第139話 基盤管理責任者
色々聞きたい事が有るが、とりあえず話を聞こう。
「で?」
カンガルーを見ると、脳缶を顎で指した。
”私は、この炭田基幹システムの基盤管理責任者で浜尻と言います”
スリーパーの脳缶がシステム管理やってるのか?
「身体は?」
”管理上、煩わしいのでこの状態です”
望んでなる事なんてあるのか?!
「感情発信プロセッサを使われたのか?」
カンガルーが噴き出した。
「こいつは只のぐーたらだ。トイレすらペットボトルで済ませてた」
”ちょっと!”
ボトラーの末期はこうなるのか。
「浜尻って、俺の知ってる浜尻かな?」
”どうでしょうね?ありふれた名前です”
興味がないのか、答える気が無いのか、判断に困るな。
”カモ・・・チさん。ここに連れてきたって事は、この子は協力するって事で良いの?”
「ああ」
「何だ?脳缶は御免だぞ?」
”本人の前で言いますか”
事実だ。
「ヨコヤマ。貴様には北伐に協力してもらう」
「ほくばつ?」
「関東以北の人喰い共に、考えを改めさせる」
大きく出たな。
「大量殺人の片棒担げと?」
「机の脚食おうが、タイヤ食おうが、食の好みにとやかく言う気は無いが、わたしたちの手塩にかけて育ててきた子供たちを攫って、家族のだんらんで生きたまま捌いて食う奴と和解したくはないな」
それは俺も、同意する。
「寄合衆はいずれ皆殺しの予定だが、亡命してくる奴にはそれなりの扱いを保障している。東北全て殺戮など荒唐無稽な事は考えていない」
「どこまでやるつもりなんだ?そもそも、勝ち目なんてあるのか?」
「今はまだ無い。御三家の、マイバルには協力を取り付けてある」
そう言われても。
「ナチュラリストの勢力図は分からないぞ」
青森旅行でチラッと聞いたくらいだ。
”さいたま都市圏議会と同じです。崩壊以前から東北を実効支配していたエルフ御三家の総括する陸奥国府院が全体のガイドラインを決めています。二院とはまた別に有るから華族制度みたいな物ですね。舞原の立場は特殊で、こちら側と思って良い立ち位置なのです”
「まて」
”はい。?”
「特殊なんて言葉は存在しない。ちゃんと説明してくれ」
特殊で済ますのは逃げだ。世の中には原因と結果しか存在しない。
おいそこのカンガルー。メンドクサイモノを見る目を止めろ。
それに、特殊の一言で済ませて正確に理解しないでいると、後で動いてから後悔することになる。
見切り発車していいのは小学生までだ。
”どこから説明しましょうか。カモ、チさん、時間大丈夫ですか?”
「ああ」
”はぁ”
息も無いのに器用に溜息ついた脳缶は、説明を始めた。
結局、全部は聞けなかったし時間は足りなかった。
”猫も杓子もトーキョー”で一極集中と揶揄された昔と違い、現代の東北はかなりの人口だ。
霧やショゴスの脅威は勿論あるが、ナチュラリスト一色という訳でも無く、この炭田の奴らみたいな勢力も多数存在する。
エルフが脅威なのは変わらないが、エルフ同士も一枚岩ではなく、ファージの霧に囲まれたこの本州の東北地方全体で様々な勢力による血みどろの闘争が続いている。
やはり、この地域にもビオトープとの取引は存在していて、その公開されている搬出口の八割は御三家と言われるエルフの華族が実効支配しているらしい。
俺のよく耳にする舞原、それ以外に三千院、鷲宮。
三千院と鷲宮は絵に描いたようなクソ野郎共で純粋なナチュラリストだ。
全人類の自然回帰を目論んでいる。
舞原家の食人文化は儀式的な嗜み程度で、ファージ技術の探求者たちの集団という側面の方が強い。
ナチュラリストたちは、二ノ宮グループみたいにファージインフラを構築するのは思想的に論外なので、自然とファージ濃度の高い地域に集まっているんだろう。
ルルルみたいなのがいっぱいいるのか?
元々。炭田側としては、テリトリーが近かったので砲艦外交しようとしたら、舞原の方から寄ってきて色々便宜を図ってくれているのだが、鋼鉄の代わりに気に入った人間を連れていく事もあるので困っているそうだ。
「奴らは口八丁手八丁だ。親善とか視察の名目でやって来て、もう何百人も手練手管で連れていかれた」
「全員喰われたのか?」
「崇拝者になってしまった奴もかなりいる。一度出ていったら返品は受け付けないと言っても。口先三寸でついて行ってしまう奴は後を絶たない」
崇拝者って聞くと、あの九龍城の首ぶら下げたクソ野郎が真っ先に思い浮かぶ。
「捕食者は美意識に命を賭けているからな。炭鉱夫には眩しいのかもな」
二世紀も経つと美意識も変わるのか。
カンガルーを見る。
ゴブリンといい、帽子といい、他にも結構見かけた奴らを思い出してみたが。
「見たところ、美人は多いが、俺の美意識がおかしいのか?」
「・・・・・・」
何故かカンガルーは足元を睨んでいる。
”あなた。いつもそういう事さらりと言ってるんです?”
目の保養は十分出来ている。
不満は無いな。
「事実だ。話を続けろ」
”こい、つ・・・”
聞こえてるぞ。
”食人嗜好を改めさせるのが第一目標です。そのためには、国府院で過半数の票を掌握する必要があります”
「この間、ワシミヤの三男たちに話をつけた。近々マイバルも含めて顔合わせする」
”ああ。舞原のご息女とあなたを取り合ってるってあの人ですか”
「黙れ」
どういう事だ?
”彼らは、強い生き物が大好きなんですよ”
「ああ」
納得。
「それで分かるのか?」
カンガルーが変な顔をしている。
たぶん。いや。間違いなく。三男とそのご息女はルルルみたいな奴だ。
こいつ容赦なく強いからな。
どうせ、ぶっ殺しまくってる所を見られたとかそんなだろう。
”鷲宮と話がついたなら、三千院の族議員を失脚させれば後は勝手に動く段階まで来ましたね”
「矢面には立たないんだな?」
「ヤオ?」
”ヘイトを請け負って立ち回らないという事です”
「ああ」
「そんな事で収まるのか?」
”腐っても民主主義ですからね。気分で法をコロコロ変えたりはしません。根っこの部分では日本人です”
メンテナンストンネルとか九龍城の奴らを見る限り”人を食べないでね”と言われて”はい分かりました”と守る連中には思えないんだが。
「ヨコヤマ。奴らは、わたしらの事は豚と同レベルで見ているが、自分らで決めた事は厳格に守る」
「現に殺り合ってる金持が言うんだから。そうなんだろうな」
”エルフの法は、圏議会の州法などより余程厳格です。その点は問題ではないでしょう”
「わたしらを豚扱いする限り、いずれはどちらかが絶滅する。そしてそれはわたしたちではない。だが、準備が整うまでには時間がいる」
「その為にこんな急いで炭田開発してるのか」
二人とも一瞬黙った。
「そう見えるか?」
「トンネル維持だけでも膨大な労力だ。碌にモノも揃わない土地で、都市圏の補助無しで十年と経たずにここまで開発するのは、相当の技術と根性が必要だったんじゃないのか?」
口を開いたカンガルーからは、泣きそうな声の溜息だけが出た。
”これから起こす事は、わたしたちの時代によく使われていた手法ですね。内紛を煽って、弱い方に手を貸す。弱体化した処を一気に叩く”
「んで、傀儡政権作って旨い汁吸う?あいつら相手にそんな上手くいくのか?」
やりたい事は分かるが、豚扱いの身でやるには大事過ぎる。
”舞原家は、トラブルメーカーの他家にうんざりしています。この際、一掃したいのでしょう”
「バカが少なくなると、手に負えなくなるんじゃないのか?」
問題点は見える化しておいた方がコントロールしやすい。
「確かに。その懸念はある。舞原家が敵になったら厄介だ。だが、それはむこうも同じだ。いずれは家畜化したいのだろうが、今ではない。そこが重要だ」
大体掴めてきた。
体制を整えるための時間を作る為に、内紛を起こして自分らに有利な法の制定が出来る勢力の後押しをする。
「俺は何をすればいい」
「三千院や鷲宮の手駒、上杉家が寄合衆を組織している。これを機能不全にするのに力を貸して欲しい」
脳缶になれとかそういう話じゃなくて良かった。
自ら望んでなる奴がいるとも思わなかったけど。
「都市圏議会とか、南の企業に協力を頼むのは駄目なのか?」
「・・・何の利益も見込めない捨てられた土地と人だ」
何か含むところがありそうだが。
鋼鉄があるじゃん。
万年需要過多だぞ。
ああ。でも、都市圏のパワーバランス崩れるだろうな。良し悪しか。
”カモチさん。資金の当ては有ります”
「あの地下環境DNAって奴か?あんなものが金になるのか?」
そういうのもあるのか。
二ノ宮が欲しがりそうではあるけど。
まぁ、それは置いといて。
「俺が使えるリソース。やって良い事、駄目な事。奴らの情報。期限。全部教えてくれ」
女子二人は器用に顔を見合わせた。
”全部?”
勿論。
「全部だ」
死にたくないからな。
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