第141話 話し合い
特に何事も無くエルフ たちは帰っていった。
機材搬出で工期が遅れて、皆キレ気味だ。
所々で殴り合いが発生していた。
帽子とゴブリンは仕事を残しててまた外回りに戻るとかで、エレベーターがグラム単位で混んでて使えないから梯子で上るらしく、かなりしょんぼりしていた。
ご苦労様過ぎる。
俺は、無言で歩くブチ切れカンガルーの後をついて飲み屋街の脇に入って行く。
ネズミを跨ぎながら腐った水に浮く艀と桟橋を渡り継いでいくと、使われていない港に出た。何隻か泊まっている錆て動かなくなった漁船の内の一つに乗り込んだ。いや、動いているな。この船はエンジンが生きている。
階段を数段降りて耐水扉を開け、船室に入って行く。
拷問でもされるのかと思ったが、只の隠れ家的な飲み屋だった。
船室を改装した薄暗い店内は小さなバーカウンターに客席が三つのみで、商売する気があるようには見えない。
所狭しと食器や酒瓶が並び、漁具も雑多に置かれていて、そちらは使われているのか、少し生臭い。
飲食店として最悪なんだが。
「久しぶりだな。どういう風の吹き回しだ?」
「換気塔の風向きが変わったんだ。わたしが変わった訳じゃない」
投げ遣りなカンガルーが指定したボトルには埃が被っていた。
「座れ」
一番奥の席に俺を座らせ、その隣のスツールにドサッとコートをかけたカンガルーはその上に座った。
この椅子、汚いのか?
カウンターの中の無精髭のおっさんを見たら、俺をチラッと見て苦笑いして肩を竦めた。
二つ出されたショットグラスに匂いのとんだブランデーを注がれ、それに手を付けるでもなく、腕を組んで両ひじをついたカンガルーは黙って二つのグラスの間を見ている。
怒っているのか?
「やはり。マイバルの関係者だったのか」
訳が分からない。
「どうしてそうなるんだ」
「マイバルのアクセスキーを持っているな?さっき接触通信で確認された」
ねーよ!
ん?
アトムスーツの首元から、神社の護符を引っ張り出す。
中は見ていないが、心当たりはこれくらいだ。
「これか?」
カッと目を見開いたカンガルーは唸り、声を荒げる。
「これかじゃねぇよ!コケにしやがって!!」
俺の胸倉を掴み、カウンターに叩きつける。
顎は引いたので頭は揺れなかったが、背中でグラスが割れて潰れた音がした。
「外でやれっ!!」
オヤジが悲鳴を上げる。
そのままぶん回され、勢いを付けて投げ飛ばされた俺は、外れたドアをサンドしたまま外の階段に叩きつけられた。
後頭部を腕で庇っていたが、今度は少し脳が揺れた。
相変わらずバカ力だ。
肩を怒らせノシノシ近づいてきたカンガルーは足を振り上げ、俺の腹目掛けて前蹴りを差し込んでくる。
慌てて跳び退り、甲板に出る。
凄い音がしてドアごと階段に穴が開いた。
「待て。アクセスキーって何だ?」
俺の問いに拳で船を叩いて答える。
横の丸窓が爆音を立てて粉微塵に弾け飛んだ。
怒り心頭だな。
「壊すな!」
叫ぶオヤジを一睨みで黙らせたカンガルーは、俺の態度に少し違和感を持ったようだ。
「マイバルの血族が婚姻相手に渡す遺伝子鍵だ。形式的な物だが、奴らが保有する施設に一度だけ使える」
ルルル?!
イニシエーションルームの解錠キー!!
あのバカ何かんがえてるんだ!?
「何だ?知らないで受け取ったのか?」
一応、まだ聞く耳はあるみたいだ。
「舞原の人間を助けた時に貰った。只の護符だと思ってた」
バカを見る目で見られた。
「確認しなかったのか」
する訳がない。
「護符は中を見たらご利益が無くなる」
「っ、これだからスリーパーは」
舌打ちされても困る。
「どうするつもりだ?」
「考え中だ!」
考えながら殴りかかってくるなよ!
そもそも、何であのロリエルフは気付いた?どこまでバレたんだ?
・・・とりあえず、こいつの怒りを鎮めないと。
あと、出来れば怪我はしたくない。
ここ汚いから、感染症対策が超面倒いんだよな。
組織補修材はたっぷりあるが、炭田トンネル内では二ノ宮みたいに綺麗な環境で高度な医療を受けるのは不可能だ。
「金持!」
視覚バフを起動し、筋電位も可視化する。
握り込んだ拳が力み過ぎて血が滲んでいる。
そんなに悔しいのか?
そりゃそうか。信用して虎の子まで見せてこれだもんな。
でも、大丈夫だ。
「俺はお前を裏切らない」
投げ捨てて逃げ出してきた俺に説得力は無いかな。
カンガルーは躊躇なくファージ忌諱剤を撒き始める。
「隠し事しか無い癖に・・・」
余計怒った。
「あいつに浜尻を抑えられたらこのトンネルは終わりだ。上杉を駆逐しても、舞原の豚になる道しか残されていない」
「そうならない為に俺が協力するんじゃないのか?」
くそっ。
何て言えばこいつは止まる?
何でここの奴らはこんなにキレやすいんだ!
「裏切ったら喉を喰いちぎるって言ったな」
「そうだ!」
牙を向く。
口の奥で犬歯がギラリと光る。
「なら、その必要は無い」
「何故だ!」
「俺は、ナチュラリストの家畜になるつもりは無い。お前らを奴らの家畜にする気も無い」
「出来もしない事を」
「できるさ」
まぁ、はったりだけど。
使いたくは無かったが、メンタルバランスに強制介入する。
ガスの音はまだしているが、だいぶ薄まったか?忌諱剤はこういう広い所では効果は低い。少し風を吹かせても良いのだが、このままで十分使える濃度だ。
ここにはファージの霧が全く無いので誤作動の心配は無い。
しっかりカウンタープログラムを起動されていたが、古臭いヴァージョンなので有って無いようなものだ。奴らとガチるならこの辺もしっかり対策していかないとな。
あの沢尻、スリーパーなのに何でこんな杜撰なんだ?
ちゃんとしてやれよ。
ヨロヨロと後ずさりしながら俺から逃げようとしたがもう遅い。
しっかり癒させてもらおう。
「ぅう・・・」
ホルモンバランスの急激な変化に、目を回している。心拍数も乱高下してるので落ち着かせていく。
「金持。お前が上杉を皆殺しにしろと言えば。俺は黙ってそうしよう。舞原家を潰せと言うのなら。文字通り踏み潰そう」
「出来も、しない、事を」
「知ってるか?金持」
「何だ?」
落ち着いたのか、ちょっと不貞腐れてて可愛い。
「負けたって思わない限り負けは無いんだぜ?」
怒りながら噴き出している。
「お前は本当にバカだな」
「自覚はしている」
大仰に頷いておく。
「お前の信用を得るにはどうすればいい?」
「死ね」
「それ以外で」
カンガルーは少し考えている。
「アクセスキーを寄こせ」
首から外して差し出すと、甲板を踏み抜きながら怒り出す。
「本当に渡す奴がいるかっ!!」
何なんだよ。
「それが何だか知ってるのか?」
「舞原家専用イニシエーションルームの遺伝子鍵だろ?別に有難がって持ってるもんじゃない」
「バカッ!お前そういうの言葉に出すな!」
「ガードしてるぞー」
奥で掃除してるオヤジがしっかり聞き耳立ててた。
ガードって、ファージガードか?
確かにここは隔離されているっぽいが、広すぎるし、外縁には霧も巻いてるのでちゃんと調べられず、なんとなくしか分からない。
あのオヤジはバーテンダーじゃなくてファージの技術屋なのか?
「それに。婚姻の証に貰ったんだろ。他の女にひょいっと渡して良いモノじゃない」
!そうなの?
ああ。そういう目で俺を見るな。
「あげた女が不憫だな」
「また会えたら詳しく聞いておこう」
「たとえエルフでも、不憫だから止めさしてやるな」
仕方ない。少しカードを切っておこう。
こいつのメンタルも大事だ。
「鍵自体は別にどうでも良い。俺には意味が無い物だ」
奥で掃除していたおっさんの手が止まった。
「どういう、事だ?」
カンガルーが、気付いたのだろうが信じられないらしく、声を絞り出す。
「俺のクリアランスレベルは最高らしいぞ?」
「嘘だ」
「実際、開けた事もある」
「マジかっ!?」
おっさんが塵取りを放り出して喰いついてきた。
あ~あ~。折角纏めたガラスが。
「そんな事はありえない。都市圏の人間がアレを発見した事は一度もない」
カンガルーが弱弱しく呟く。
睨みながら俺の目の奥を探ってくる。
「起きて早々の貴様が、騙るな」
「開けたし、破壊に立ち会った。言うなよ?」
おっさんが顔を歪める。
「破壊?嘘こけ。アレは核でも壊れねぇぞ?」
「電子レンジ横に置いて丸一日かけて芯まで火を通した」
一瞬固まったおっさんが爆笑している。
「確かに!盲点だ。てか、金庫エリアだしやる奴いねえよ」
カンガルーは訳が分からないみたいだ。
「話通した時、院が久々に貝塚に覚書出したとかなんとかこの間言ってたな」
この話だけでそこに繋げるおっさんは中々頭の回転が早いな。
「青森か。そこで助けたエルフに、アクセスキーを貰ったのか?」
「四つ耳には山田がいた。この護符はそいつの親を助けた時に貰ったモノだ」
カンガルーは片手を前に出し、額を抑えている。
「待て。追い付かない」
落ち着け。
「ユウコは生きていたのか。ヤマダといっしょに?」
「二人とも酷い目に遭っていたが、今は元気な筈だ」
たぶん。
悪い目には遭っていないとは思う。
「ナツメコ様は生きているのか?」
声が微かに震えている。
ルルルは、確かそんな名前で呼ばれてたな。
「時系列的には、その前だ。熊谷の肉嵐の時、ショゴスに喰われそうになっていたのを助けた」
「あぁ~ん」
オヤジが胡散臭げな顔をする。
「あの時ボウズは飛んでたし、その後は肉壁の前でひっくり返ってたろう?」
よくご存じで。
「丁度その間の数分の話だ」
おっさんはどちらとも付かないようで首を捻って黙り込んでいる。
「調べれば直ぐ分かるだろ」
「まぁな」
この無精髭面の煮ても焼いても喰えなそうな男は、どうせ都市圏に伝手があるのだろう。
「足が付かないようにな」
一言挟んだ俺を見てニヤリと笑った。
「ナツメコ様は死体が見つかったんだぞ?本物なのか?」
「さぁ?俺の見た感じ、世界一の頭脳で、ヒーロー好きだったぞ」
二人して肩を下げている、
「そりゃ本人だ」
「ご無事であられたか」
そんなに有難がる奴か?
・・・ああ。そうだな。
あいつは人類の至宝だったわ。
「それは、ナツメコ様がお前に託したんだな」
「さっき”くれ”って言う奴がいたな」
息を詰まらせたカンガルーをおっさんがニヤニヤしながら見ている。
「お手付きしたのか?最近ずっと一緒に寝泊りだろぅ?ヒッヒッヒグッ!!」
側頭を殴られて網の山に頭から突っ込んでいる。
良い音したな。動かないけど大丈夫か?
「でも、何故それを中身入りで渡されたんだ?リョウマ殿には必要無い物だろう?」
呼び方変わってるし。
その手の平クルー感、嫌いじゃない。
「その時は、俺が解錠出来るって知らなかったんじゃないか?」
「ああ」
俺も知らなかったしな。
ん。風が動き始めた。
「まだ聞きたい事はあるが、ガードが切れたな。場所を移すか」
「お前の所為だろ」
「役に立たないオヤジだ」
カンガルーに何度か腹を蹴られて気が付いたおっさんは、寝っ転がったままポッケから潰れた紙タバコを出して口の端に咥えた。
「何だ?話は済んだのか?」
「まだ一分も経っていない」
「はぁ、情報多すぎて頭が痛いわ。なら飲み直すか。場所を変えようぜ」
よっこらせと年齢を感じさせる掛け声で立ち上がるおっさんに哀愁を少しだけ感じる。
アンチエイジングされてなければ今の俺はこんなだろう。
「そこの中で飲むんじゃないのか?」
あと、頭が痛い原因は別にあると思うぞ。
「んな汚ねぇとこで飲めるかよ。今日はもう店仕舞いだ。アキノんとこ行こうぜ」
飲食店経営者としてその言動はどうなのよ。
「そうだな。人はいるが、あそこなら問題ないだろう」
さり気なく風向きを触毛で見たカンガルーは、船室から取ってきたコートをバサリと叩き、羽織ってベルトを締めた。
「行くぞ」
俺を見る目に、いつもの理知的な光が戻っている。
ブチキレワラビーはいつものクールカンガルーに戻ったみたいだ。
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