第158話 作戦開始
情報の把握が出来ないまま動かなければならない時は多々ある。
出来るのにやらない理由は無い。
時間を合わせて、イケオジの手下にバカスカ撃ってもらった。
まだ薄暗い中、民家の二階の窓から顔を出して撃っているのがここからでも見える。
”おい。大丈夫かあれ?”
”心配御無用”
敵のど真ん中だ。川沿いに一瞬で警戒線が出来て、囲みがあっという間に狭まっている。
”もう落とした。下げさせろ”
”連絡は取れません。判断で下がるでしょう”
殺す気か?!
今は一人が貴重な人員なのに!
”おのこよ。まぁ見とれ”
町全体のファージを細かく弄っていたのじゃロリに窘められた。
こいつもこいつで、気付かれたらどうするんだ?
誰も咎めないので俺からは何も言えない。
俺の常識がおかしいのか?
流石にあの包囲からは逃げられない。使い潰す気かと思った時、川沿いの茶屋軒先でふんぞり返って下卑た酒盛りやっていた奴らが、凌辱されてた奴らと一緒に爆発で茶屋ごと吹っ飛んだ。
油も混ざっていたらしく、勢いよく燃えだしている。
”シシ。あやつらは、火を付けるのは得意じゃが、消すのは苦手じゃ。飛び火する前に周りを壊さにゃならんて”
包囲はあっという間に崩れて、スフィアで把握しているだけでも命令系統が混乱しているのが分かる。
既にイケオジの部下は民家の窓から消えていた。
距離的には一キロくらいあったはずなのだが、五分も経たずに俺らの近くに黒コート二人のマーカーが見えてきた。
チラチラ消えたりしている。スフィアからカメラで見ても忌諱剤を使ってるようには見えない。仕組みが不明だ。
息も荒げておらず、二人はまたイケオジの後ろに控え、気配を殺して無言で立っている。
”付近で立て籠もっている者が三十人程居りましたので武器を渡してきた様です。作戦開始と同時に動いてもらいます”
今目の前でやり取りしたんだろうが、通信手段すら分からん。
こいつら、こんなだったんだな。
あの地下のバーでこいつらとやり合ってたらと思うとゾッとする。
これが二人しか残らないって、どんだけ無茶やったんだ?
あの城に籠ってるバカっぽい奴らが実はクソ狡猾で強いのか?
連携は取れてそうだけど、パリピ蛮族にか見えないんだよな。
離れて動きを見ていたカンガルーと帽子が近づいてきた。赤鬼とピアス君とその友達が別れて茂みに消えた。
マーカーは付けたままなので全員から見える。分散して人数把握の整合性取るつもりかな?
”構造把握は進んだのか?”
まだ反映させてなかったな。
”下はまだだ”
ワームの走査によって着々と組み上がっていく内部構造と、マーカーが灯っていく人型オブジェクトに皆唸っている。
最上階のリッチな客室に壊されたタンクと壁に貼り付けられた変なモノがあるのだが、明かりが付いておらず、そいつ以外誰もいない。窓は有っても、日も落ちてしまったし、外観をフレーム表示でやんわりとしか把握できないが、もぞもぞ動いてるし、アレが三男だろう。結構大きいな。タンクみちみちに詰まってたのか。
あれで生きているのか不明だ。
今気付いたのだが、これをロリに見せたのは非常に不味かった。
舞原家と鷲宮家相手に事を構えた時、これの対策は今後絶対されるな。
ああ。今隣にいるこいつの顔色を見るのも嫌だ。
貝塚ならもっとスマートで未知の方法を沢山持っていることを期待する。
”突入に関しては任せると言いたいところだが、被害が大きそうなら提案はさせてもらう”
自陣の人死にはなるべく避けたい。
”生体モニターを付けてない奴は全て殺しながら突入する。銃撃は気付かれるまで控える”
カンガルーはルートを三つほど表示させながら接敵ポイントを割り振っていく。
”エレベーターは使えますが、キュービクルのあるフロアはバリケードが厚めです”
キュービクルって電気室だっけ?パッと見だとどこだか分からん。
”どこなんだ?”
”二階の角です。階段付近なのですが、まだサーチは済んでおりませんな”
この辺ね。制圧はし易い位置だな。
最上階が七階、水道管なんて悠長なことはせずに、廊下の隅と空調から堂々と探査して今四階まで虱潰しで丸裸にした。
サーチされないと分かってれば余裕だ。
あの青森の施設程ゴミだらけでは無いが、適度に内部が破壊されて死体もそのまま放置されてるのでワームの隠れ場所には困らない。
異常に破壊されてる死体がいくつかあるが、そこの黒コートと同じ服だ。アレがこいつらの仲間だったのだろう。
死んだ後も損壊されてぐちゃぐちゃになっている。
イケオジも後ろの陰も無表情だが、怒りが滲み出ている。
そういや、最上階のあの張り付けられた三男の前にも血だまりというか、肉だまりがあった。多分、目の前でやったんだろう。反吐が出る。
”この地域に住んでいるのは、奪う側と奪われる側だけだ。奪われる側も、それより弱い者を見れば奪う側に早変わりする”
俺に言い聞かせているのだろう、カンガルーが冷たく呟くと、イケオジが少し震えた声で反論した。
”同列にしないで頂きたい”
”・・・、そうだな。三男殿とその手勢は違ったな”
目を細めたカンガルーがそう言うと、ワクテカしたロリが何か余計な事を言いだそうとしたので、思わず腕を抑えてしまった。
ビクッとして俺を見たその眼は驚きで見開いている。
”えっちじゃ”
何故そうなる。
作戦は概ね決まったが、階段を中心に各階制圧で上まで上っていく段取りは変わらなかった。
”時間がかかり過ぎる。上で待ち構えている奴らも手ごわいんだろ?”
”支援火力はある”
ああん?
カンガルーが顎をしゃくると、帽子がリュックを降ろし、二脚を組み立て始めた。
”狙撃ポイントは既に選定済みだ。カエデコ様に攪乱して頂けば移動せずに一方的に破壊出来る”
”はっ。こういう時だけ名前呼びか。金持は調子が良いのう?”
憎まれ口は叩くが、なんか嬉しそうだ。
厳重に密閉してずっと背負っていたので緊急時の救護キャンプセットかと思った。
随分重そうだなとは思ったが。
”対物ライフルか”
カンガルーが頷く。
”二十ミリ高速徹甲弾だ。あのくらいの建て付けなら、外からフルカウルのカタクラフトごと壁全部抜いてお釣りがくる”
あの中には軽装の奴しかいない。
確かにこの大砲なら、ボディアーマーや小手先のファージガードでは何の障害にもならないだろう。
”単装。持ち弾は十発だけ”
薬莢をドライバー代わり使って器用に銃の調整をしている帽子が呟く。
凄く持ってみたい。凄く。
”後で”
何も言っていない。
”膠着する前に崩していく。スタングレネードもマスタードガスもそれなりに有る。奴らは手も足も出ないだろう”
既に皆準備点検をし始めている。
俺もしとこ。
”現地待機。マイバル。アライ。ヤマダ。サナモト、以下二名”
あ。俺山田で通すんだ?
”っ!?如何するおつもりかっ!?”
ハブられたイケオジが瞬間沸騰してしまった。
”いつから休んでいない?救出後もあなたらの手勢と合流するルートは取れないぞ?必ず罠が張られるからな。わたし共の作戦地まで強行軍してもらう事になる。合流は全て片が付いた後だ。そんなへとへとで最後まで付いてこれるのか?”
ギリリと歯を食いしばり睨みつけるイケオジに、親指で後ろを指すカンガルー。
木陰の茂みに青柳が断熱マットを敷いていた。
”判断が鈍るから薬は禁止だ。ハシモト重工の御三方は戻るまで寝ておけ。ヤマダ”
”なんだ”
”銃撃戦になったら町内の回線解禁だ”
”了解”
町外はまだ秘密って事にするんだな。
”マイバル。この場の判断は一任する”
”任されたのじゃ。うちの者らは好きに使うがよい”
”そうさせてもらおう。行くぞ”
準備出来て俺らのやり取りを見ていた周囲に声をかけ、茂みに消えていく。
ロリの部下のマーカーが一瞬だけ明滅したが、これ今はワザと見せてるんだな。
ナチュラリスト界隈ではスタンダードな技術なんだ。消し方のタネが是非知りたい。
余計な事は後で考えるか。
今は俺の仕事に専念しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます