第138話 地獄の釜の底
正式採用が決まった日、第一炭鉱の管理室に連れていかれた。
このトンネル炭鉱では、電力は有り余ってる。
石炭火力によるブレイトンサイクル発電をやっていて、これは、俺が起きていた昔の発電とは違い、気化媒体に水を使わない方式で熱交換効率を上げて高効率で発電している。
俺らの時は、発電と言えば、火力だろうが原子力だろうがとりあえず水沸かしとけな感じだったが、時代は変わるもんだ。
使っているのは、二酸化炭素で、気圧固定して臨界化すると、水蒸気より効率が良いらしい。温度変化凄そうだが、強度設計はどうなっているんだろう。
発電施設は見せてもらえなかったが、現地のカメラ映像は見せてもらえた。
無骨で突貫工事感が否めない建付けだが、それが逆にめっちゃカッコよかった。
窒素冷却が安定しない僻地では、これがスタンダードなのかな?
「うちは、製造もリサイクルもやってるから、高炉も電炉もそれなりに使わないと熱効率が悪い。発電はついでだったんだが、今は売電の方が収益が出てるな」
管理室の窓から見下ろす地下巨大炭鉱は凄まじい迫力だ。
一年中日の射さない煙の霞む暗い世界が、下にも横にも無限に広がっている様に感じる。
工作機械や搬送設備はそのほとんどが照明を付けずに稼働していて、大きな怪物が蠢いているみたいだ。赤く光っている所は高炉がある場所だな。あの近くに、コークスの精製施設もあるんだろう。ほんと、コンパクトになってる。
人がいる場所だけ明かりが灯っているのかな。時々着いたり消えたりしているのは、監視や移動の為だろうか?
「この第一炭鉱の内部は広すぎるので、気圧管理だけして、成分調整はされていない。なので吸気可能な箇所は限られるから、マップは頭に叩きこんでおいてくれ」
立体図面見てるだけで一日潰せる。
「俺に見せて良いのか?」
カンガルーは優しく笑った。
「裏切ったら、首だけになっても這い寄って喉笛噛みちぎるからな?」
メンヘラに告白された奴ってこんな気持ちなのか?
こいつは、殺すとしたら俺と正面からやり合ったりなんて絶対しないだろう。この間のアレは、どうせ躾の一環みたいなものだ。
次ガチで殺り合ったら確実に殺される。
実際にヤるとしたら、俺は気付かないうちに死んでる感じだろう。
寝てる時に閉じ込めて酸欠か、油断してる時に遠方からスナイプか、避けられない状態でガラに埋めて圧死とかも良い。手段には困らない筈だ。
勿論、カンガルーを裏切る気など微塵もない。
「そういや、今日は赤いのと帽子はどうしたんだ?」
ここには俺とカンガルーしかいないので、引っ搔き回すゴブリンと辛辣な帽子が居ないと間を持たすのが手間だ。
別に俺は黙ってても気にならないが、何かカンガルーが喋って欲しそうな感じなんだ。俺の気のせいか?
「朝から見てないな?」
カンガルーが呆れている。
「昨日一緒に居られないと散々ボヤいてただろう。アオヤギたちは外回りだ」
そういや、何かブーたれてたな。
ごちゃごちゃ言ってたが良く分からなかったんで、うんうん頷いてただけだった。
そっと。サーチをかける。
付近に人は居ない。
通信機も声の届く範囲内には無い。
つまり、そういう事だ。
「んで。本題は何だ?正式採用の景気付けの為だけに、ここの絶景見せに来た訳じゃないんだろ?」
お付きの二人の外回りも、どうせワザと外させたんだろう。
俺の言い回しのどこにツボったのか。クスクス笑うと、火を付けずにタバコを咥えた。ジッポをカチカチさせて、迷っているのはここで吸う事なのか、俺に言う言葉なのか。
「使わないのは何でだ?」
謎謎か?
「何の話だ?」
こっちに来てから使わないモノは色々あり過ぎて何の事だか分からない。
「ファージ接続だ。サーチ以外には使ってないだろう?さっきも少し使ったか?」
冷や汗がブワッと背中を伝う。
こいつには接触させてないし、絶対に気付かれないレベルだった筈なのに。
「教えても良いが、俺も聞きたい。今何で気付いた?」
少し耳を下げて黙った後、タバコに火を付け俺を見た。
「別に高級機材使ってる訳じゃない。勘だ」
勘で気付くなら都市圏で皆苦労していないだろう。
俺と同じ感覚なのか?
「誰でも気付くか?感覚器を移植してんのか?」
「どうだろうな?地域柄、生身でも敏感な奴は多い」
ああ、ナチュラリスト対策か。確かに、最前線みたいなものだしな。
「ただ、どうやったのかは知らないが、ポリグラフの時の方法を使えば、誰が使っているかは直ぐにバレたりはしないだろう」
バレてんじゃんよ。
あのダミー体作る操作は自信作だったのに。
ケイ素生物と人間じゃ全然違うんだな。
そりゃそうか。人は考える生き物だ。
少し考えれば気付くだろう。
「ナチュラリスト対策はどうやっているんだ?」
「敵対性のあるエルフは速やかに殺す。対応マニュアルなど作ろうものなら直ぐに対処される」
どこも同じか。
「俺はどの程度ファージを使って良いんだ?」
「それな。どの程度使える?噂通りなのか?」
どこのどんな噂だ?
「わたしが知っているのは、ショゴスの壁を叩き潰したり、交差点を人ゴミごと粉々にすり潰したり、街一つぺしゃんこに潰したりかな?」
全部潰れてんじゃん。
「俺はそんな人格破綻者じゃない」
それでポリグラフの時、即断して流れるように殺しにきたのか。
「生身でのファージ接続は絶対にするな」
「接続機器挟めば良いのか?」
「気付かれるかどうかは程度によるな。わたしたちのコミュニティでファージ接続で行っている作業のリストを渡そう。外付けルーターは備品だ。買い切りではないから大切にな。基本、やらない方が身のためだ。パネルからの接続が無難だ。こちらは何個か渡そう」
それ遅いし、ほとんど繋がらないんだよなぁ。
「そんなにバレやすいのか」
「違う」
うん?
「こうなる」
操作パネルからいくつか画像を見せられた。
人が溶けてた。
「ショゴ・・・ス?」
「高濃度のファージ環境で接続した者たちの一例だ。霧の中で、濃度三万以上の場合、その群体全体がアレルギー反応を起こす事がある」
溶けるのって、あれってアレルギー反応だったのか。
都市圏ではちゃんと調べてる人いたのかな?
ぐぬぬ。今更悔やんでも。
「仕組みは分かっているのか?」
「知らん。研究者も以前いたが、連れていかれた」
気付いたら溶けかけとか嫌だな。
でも、三万だと俺の体内より薄いな。
どういう事だ?
「ファージ管理されていない区画では風向きに関係なく澱みは常に変化する。濃度には常に気を配れ。五千より濃い場合は注意だ一万以上は絶対にファージ接続するな」
「ナチュラリストはどうやってるんだ?」
「何か対策はしてるな。霧の中で普通に大規模なファージ誘導してるのを見た事がある。原理は知らない、知っていたらわたしは今頃壺を被っているだろう」
ずっと気になっていて聞けなかったことがある。
「ナチュラリストとはどんな関係なんだ?」
暗い部屋の中、外からの弱い照明に浮かび上がるカンガルーの横顔は、じっと外を見ていて、何を考えているのか良く分からない。
「売ると思っているのか?」
今までの対応を見るに、強気に出られない取引先みたいな立ち位置なのかなと思う。
人を寄こせと言われれば差し出すだろうが、施設をよこせと言われたら全力で反抗する。みたいなスタンスでいるっぽいのだが。
「選択肢にはあるんじゃないのか?」
カンガルーは口を大きく開けて笑いだした。
目が笑ってない。
「あいつらの、スリーパーの扱いを見た事があるか?崇拝者の飼ってる家畜の方がマシなレベルだ」
見た事あるし、色々聞いたよ。
「ボウヤをエルフに渡したら、人類の破滅は加速する」
それは大げさだが、山田の扱いとか考えると、都市圏は面白くない事になりそうだ。
「南で保護してもらうのはもう無理なのか?」
「脳缶になりそうだったから逃げてきたんだよ」
カンガルーは肩を落とし、操作盤に腰を預けた。
「ああ。二ノ宮でも無理だったか」
腕を組んでタバコの吸い口を嚙みながら外を見ている。
どこまで知っているのか凄く気になる。
「正直、都市圏の保護が期待できないなら、エルフに捕まる前に脳漿ぶちまけてもらった方が人類の為だろう」
「俺は死にたくない」
そこは譲れない。
死んでも良いかなと思った時は何度かあったが。いざ、その状況になってみると、やっぱり生きたいんだと思った。
脳缶生活は嫌だけどな。
脳缶が嫌なだけかもしれない。
「天寿を全うできたスリーパーは、未だかつて一人も居ない」
「知ってる」
いるかもしれないが、データ上には存在しない。
サワグチみたいに、隠れて生きていけた奴もいたかもしれない。
俺が居なくなって、サワグチは大丈夫だろうか?
公式には存在してないし。
流石にスミレさんも、今更サワグチを引っ張り出したりはしないだろう。
「俺を搾取して苦しめると言う奴らに、全力で反抗する」
”スリーパーです。生きてて御免なさい”と謝って降伏しても、許して放って置いてくれる奴の方が少ない。
脳缶になって二十四時間サルベージさせられたり、人権を踏みにじられながら部屋のカギとして監禁拷問され続けるのは赦せない。
そんな事やってる奴らを、俺は許せない。
「良いだろう」
カンガルーは背を向けて歩き出した。
とりあえずついて行く。
管理室を出た俺らは、一旦近くの換気塔に出てから下へ下へと降りていく。
多分、階層的には保育施設より更に下、発電プラントがある区画の内の一つだと思う。移動に関しては、もう慣れたもんだ。
エレベーターはギア式で昇降に時間がかかるので、滑り棒でスルスル降りていく。
変電施設の隙間を縫って、トロッコが整備されている。
人は全くおらず、ヒュンヒュンと無気味な音が辺り一帯からしていた。
何故か、照明も監視機器も異様に多い。
只の変電施設じゃないのか?
ここには風が無いな。
「着けとけ」
空気が大丈夫か聞こうとしたら、携帯ボンベとマスクを渡された。
資材運搬用のトロッコに乗り、何度かスイッチしながらまだ降りていく。
「どこまで行くんだ!?」
「もうすぐだ!」
発電施設らしき場所も通り過ぎ、真っ暗な中、電車が三両は並んで通れそうな、割と大き目な坑道を結構な勢いでトバしている。
ダイレクトに骨に響く定期的なレールのリズムに懐かしさを感じる。
五月蝿いのに、妙に落ち着いて眠くなってくる例のアレだ。
発電プラントを通り過ぎて一旦冷たくなった空気がまた温かくなってきた頃、まんま地下鉄の無人駅に見える場所に着いた。
煌々と点いている照明。
そっこら中にあるカメラが俺らを追っているのが分かる。
ホームに飛び乗ったカンガルーが手を差し出してきた。
お言葉に甘えて手を借りてホームに上る。
ジャストで馬鹿デカい音でサイレンが鳴り始め、びっくりして足を滑らせた。
「おっ!?っと。っ?!」
カンガルーに引っ張られ、そのまま掬われた。お姫様抱っこされたのは初めてだ。
「ホームは錆苔でぬかるんでる。歩くとき注意しろ」
確かに、フロア全体が薄っすらと赤くヌメっている。
「わかった」
「このまま行こうか?」
「自分で歩ける」
俺を降ろしたカンガルーは近くの柱から有線でケーブル接続し、パネルを見ている。
「何だ?トラブルか?」
唸っている。
「確かにトラブルだが、今は関係ない。上に任せておけば良い。月初の店巡だ」
ああ。ナチュラリストの嫌がらせか。
「またエレベーター主任の血管がブチ切れるな」
「でも、お得意様なんだろ?」
「ふん」
ホームを上がると、勿論改札など無く、少し錆びたエアハッチがあった。
中に入ると減圧され、鼓膜がおかしくなる。随分高い所にいたんだな。
こんな急に変圧して大丈夫なのか?
「マスクはもう取って良い。この後続けてファージも抜く」
さて、何が起こるんだ?
ファージが空気中から抜かれた後、隣の部屋に移り、今度はダスト処理と殺菌をされた。
「足にはこれを穿け」
渡されたビニール袋を足に穿く。
「中ではずっと立ったままで妙な動きはするなよ?素早く動くのも厳禁だ」
「了解」
そこから更に、二重扉を三枚潜ると、結構広めのサーバールームに出た。
空調は効きすぎで、少し寒いくらいだ。天井は普通のビルと同じくらいだが、フロア自体は二ノ宮地所の中庭くらいありそうだな。ここは錆も埃も無く、よく管理されている。
数が揃えられなかったのか、サーバーの種類が豊富だ。少し進むと、透明なパーテーションで囲われた中に、金色に輝く精密機械が見えてきた。かなり分厚い耐圧ガラスだ。厚みが三十センチ以上ある。密度に歪みも無く、綺麗に加工されているので、反射が無いとガラスに気付かないくらいクリアに中が見える。
中央に鎮座している大量のガラスチューブと金属で出来たその塊は、俺がよく知っているモノに近いが、冷却されていない。
「量子コンピュータ?動いてないのか?」
大量のケーブルが基盤へと流れ、サーバーたちに繋がっている。どう見ても動いてるクサイんだが。
手前にある円柱は、操作盤か何かだと思ったが、ソケットが嫌な形をしていた。
以前見た脳缶ユニットのヘッドの部分と同じ形だった。
「何だこれは?」
カンガルーは、黙って横で俺の挙動を見ている。
”何だとは失礼じゃないですか?横山さん”
女性の声。スリーパーの脳缶だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます