第147話 おほられる

「棒読み大根じゃ。やり直せ」


 やらねーよ。

 俺は役者じゃないんだ。


「こっ」


 言い淀んだイケオジが息を呑む。

 隣の水槽が暴れ出した。

 起きてたのか?

 アイロンのきいた白いハンケチで額を拭ったイケオジが、さり気なくハンマーを握ると、内部から叩かれる音はなりを潜めた。

 不服さを示すようにコンコン弱弱しく蠢いている。


「本物か?中身入りか?」


 爺がじっと見ている。

 こいつには伝わってなかったのか。


 ロリがワザとらしく咳払いした。


「日光領、先代舞原家当主。ルルルレン・フォン・舞原・シュミット・レルルルレンル・ルルラルロ。いや。御存命な今、先代は相応しくないの。十四代当主の許嫁とあらば、真に!信に値する」


 重々しい語りでふざけた口上を述べつつも、目は護符から離れない。

 イケオジも目を細めて睨んでいる。

 水槽の音も完全に止んだ。

 のじゃロリは、自分の仕事は済んだとばかりに席に戻り、マグカップに口を付けた。


 俺はいつまでここで間抜けにドヤってれば良んだ?

 とりあえず仕舞っとくか。


「これは、荒れますぞ?」


 イケオジのキザったらしい口調が消えている。

 代行の口役はお預けか?


「この際、整理整頓の予定じゃ」


「なんと」


 あいつ貴族の当主だったのか。細かいことは分からないが、ルルルと四つ耳は跡目争いで負けてああなったのかな?

 ルルルが生きてて、お墨付きの俺が氏族間のパワーバランスに口を突っ込めばそれはルルルの意思だと言いたいのだろう。


 ドスン。ドスンと。俺に向かって水槽が振動を放ってくる。

 あ、これは俺にも分かるわ。


「棗子様の許嫁。如何ほどのものか。代行は確信を深めたくなさっておいでです」


 浜辺でのロリアタックからあの時のおっさんの口ぶりで、なんとなくこうなる気はした。


「深めるも何も、代行とおのこが相対しても何も得るものが無かろう」


「ええ。なので不肖ながら私めがお相手致しましょう」


 ロリエルフは愉しそうにシシシと笑った。


「はて、何時になく乗り気じゃの?邪推が捗ってしまうのぅ」


「如何様にも」


 コツコツと俺に向かって歩いてくる。

 ああ。相対してヨーイドンじゃない。

 もう始まってるわ。

 こいつとは良い酒が飲めそうだ。


 誘導禁止区域の筈なのに、どこからともなく集まってきた俺のコントロール下に無いファージが、接続しようと物理的な圧をかけながら接触してくる。ガードで完全に弾かれているが、器用だな。親和による浸食が始まっている。

 俺はまだ座っているのだが、どうするか。

 勝ち筋としては、ファージ合戦で圧倒すれば良いのだろうが、小手先でのしても何のインパクトも無いだろう。

 インパクト。

 やっぱ基本は大事だよな。


「俺は使って良いのか?」


「善い善い」


 カンガルーに聞いたら嬉しそうにエルフが応えた。


 ガードの一端を細くして外に伸ばす。店の外へ。

形状を変化させ、風も使って伸ばす。

 伸ばして、伸ばして。見付けた。

 隔離区画でも霧は容赦なく入り込んでくる。


 伸ばした所為で体内の所持量が多少減って、体表面で空気中の物理的な防衛が疎かになるが、操作上限の濃度五千以上は余裕でキープ出来ている。別に問題無い。

 息は止めておこう。


「ガラ空きでございます」


 近づいてきたイケオジは俺の首を掴み持ち上げた。

 アトムスーツは固定しているが、手はギチギチと締まり、その指はファージを毛虫の針にして容赦無く差し込んでくる。

 首を伸ばして怪我したくないので腰まで自重を固定しておくが、それ以外はやりたいようにさせておく。


「拍子抜けですな」


 それはこちらの台詞だ。

 口を開く余裕があるのか?

 厭らしさではのじゃロリの方が上だった。

 こいつのコントロールするファージはあと数秒で皮下に浸食するだろう。

 届いたら、やりたい放題。

 だと思っている筈だ。実際、大抵はそれでケリがつく。

 演出の為にワザとゆっくりやってきたのか、これがこいつの精一杯なのかは分からないが、遅い。

 俺を再起不能にするなら、初っ端でやらないと。

 ん。繋がるな。


「これで終わ」


 言い終える前にバシンと良い音がして、奴の手が血飛沫を散らして弾け飛び、俺はスタッと降り立つ。

 手を失って大の字に倒れたイケオジは気を失ったままバタバタと激しい筋痙攣でのたうち回っている。


 手品ではないので、種明かしがてら少し恐怖感も煽っておこう。


「人数は関係ない。霧が有れば、そこは俺のテリトリーだ」


 いそいそとイケオジの手の肉片を拾い集める黒コートたちを尻目に、低い声でそう言うと、ロリが拗ねた声で机を蹴った。


「なんじゃ。わっしの時は手加減しとったのか」


「規約を守っただけだ」


「DOSアタックじゃな。いくつ使った?」


 量?


「とりあえず繋がったリソース全部」


「おほっ」


 オホッている。


「修復剤はあるのか?」


 止血している黒コートの一人に声をかける。


「無用にございます」


 澄んだ女の声だった。喋れたんだ。


「コンコンの翻訳出来る者もおらんし、今日はこれでしまいかの?」


 三男もコンコンしている。


「姫、掃除するなら初動は併せても良い」


 爺が苦い顔で俺を見ながらロリに声をかけたが、ロリは首を振った。


「未だ、その時ではないの。伏せた方がよかろ」


「それは。こちらとしては有難いが」


「追及は有ろうの。じゃが、法案を通さんと使えるコマが少のうての」


 爺が眉間に皺を寄せる。


「それは俺らに言って良かったのか?」


「ヒッヒッヒ。おのこを囲った時点で一蓮托生よ」


 爺の眉間の皺が増えた。


 俺は悪くねぇ。




 貴族の公式訪問は送迎がデフォらしい。採掘も止めて送迎に人取られて、もうマジ来るなよ。助けに来てるのか邪魔しに来てるのか良く分からないな。

 コンコンご機嫌な水槽はカンガルーがトンネル出口まで送っていき、その後俺がのじゃロリを送っていく事になった。

 準備が整い出ていく水槽を爺が店の入り口で見送っている時、ロリ姫が馴れ馴れしく話しかけてきた。


「なんじゃ?面白くなさそうだいの?顔に出すと寿命が縮んでまうぞ?」


 何をしようとしまいと、俺の寿命は縮みまくりだ。


「事前情報無さすぎて泣ける。俺は準備を大切にしたい人間なんだ」


 厭味ったらしく笑ったロリは社交辞令に時間をかける爺とタンクたちを流し見た。


「準備は幾星霜もかけておる。足りぬのはおのこの心構えよ」


 想定できないアクシデントにどう準備しろと。

 こういう状況ではこうしようとかはある程度決めているが。

 ”いきなり連れてこられて、こんにちは死ね。祭り”はいつやるの?

 とか聞く馬鹿は居ない。

 俺が教えられていないスケジュールが多すぎなんだよな。

 ん?


「気付いたのかえ?」


「ああ」


 そうか。

 この地域ではこれがデフォなんだな。

 計画を立てると潰される。

 予定を立てると殺される。

 確定した未来の予定はデスフラグにしかならない。

 だから最小限の人数で最小限の事しか決めない。

 殺し、殺されるという事が都市圏より身近にあるこの地域では、俺の常識は異常なんだ。教えられていないという事は、俺がやり遂げるだろうという信用の裏返しなのか。


「おうおう。聡い子じゃ。さて、わっしも出ようかの」


 長ったらしい挨拶の後、のじゃロリは俺を伴ってトコトコ住宅街の奥へ向かってゆく。後ろに気配を殺したモデルたちがいて落ち着かない。

 こっちはまだ地図を貰っていないな。


「ん!?」


 給水塔の隙間に巨大なエレベーターシャフトが見えてきた。

 荷物用巨大エレベーターの前の駐車場には、蜘蛛型のチェーンソー付きブルドーザーみたいな見慣れない掘削機が大量に並んでいる。

 全部未使用の新品だ。何だこれ?初めて見た。

 これは外に出さなくて良かったのか?


「これは臭くないのか?」


 エルフ様は重機の臭い嫌いなんじゃなかったのか?


「嫌がらせの為だけに入れ替えさせとる訳が無かろう?この炭田は要警戒施設じゃ。わっしらが店順する事で不法所持する重機が無いかを炙り出し、反抗の意志を挫いてる訳じゃな」


 んで、未カウントはここに隠すと?

 ここなら確かに、普段エレベーターはシャフトごとスキップされるし、遊びに来るエルフしか見ないよな。


「これが何だか分かるかいの?」


 無い胸を張って偉そうだ。


 ブルドーザーっぽいが、シャベルの代わりに変な鉄板が付いている。

 キャタピラは無く、アンカーも兼ねた脚が六本。

 ぶっとい油圧シリンダーで可変する掘削ドリルが正面に出ていて巨大な棘付きこん棒を彷彿とさせる。サイドアームに何故かバカでかいチェーンソーまで付いている。後ろにはパワーショベルとてんこもり。

 意味不明だ。

 上に出してある他の重機と違い、臭いからして軽油を使っている。

 たぶん、被弾時に引火しにくいからだ。

 つまり、戦地で使う物の筈。

 陣地構築?

 戦場で道路作るのに使うのか?

 用途が分からん。


「なんじゃ?工作機械好きなのに分からんのか?」


 くっ。


「誰から聞いた」


「質問しとるのはわっしじゃ」


 うーん。

 だめだ。


「分からないな」


 こんな変な物を大量に揃える意味がもっと分からない。

 これを使ってどう戦うんだ?


「教えてやっても良いが、只ではのぅ?」


「もったいぶるな」


 素寒貧で逃げてきたガキから何を毟り取るつもりよ?!


「良いスーツ着とるの」


「駄目だ」


 これは駄目だ。

 地下の技術がナチュラリストに漏れるのは不味過ぎる。

 ああ。これを着てエルフの前に出るべきでは無かった。

 ん?

 カンガルーやファージ屋のおっさんは想定してたはずだよな?

 つまり、のじゃロリが興味を示すのはアリ寄りなのか?


 でも、これは提供できない。

 どう考えても渡してはいけない技術だ。

 俺にどうしろというんだ?


「殺して奪おうかのう?」


 顎に指を当て、可愛く首を傾げている。


 冗談に見えないんだよな。

 本気で選択肢に入れてそうだから困る。

 ああ。そうだ。


「代わりに、別れ際に良いモノをプレゼントしよう。淑女なら皆大好きなモノだ。それに満足したら教えてくれ」


 別に、後でカンガルーに聞けば只で教えてくれそうだが、こいつが今所望してるのは地下製アトムスーツの口止め料だ。


「満足!」


 後ろを振り返りワザとらしく大声で叫ぶ。


「わっしを満足させるとな!それはそれは!」


 周囲の無表情モデルたちは顔を伏せ、薄暗い照明の中、ひと際青ざめて見える。




「愉しみじゃのう!!」


 上昇するエレベーターの爆音に負けず、声を張り上げたエルフは俺と手を繋いでブンブン振りながらご満悦だ。

 流石にこの状況でファージ合戦は仕掛けてこなかった。

 機嫌を損ねたら殺されるので発言を撤回してくれとお付きのモデルに言われたのだが、進言したモデルがタコ殴りにされた。

 俺が止めなかったらボロ雑巾になってた。

 この今のニッコニコとのギャップがドン引きだ。


 このモデル男子たちの立ち位置はどこなのだろう?

 崇拝者とは違いそうだ。

 身体の損傷も見られないし、臓器を抜かれているようにも見えない。

 ここでこいつに聞く訳にもいかないし。


 っと。着いたな。

 ご満足頂けるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る