第135話 ワンダウン

 部屋からファージが抜かれた。

 別に、体外でもキープする気になれば出来たが、忌諱剤とか撒かれたら面倒なので特に何もしなかった。


「アシストスーツは使えない。魔法も使えない」


 嬉しそうにカンガルーが立ち上がり、近づいてきた。


「生意気なボウヤはこれからどうする?」


 こいつ血の気が多すぎだろ。

 この地域はこんなんが占めてるのか?

 ああ。まぁでも、ゴブリンも帽子も瞬間沸騰してたし、こんなもんか。

 痛いのは嫌だが、今後の為だ。


「美人に手を上げるのは気が進まないな」


 両手を軽く前に上げる。

 カンガルーは物騒に微笑んだ。


「好都合だ。これは指導だからな。逆らわなくなるまで丁寧に殴るのが初めの躾だ」


 シンプルで素敵。


 座っている俺の頭を椅子ごと蹴り飛ばしにきた。

 この世界の大人は、座ってるガキの頭をスイカ扱いするのが好きなのか?

 足を突っ張って、蹴られる前に自分から後ろに倒れる。

 そのまま後転して、踏みつぶしにきた足を見ないでコンパクトに横に跳んで避ける。

 避けた所を頭狙いで横蹴りされた。

 寝っ転がって避ける。

 避けた先でカンガルーが俺が座っていた椅子を振り上げていた。足元に逃げ込みそのまま脚絡みを仕掛ける。

 椅子を使われ、跳び箱替わりにしてふわりと避けられた。

 ぐぇ。寝技慣れてるな。知らないと今のは避けられない。組まれないようにしよう。

 アシストスーツが使えない事になっている今、筋力が少ない俺は押さえ込まれたら終わりだ。勿論、使えるのは内緒だ。


 多少急所を、目や耳などやったところでこいつは無力化出来そうにない。

 それに、こういう綺麗な生き物痛めつけるのは気が滅入る。

 どうするか。


 漸く起き上がれた俺に容赦なく圧をかけ掴みかかってくる。

 投げ飛ばそうと手を取ろうとしたが、何故か弾かれた。

 押されながらも、何手か応酬する。

 くっそ。

 こいつの手は体重が乗ってないので捕りにくい。

 基本、力を加えるには背筋を通してバランスを整える必要がある。

 だが、体重差がある場合、加重が少なくても影響を与えやすい為、バランスが雑でも威力は通りやすい。

 関節技や寝技の場合、それは打撃より顕著だ。

 今のこいつみたいに、俺を痛めつけるのが目的な場合、どっしり構えてコンパクトに対処されると非常にやりにくい。

 嘗めて大振りで来てくれればチャンスなのだが、今のやり取りで俺がどの程度か既に掴んでいるだろう。

 目突き狙いから踏み出す足の膝への前蹴りを綺麗に外され、逆に目突きされて更に袖口からバトンで追撃され額を掠る。

 反動が無く、かなり重いバトンだ。

 取ろうとしたらヒュッと引っ込んだ。

 そのまま腕を絡まれそうになったので、スウェーから本棚を足がかりに書斎机側に三角跳びでカンガルーの後ろに着地。

 振り返らずに更に転がる。


 爆音がしてコンテナが揺れた。

 振り向いて構えると。

 カンガルーは中腰で、俺が今避けたコンテナの床にアーミーブーツの踵が刺さっている。

 体重載せてきやがった!見てなかったが。たぶん、振り返りザマにに踵落としだろう。

 あんなの喰らったらミンチになる。

 メキリと音を立て踵を抜くカンガルー。

 分厚いコンテナの床板が、ヒールの形にぽっかり凹んでいる。

 ファージでグリッド表示が欲しい。

 目のバフだけでは綱渡りだ。

 一発当てられればそれで終わるのだが。

 予想してるのかしてないのか、狙っていないフリして立ち回っているのだけど、なかなか当てさせてくれない。

 二発当てで崩しながらいくか?

 一発目で効果バレて二発目間に合うだろうか?

 俺だったら二発目は喰らわない。

 俺より全然強そうなこいつにも効かないと思った方が良い。


 圧に負けて下がりたくなるが、俺のミジンコリーチでは距離を空けるとタコ殴りにされる。ゲームと違い、リーチの無い雑魚が離れた所から直線で飛び込めば的にしかならないので、恐怖だが、絶対に手と足が届く距離はキープしなければならない。


 こいつの蹴りも手も、音がオカシイ。人が出す音じゃない。ボッと空気が鳴っている。

 引き手も速いので神経が削れる。

 詰将棋で負けてバランス移動が間に合わず避けられなくて、受ける時に腕に一瞬体重をかけてしまったらしっかり弾きとばされた。

 ドアまでスッ飛び背中を叩きつけられ後頭部も軽く打つ。

 背中で嫌な音がした。バッテリーパック壊れたなこれは。

 収納してあったヘルメットがクッションになってなければ首もやっていただろう。

 床に落ちると後頭部にズキンとくる。


 立ち上がろうとした所に体重を載せた前蹴りが無音で衝突してくる。

 ああ。それは駄目だ。

 止めを刺しに来たんだろうが、愚策だ。

 勘だけで半身で躱す。奴の靴がアトムスーツを掠り火花を散らす。

カンガルーの脚がドアにインパクトした瞬間。

 気配を殺し、するりと懐に入る。バレると嫌なので目は合わせない。

 一瞬戸惑うカンガルーの顎に手首を添えた。


 カンガルーのバカ蹴りで、結構分厚い鉄板の大きめなドアが、ねじ切れて弾け飛び、向こうのバラックに落ちてバラックが潰れた。

 俺の手の甲は既にヒットしている。意識がトンだ手ごたえを感じた。


 シャコパンチで気を失い倒れかかってきたカンガルーを肩に担いだ。

 ぐっ。重い。

 アシストスーツをファージ誘導に切り替え、書斎机の高級椅子まで持っていき座らせる。

 開いた入口から傭兵っぽい奴が覗き込んでた。


「話は済んだ。もう少し待っててくれ」


 ぞわりとファージで空気をを動かすと、慌てて引っ込んでいった。

 呼吸を落ち着け、ダメージを調べる。

 今更ながら冷や汗がドバっと出てきた。

 そっこら中痛い。吹っ飛ばされた時に受けた腕の骨にヒビが入っている。

 額には血が滲んでいた。

 軽い脳震盪でガンガンする。

 手加減なく発動したので、手首は軟骨が削れていた。手の甲も折れてるので治しても暫く腫れるな。大きい軟骨が剥離してたら面倒過ぎる。

 

 だが、生きてる。

 なので問題ない。


 カンガルーは意識が戻らず、ぐったりして鼻と口から血の泡を吹いていた。

 横にあったウォーターサーバーでハンカチを湿らせ、放り出してあったリュックから組織補修材を滲ませてカンガルーの顔を拭く。

 俺も少し摂取しておく。

 自分の手が震えている、武者震いだろうか?恐怖だろうか?

 アドレナリンが出過ぎだな、少し調整しよう。


 キレイに拭き終わる頃に瞼が動いた。


「起きたか」


「らにを・・・、何を・・・しあ?」


 目を開けたカンガルーは焦点が定まらず、まだ呂律が回っていない。

 脳にダメージ入ったかな?

 言葉に険は無い。


「ファージでは・・・無いな?エルフの動きじゃない。・・・マイバルの差し金じゃなか・・・ったのか」


 ファージなんだけど。勿論内緒だ。


「ナチュラリストと一緒にするな」


 カンガルーは初めて優しく笑った。


「地下市民権持ち様か」


「脳にダメージがあるかもしれない。補修材直ぐ飲め」


「起動してある。好き放題やってくれたな」


 こっちの台詞なんだが。


「キスしなかっただけ有難く思え」


「冗談は顔だけにしろよ」


 口の減らないカンガルーだ。


「何故殺さない?」


 死にたがりさんか?


「死にたかったのか?」


「二回も撃ったんだぞ?」


 俺も、いきなり鉛玉の洗礼とは思わなかったけどな。


「荒っぽいが、気にしてない。結果が分かるの早かっただろ」


「まぁな」


 自嘲気味に頬を歪めた。


「どうしたい?何をしに来た?」


 話が早い奴は好きだ。




 互いに探り合いながら落し処を決めたのだが。

 俺の仕事は、カンガルーに金魚のフンとしてくっついて、地域内の治安維持をしていく事で話が付いた。

 多分、俺が問題を起こさない奴かどうか確証が得られるまで見張るのも兼ねての事だろう。

 今月は試用期間で来月から本採用予定だと言われ、住居には近くに積まれていたコンテナハウスの四階をあてがわれる事になった。

 ポリグラフ会場の裏手には広い洞穴をくり抜いて作られているコンテナハウス群がぐちゃぐちゃに積まれていて、どれもこれも下の二階程が水に沈んでしまっている。奥は・・・、広いな、ソナーでも見通せないくらい奥まで続いていた。梯子や渡し板が無数に有り、ほとんど照明が無いので不気味過ぎる。

 この空間全体に強い空調が効いていてコンテナの隙間を風が通り抜ける為、風鳴りが酷くて、風よけの為に張られた薄汚れたシートや板も補修されずボロボロで、そのままホラー映画のセットとして使えそうだ。


「シラミとノミだらけでネズミの巣なんだが」


 俺が住んで良いというコンテナ。渡し板に乗ったまま建付けの悪い扉を開けると、虫だらけの部屋の中にはカビた机と、腐った毛布がある。

 錆びて穴の空いたシンク。

 あと黒ずんだゴミの山。

 足の踏み場にはネズミの糞しかない。

 空調は有るが、多分虫の巣になってるな。

 掃除は出来るが自分でやると骨が折れる。結構かかりそうだ。

 業者雇えないのか?


「わたしのヤサの一番近くだ。一等地だぞ。嫌なら二階下だ」


 水の中じゃねぇか。


「そっち見せろ」


「駄目だ」


「恥ずかしがる年かよ」


 後ろ回し踵落としがきた。全く足癖が悪い。渡し板の上で避ける場所がない。


 倒れ込んで開脚後転からコンテナの足場に戻り、立ち上がって足場の留め金に爪先を引っかけた。


「止めろ。やったらどうなるか分かってるな?」


 怖い声出しちゃって。

 思わずニヤけてしまう。


「この辺り、下の水は良い匂いがしたな」


「クソが。来い」


 そのまま背を丸めて裏手に回っていった。

 ついて行くと、上に登る梯子は無く、ブルーシートがかけられた建材を足場に四階部分へ上っていった。ワイヤーが緩んでいて今にも崩れそうだ。実際、ガラガラ音を立てて少し崩れている。


「こんな所から行くのか?」


「嫌ならここに住め」


 カンガルーは靴でトントンと足元を叩き上から見下ろしている。

 仕方なく上り、落ちかけてしっかり鼻で笑われ、三階の上から渡し板を一つ挟んだ先のコンテナがそいつの家だった。

 下のコンテナも周囲から隔離されていてここからしか行けないようになっている。コンテナの孤島だ。

 上を見ると、暗がりに薄っすらとクレーンブロックやチェーンが見えるので、緊急時はあれらを使って逃げ出すのだろうか。


 中は、脱ぎ捨てた服と酒瓶で少し散らかっているが、さっきの汚部屋から比べれば天国だ。

 虫よけもかなり念入りにやってあるな。

 ネズミの糞も無いので、もしかしたら渡し板はネズミ対策してあるのかもしれない。


「荷物は適当に置け。今日はもう休んで良い。わたしはまだ仕事がある。面通し済んでないと碌な目に遭わないだろうから、まだ出歩くな」


「わかった」


 ぶっちゃけ寝たい。

 ヘトヘトだ。

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