第149話 おすすめ

 音楽性の違いというのは、バンド活動において致命的だ。

 納得いかないその気持ちは、音色にダイレクトに表れる。


「駄目だ」


 何でだ!


「お姫様扱いは出来ない。自分の身は自分で守れるようにしろ」


「だから、その為には使い慣れた銃が一番だ」


「少し考えれば分かるだろ。市街戦みたいな、日帰り遠足じゃない。大人数相手に、霧の中で囲まれて弾切れしたらどうする?そのおもちゃみたいな銃の弾を何キロ分担いでハイキングするつもりだ?」


 ファージ誘導は当然奴らも使ってくる。

 山岳戦での死因第一位は窒息死だ。

 繭玉と呼ばれる蜘蛛の巣の塊に低酸素の気体を仕込んでおき、それを敵に向けてフワフワと飛ばす。

 音も無く漂ってきた空気の塊を気付かずに吸い込んだらそれで終わりだ。

 コントロールしておかないと直ぐに霧散する程度だし、手で払えば無力化出来るし、強い風の中では運用出来ないし、サーチかければ直ぐ分かるが、空気の流れが悪い盆地で上から逃げられない状態とかで広範囲に被さってきたら、ボンベが無いと一呼吸でお陀仏になる。

 勿論、トンネルの住人は無酸素状態で動ける時間を増やすトレーニングを義務付けられているが、銃撃戦の最中ボンベから吸いながら走り回るのは骨が折れる。

 俺は今まで特に気にしてこなかったが、低酸素の気体で普通に人は即死する。

 酸素が無くとも少しの間は生きていられるのかと思っていたが、トンネルの教材動画を見せられて愕然とした。変テコな毒ガスなんて精製しなくとも、低酸素の一呼吸で人は簡単に昏倒してしまう。

 ここの住人は、ヨチヨチ歩きの頃から、気圧と吸気について痛いほど細かく教わる。

 地下のビオトープみたいに高度な管理がされた世界では無いので、その分保身がしっかり教育されていた。


 幸い、繭玉に関しては操作距離に限度がある。

 音も無く襲撃されても、それに気付ければ、操作元を特定して無力化すればいいだけだ。

 勿論、相手も武装している。

 兵科構成も様々だし、短期間に同じ手は使ってこない。

 スタンダードな手法は踏襲しつつも、この緩衝地帯では戦闘手段においてイタチごっこが続いている。




「爆風浴びながら泥水の中転げ回って壊れないんだろうな?塹壕に飛び込んで四方からの銃剣を弾いてその後また撃てるくらい頑丈な銃なんだな?」


 それは既に死んでいるのでは?


「確かに、この銃は繊細な部品が大量に使われてる精密機械だ。でも、ライフルは重くて無理だ。アシストスーツが壊れたら運用出来ない」


 そもそも、パワーアシストが無いと俺はAK四七ですら撃てない。

 撃っても当たらない、というのが正しい。体重も力も無いから、狙いの維持が出来ない。

 軽い銃なら二発目もそこそこ当たる。

 だが、中距離以上だと、二発目撃つ余裕があったらファージで相手の体内に干渉した方が早いし確実だ。


 今、俺とカンガルーたち三女は第一炭鉱の隅にある射撃訓練場にいる。

 俺の銃のトレーニングだ。

 山岳戦に慣れる為、一通りトレーニングをこなしたのだが、アシストスーツ無しでの射撃が壊滅的なので、急遽、銃の選定から始まる事になった。


 逃げたり追ったり回り込んだり隠れたり、山岳戦での戦闘は配置が目まぐるしく変わる。

 ゲームのミッションみたいに、間抜けに構えてる山間の敵拠点襲撃とかは基本無い。

 拠点に制圧攻撃され始めたら、その時点でもう詰みに近い。

 孤立した地上拠点なんて、夜中に山の二つ三つ向こうから榴弾と焼夷弾バラ撒かれたそれで終わるからな。

 第一、逃げ場のない状態で酸欠にされたら、後は煮るなり焼くなりご自由に。

 グレネード投げ込むのも勿体ない。

 まぁ結果は俺でも分かる。

 相手より早く見付けて、こっちが動けなくなる前にしっかり殺す。


 十年近く人喰いと戦ってきたこいつらは、組織として人材面では俺が傍目で見てもボロボロだ。

 軍事組織は戦えば強くなるなんてのは素人の発想だ。

 人も、物も、損耗はそのまま軍事力低下に直結する。

 貯まるのはノウハウと墓穴の数くらいだろう。


 動ける奴は男女関係なく全員弾避けとして上に出る。

 強い奴が死に、弱い奴も死に、運よく生き残った傷痍軍人は、施設運営などの裏方に回る。


 聞いて驚いたのだが、この女子三人は二十代前半だった。

 カンガルーは六年、他二人は三年ほど戦い続けている。

 あのナチュラリスト共相手に未だに壺を被らずに星を稼ぎ続けているのは奇跡に等しいんじゃないだろうか?

 キレやすくて直ぐ手が出るのは若いからか?

 まぁ、俺だって、友人や知人が毎週のようにレイプされてバラバラに喰い散らかされたら怒り狂ってキレやすくもなる。

 大宮でツーリングの時は一歩間違えばそういう目に遭っていたが、こいつらはそれが日常だ。

 俺はこんな環境で何年も耐えきれるメンタルは無い。


「軍隊じゃない。使う銃は選べる」


 カンガルーは射撃場備え付けのガンラックから小型のライフルと弾の箱を持ってきた。


「持ちやすく狙いやすいモノを。体格や手の大きさによって使う銃は細かく選ぶべきだ」


「これは?」


「二十四口径。ヴァーミントライフルだ。立ち位置的には汎用突撃銃の一回り小さい口径の扱いになる」


 豆鉄砲じゃん。


「そんな顔するな。仕留める必要は無い。山の中を重装甲で歩き回る奴なんて居ないから、当てれば良い。これは、力が弱い者でもとりあえず当てられる銃だ」


「装弾四発?」


 しょっぱ過ぎない?


「MAX五発だ。装弾数は変更できるが、増減で重心が結構変わるからお勧めしない。制圧掃射は重機関銃に任せれば良い。わたしらは当てるのが仕事だ」


 まぁ、確かに。補給が潤沢じゃない環境でバラ撒いてたら直ぐに弾切れになる。無人機から物資投下するのもリスキー過ぎるし。

 もしファージ異常が起こってる環境で弾切れしたら、バンザイ突撃しか出来ないのは笑えない。


「安心しろよ。山の中で連射するアホは居ない。グレネードの範囲外まで散開して、一発撃って直ぐ動く。俺らも奴らもそういう奴らだけしか生き残っていない」


 青柳がカッコつけてウィンクした。


「いざとなったら、背中は俺が守ってやる」


 前は自分で守れと。

 謙虚だな。


 ファージ操作のみでおんぶ抱っこするつもりは無い。

 とりあえず、言われたことをやってみるか。




「・・・確かに」


 レクチャーを受けた後何度か撃ってみたのだが。

 なんだろう。

 撃ちやすい。


 五月蝿くないし、衝撃も苦痛ではないレベルだ。

 これならアシストスーツが使えなくなっても長時間運用出来る。


「リョウマ殿が撃つ機会があるとしたら、相手が弾切れ間近で突撃してきた時か、制圧時に後ろから付いて来る時だけだ」


「その殿ってのヤメロ」


「有効射程は百メートル弱だが、身を守るだけなら十分だろう」


 聞いちゃいね。


「慣れれば二百でも当たる。当たるだけだけど足止めは出来る」


 補足した帽子がそう言って手を差し出してきたのでライフルを渡すと、立ったまま、マガジンを押し込んだ後一度排莢してから軽く構えて、狙いも短く、明らかに山なりに撃って三百メートル先の薄暗い的に当てた。

 カメラで見ると、ちょっと穴が開いた程度だが、生身で食らったら青あざでは済まないだろう。


「すげえな」


「谷あいで風がぐちゃぐちゃに吹いてても百までなら真っ直ぐ飛ぶ」


 帽子はチョット得意そうだ。


「撃ちながらグレネード投げ合ってる内は平和だ。塹壕戦で長物は振り回せない。これなら短いから、銃剣付けてればそのまま相手出来る」


 銃剣。


「使う機会があるとは思わなかった」


「弾切れの時に塹壕の上から大人数で突かれたら大抵全滅する。弾が入っているかどうか分からない銃剣はシャベルより断然威圧感が強い」


「耐久性に難がありそうだ。そもそも、俺が振り回して効果あるのか?」


 ヴァ―ミントン程度のリーチで銃剣差して使うなら、そのままナイフとして使った方が生き残れそうだ。


「死ぬまで銃は手放すな。お前が森の中で、相対した時、敵がナイフ一本と銃一本だったらどっちが」


 愚門だった。


「分かった」


 俺は市街戦の感覚が抜けていない。

 山岳地帯で塹壕使った陣取り合戦する場合、ワンミッションで終わらない。

 一瞬だけ生き残れば良いのではない。

 何日も、何週間も。

 いつ寝首かかれるか分からない状況で生き残らなければならない。

 俺が起きてた当時も、日本はいざ戦闘になったら本土防衛ですら弾薬は三日も経てば行き渡らなくなると言われていた。四日目からは市民を盾にする訳にはいかないし、弾がなくなったので戦えませんと兵隊が手を上げても、相手は悦んで蹂躙しに来るだけだろう。

 補給基地の真ん前で戦える戦闘なんて日本でも早々無い。

 だからって補給基地防衛まで押し込まれてる時点でそれは実質負けだ。

 ゲームみたいにバラバラ弾撒いていたら一時間と経たずに部隊が弾切れとなり、補給?何それ状態だ。

 俺があの臭い牧場に攻め込んだ時は、防衛に二人組で走り回って、弾だけで五百キロ使った。

 五十口径を一分連射で千五百発ばら撒く性能だったが、バレルや位置変えずに連射してたら三分もかからずに撃ち切ってしまう。

 二トン車で重機関銃積載して弾しこたま積んでいっても、銃が無事でも十分もたない計算だ。

 重機関銃で長時間制射出来るのは映画の中くらいだろう。


「とは言っても、俺らは一週間以上作戦に出たりしないけどな」


 スパー用の銃剣を選んでいる青柳さんが振り返った。


「何で?積載とかトイレの問題か?」


「アノ日だよ」


 あ。はい。


「周期は全員が細かく自己管理しているし、どうしても外回りにカブる場合はピルで調整する。俺らみたいな男女混成隊も稀だ」


「何で?」


 職場恋愛厳禁?


「死ぬ」


 帽子がぽつりと呟く。

 表情は帽子とマフラーで見えない。


「男女で守り合ったり、テンションが上がりやすくなる。結果、致死損耗率が跳ね上がる」


 ファンタジーみたいな男女混成少人数パーティは論外として。俺からしたら、若い女だけで組まれた部隊とか狂気としか思えないんだが。

 蹂躙される想像しか浮かばない。


「冷静さを欠いたら死ぬ。迷わず黙って動く奴だけが生き残る」


 帽子は、誰か大切な人を亡くしたのだろうか。


「使ってみろ」


 ゴブリン馬鹿が長めのバトン状の真っ黒な銃剣を顔に向けてブンブン投げてきた。

 スパー用とはいえ、当たったら大怪我だ。

 まぁ、目は起動してあるし、余裕でキャッチしたけど。


「何だこれ?これが銃剣?」


 想像してたのと違う。


「これ、スパー用だよな?」


「刃はついて無いぞ?でも本物だ」


「危ねぇだろ!投げんなよ!」


「っせーな。捕りやすい様に投げたろ」


 後で泣かす。


 銃剣は、パッと見は弾性が強いハーケンだ。

 刃も柄も二十センチくらいで、軟らかい刀身だ。


「単結晶シリコンだ。折りたためる。カミソリ並みの弾性がある」


 ほええ。金属シリコンのナイフか。初めて見た。

 

「横から力を加えると簡単に曲がる。縦の力にはめっぽう強い」


 ゴブリンも自分のライフルに装着してクルクルと振った。

 ピュンピュンと風を切る音がする。


「慣れれば人くらいなら骨ごと真っ二つに出来るが」


 貴様。そんなの投げてきたのか。


 設営テントのポールに叩きつけた。

 銃剣は当たった部分からぽっきり折れて飛び散った。

 破片が目に入ったらどーすんだ。マジ危ない奴だ。


「おい。備品を壊すな」


 カンガルーがたしなめているが、口だけだ。

 俺に実演するための必要経費とでも思っているのだろうか。

 銃身が痛むんじゃないのか?


「刺す専用の割れにくいタイプも有るが、太い刃は刺した後抜きにくい。非力なボウヤが使うなら断然こっちだ。受けたり叩いたりは必ず横でやれ。刃筋を立てたら絶対切れ。そもそも、斬るより突け。抜きも刺しもこれが一番深くまでいける」


 そういうのは得意だ。


「サテ。射撃はオナれるが、銃剣は相手がいないとな。俺が相手してやる」


「ちょ。いきなり実剣でかよ。基本も知らないんだが」


「イク前に寸止めなら余裕だろ?」


「ねーよ!」


 俺の命は一つしかない。

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