第143話 再襲来

「おかしいのう。おかしいのう?」


 カンガルーの膝の上に乗り不思議顔だ。


「裂いたつもりが、何で親密になっとるんじゃ?」


 こん畜生。


「おかしいのは貴様の頭の中だ。何故一人で戻ってきた」


「ダッテのぅ~」


 エルフの視線は俺とカンガルーをチラチラ行き来している。


「今話をつけておかんと拗れそうじゃったからのぅ」


 確かに。

 事実。壺頭の肩に載ってトンネル内でファージ使ってたこいつは、今の俺にとって一時的に頼るだけの敵だ。

 こんな奴らが幅を利かせている限り、東北の人類に平穏は訪れないだろう。


「坊はわっしらを誤解しておる様じゃったからの」


「うちのエースだった奴攫ってって、壺被らせといて誤解もクソもあるかよ」


 俺に立場表明してる感はあるが、カンガルーも同意で良かった。


「ファージが無いと強気じゃのぅ」


 後ろ頭でカンガルーの胸を小突き、俺を見る。


「わっしについて、どう教えられた?」


 何を言っても角が立ちそうだなぁ。

 口を尖らせたカンガルーを見る。クイッと顎を上げたので、好きに言って良いらしい。


「舞原家の外交官でこの炭田に便宜を図っている。人材を引き抜いて崇拝者にするので難儀している」


「当たらずとも遠からずじゃの。あ。わっしにはホットミルクを頼もう」


 胸に頬を擦りつけるエルフを見下ろすカンガルーの目は、今にも縊り殺しそうに爛爛と輝いている。怒りが空気を通して伝わってくる。

 気付いているだろうに、全く気にしていない。


「して。坊はどこでそれを手に入れた?」


 アクセスキーか。やっぱ気になるよな。

 さっきの今で、カンガルーから俺に話が行ったと想定してカマをかけてきている。

 という事は、誰から貰ったかとか、はっきりとは解ってないんだな。

 判別方法は知っときたい。電磁波も発生してないし、ファージによるプロトコルも動作は検知できない。どうやって気付いたんだろう?


「何の事だか。答えにくいな」


「何故じゃ」


 どこまで言っていいのか分からない。

 しらばっくれてキレられたらそれはそれで面倒だし。

 エルフがじっと俺を見ているので、カンガルーに確認できない。

 通信どころか、顔色窺ったらそれだけで判断材料にされそうだからな。


「だんまりか。良う教育しとるのぅ?」


「どうやって気付いた?」


 持ってるのは気付かれてるんだし、これくらいなら良いだろ。


「親族にしか教えられんのう」


 くそっ。

 目端で笑われた。


 墓穴掘ったな。俺は腹芸は苦手なんだ。

 やはり口は災いの元だ。

 今の一言で、俺が見分け方を教えられていないとしっかり気付かれた。

 事実なのだが、今の問いで俺とルルルの関係性もある程度推測付くかもしれない。


 盗んだと思われた方がこいつには良いのか?

 カンガルーからのリアクションも無い。


 仕方ないので顔色を窺う。

 カンガルーは強い眼光だが、俺に対して否定的な目ではなかった。

 おーけー。なら堂々としていよう。


 誰から貰ったのかまでは分かってないんだよな?

 やはり判別方法は気になる。

 ナチュラリストと会う度に身バレを心配していたら俺の心臓がもたない。


「だから何だという程度の事だろ?目くじら立てて粗探しするほど大事なのか?」


 ロリエルフがイラッとしたのが分かった。


「剣崎。知っとる事を言え」


「ぶふっ。ゴホッ」


 他人事で酒をチビチビやっていたおっさんが少し咽た。


「ゲホ。この方はナツメコ殿の許嫁でふぐッ!?」


 カンガルーに裏拳で顎を殴られてぶっ飛んでいった。

 目を回して動かなくなっている。

 こいつの拳は凄いな。

 挙動最小限なのに、一撃で確実に意識を刈り取っている。

 俺、今まで手加減されてたのかな?


「懐かしい名じゃのぅ。生きとったか。護符も回収した筈じゃが」


 これ、殺った方が良いんじゃ?

 俺は覚悟できてるぞ?


「止めろ」


 カンガルーが俺を見て言った。


「その心配はない。こいつは我々の味方だ」


 本心からそう言っているようには見える。


「おうおう。良い子じゃ。だから金持は好いとるのじゃ」


 ゴロゴロ甘えるエルフと、怒りのボルテージを上げるカンガルーが対照的だ。その差がどこまで広がっていくのか限界を知りたい気もする。


 ファージが繋がっていない今なら、まだナチュラリスト全体にルルルが健在なのバレないんじゃないのか?

 ここでこいつが行方不明になると時間が足らなくなるか?

 ルルルの生存がバレるデメリットはどの程度だ?


「マイバルはカイズカより手ごわいぞ」


 ついカンガルーの顔を見てしまった。


「こいつを殺してもマイバルは揺らぎもしない。我々は一日ですり潰されるだろう」


 こいつらそんなにかよ。


「言ってくれるのぅ。わっしが坊に遅れを取るのかや?」


「そうだ」


 そうなのか?


 エルフは俺を見透かそうと目を細め少し黙った後、軽く溜息をついた。


「まぁ、棗子の想われ人ならそうなんかいの」


 エルフだからって手心は加えないつもりだが。

 殺し合いは無しで良いのか?


「坊は山田ではないんじゃな?」


 まぁ、そうくるよな。


「違う名前だ」


「なら良い。わっしは関知せん。全てここだけの話しじゃ」


「そうか。感謝する」


 カンガルーは明らかにホッとした。

 エルフがピンと背を伸ばし、上を見上げる。


「ん?よう聞こえんかったのぅ?ん?」


 ウゼェ。


「公使様、カエデコ殿。お心遣い、感謝します」


 瞬間沸騰してプルプルしている。


「良き」


 メスガキはニッコニコだ。


「おお。ちな、時に坊。わっしのタマを取るなら何とする?」


 蒸し返すなよ。


「全力ガード起動で殴り飛ばす」


 ケラケラ笑い出した。


「そうじゃ!分かっておるの!小細工しとる暇があったら誰にでもそうせいよ?」


「ああ」


 実際にはもっと色々あるが、基本は真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。


「さて。気分が良いうちに今度こそ暇しようかいの」


 はた迷惑なエルフはそのまま浮き上がり、吹き抜けの闇に消えていった。

 ひょっこりまた出そうで、口を開けない。


 そのまま暫くチビチビ飲んでいた。


「行ったか?」


 おっさんが起きた。

 全員に無視されている。

 俺も無視しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る