第146話 タンクと印籠

 給水塔のバーに入ると、まず目についたのは部屋にひしめく大量の黒コートたちだった。皆同じ金属製の黒いマスクを付けているので見分けがつきにくい。

 そっこらじゅうを引っ掻き回して何かを探している。

 マスターのお姉さんがそれを見ながら渋い顔で腕を組んでいる。

 中央に一つだけデンと置かれた重厚な丸テーブルには、四つ分の席があり、モデルたちを後ろに控えさせたのじゃ姫と、一度だけ画面越しに見た事のあるカウボーイハットの爺が既に席についている。この爺は確か炭田の経営責任者だったな。

 椅子はもう一つ開いていて、四方の一つには高さ二メートルくらいある金属製の円筒型水槽が設置されていた。

 爺の耳元でこそこそ話していたカンガルーが俺に気付いて近づいてくる。


「空いている席に座れ。家宅捜索が済んだら始まる」


 ゴンゴンと水槽が内側から叩かれ、結構響く大きな音だったのでびっくりした。

 水槽の隣に控えていた髭のナイスミドルが口を開く。

 ごっついキッチンワゴンの上に手術用具の見本市を開催している。

 なんだこいつ?何しに来たんだ?

 三人で俺を食べるとかじゃないよな?


「代行は不服に感じておいでです。只今の言葉は訂正されることをお勧めします」


「事実を言ったまでだ」


 椅子を引いて水槽の真向いに俺を座らせたカンガルーはこれ見よがしに俺の両肩に手を置く。水槽の暴れる音が酷くなった。ミシミシいってるが、壊れないのか?

 代行?誰だろう?例の金持大好きな三男なのか?


”ガードは全開にしておけ。表面三センチまで許可する。空気以外何にも触れるな”


 カンガルーから電磁波通信だ。


”了解”


 ガード範囲を拡大すると、ロリの肩がピクッと動いた。

 特に何も言われなかった。


 金属水槽の大きさは丁度貝塚の持ってる棺桶くらい、覗き窓が付いているが中は真っ暗で見えない。響き具合から、中は液体で満たされていると思う。二輪の台車で運ばれてきたようで、ワックスの効いた綺麗な床に真っ黒なタイヤの溶跡が入口から続いていた。

 掃除が面倒そうだな。

 この嫌がらせみたいに店中ひっくり返してるのに比べたら大したことないか。

 マスターの顔を見ると、口の端で苦笑いして軽く鼻を上げた。

 指した先を見ると、ロリ姫が全開でサーチをかけている。

 無表情で眼球が小刻みに動いててキモい。

 ちょこんと腰掛けているが、椅子が合ってない。足は床に届かず、テーブルの上に頭しか出ていない。子供用の椅子は・・・、ここには無いよな。そんなの。

 姿勢が無駄に良い。

 姿勢が良いだけで美人度三割増しと昔から言われるが、ロリエルフだと違和感が凄い。

 水着にパーカーではなく、いつの間にか軍服に着替えていた。

 着替えるの早過ぎ。別人か?な訳ないよな。


「もぅ無いの。これで良いかの?」


 めっちゃ堂々とファージ誘導して各所に仕掛けられていたカメラやら盗聴器やらをバラバラとテーブルに落とす。やっぱナチュラリストは暗黙の了解でファージ使って良いのか。

 のじゃロリが目を瞑り、また開き、定まった視点で水槽を見ると、イケオジが水槽に耳を寄せた。


「代行は満足しておいでです」


 ボコスカ中で暴れているだけで、違いが全く分からないが、どうやってコミュニケーションしているんだ?


「では始めるか」


 組んだ手をテーブルに載せたカウボーイ爺が水槽とのじゃと俺を見た。


 俺の場違い感がハンパない。


「その前に、茶は出ないのかの?働いたら喉が渇いてしもうた」


 猫なで声でマスターのお姉さんに頼んでいる。

 お姉さんの笑顔が怖い。

 直ぐに、なみなみと注がれた真っ黒なお茶が出てきた。


「あ。やはりホットミルクにしようかの」


 こいつ、良い感じにクソだよな。




 自己紹介とかは無かった。

 俺は置物の気持ちになって進行を聞いている。


 話は、現在の各キャンプやジャンクション毎の動向に関するすり合わせから始まり、どこそこの食料品の値段が上がったとか、粗悪品のネジが回収されずに出回ってしまったとかいう話題から、誰と誰が不倫してるとかこの間食べたカレーにナメクジが入っていたとか、下らない流れになり、俺が欠伸を噛み殺し始めた頃、水槽横のイケオジが初めて俺に目を向けた。


「処で、そこのお子はどなたかと、代行は申しております」


「このボウズはカモチの男だ」


 カウボーイ爺が地雷をブッこんでいく。


 ロリが器用に片眉を上げて俺を睨み、水槽が凄い勢いで叩かれ出した。

 上が蓋だったのかな?嫌な音を立てて厚めの金属製の気密蓋がねじ曲がり、少し中の液体が飛び散り始めた。


「代行は非常に不愉快だと憤慨しております」


 言いながらキッチンワゴンの下扉を開き、金属用の両口ハンマーを取り出した。

 何だっ!?ヤる気か?!


 モデル男子の一人がのじゃロリの耳を手で塞ぐ。

 慌てて俺も自分の耳を塞いだ。


 頭の芯まで響く金属音が建物全体に鳴り響き、給水塔の上からエコーが返ってくる。

 水槽の暴れは収まり、そのソケットにいくつかの缶を差し込んだイケオジは軽く頭を下げた。

 開いた上蓋の隙間から刺激臭がしてきたが、黒コートの一人が寄ってきて、慣れた手つきで発泡ポリマーを吹きかけ緊急補修した。


「代行は吸引の為少々お時間を頂きます。それまでは、橋本重工の代表代行は、僭越ながら私めが勤めさせていただきます」


 その水槽連れてきた意味あるのか?

 どう見ても通信やってないんだよな。

 やっぱ、意思疎通してないんだろ?




「今一度確認いたしますが、私共は兵站経路の把握とその随時提供のみで宜しいのですね?」


 イケオジの問いにカウボーイ爺が応えた。


「そうだ。人数とその展開の把握は姫の方で受け持つ」


「それは構わんがのぅ」


 冷めてしまったミルクをチビチビやりながらマグカップの中の波紋を見つめていたエルフは、ふわりと浮かび上がり椅子の背に腰掛ける。

 モデルが二人駆け寄って椅子の脚を支えた。


「そのまま潰れてくれるほど烏合の衆ではないぞ?兵站が潰れたと判明した後の奴らの動きは予想が付かなんだ。奴隷共を喰うて憂さ晴らしするだけで済めば良いが、そう甘い話にはならんじゃろ。周辺のコロニーへの被害対策は必須。じゃが費用捻出できるほど潤っているのはここと九十九里ぐらい」


 爺は鷹揚に頷いた。


「だから。軌道修正される前に、動揺している間に奴らをすり潰す」


 エルフが脚を組み替えた。


「聞き間違いかの?予定では機能不全で上々だったのう?」


 話を振られたイケオジは少し黙考した。


「元々、それが限界だったが、それでは二年しか稼げない。殲滅すれば憂いは無くなる。三男殿の懸念も無くなるだろう?」


「本家が腰を上げる前に始末が済むのでしたら、代行も大変満足される事でしょう」


 エルフが顔を伏せ、プルプル震えている。


「ッハハハハハ!大きく出たのぅ爺!今までの顔色窺いは何処へ行った?!」


 目を見開いて顔が笑っていない。椅子の上に仁王立ちで浮かんだエルフは、ガンくれながら爺の顔を覗き込む。


「俺には姫と違って守るべきモノがある。その為なら苦汁を舐め、泥も啜ろう」


 ロリが意地悪そうに俺をみた。


「このおのこが如何ほどのものか。人一人で出来る事など、散々身に染みておるじゃろう?映画の見過ぎでボケてしまったんかいのう?」


「こいつがいれば、可能だ」


 えぇ~?

 手伝う気ではいるが、何をやらせるつもりよ?

 準備に参加していないんで何をさせられるのか不安だ。


「あまり笑わせるでない。確かに。スリーパーにしてはそこそこヤるようじゃが、寄合衆は百を超えて展開し、その手勢は概算六千。それに、今生き残っている者らに立ちんぼの案山子はおらんぞ?」


 そういうカマかけやめろ。

 説明は有難いけど。

 やるべき事は大体分かった。


「今朝方、飯山のコロニーが降伏したので、千弱増えていますよ」


 イケオジが気付かないフリして補足する。

 エルフは蒸し返してきた。


「百ある拠点と見回り部隊を一つ一つ落して回るつもりか?何年かかる?きゃつらが黙って指をくわえていると思うてか?おのこが寝ている時に攻められたら?あの卑怯から生まれた糞共が、そちが万全の時だけ相手して首を差し出してくれるとな?」


 爺は涼しく笑った。


「姫をからして卑怯と言わしめるとは、寄合衆も鼻が高いな」


「糞坊主が、言うようになったのぅ」


「クソクソ連呼したら高貴な御口が汚れるぞ」


 爺、結構煽っていくな。余程鬱憤が溜まっていたのか。


「作戦自体は三十分もあれば済むだろう。情報が正確ならの話だが」


「心外ですな」


 イケオジは背筋を伸ばした。


「豚相手に筋を通してくれるか半信半疑なんでね」


「上杉を黙らせられるなら、代行はそれ以上は望まないでしょう」


「それ以上が来たら、それはそれでこちらも動かせてもらうだけだ」


「必要のない懸念だとだけ私からは申しておきます」


 言葉では何とでも言えるからな。

 ここにいる全員が、お互いに半信半疑で動いている。


「勧善懲悪に一刻とは。これは毎週世直しの旅にでも出てもらえば、少しは霧も晴れるかのぅ?」


「黄門様じゃねんだけど」


 うん。

 つい口が滑った。

 しかもこれは不味い流れだ。


 イケオジは目を見張っていて、爺は面白そうに俺を見ている。

 のじゃロリは腕を組んで俺の横にフワフワ近づいてきた。

 カンガルーが間に手を入れ、ロリはその手前で止まった。

 ファージ形成された菌糸状の空間が俺のガードに干渉してパリパリと音を立てる。所々、静電気が発生して反力が生まれている。

 ニヤリと裂けた口の端には異様に尖った犬歯が見えた。


「ほうほうほう?わっしは知っとるぞ?おのこは印籠持っとるのぅ?」


 両手をグルグル回し、ワザとらしく驚いたフリをしている。

 あ。やっぱそうなる?てか、普通ここでその話振る?

 誰も幸せにならないと思うんだが。

 憂さ晴らしでキレ散らかしているって訳では無いんだよな?


「見せたら平伏する印籠なんて、古今東西この世には存在しない」


「そうじゃろうそうじゃろう」


 うんうん頷いて嬉しそうに胸を反らしたロリはイケオジの顔を見た。


「じゃが、御威光に納得する輩はおるかもの?」


 深く、息を吐く。

 折角逃げたのに、俺の覚悟はこの程度なのか。

 ああ、脳缶上等。


 ルルル済まん。

 何かあったら絶対助けに行くから、今は許してくれ。


 アトムスーツの首元から、ルルルに貰った護符を出す。


「この紋所が、目に入らぬか」


 どうせなら、手勢は二人欲しかった。

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