第148話 斜面用

 さっきまで高射砲について考察を深めていた関越トンネルみなかみ口に戻ってきた。


 目の前には運動エネルギー弾対策をこれでもかと施した大型の装輪装甲車が入口前に何台も縦列駐車していた。

 ぬかるんだ路面に木道が載せられ、エレベーター前から車両の搭乗口まで絨毯が敷かれている。

 ロリに許可を取ってから、トンネル前の広場に出て、あえてファージ通信で無人機を呼ぶ。


 弧を描いて近づいてくる無人機に気付いて、上の高射砲君二門が慌ただしくなった。

 撃ち落とされては困るので、おっさんの方に電磁波通信で無人機を降ろす旨を伝えた。

 底の方にいるらしく電波は弱かったが、秒で”了解”とだけ返信が来た。


 近くまで寄せた無人機を滑空から空中停止に移行させ、物資の中から金のインゴットを一本取り出す。いつ持ってもズシリとくる重さだ。

 無人機は直ぐに上に戻す。

 持ってるのはバレてるが、あまり長々と見せたい物じゃない。

 エルフはトンネル入口からガン見しているが、落ちていた石を拾って刻印とシリアルナンバーを叩き潰す。

 都市圏でこれをやると検査費用分市場価値は下がるが、ここでは関係ない。

 それより、刻印やナンバーから俺の身元が即バレする方が困る。

 このエルフは、まだ俺が横山竜馬だって知らなそうだからな。

 まぁ、豚の名前など一々知る気も無いだろうが。


 手持ちのハンカチで汚れをふき取り、新しいハンカチを使ってエルフの前で両手で掲げ持つ。


「対価はこれで宜しいか」


 腕を組み、目を細める。

 じっと金を見ている。


「何人分かのぅ?」


「二人分」


「安いのう」


 だろうな。


「なら一人分だ。俺の女に手を出すな」


「これはこれは、洒落が利いておる」


 悪い顔をして浮かび上がり、金に指を添える。

 熱い。

 触れた部分が溶けて凹んでいる。

 ロリの指先で発生した熱が俺に伝わってきた。

 グローブには耐久性重視であまり強い断熱素材ではないのだが、浜辺での一戦でそれを知っていてワザとやっている。

 悔しいのでやせ我慢した。

 エルフはそのまま、サラサラと何かを指で書いた。


「これはわっしが頂こう。その上で爺に貸付じゃ」


 案外粋な奴だな。


「あと何本持っとる?」


「三本」


 本当は全部で八本だが。


「爺に貸し付けてやれ。滞ってた基板のボンディングも捗るだろうて」


 そのまま帰ろうとする。


「待て。教えてくれるんじゃないのか」


 話は終わったとばかりに、五月蝿そうに手を振る。


「おお。そうじゃ。金持はやらん。いずれ、おのこもわっしが貰い受けよう」


 行ってしまった。


 多分、あいつは俺にアレを見せたかったんじゃないか。

 蚊帳の外でコマとして動かすだけではもったいないとでも思ったのだろうか?な訳無いか。

 アレに関しては誰にでも聞けるし。

 後でカンガルーに聞こう。




 ついでだからと上の高射砲で仕事の続きをしようと思い、昇っていったら、臭い野郎共に紛れてカンガルーが立ち話をしていた。

 俺が来たのに気付いて全員の視線が俺とカンガルーに集中する。

 上から目線で舐ってくる。


「誰がお前の何だって?」


 どこかに穴はありませんかね?

 勿論。俺の隠れる穴だ。


「盗み聞きとは、趣味が悪いな」


「万が一もある。上で待機していたんだ」


「そりゃどーも」


「貴様ら仕事に戻れ」


 ニヤニヤしてるバカ共にカンガルーも居心地が悪そうだ。

 俺はとりあえず、口笛吹いてる奴らが散っていくまで彫像の気持ちになってやり過ごした。


 顎をしゃくって歩き出すカンガルーの後をついて行く。


「あるのはマイバルが言ったので知ってたが、あの無人機は見た事無いタイプだな」


 だろうな。


「使いやすいよう改造してある」


 あまり突っ込まれたくない。


「そうだ。これ」


 サイドバッグに突っ込んでいたインゴットをカンガルーに渡す。


「む」


 ずしりときたようで、肩を落としている。やっぱ重いよな。


「それはのじゃロリからだ。あと三本渡せる」


「のじゃろり」


 ウケてる。


「確かに、奴から歌が一筆あるな。助かる。残りは後で会計課に。一緒に出頭してくれ」


「わかった」


 それより、聞きたい事が。


”下のアレは何なんだ?”


”どのアレだ?”


 色々あるのか?


”ボーリングマシンのブルドーザー蜘蛛だ。何に使うか分からなかった”


”見たまんまだ”


 分からないから聞いてるんだが。


”都市圏では割りとマイナーなのか?”


 逆に不思議がられた。


”あれは斜面用掩体掘削機だ。舗装も出来る”


「はぁ?!」


”バカ。声を出すな”


 言われてみれば確かに!そんな気がしてきた!

 え?でも、舗装も出来んの?!どういう仕組みだ!?


「涎垂れてるぞ」


「ねーよ!」


 でも、垂涎の重機だ。

 掩体掘削機ですら見るのは初めてだ。

 斜面用で?しかも舗装も出来る?!

 きっと、あの分厚いチェーンソーで大木をバッタバッタなぎ倒しながら塹壕掘ってくんだ。

 最強かよ。


”資料は渡せないが、詳しいスペックが知りたければ、整備研究課に話を通しておこう。なんか、ハシモト重工とマイバル商事とうちの共同開発で、傾斜角六十二度の岩肌でも塹壕を掘れるらしいぞ?”


 おおお。素晴らしい。


”是非”


 塹壕は、こと地上戦においては”掘れるならとりあえず掘っておけ”と言われるくらい優秀な防衛設備だ。それは現代でも変わっていない。

 陣地構築にも、敵地侵攻にも不可欠だが、構築するまでの消耗と時間がネックだ。

 どこの戦場でもそうだが、棒立ちで同じ場所からパンパン撃ってるバカは直ぐに死ぬ。

 常に遮蔽物がある場所で撃てる訳では無い野戦ではそれが顕著なので、いきあたりばったりで死にたくなければ遮蔽物は自前で持ち込むしかない。


 スピード重視なら、戦車のケツにくっ付いていくのがベストだし、命を大事になら塹壕一択だ。


 制空権が非常に取りにくいこのファージ異常地帯では塹壕建築の速さが損耗に直結する。

 この辺りは山とか起伏ばっかりなので隠れる場所に困らなそうだが、守りやすい場所へ攻めてきてくれるアホは基本居ない。そのままでは守りにくい場所でトーチカ建てようにも資材を運ぶのも一苦労、なんて時は塹壕の出番だ。

 地上戦は穴掘って土嚢積めばとりあえずなんとかなる。


 この炭田の換気塔やトンネル出入口みたいなのはまた別の話だ。


 あの重機を使えば山肌にあっという間・・・、とまではいかないだろうが、人力や下手な重機を使うより遥かに早く塹壕を構築出来るのだろう。

 履帯使った普通の重機だと、傾斜角三十度超えたらもうまともに作業できないんじゃないか?

 あー。あれ全部展開して山の斜面でガリガリやってる所を見てみたい。

 結構な数あったよな?数数えておけばよかった。


”なぁ。もう一回見に行けないかな?”


”また入場許可が出ればな。基本。あの別荘地のエレベーター前は最重点管理区域だ。華族以外通らない事になっている”


 俺の喰いつきに苦笑いしている。


”作戦時には解放される。それまで我慢しろ”


 仕方ない、それまでは巨大掘削機軍団でも見て気を紛らわそう。

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