第144話 神楽
この炭田には、ライブハウスが無い。
開発当初は何件かあったが、敵対組織から破壊対象に指定されたり、エルフのたまり場になったり、自爆テロの標的になったりで。
もう炭田運営側として禁止になったそうだ。
ファージ誘導禁止区域も多い為、人々が音楽に触れるのは有線放送と突発的なライブのみとなる。
特徴的なのはやはり。
ここの奴らは群れない。
例えば今、隣で帽子がマンドリンを奏でているが、集まってこない。
隣の屋台の有線はボリュームを下げ、周囲の喧騒は静まり、誰もが耳を澄ます。
帽子の手元を眩しそうに見つめる奴もいる。
「本当は、皆グルーヴしたいんだ」
もう片方の隣で、口元でグラスを傾けているオーガが俺にも聞こえにくいくらい小さな声で呟いた。
「でも。駄目だ。・・・集まるたびに、人が死ぬ」
この屋台街も単位面積当たりの入場制限があるらしい。
そうそう。青柳はオーガ種だそうだ。
ゴブリンと言ったら死んだ目になり、俺が謝って降参しても止まらず、地べたに這いずるまで腹を殴られ続けた。
当然だが、年頃の女性をゴブリンなんて言ったら俺みたいな目に遭う。
内臓がかなり痛んだ。二、三日胃液がおかしくなって、文字通り苦い経験になった。後でカンガルーから聞いたが、その後青柳はロッカールームでマジ泣きしてたらしい。
オーガだ。オーガ種の青柳さん。
大丈夫。もうポロッと口から間違いがコロリしたりはしない。
「俺の為に。俺らの為にグルーヴしてくれ」
ん?
「何?俺が?」
青柳が自分の前の通りを手で示す。
最近の青柳には少し後ろめたくて、強くノーとは言いにくい。
通りと言っても、屋台の隙間で、人が四人並んで通れる程度だ。
床は、巨大なグレーチングがとりあえず敷き詰めてあるだけなので十メートル下はドブ水のため池だ。ジャンプしたらずれて踏み抜きそうだ。
「お前を見て、我慢する。だから踊ってくれ」
帽子も同じ気持ちなのか、リズムの強い曲に変更してきた。
「専門外なんだが」
「上手かったろ」
泣きそうな。悟ったような。燃えるような。
こいつの眼力は異様に強い。
「ちょっと待て」
どうするか。
使える素材がそもそもほとんど無い。
ああ。
サワグチ召喚の時のソフィア先生のステップがどっかに有ったな。
あれをアシストスーツの出力用にコンバート出来るか?
モーションの接続に手間取ってうんうん唸ってる俺を青柳は黙って見ている。
イントロだけを流す帽子を不思議に思ったのだろう。周囲で聞いていた奴らが目を向けている。
ランダムでも良いのだが、とりあえずは一通り流すか。
合わなければ回転か足踏みでもして拍子をずらせば良い。
「おっし。いくぞ」
カウンターの席から飛び出し、軽く踏みはじめる。
やっぱソフィアのステップは身体に馴染む。
爪先で叩く度にグレーチングが良い音で反響し、マンドリンと合わさると妙な味がある。
「金持、ファージ使って良いか?」
どうせならとことんやりたいよな。
「・・・好きにしろ」
恨めしそうに俺のステップを見ていたカンガルーが、無言で訴えるオーガの眼力に負けて許可を出した。
あのシックなエフェクトセット使おう。
上に投影するか。
音に身体が馴染んできた頃、まろやかな重奏がどこからか響いてきた。
誰かがどこかで、ギターを弾いている。
周辺の屋台はいつの間にか照明を消し始め、湖面が反射する薄暗い光の揺らめきの中、拡大したエフェクト付きステップの映像が投影される。
一斗缶を菜箸で叩いている感じの音もする。
才の無い俺は、やっつけアレンジは愚策なので、ソフィアの思い出をなぞる。
こんな事してる俺を見たら、あいつはどう思うだろう。
やっぱ鼻で笑うだろうか。
誰もリズムに乗って揺れてないが、周囲の奴らが集中しているのが分かる。
こうなってくると、音も大きくしたいよな。
ソフィアだったらスフィア無しで音響操作も出来るのだろうが、俺にあそこまでの技術はまだ無い。
ここにつつみちゃんが居たら、容赦なくスフィア浮かべて爆音でベースを掻き鳴らし始めるだろう。
口を尖らせてベースを抱えるつつみちゃんを思い出して目の前が歪む。
何故だろう。ソフィアのステップには念でも籠っているのだろうか。
ここんとこ忙しすぎて思い出していなかったが、頭の中で再現されるステップがスーツに伝達され、その刹那、刹那、あのステージの皆を思い出す。
皆良い奴らだった。
良い人たちだった。
クソの俺には勿体ない。
怖くなって、逃げ出した。
駄目だな。
動きながら、下らない懐古がローテーションする。
無心でやろうとしても、つい考えがそっちの方向にいってしまう。
ソフィアはどんな気持ちでこのステップを踏んでいたんだろう。
あの時、つつみちゃんがぐったりしてて、俺がキレて、サワグチのコピー体召喚の準備して、それはそれとして皆楽しそうだった。
只々、楽しいだけでは無かっただろう。ソフィアは嬉しそうに笑って踊っていたが、内心は分からない。
もしかしたらだが、こういう思考に陥ってしまうのはこの脚運びが原因なのでは?
いやでも、ソフィアは舞台に立ったなら、物思いに耽りながら動いたりなんかしなそうだ。プロとして踊るだろう。
回転の力で腕を広げ、風を切った手の振りの力の方向を変えて脚に流す。
自然に動いた足をしならせるとパシンとグレーチングを叩く。両足で連打すると、ガシャンガシャンと良い音が響く。
足元の揺れを吸収して止め、軽くタッチしながら爪先を滑らせる。
ああ、別に小節毎に切らなくとも良い。
次に持ち越してステップを繋ぐ。
いつの間にか無心に、音に身を任せている。
自分が無になり、音に反応するだけの肉の塊になる。
エフェクトも消し、動きを正確になぞる事だけに神経を尖らす。
気付いたら、帽子は弾くのを止めていて、あの安っぽい一斗缶ドラムのリズムと俺の出す音だけが辺りに響いていた。
皆、上に投影したステップ映像を見上げている。
どんな気持ちなのか、何を考えているんだろう。
俺にこのステップの意味は分からないが、いつか分かる日が来るのか?
つつみちゃんはメッセージ性とか大っ嫌いだし、ソフィアも案外フィーリングだけで動いてたり・・・、はしないな。
あいつは踊る時は必ず理詰めで動いてた。
実際、計算された動きなのは動いてみると良く分かる。
突然、ガシャンと音がして、何かが水に落ちる音がした。
俺も足を止める。青柳がパッと立ち上がり走り出した。
もう全身汗だくだ。アトムスーツの冷却を強めにする。
酸素が足りてない。クラクラする。ブタとの追いかけっこより疲れた気がする。ボンベは簡単に補充出来ないから使いたくないんだよな。
仕方なく、臭い空気を肺一杯に吸い込む。
膝に手を当て下を向くと、顔から汗がボタボタ落ちて下のドブ池まで落ちていき、黒く暗い水面に輪を作る。
音の元に走っていった青柳が頭を掻きながら戻ってきた。
「酸欠で気を失って下に落ちたんだと。ったく。水差しやがって。最期まで叩けよな」
カンガルーも帽子も返事をせず、ボーっと俺の足をみていた。
近くで呑んでいた奴らが、帰り際に俺の肩を叩いて行く。
何も言わないので、不気味だ。
自分が座ってた席に戻ると、店主がレモン水を出してくれた。
ん?この辺りでレモンなんて手に入ったのか?
「お前の踊りは素敵だな」
カンガルーが呟く。
「何だろう。素敵だ。他の言葉が見付からない」
「踊りじゃない。只のステップだ。俺は真似ただけだ。元の踏んだ奴はプロだ」
「南で流行ってるのか?」
「どうだろう。今やってたやつはライブで即興で披露しただけな筈だ。地元では一角の奴なんじゃないのか?」
そうだ。
「何でマンドリン止めたんだ?」
動いてて少し寂しい気もした。
帽子は片手でコードを何種類か抑えてから手を滑らせた。
弦がキュンと鳴く。
「合う曲が思いつかなかった。ステップのストーリーは分かるが、メロディラインが見付からない」
え?分かるの?!すげぇな。
・・・ああ。流石にあの時の曲は録音していない。
後でレコーディング済んでからつつみちゃんに貰おうと思っていたからな・・・。
「どう感じたんだ?」
帽子は、マンドリンを抱え、マフラーに顔を埋める。
「乾いた悲しみ、悲しい、悲しい。干乾びた喪失感の中に芽生えた希望。解放される歓びと、不安。期待。悲しみへの責任と、・・・いや。分からない。そう感じただけだ」
息を吐き。
「あたしが合わせられる曲は思いつかなかった」
ぽつりと漏らした。
「そうか」
ああ。
あの時は、ただすげぇとしか思わなかったが、そうだよな。
「それは、たぶん合ってる」
帽子はうんともすんとも言わず、黙ってマンドリンを抱えていた。
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