第145話 小手調べ
「待たせたな」
トンネルのみなかみ方面口で高射砲のメンテナンスを手伝いがてら教わっていた時、ファージ屋のおっさんがカッコつけながら階段から顔を見せた。
肩で風を切って颯爽と歩いてくるが、ボロいダスターコートなので全くキまっていない。
他にも何人か作業しているのに明らかに俺を見ている、俺に言ってるのか?
周囲のムサイ作業員共も何事かと俺を見た。
「待ってないが?」
俺は今、このボロボロに使い込まれた美しい高射砲について無限に学び、心ゆく迄メンテしたいんだ。
「あら。てか、良いから来い」
くそっ。
「付いてくから放せ」
力を抜かれたままがっちり手首を取られている。
今日は作業の邪魔だからとアシストスーツ着てないので、引っ張られるとどうにもならない。
このおっさん、殴られまくってもいつもピンピンしていたが、抜力が得意だったんだな。弱そうに見えて、殺し屋と同じタイプだ。
手首を掴まれているだけで不安になってくる。精神がガリガリ削られる。
「ほんとかぁ?逃げるなよ?」
全く信用されてないな。
俺の評価どうなってるんだ?
「前科がありまくりなんでな」
「仕方ないだろ。アスレチックしやすい所ばかりなこのトンネルが悪い」
確かに。
スタジオで踊り録画させろとか、エルフの茶坊主しろとか、下らない用事の時はパルクール大作戦でとんずらこいたりしたが。
「何なんだ?高射砲のメンテナンスより重要な用事なんだろうな?」
「ったく。それほどじゃない。ファージ隔離出来る所まで潜ったら話す」
ナチュラリストに聞かれたくない話か?
確かに、外じゃ出来ないな。
結局、信用されず引っ張られてたどり着いたのは汚水湖の船着き場だ。
そこからモーターボートで高級別荘街まで行く。
今日は区画全体に煌々と火が灯っている。
エルフが来ているのか?
大丈夫なのか?俺が来て。
船は正面道路に続く砂浜に真っ直ぐ向かっている。
浜辺に人影がちらほら見えた。
「うぇ」
ヤバ。声に出た。
「む」
おっさんも予想外だったのか、軽く唸り声を漏らした。
舵が一瞬ブレた。舳先を他へ向けるか一瞬悩んだみたいだ。
「ご挨拶じゃのぅ」
浜辺に水着で遊んでる連中がいるなと思ったら、軍服のじゃロリたちだった。今エルフが着ているのはワンピースの水着だが。
綺麗処を揃えてキャッキャウフフしている、囲んでいるモデルたちは皆目が死んでいる。
壺は被っていないが、こいつらも崇拝者なのか?
”おい、おっさん。せめて説明しろよ”
この間、おっさんともアドレス交換した。
このおっさんは中々話せる奴だった。
”言ったら逃げただろ”
かもしれん。
”俺らの準備が整ったので三者会談の算段がついた。北伐の擦り合わせだ”
ああ、戦争の準備が整ったのか。
ん?
”それって俺いる?”
スリーパーがいてもトラブルにしかならない気がする。
”うちが鋼鉄だけじゃなくて大量破壊兵器も持ってるって知らしめとかないとだからな。この姫も、タンク殿も分かりやすいモノがお好みだ。ヨコヤマがいた方が話が進め易い”
納得。
だが、ちょっと待て。俺は大量破壊は出来ない。
”異論はあるが、内容は了解”
「内緒話は済んだかいの?」
ボートから降りてゆっくり近づく間にした電磁波通信だが、しっかり気付かれている。
「久しぶりだな。元気だったか?」
俺の挨拶におっさんは噴き出し、のじゃロリは鳩に豆鉄砲の顔だ。
「取り巻き連れてこなくて良かったわい。おったら殺されとるぞ」
口では脅しつつも、モデルが用意したパーカーを羽織った後嬉しそうに腕を組んでくる。
仕方なくファージガードをフルスロットルする。
何もしてこないのでサーチだけされてる嫌な感じだ。
どうせデータ取られるだけなのなら、脳死状態でローテーションだけしてようかな。
と、ローテをかけようとした矢先。
「ニシシ」
電磁波通信からマルウェアの同時攻撃。
おっさんの回線経由で来た。
おっさんは気を失ってぶっ倒れた。
回線は生きていて攻撃は続いている。
この程度の優しみに溢れた攻撃なら大したことは無い。
ファージガードはそのまま継続で、電波の方もコンパクトに対処していく。
古臭いが種類豊富だ。懐かしいプログラムも有った。
役立たずはお付きのモデルの肩に担がれたのだが、誰が案内して何処へ行くんだ?
ここでガチるのか?
「相変わらず役立たずじゃのぅ」
同意だ。
加えて、アトムスーツのコントロールに物理的に強制干渉してきた。
サーモが反応してないのに、全身の電熱線が発熱を開始する。
ファージガードの膜の上から力技で、自分の持ってきていたファージを動かし、磁力を発生させている。
地域柄、鉄粉には困らないもんな。
感電して運動を阻害するほど強い電力は発生してないが、電熱線にピンポイントで当ててきて厭らしい。
当然、蒸し焼きは嫌なのでカウンターさせてもらうのだが、どうやるかな? ここってファージ誘導禁止区域だったんじゃないんですかね?
こいつはやりたい放題オッケーなのか?
見られてないからノーカン的な?
おっさんの意識は無いが、カメラは沢山ある。証拠は残るだろうに、知りませんで通ると思っているのか?
これだから貴族は。
「余裕そうよな?」
おっさんが気を失ったままなので、おっさん自身の防衛は死んでいる。
所持データにアクセスすると、地位協定の規約が直ぐに見つかった。
のじゃロリに見られているのは承知の上。ヤマ勘でそれらしい項目にアクセス、文言を確認する。
しっかり明記があった。
なので大丈夫。
体内のファージに最微細コントロール可能な組成を構築、血中のヘモグロビンに含まれる鉄の分子を検知可能にする。別に、はっきり判別する必要は無い。分子構成を弄る必要も無い。電子の運動方向が揃っていれば磁力が発生する。総当たりで磁力が発生しやすい並びを作れば、後は勝手に強化される。それを電熱線に近い血液中で磁界を反発させる方向に瞬間的に増やしていくだけだ。鉄じゃなくとも揃っていれば何でも磁界化出来るが、今はこれが一番確実。
誤爆すると血栓が出来るが、蒸し焼きよりマシだ。
意味のない部位や、危険な状況になった部位は、揃えたヘモグロビンを無理矢理元に戻せばいい。
体内のファージ含有量は知られたくないので、念の為十分の一しかコントロールしていない。
「むふ」
エルフが堪え切れない含み笑いを漏らす。
「なるほど。確かに考えたのぅ」
完全に遊ばれているな。
外部のファージ誘導さえ行わなければ罪には問われない。
なら、内部なら可という事だ。
含有している奴も多いだろうし、その度に罪に問うていたら首吊台がいくらあっても足りないだろう。
こんな奴殴った方が早いのだが、俺が手か尻尾を出すのを待っているのだろう。
そしてそれは今の所失敗している。
俺たちはただ腕を組んで歩いているだけ、そして、空気組成を弄ったりすれば接触してしまうが、これなら互いのファージはまだ接触していない。
つまり合法だと言いたいのだろうな。
規約を読む限り、鉄粉操作の時点でアウトなんだが。
ナチュラリストからすれば、豚は殺しても罪には問われない。
どうせ、俺が焼き豚になったら、豚と勘違いしたで済ませる気だ。
「ふぅん。今日は少し砂嵐がきつかった様じゃの。おめめは大丈夫か?後で空調室に一言申しておこう」
あの前回エンカウントしたバーが見えてくると、周囲を取り巻いていた鉄粉の霧は一瞬で霧散し、電子攻撃も停止した。クソエルフは俺の腕に頬を寄せる。
体の芯が妙に熱い、レントゲンを浴びた後みたいに妙な火照り方をしている。
臓器にかなり負担がかかったみたいだ。
「そうだな。その綺麗なおべべも汚れてしまった」
パッと離れたエルフは、俺と触れていた部分を見る。
薄い藤色の綺麗だったパーカーは鉄粉や炭で汚れている。
別に意趣返しした訳じゃ無い。
不可抗力だ。お前が攻撃した結果だ。
「アーサー!」
後ろに歩いていたモデル男子がすっとんで来てかしずいた。
メスガキはそいつに脱いだパーカーを投げつけ、顔面に蹴りを入れる。
「ぐっ!?」
鼻に入って悲鳴を上げた。痛そう。
痛みは感じるのか。
両手を上げたエルフに、他のモデルがササッと寄って新しいパーカーを羽織らせた。
俺に見向きもせず、さっさと歩いて行ってしまった。
ドサリと後ろで音がして、おっさんが放り出されたのに気付く。
お付きのモデルたちも俺らをスルーして行ってしまった。
「そろそろ寝たふり止めろよ」
「お?分かる?」
ひょっこり起き上がったおっさんは悪びれも無く俺の横に立ち、首の後ろをさする。
それをやって良いのはさっきのあいつみたいな首を痛めたイケメンだけだぞ。
「役に立っただろ?分かりやすい位置にフォルダ出しておいた」
茶番にしては賭けるチップが高すぎる。
「あいつ、ワザとなのか?」
「これからが本番だ。今のはお優しい姫が手ずからエスコートしてくれたチュートリアルみたいなもんだ。タンクには読み合いなんて通じねぇぞ。気を付けろよ?」
何をどう気を付けろと。
「既に帰りたいんだが」
「まぁまぁ。おじさんたちを助けると思って」
「あんただけ助けたくないな」
「酷いなぁ」
嬉しそうに言うなよ。
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1日2話更新期間終了です。また月、水、金更新に戻ります。楽しんでいただけたなら幸いです。
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