見えになるからな。薬莢も溶けてブヨブヨにくっ付いちまった。危なくて持ってけねぇ」


 あっぶな。

 危うくもんじゃ焼きになるところだったな。


「銃も中が溶けてグズグズだ。無事なのはシャベルだけだな」


 青柳はくるりとハンドシャベルを掌で遊んでまたホルダーに仕舞った。


 装備少し降ろすか。


「後何分ここにいられる?」


「三分かの」


「二分」


 スコープを睨んでいた帽子がロリに言葉を被せた。


「エルフが一人残っていた。無菌者だ。マーカーがまだ打ててない」


「むう。一度も引っかかっとらんのう。小癪な」


 それはまずい。


「どこだ?」


「おいまだ動くな塗ってる途中だ」


「川辺にチラッと一瞬見えた。直ぐ見失った。指揮系統は立て直されつつある。たぶんそいつ主導だ。救出はバレてる。直ぐにここに来る」


 ああ。なら駄目だな。間に合わない。

 雲の中に隠してあるが。降ろして、装備出して、また安全な位置に上げるのに七分はかかる。


「移動しよう。ルート上の安地有ったらそこに装備下ろす」


「橋本代行は大丈夫かの?」


「既に準備は出来ております」


 応えたイケオジの背中に、背負子で背負われた肉の塊が見える。

 黒伏二人が治してるのか傷つけてるのか、チクチク縫っている。

 べちゃっと力なく垂れて生きているようには見えないが。


「はぁ。おのこの飛行機でツィっと飛んで行きたいのう」


「人が乗れる仕様じゃない」


 物資輸送と索敵特化で生命維持とか度外視されてる。

 人乗せる事考えると色々増えて逆に重量がキツイんだよな。

 ジェットスーツとボードは使えるが、全員は載らないし、音も凄い。

 霧の中逃げながら遮音する手間で電子防御してお釣りがくる。


「金持、俺の銃持っててくれ」


「うん?お前の武器はどうするんだ」


「ファージがある。それに、歩くだけで手一杯だ。無人機降ろしたらそこで武器変えてもらう」


「分かった」


「青柳、あたしの銃持て」


「ああん?やなこった」


「一発だけ撃っていい」


「五発だ」


「二発」


「六発にするぞ」


「二発まで」


「おい遊ぶのは帰ってからにしろ」


 カンガルーがイラッとしている。


「青柳はエルフを仕留めるのに二発以上使うのか?」


「ばっか!初撃で止めて次でミンチだ!三発なんているかよ!」


「追ってくるエルフはどうせ一匹」


「くそっ!二発だ!弾くれ!」


 そりゃ俺だって撃ってみたいけどさ。

 長いし、脚コミで三十キロ近くあるんだよな。

 赤鬼は軽々と担いでるけど、今着てるこのアシストスーツじゃガサ張って取り回しが手間だ。

 あの牧場で使ったダンゴムシ持ってこれればな・・・、調子に乗ってコロコロ転がったらアームがイカれたので二ノ宮の倉庫に降ろしてしまった。


「アライ。土嚢の隠ぺいはもういい。直ぐ出発だ」


「了解」


「なぁ。やっぱ三発にしねぇ?」


「お前はタマ撃つ事しか考えてないのか?」


 カンガルーが半眼で赤鬼を睨む。

 赤鬼は俺の方を向いた。


「別に、俺だって銃以外の事・・・」


 何故俺を見るのか。


***

2/14 同じ文章が2回続けて貼り付けられていました。申し訳ありません。

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