第140話 軍服のメスガキ
一度では済まず、結局また来る事になった。
貰ったデータは膨大過ぎてまだ全然目を通せていない。
「上で接続してコミュニケーション取れないのか?」
「マイバルにここがバレたら終わりだ。上からアクセスは出来ない」
徹底しているな。資材はどうやって集めたんだろう。
発電施設の所まで戻ってきたら、照明はほとんど消されていて、道のど真ん中にゴブリンと帽子がいた。
トロッコから降りたカンガルーは俺に中に隠れているよう手で指示し、流れるように銃を構える。
「マスクはまだ付けておけ」
こっそりサーチをかけると、視認できないだけで、二人以外にも大量の人型反応があった。
これ、詰んでね?
「呼んでない筈だが」
カンガルーの問いかけにゴブリンが無言で肩を竦める。
いやな予感がした。
カンガルーが反応して、あの無挙動の射撃で虚空を撃った。
相変わらず引き金が軽い。
金属板が弾を弾く良い音がして、女の高笑いが聞こえた。
「結構な挨拶じゃのぅ、金持」
弾が当たったっぽい部分が歪んで、金属板が見えている。
弾痕が一つ、虚空に浮いている。
弾いた方は指向性の光学ステルス貼ったシールドだな。
視認性が悪いこの中では確かに効果的だが、ここでカンガルー相手に使う意味はなんだ?
カンガルーは俺に気付かれずにストーキングできるくらい高度な夜間兵装積んでる筈だ。
遊ばれてるのか。
「中々面白い事しとるではないか」
ステルスされた遮蔽物の陰からムキムキの壺頭が出てきた。肩に子供を担いでいる。
軍服を着たエルフの子供だ。
丁寧に手入れされた長髪だ。軍服だけど、現場には出ない奴だな。
長髪は実戦では百害にしかならない。
このカンガルーみたいなキチガイスペックは例外だ。
「ここは立ち入り禁止だ」
エルフは子供っぽくない笑いで肩を震わせる。
「道に迷ってしまってのう」
笑いを止め、カンガルーを視る。
「そちらに出口が有りそうじゃ。案内してくれんか?」
くそっ。カンガルーと接続共有しとけばよかった。
「貴様が求めるモノは何もない」
カンガルーの持つ猟銃は四百十番のスラッグ弾だ。
口径は散弾銃にしては小さいが、この弾は散弾ではない。ドでかい単発の弾頭で、猪や熊の肉を容易く貫通する。
一般人がナイフで突こうが、刀で刺そうが、毛皮止まりで大してダメージの入らない奴らにぽっかり穴が開く威力となれば、人が喰らったら真っ二つになるのは想像に難くない。
初見で喰らわなくて良かった。
スラッグ弾を反動もなく斜めに弾きとばしたあの盾持ちは、補助アーム付きのかなり良いアシストスーツを着ている。全員着ているのだろうか?
うん。着てるな。
装備ははっきり見えないが、盾持ちはジャスト十二人いる。
エルフのいる所でファージ合戦は絶対に避けたい。
メット被りたいな。でもサーチもしっかりかけたい。
俺はどう動けばいい?
ゴブリンと帽子は人質のつもりなのか?
でも武装は解かれてないんだよなあ。
「ふん?後ろのおの子は随分見栄が良いのう?貝塚の先触れか?わっしらを出し抜こうという気では無かろうな?」
何で貝塚が出るんだ?
「余計な詮索は互いの為にならない」
「決めるのはわっしじゃ」
「公使様は、こんな穴倉の底でカタフラクト部隊ごとハチの巣になりたいと見える」
エルフが変な顔をした。
俺に説明したかったんだろうが、その運びはちょっとワザとらしかった気がするぞ。
ちらっと言ってたガキの外交官ってこいつか。
ああ、駄目だ。いけない。興味深げに俺を見ている。
ファージが動く挙動をみせる直前、周囲からモーター音が一斉に聞こえた。
そこかしこにタレットが出現している。
人を撃つにしては口径がデカい。こいつら用か?階層の上の方、数百メートルの遠くからも狙っている。
全部無人タレットだな。
カンガルーがコントロールしてるんだ。
挙動が無いからネットリンクだ。
エルフの前で堂々と使うという事は、電磁波通信だろうか。
ステルスの盾持ちたちが方円陣形になってエルフを囲んだ。
ゴブリンと帽子が居心地悪そうにモジモジしている。
「もう一度、だけ。言う。余計な詮索はするな」
薄く笑みを貼り付かせたエルフは穴の奥と、周囲のタレットと、俺と、カンガルーを一巡見ると、腕を組んで顎を上げた。
タレット配置見られたのは愚策じゃないのか?
後で変えるのか?
「かだっぱりなワラビじゃのぅ。かたなし。いとまするで、肩車で送って賜れ」
山菜かよ。坂東弁でなく東北弁っぽいが丁寧語っぽいしよくわからん。
「いいだろう。青柳、荒井、こいつを送っていってくれ」
俺を肘で指す。
「一緒じゃ」
轟音が響き。俺らとエルフたちの間の路面が消し飛んだ。
タレットの斉射!
引き金の軽いワラビだ。
威嚇のつもりか?!ぱっと見、発砲したのは半分くらいだな。
ワイルド過ぎるだろ。
土煙が晴れると、墓穴に出来そうなくらいのクレーターが出来ていた。舞い上がったダストの所為で盾持ちたちのステルスが弱くなり、サーチライトに照らされ全員がくっきり浮かび上がる。
「引かんぞ」
土埃の中にいたのに塵一つ纏わず、腕組みしたエルフが浮いて近づいてくる。
ぴくぴく虫やあのババア小人と同じ手法だ。俺も良く使う手だが、ファージが綺麗に整頓され、使い方もコンパクトだ。放射状に広がった糸状の繊維が蝶の羽っぽく広がってエルフを支えている。
ライトを反射して後光っぽく輝いている。
ふわりとカンガルーの肩に留まったエルフは、優雅に脚を組むと片手をカンガルーの髪に潜らせて首に指を這わせる。
手つきがエロい。
「ばんかけだいの」
シシシと笑って小さな手で口を隠す。
不快さを隠さないカンガルーは、俺を流し見て片手を開いた。
まぁ、なるようになれだ。
カンガルーの肩に揺られご機嫌なプチエルフを見てると、状況は違うがあの牧場の一件を思い出す。
一番後ろからついて行きたかったが、隊列の先頭でカンガルーの横を歩くことを強要された。
もう、ヤケクソで自分の内側にカウンターバリバリに張って、ファージ濃度誤認設定の強行もする。隠したかったが、ナチュラリスト相手にノーガードはリスキー過ぎだ。
ダイレクトでサーチされるより百倍マシだ。
いつでも来い状態。
防衛パターンもランダムで、準備させにくくしよう。
しばらくカンガルーとイチャコラ喋っていた軍服のじゃロリエルフは、ファージガードに余程ウケたのか、俺の顔を見て笑い出した。
強化装甲盾持ちたちがごっつい銃を俺に向けるが、エルフが五月蝿そうに片手で払うと全員が距離を置いて後ろに戻って並んだ。
銃っていうか、火炎放射器に見えるんだよなあ。
炭田トンネルで使うには趣味が悪すぎる武器だ。
「金持。面白いの拾ったのぅ?」
「貴様は聞いてないのか?彼は出向してきた・・・」
「よいよい。我らの間に隠し事は無しじゃ」
”どの口でいうのか”と殴らなかったカンガルーは褒められて良いと思う。
グッと顎に力を入れて前を睨んでいる。
エルフはカンガルーに脚を支えさせ身を乗り出し、マスクの中の俺の目を覗き込んだ。
グレープフルーツとザクロの水っぽい匂いがした。
「上の凧は主のかや?」
ぐぇ。
表情は動かしてないつもりだが、しっかり見抜かれて笑い転げている。
無人機の事はカンガルーにも言ってなかったので、ほんの刹那だけ恨みがましい視線を貰った。
落ち着け。
こいつはエルフだがカンガルーたちの味方だ。
俺の味方じゃないだけだ。
今殺すべきナチュラリストではない。
遠いか近いかは分からないが、ルルルや四つ耳の親戚だ。
言葉も通じる。
「お顔見せてたも」
吸気可能だが顔が見えないようにと、あえて付けていたマスクを仕方なく外す。
「ほうほうほう。めんこいおのこじゃ。金持の代わりに出向してもらおうかの?」
カンガルーが足を止めた。
「干渉するな」
「金持に決定権は無いでの」
「なら、貴様を殺してわたしも死ぬ」
眉をひそめたエルフは、視線を合わせないカンガルーの顔をじっと見た。
「そうかや」
その後、エルフは黙り込んで、時々俺を見ながらカンガルーの髪の毛をゆったりじゃらしていた。
カンガルーもそれ以上喋らず、険悪な雰囲気のまま盾持ちたちの駆動音だけが周囲に木霊していた。
あと、ゴブリンの溜息が三十二回あった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます