第154話 豚

 月も無い真っ暗闇の中、金持課長率いる俺を含めたアルファ小隊十二人は、グリッド表示された山の中を駆ける。


 炭田トンネルの温く腐った空気と違い、冷え切ったキレの有る空気は喉と肺をキリキリと緊張させる。

 一歩間違うと高濃度のファージ霧に囲まれて溶けて死ぬが、やっぱ俺はこっちの空気の方が好きだ。


 衛星とのリンクはまだだが、ここ一週間分の配送予定は既にスフィアネットワークに適用してある。

 兵站情報は部隊ごとに確認し、オペレーターが即時更新していく。

 奴らの食糧を削り、追い込んでいく。


 二人一組で動き。皆、猪の足跡が付く一本下駄の形状に似たブーツを履いている。

 履かせてもらって少し歩いてみたが、俺には無理なので靴にシリコンスポンジを被せただけで勘弁してもらった。

 走っても音はほとんど出ないが、見れば人の足跡だと直ぐバレるだろう。


”これすげえな!足跡もナビに履歴残るから偽装が捗るぜ!”


 すげえのはあんた等だよ。


”まぁ、俺らは二本足の豚だけどな!”


 赤鬼と俺はタッグなので、俺らだけ四本脚の偽装が出来ない。

 他は、二人一組の足跡だけ見ると、猪が走った跡にしか見えない。


”本当にそれで良かったのか?一本歯の方が疲れないんだぜ?”


 一本下駄が疲れないとか、重い靴が疲れないとか、想像出来ないんだよなあ。

 実際、山歩きのプロなこいつらがそう言ってるんだからそうなんだろうが、トンネル内で試しに重い靴とか一本下駄履いて半日で足底筋膜炎になりかけた俺には信じられない。歩き方が違うと言われたが、まだ詳しく教えてもらっていない。

 安心と安定のシューズトラックカンパニー様様になっておく。


”そろそろポイントに出るぞ”


 待ち伏せするのだが、現場に展開するのは二分前だ。

 道際の山沿いは偵察が虱潰しするから山裏で待機、配送前の偵察が通り過ぎてから尾根を越えて現地入りする。

 早めに行って現地で潜んでいると、偵察たちに高確率で見付かるからだ。

 奴らの偵察が済んだ区域からスフィアを展開し始め、輸送団の通過を待ち構える。タイムスケジュールが全て把握出来てるからこその動きだ。

 高さ五十メートル程の尾根から見下ろせるぬかるんだ畦道。

 斜面は崖ではなく森だが、輸送車が道を外れて落ちたら引き上げるのは不可能だろう。


”擲弾の射角再確認しておけ、焼夷グレネードは?”


”準備完了”


定位置にしゃがんで、きっかり二分後、ごついSUVに挟まれて輸送車がやってきた。

 直ちに速度計算され到達位置を予測、自動で調整された後、砲兵が目測で微調整した。


”到達”


”擲弾発射”


 ポンと間抜けな音がして、木々の隙間を抜けてスプリングの力だけで弾が飛んでいく。

 先頭を走っていたSUVは轟音と共に斜面を転がり落ちていった。

 車列が一瞬止まる。


 止まった瞬間、輸送車が発火、痛々しい悲鳴が大量に木霊する。


”リョウマ殿”


 そうだ、中には食糧にされる予定の人たちが載っている。


「リョウマ」


 肩を掴まれた。耳元で囁く力強い声。


 いつの間にか隣にカンガルーがいた。

 青柳とピアス兄ちゃんがこちらを見ている。


”マーカーはスフィア越しに自動で打ってくれ。目視で状態を確認したら尾根まで戻って発砲する”


”了解”


 SUVは荷台に重機関銃を積んでいる。

 あれを破壊してしまうと、奴らは怖がって陣地に籠って出てこなくなる可能性がある。

 食料の備蓄は二日分だそうだ。教育は行き届いている様で、飼えずに直ぐ殺してしまうからと、週三回の配送に分かれているが、一回滞っただけで発狂し出すらしい。奴らには節約とか公平に分配とかの概念が無い。

 この先にある野営地への配送は明後日にまたある。

 それも潰せば食糧は完全に切れる。

 我慢できなくなった奴らは最終日までに工場に押しかける算段だ。


 尾根に登っても、聞こえてくる悲鳴。

 発砲音も聞こえる、焼け出されて逃げ出した人たちを撃ち殺している。

 スフィアからも見える。体毛を剃られて、裸だ。


”全部マーカー打った筈だ。確認してくれ”


 喰われる予定の人たちはグリーンマーカー。心音停止は斜線でグレーを被せた。

 俺は何をしているんだ。

 これは本当に必要な事なのか?

 他にもっと。

 何とかできないのか?


 起きたての頃と違い、クソ野郎がのたうち回ってても心は痛まなくなった。

 でも、無力な餌として扱われている人たちのこの苦悶の叫びを聞いていると、目から涙が出てくる。


”どのみち、喰われる奴らの寿命は二年だ、技術を消さない限り生まれ続ける”


”分かってる”


”姉御、目視で全員確認した。違和感有る奴は居ない”


”了解。ポイントまで後退。リョウマ殿、権限持ってるスフィアの位置に気を付けろよ”


”上空三百メートルだ。霧もあるし、月光も無い。下からでは鷹の目でも見付からない”


 それより。


”食糧なのに何で撃ってるんだ?”


 銃声が鳴り止まない。

 俺らに向けて闇雲にバラ撒いてるのではない、悲鳴を上げて逃げ惑う食糧に向けて撃っている。

 ゲラゲラ笑っている。


”次の配送で二倍持ってくればいいと思っているんだろう。これまでも輸送の邪魔をした事は有る。こっちは捕まらないし、反撃されて被害も出るから、わたしらを追うだけ無駄だと知っている”


 今回もそのパターンだと思って憂さ晴らしか。


”変な気を起こすなよ?今こいつらを殺すと、分散しすぎてて一掃できない。二次被害と手間が大きすぎる”


 分かってる。分かってるよ。

 自分たちを豚と言うこいつらの気持ちが良く分かった。


 都市圏では、結局、対岸の火事で降り掛かった時だけの他人事だった。

 一つ山を跨いだだけでこんな事になっていたなんて。


 いや、俺も偉そうな事は言えない。

 俺が起きていた当時も、大陸では同じことが行われていた。

 一人で出来る事などたかが知れていると、安全な場所で見て見ぬ振りしてただけだ。


 今は違う。

 今の俺は違う。


 泣くのは後だ。


 でも、この悲痛な叫びは、耳に残って離れなそうだ。

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