第150話 ハンドシャベル
この炭鉱の奴らは基本、サイドアームがハンドシャベルだ。
ここがまだ防衛設備が整わず、トンネルとしてしか機能してなかった頃、大規模輸送の度に襲撃を受けてた時、閉所や暗所での掃討戦が頻発したのだが、突撃銃の取り回しの悪さ、突貫してくる崇拝者相手の至近距離での跳弾や誤射、ヤク中相手のハンドガンでの決定力不足で散々な目に遭った。
閉じ込められた時の脱出や、囲まれた時の遮蔽物作りにも有用なハンドシャベルは何だかんだで最適解になった。
刃の形が面白くて個性がある。大体は両刃で短いマチェーテといった感じだ。
刃自体はかなり重めで、多少砂利が混ざった土でも、力を入れなくともサクサク掘れる。
月に一度穴掘り大会とかもやっていて、酸欠部門とか、ウサギ部門とか、緊急時にどれだけ早く穴掘り出来るかで競っている。
外回りに出る奴らは、皆このハンドシャベルで一分以内に自分が隠れられる穴を掘れるそうだ。
支給品は三種類有ったが、どれも手のサイズに合わないから自前で購入することにした。
俺みたいに考える奴は多いらしく、自前で作って売っている露店が何軒かあった。
結構話が分かる露天商で仕事の合間に趣味で作っているらしく、欠けた指で器用に木を削って握りを調整してくれた。
刃が軽く湾曲していて、太ももに丁度フィットする。鞘もセットだ。
「アレな。良かったぜ」
店主からいきなり振られた話題に何の事だか分からない。
「うん?」
「アレよ。ほら。あの足踏み」
ああ。
「あのステップはパクリなんだ」
「いやいや。出所なんて関係ねぇ。あの時、隣のあいつなんて奥さん思い出して泣いてたからな」
「泣いてねえよこの野郎!」
右手が人差し指と中指しか無い指欠けのおっさんは隣の露店のオヤジが投げてきたナットを二本指で綺麗にキャッチすると、ポールの抜けかけていたアマネジに当てて、合わないと分かると投げ返した。
「こいつの奥さんは去年輸送路で襲われて、喰われて皮を服に使われてな。そのキャンプ一人で潰しに行って片足無くなった」
「余計な事言うんじゃねぇ!」
色々と突っ込みが追い付かない。
「最近やっとメソメソしなくなったんだが、また暫くうるせーな。ここで暇売ってる奴らはそんなんばっかだ」
異様に多い露店は、外と中の情報交換の場でもあるのかな。
「欠損は修復剤で治らないのか?」
「医療班から聞いてなかったのか?九十九里では違うのか。適合者以外はファージ誘導で治療すると高確率で溶けるんだよ。昔いた博士が言ってたけど、遺伝子的にこの地域で生まれた奴らは霧への抗体があるんだと」
確かに、都市圏の人間は近づきもしないからな。
「あの先生、まだ華族んとこで研究続けてるらしいぞ?」
「誰情報だよ。本当かぁ?」
「出向した時少し話したって姉御が言ってた。まぁ、あっちでいくらやっても俺らに恩恵無いしなぁ」
カンガルーは舞原のアジトに行った事あるのか?
過剰なアレルギー反応は厄介過ぎるな。
以前南で聞いた”傭兵が溶けた”ってのも、この辺りの人みたいな抗体反応だったのかな?
「使いにくかったらいつでも来い」
「ああ」
その後もおっさん二人はサツバツとした話を平然と続けてて、心がザクザク抉られるので聞いていられなくて退散した。
死がいつも隣にあると、心も摩耗していくのか。
いや、きっとこいつらは受け入れざるを得ないだけだ。
まだ泣けるんだから、心まで死んでいない。
でも、そう気付くと余計に悲しい。
夕方、翌日のミーティングがあるというので合流したら、青柳にシャベルを見せろと言われた。
「あん?とうとうマイシャベルか。これでお前も立派なトンネラーだな!」
トンネラーってなんだよ。
「このデザインはピースメーカーんところだな。ん?柄が黒檀の貼り合わせか。どこで手に入れたんだ。最近は入ってこなかった筈だぞ?」
御大層な名前だな。
二本指だったからか?
「穴を木片で埋めた跡がある。使いまわし」
チラ見した帽子が目敏い。
「あー。黒檀の屑使っちゃいるが、これじゃ濡れると樹脂が直ぐ痛むな。いや。これ合成ゴムじゃなくてラテックス混合だ。あいつ良い仕事するなぁ。材料少なかったのに、配合確定したんだな」
ゴム?
「外仕事すると雨とか水場でなくても、朝露だの湿気が凄いだろ?樹脂系の合成木材だと浸透圧の差で膨らんで痛みが早いんだよ。これだと、濡れても質感が変わりにくい。硬度も高いから削れにくい筈だ」
この赤鬼、脳筋っぽいし刃物も研げないけど、妙に博識だよな。
確かに、熊笹の下草とかは雨が降ってなくとも湿っている事が多い。
この間近道した時、森の中歩いたら、上は晴れてるのにびしょ濡れになった。
「刃と柄は、黒くないと目立つ。夜間は抜いただけで位置バレする。木の柄は持ちやすいが、黒檀は手に入らないから、暗めのニスで誤魔化す。塗り直しが面倒なんだ」
なるほど。
「俺は水仕事多いから、初めからセラミックの柄にしている。持ってみるか?」
ベルトの後ろから音もなくスラリと自前のシャベルを抜いた。
後ろ腰の上半分を隠す皮鎧かと思ったが、グリップが隠れていた。
そういえばと、カンガルーと帽子を見たが、持ってはいるのだろうが、どこに装備しているかは分からなかった。こいつらは、いつもゴテゴテ着込み過ぎて装備の判別が付かない。
「重っ!」
重いし、素手で持つとデコボコした柄の表面が手に刺さる。
「フン。二キロ弱あるからな。でも、軽く振るだけで頭がスイカみたいに割れるぜ」
こいつなら楽々ヤるだろうな。
「なんで刃にこんな穴がポコポコ開いてるんだ?」
シンプルイズベストだと思うのだが、店売りのもほとんどが、変な形してた上に穴が結構開いていた。土が隙間から零れてシャベルの意味無さそうだけど、店では”何でこんな変な形なの?”とか聞けなかった。
「お前まだシャベル使ったことないのか?」
そういや、穴掘りなんて生まれてこの方した事ないな。
「これだから大企業の坊ちゃんは」
「それは只の設定だろ」
「これだから古代人は」
お前それワザとだよな?
「シャベルに土が付くと、地面を噛みやすくなって掘るのが疲れるんだよ。秒単位で命が決まる俺らは特に困る」
穴の空いてる部分は土が付着しやすい部分って事か。
「両手足使える普通のシャベルなら、先端の切れ味だけ良ければ大体なんとかなるけどな。腹ばいとか中腰で急いで掘るにはこういう変な形が良いんだ」
変なのは認めるんだな。
「穴とかこの形状自体も色々用途に応じて規格が決まってる。接近戦での使い方もレクチャーしてやろうか?」
「是非頼む」
「ミーティング終わってからにしろ。始めるぞ」
「どうせいつもの追い込み漁だるぉ?ルーチンワークでミミタコなんだよなぁ?」
「クソ鬼は寄生虫だらけの挽肉になって喰われるのが御所望か。わたしらの今回の任務は、二百人を十二人で四日以内に三十キロ北まで押し込める作戦なんだが」
「聞いたかボウズ!耳かっぽじって聞いとけよ?!」
相変らずの変わり身の早さだ。
「てか、ちょい待て。その無謀な作戦に俺も参加すんの?」
カンガルーは重々しく頷いた。
「リョウマ殿の試運転も兼ねている。死なずに達成出来たら次の段階に進む」
俺の仕事への熱意を確かめるとな?
地獄の予感。
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