第159話 天守閣へ

 べったりと地面に伏せた帽子は、足裏に当たる部分に積んだ土嚢を何度も細かく調整していた。


”丁度良かった。真ん中の土嚢を上から少し潰してくれ”


 俺が踏んだ後踵で押し込んで、スコープで覗いて押し込んでを繰り返している。

 弾は全部、手元に広げた止血帯の上に並べていた。


”スポッターは要らないのか?”


”全部見えてるのに?”


 そりゃそうか。


”都市圏でこのやり方はデフォなのか?”


 あえてロリが聞いている所でそう聞いてくるとは、要らぬ心配させてるみたいだな。


”俺の個人的な趣味だ”


”そうか”


 微かに目の端を歪めた帽子は、旅館内にある的の一つに銃口を合わせた。


”気付かれたな”


 素振りは見えないが。


”六階に詰めてる八人がいるだろ。左奥の二人、上杉の技術者だ。一瞬ファージ操作の動きをした。マイバル殿”


”見とる。準備は出来ておるぞ”


”ヤマダ。接続タイミングはギリまで粘れ。カモチを信じろ”


”分かってる。銃声までだろ?”


 スフィア越しに何枚か表示させた画面では、連携をとった金持たちが生体モニターを持っていない奴らが張っている場所を二方面から確実に落として近づいていっている。サイレントキルの連携が神がかっているな。

 テックスフィアもファージも無しでアレは、舌を巻く。


 ここから全員の位置は分かっているが、付近のスフィアから個人個人に指向性で飛ばしているだけだ。全員をネット接続共有すると連携は格段に上がるが環境構築したことは奴らにもバレる。

 以降はネットワークへの攻撃にも対処しなければならない。

 そして、解析されたらこっちが丸裸になる。

 バレたらバレたで、こちらからも堂々と攻撃できるし、のじゃロリが色々仕込んでいるから、そう簡単にはいかないだろうけどな。

 明日の作戦をスムーズに行う為、ネットで攻撃してきた奴らに反撃する場合確実に沈めなければならないのが手間だ。


城の周りには有象無象がうじゃうじゃいるが、カンガルーたちは既に三階まで到達した。生体モニター付きばっかりがこの階には十人近くいる。

 殺せば町全体にバレるだろう。

 四階と五階には三人ずついるが、五階の三人は腰を振っているからどうとでもなりそうだ。

 生きてるのと死んでるのが折り重なった山が同じ部屋の中にある。

 冷たくなっていく一人がその山に投げられた。

 タバコを吸いながらゲラゲラ笑っているのがサーモグラフィーで判別できる。


”うぇ”


 一瞬目を離した間に、三階の十人をスタングレネード無しで一発も撃たせずに制圧した。


”ふん”


 俺が驚いたのを見て、当然だろとでも言うように帽子が鼻で笑う。


”でも気付かれたぞ?”


 生体モニター持ちも殺した。


”まだだ”


 分かっちゃいるが、やきもきする。

 奴らも連携を取り始める。

 難易度は格段に上がる。


”ジャミングもかけない方が良いのか?”


 のじゃロリに聞くが、腕を組んでじっと俯瞰図を見ている。

 四階の奴らは完全に警戒している。

 五階の奴らは慌ててズボンを穿いているようで、倒れていた奴が起き上がって入口に走って逃げようとしたのを撃ち殺した。

 しゃがんだ俺の目の前には寝っ転がってスコープを見ている帽子の左手が出ている。いつまで粘る?

 今の銃声で全員が警戒態勢に入った。

 撃ったバカは殴られている。

 ああ、インカム付けてるな。ファージ無しで外部機器使って電磁波通信か。

 こっちの接続開始と同時に通信不能にしてやんよ。


 三人が二、一で別れて客室のドアの内側に張り付いている所に金持と青柳が近づいていってる。

 窓から入った黒コートの一人が通路の反対から音を立てたみたいだ。

 ドアに張っている二人組のうち一人が窓を見に行った。

 窓に顔を近づけたところを上に張り付いていた黒コートがガラス越しに頭へ何かを打ち込んだ。

 ガラスは割れておらず、文字通り頭を釘打ちされたそいつは立ったまま即死だ。

 扉の前にいた奴が銃口を窓に向けたタイミングで金持が突入。

 もみ合いしている。

 反対側のドアが勢いよく開き、飛び出てきた奴に青柳が組みついたが、位置が悪い。ああ。ど真ん中じゃねぇかよ。


 スフィアにも届く鈍い音。

 腹を撃たれた。

 青柳は向けられてた銃の前で両手を回して何かしたみたいだが、ワームからは良く見えなかった。

 サーモでも良く分からない。

 見間違いだろうか?青柳は腹を掻いているように見える。

 危なげなく無力化した金持と頷き合っている。


”あいつどうなってるんだ?”


 帽子はクスリと笑った。

 左手は俺の前に上がったまんまだ。


 黒コート二人はそのまま外から攻めるのか。

 暗くなってるこっちの東側からクライミングしている。

 動きが人ではなく蜘蛛に見える。

 ファージの網がかなり分厚く張られているのに、気付かれていない。

 ああ。階段は完全に塞がれたな。

 どうするんだ?


 五階の窓に到達した黒コート二人は、止まらずにそのままガラスを割って中に入る。

 死体と半死体で出来た山を土嚢代わりにクソ野郎のうち一人をハチの巣にした。

 帽子が手を下ろす。


”つなげ”


 待ってました。


 スフィア経由によるファージネットワーク共有。

 同時に電磁波通信には範囲限定でジャミング開始。


”ギャハハハハハハ!!”


 つないだ途端、バカ鬼のバカ笑いが耳に響いて慌ててボリュームを下げた。

 バカ鬼は散弾をバラ撒きながら残ったクソ野郎二人が潜んでいる通路の陰にノシノシ近づいて行ってる。


「あのバカ」


 帽子がオフラインで愚痴った。

 通路の際から生えた銃口を器用に躱して接近戦に持ち込んで一瞬で二人を片付けた。


”不味いのう。荒井よ。六階の奴ら止められるかいの?”


”七階に行かせなければいいのでは?”


”そうなんじゃが。あ”


 六階の奴ら、階段を警戒せずに分散して何をやっているのかと思ったら、火を付けた。

 元々燃料を持っていたのか、瞬く間に六階全体に燃え広がっている。

 慌てて外から上に行こうとした黒コート二人を金持と青柳が引っ張って止めていた。


 的だぞ!


 案の定、周囲から丸見えで撃たれ始めた。

 それを皮切りに各所で銃撃が始まった。

 さっきのあの時間だけでマジで陽動に銃渡せてたんだな。

 ああ、中には引っ込んだが・・・。あ。六階のやつらは動かなくなった。

 あれは煙に巻かれて即死だな。


”状況は?”


”・・・ない・・、負傷者無・・・続行、だ”


 周辺のファージが燃えて接続不良を起こしている。続行は良いが、もう六階は火の海だぞ。七階にも直ぐ火の手は回る。


”失敗じゃ。金持。下がれ。燃えて支援が届かん”


”耐火・・れてる。回・収は可能だ”


”あのタコ背負ってどう抜ける?無理じゃ”


”退路の確・保・・頼む”


「タコなど捨て置け!!主のが大事じゃ!」


”落ち着け”


 声出すなよ。


 金持と青柳が火の回った六階の階段を駆け抜けて七階にある三男監禁部屋に入って行った。他の奴らは一階部分の警戒に入っている。六階の消火栓が作動しているが、焼け石に水だ。周辺のファージは燃やされてしまったのでレーザー通信に切り替えた。


 金持の持っているカメラで良く見える。

 少し炎が回り始めた中、壁一面に触腕を広げられて浅黒いタコが磔にされていた。

 いや、・・・タコじゃないな。何だこいつ。

何度も切れて生え変わった触腕の塊が、金属の杭で壁一面に引き延ばされて打ち付けられている。小さい触腕や自由に動く部分はヌラヌラと鼓動しているが、その動きは弱弱しい。

 何でこれで生きてられるんだ?

 青柳が打ち付けるのに使ったであろうハンマーを目敏く見つけて、杭に向けて振り下ろす度に、耳障りな金属音がしてその度に触腕全体がミチミチと高速でのたうつ。


 いつの間にか隣に来ていたイケオジが、部下二人と一緒にのじゃロリに首を垂れている。


”どうか”


 苦々し気にイケオジを睨んだロリは俺を見た。


”おのこ。良いもん持っとったの”


 やっぱそう来る?


”無人機だろ?もっと良いもんあるぞ”


”出してみい。あっしが買うてやろう”


”一品ものだ。貸すだけだ”


 既に無人機は近づけてある。

 こいつもそれに気付いていたのだろう。


”おっさん。三男は足を捥いでも死なないのか?”


”ほほう?”


 ロリが嬉しそうだ。


”代行殿はそんなに軟では御座いません”


 胸を張るイケオジ。良し。


”金持。聞こえたな?三男様の足を全部捥げ。百三十キロ以下にしろ”


”了解”


”ギャッハッハッハッハッハッ!!どれが当たりだぁ?!”


 金持からの映像で、バカ鬼が血みどろで笑いながら銃剣を振っているのが見えた。


”オラもっと力抜けっ。ムスコに刃が通らねえぞぉ!!”


 人の声ではない。タコの悲鳴が聞こえる。


 バカは放って置いて、降りてきた無人機からジェットスーツとフライボードを外す。

 タコを縛り付ける為に安全帯も多めに持っていこう。


”どっちに乗っけるんじゃ?”


”ジェットスーツに縛り付ける。ボードじゃ肉を吸い込みそうだ。人型じゃないと安定しないから離陸時は俺がエスコートするよ”


”ちょっと待て。何をしている”


 アシストスーツを脱ぎ始めた俺に帽子が待ったをかけた。


”これならフライボードに一度に三人乗って降りるくらいできる”


”蚊トンボじゃ逃げる時息切れする”


 そこまでか弱くはないつもりだ。

 言葉を遮って、帽子の隣に俺の銃と弾を置いた。

 あの火の中に火薬持って突っ込みたくはない。

 まだ何か言いたげだが、スルーする。


”いざとなったら青柳にお姫様だっこしてもらうわ”


”おう!任せろや!”


”おのこや、ネットに攻撃が始まったぞ?”


とは言うものの、のじゃロリは気付いた傍から沈黙させていってる。


”粗方片付いたが。さて、どうだかの”


 ファージ操作してる奴はあっという間に居なくなった。

 瞬殺かよ。


”青柳。壁デカめに穴開けといてくれ。突っ込む”


”おうさ!”


”あたしがやろう、お前は脚を丁寧に捥いでおけ”


”はぁ、しゃーねーな。こいつ動くから切りにくくって”


”代行殿・・・”


 イケオジが色々な感情に塗れてプルプルしている。


 アシストスーツが無い状態でフライボードに乗るのは初めてだ。

 制御は直通だから関係ないが、撃たれて落ちた時を考えるとヒヤリとする。

 フライボードもアトムスーツも防弾性能なんて皆無だ。


”安心せい。あっしがフルサポートするでの。見付かりゃせんわ”


 頼むぞ。

 後、心読むなよ。


「シシシ」

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