第155話 立ちション前後

 野営用の場所は今回の俺らのターゲットとなる奴らのキャンプ地が一望できる場所に二カ所、六人六人で作られた。

 斜面は崖が多い森になっているのでまず見つからないだろう。


「猪が出たらどうするんだ?」


「この辺りは狩りつくされてる。脅威となる生物はまず居ない」


 なるほど。


「通信エリアはどの程度だ?」


 着々と配備が進んでいる。

 現在、一日経って二日目の朝。スフィアによるネット接続範囲は既にカバー率七割を超えた。

 バレた形跡も無い。順調すぎて不安になる。


「七割弱。サーチされた形跡も無い」


 カンガルーは重々しく頷く。


「今は作戦前に三男から貰ったオフラインデータしかない。エルフの所在は予定のデータ通りじゃないかもしれない。何かあれば三男から連絡が来るようにはなっているが、サーチされた可能性のあるスフィアは必ず破壊しろよ?」


「今の所それはゼロだ。てか、こんなお前らが力技で通信環境作るだなんて誰も考えないだろ」


「だろうな」


 顔を歪めて、弾とマガジンの手入れを始めた。

 小腹が空いたな。

 作戦中は一気に腹に入れるなと再三言われたので、栄養バーを出して一口齧る。


「ちと、お花を摘みに行ってくる」


「女子かよ」


 単眼スコープを覗いていたゴブリンに鼻で笑われた。


「ママがついて行ってあげようか?」


「結構です」


「あ。俺も行くわ」


 こっちの野営チームに振られたピアス君が連れションだそうだ。


「ケッ。臭ぇな。ホモのにおいがプンプンするぜ」


 ニヤニヤしていたゴブリンは一瞬でぷっくぷくに膨れっ面になった。


「言ってろ」


 携帯トイレは岩陰に穴を掘って設置してある。

 キャンプ終了時に埋めると、一週間後にはキットごと土に返る仕様だ。


 二人してジョボジョボ立ちションしてると、やはりというか、ピアスが話しかけてきた。


「なあおい。お前慣れてんな」


「そりゃ、立ちションくらい出来る」


 違ぇーよ!と軽くキレる。おい!こっちにかかるぞ!


「俺、昨日の襲撃でお前が泣いてチビるのに五千賭けてたんだぜ」


「偉そうに言う事か?」


 敵も味方もクソばっかだな。

 俺もクソだから丁度良いか。


 ん?


「泣いたけど、チビらなかった場合はどうなったんだ?」


「アレは泣きじゃねぇ。アレで俺は、お前を許した」


 なんか許された。


「誰が勝ったんだ?」


「アオヤギさんが一人逃げだ。後で一杯奢ってもらわねぇとな」


 ほうほう。

 後でたかろう。

 こっち来てからずっと、自由に動かせる資金あんま無いんだよな。


「都市圏は糞ばっかだと思ってたぜ」


 思わず吹いてしまった。


「なんだ?」


「別に。クソ繋がりだなって」


「ふうん?漏らしたらぜってぇ離れろよ?てめえのタマ目掛けてグレネード飛んできて巻き添え食うからよ」


「了解。でもそん時は脱いだズボンお前に投げつけてからにするわ」


「おっ?おっ?ボウズ下脱ぐのか?手伝うぜ?」


 クソヤギさんが覗いてやがった。


「ここは戦場じゃないのか」


 この盛ったゴブリンが。お前なんかやっぱゴブリンだ。


「仕方ねぇだろ。課長ついて行けって言うんだもんよ」


「おい、涎出てんぞ。しゃぶりたいのか?」


 慌てて口元を拭うメスゴブリン。


「出てねぇし!咥えたいのは同意するぜ!」


「声がデカい。気付かれるぞ」


「このやろ・・・」


 淑女の前だ、息子を仕舞おう。


「そういや。一儲けしたんだってな。後で奢れよ?」


「おう。良いぜ。帰ったらデートな」


 おかしい。なんか思ってたのと違う。


「お前ら緊張感ねぇなぁ。ケツから撃たれるぞ」


 ジョボジョボ長時間垂れてる奴に言われたくないな。

 お前昨日どんだけ飲んでたんだ?




 スッキリして戻ってくると、カンガルーがボソボソ音声通話していた。


”何だ?トラブルか?”


 青柳がログ表示すると、手で待てとジェスチャーされた。

 その後二三話して通信を切ったカンガルーが俺を見る。


「対策ソフトの具合はどの程度だ?」


 何が起こった?


「運用実績は無いが、既に完成してる。時間稼ぎはしたいから対策パッチは段階的に解放する予定だ」


 カンガルーは頷いて考え込む。


「もったいぶる処か?」


「いや。うん。そうだな。ここは隔離してあるか?」


 ファージガード?してあるけど、もう一重物理的にやっとくか。


「ほい。で。何だ?」


 触毛で周囲を走査し、頷くと溜息を吐いた。


「三男が捕まった。データ横流しがバレた」


 そっちでしくったか。


「どうすんだ?」


「統括課長と黒伏の一部が逃げ出せて救援要請してきた。手勢は到着に時間がかかるが、出来るだけ早く救出して安全確保したいらしい」


 歯切れが悪いな。


「エルフ対策ソフトを大っぴらに使いたくないのか?作戦が破綻したのか?」


「スフィアの展開はバレていない。襲撃の意図には気付いていない筈だから、作戦は続行だ。接続エリアは最後まで伏せておくので、救出の実行部隊のみでソフト開示となる」


 だろうな。


「捕らえられてる位置が問題だ。ここから山三つ超えた所。鷲宮の勢力下で南魚沼の六日町、慰安中に襲撃された。名目は検察の特捜部による情報漏洩と脱税の捜査、かなり大がかりな襲撃だったらしい。尻尾出すの待っていたのかもな。上杉方の手勢が残り三十三人だそうだ」


 近いな。

 なんだってそんな所に・・・。って、炭田と秘密会合してたからか。

 緊急時の連絡が取りやすいように俺らの班の作戦地近くにいた所、動きが不審過ぎて突っつかれたんだな。


「捕まった黒伏たちは全員自死したから情報漏洩の心配は無いが、三男が洗脳されると院のパワーバランスは維持出来ない」


 ツッコミどころが多い。

 今聞きたいけど我慢だ。


「わたしらが一番近い」


「十二人で行ってなんとかなるもんなのか?」


 カンガルーは目を瞑り、軽く息を吐く。


「追い込みは必要だ。半分は残す」


 行くの確定なんだ?

 六人で二百人追い込むのも非現実的だが。


「待ち構えてる所に六人で行って救出?」


「炭田の勢が救出に行ったら関係性がバレる。証拠は残せない。黒伏は使えるのが二人残っているそうだ」


やれやれだ。


「とりあえず付近のスフィアで周辺のサーチ始めるぞ。無人機は上空待機させて良いのか?」


「頼む。無人機の高度は三千メートル以上をキープ、レーダーは打たないでくれ」


 三キロか、雨雲の上になる。


「カメラだけだと霧でほとんど上から見えないぞ?」


「上杉は偵察用のグライダーを持っている。音波や電磁波は打つと即バレする。高度は高くとも千メートル程度だからそれより上に飛ばしておく分には問題無い」


 実質スフィア頼みだな。

 つつみちゃんにもっと教わっておけば良かった。


「基盤からのアクセスでは電力需要で気取られる。最終日の全域接続までネット対策はボウヤ頼みだ」


 責任重大過ぎてゲロ吐きそうだ。

 即断即決でカウンターしてがなきゃなのがキツイ。

 俺は行き当たりばったりは不安なんだ。


「のじゃロリあたりが電子攻撃の手の内教えてくれれば安心して乗り込めるんだけどな」


「呼んだかいの?」


 全ての銃口が一斉に声の方に向く。

 いや、後ろのピアスとその連れは背中を付け合って周辺警戒だ。しっかり役割分担してる。


「クシシ。当たりじゃのぅ?」


 面白くて仕方がないと顔を崩した軍服メスガキの浮いているその後ろに、黒い陰が二人控えている。


 はぁ。もうこいつは規格外過ぎて、本当に魔法使ってるんじゃないのか?


「おのこも気付かんかったな?」


「まぁな」


 悦な唸りを上げ腰に手を当てふんぞり返る。

 見た目はガキなんだよなあ。


「どうじゃ。あっしもマダマダ現役じゃろ?」


 後ろの陰たちにフンスと自慢して頭を下げさせている。


「子供が来る場所じゃない。御帰り頂こう」


 カンガルーは辛辣だ。

 銃口がメスガキの鼻っ面にどんどん近づいていく。


「毎度毎度追い返されて、あっしは傷ましいのぅ」


 チラッチラッとされてカンガルーがイラついているのがブレる銃口で分かる。


「公使様は鼻の穴が三つに増えるのがお望みか?」


「どこぞの穴蔵でこないだも聞いたか?語彙が少ないのう?」


 カンガルーがキレる前に助け舟を出すか。


「救出に参加するのか?」


 俺を見てニヤリと嗤う。


「モノは言い様じゃの」


 仕方ない言い直すか。


「俺たちを手伝ってくれるのか?」


 良くできましたとばかりに笑窪を深めた。


「潜入だの救出だのせんでも、正面から叩っ潰せば良い」


 こいつは嫌いだが、話は合いそうだ。



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