第130話 山道

 気味が悪いほどすんなり過ぎて、山際で待ち構えてるのではと勘ぐってしまう。


 俺は今、桐生市内にある渡良瀬川沿いの安ホテルに泊っている。

 荷物のほとんどは山間の低空を偵察がてらに無人機で飛ばしている。

 取られてもいいモノを少し、西桐生駅前のコインロッカーに預けてある。

 ホテルには、真夜中のチェックインにも関わらず、ニコニコ現金払いで身分証が無くとも泊れた。

 未登録者が多いから緩いのか?

 手持ちの現金はそう多くは無いが、都市圏内で換金する気は無い。

 したらまず間違いなくバレるからな。


 市街に入る主幹道路には無人機を設置して、該当車両が通ったら通知が俺に来る設定にしてある。

 どうせ、街に入る車の数はたかが知れている。

 見慣れない車両が来れば直ぐに分かる。

 桐生のヘリポートは一カ所だけ。市役所屋上だ。ほんと。過疎ってる場末の役場って感じだよな。輸送ヘリは今の所一機も飛んで来ていない。

 年中ショゴスの脅威にさらされている所為か、街全体に絶望が漂っている。

 ヘリポートにも監視を仕掛けたかったが、流石に市役所周辺は警備が厳しい。

 だが、この川沿いのホテルの窓からはヘリポートが良く見える。

 普通にここから監視出来る。


 今日は朝から強行軍でもう疲れた。

 明日に備えてしっかり休もう。




 ベッドへの重みで目が覚めた。

 誰かが座って片側が沈んでいる。

 もう見付かったのか?

 サイズ的につつみちゃんだろうか?


 俺は金縛りにあっている訳では無いが、起きたのに気付かれないように動かないで目を瞑っていた。

 重みが、足の方から頭の方へ少しずつ近づいてくる。

 声を出そうとしたが出なかった。

 頭まで被っている毛布を剥がそうと手が伸ばされるのが見えてなくとも感じられる。

 これをめくられてはいけない。

 でも動けない。

 どうしよう。

 その瞬間は永遠に引き延ばされていく。


 いつの間にか目が覚めた。

 真っ暗だ。


 時間を確認したら朝の四時半。

 仕掛けていたカメラが反応し、通知が来ていた。

 反応したのは五秒前。

 通知で起きたくさいな。

 なら、さっきのはやっぱ夢か。

 妙にリアルだった。


 死ぬほど疲れてると、金縛りの夢を見やすいというが、さっきの夢も金縛りの内にはいるのだろうか?


 チェックアウトは今日の七時から十一時だが、延長するか未定と伝えてある。

 ここがバレてるなら七時までは待てない。

 通りに人は全くいないし、変な時間に出たら目立つよな。

 カメラを確認する。

 二ノ宮のSUVだ。

 一台だけだから俺を捕まえるのには力不足感がある。

 見つかったら大部隊を展開する手筈なのだろうか?

 周辺の街に捜索範囲を広げて偶々ここに来ただけかもしれない。

 この街に別の用があっただけかも?

 でも、こんな時間に来るか?

 ネットのニュースには俺が逃げた事も二ノ宮の株主総会の事も全く上がっていない。完全に情報統制されてる。

 捜索にそれなりの金額が投入されている証拠だ。

 楽観視は止めよう。


 逃げる準備をする。

 駅前のロッカーは、真っ直ぐ北に抜けるなら通り道だし、途中で行きがけに開けられるかな?

 張られている可能性は低いが、この街のカメラで俺が見付かっていた時のブラフとして置いてあるので、まだ見付かってなくて取り越し苦労なら回収しておきたい。私服やら現金やらが少し入っているだけなのだが。


 車は真っ直ぐ市役所に向かっている。


 ナンバーは大宮だ。俺と無関係と考えるのは楽観的過ぎるだろう。

 俺は市民登録者としてゲートを通ってないので、履歴からバレる事は無いが、ステルスはかけていないので入管のカメラにはばっちり移っている。

 まだ余裕があるか?

 いや、無いな。

 俺を知っている奴に録画映像の姿を見られたら即バレだろう。

 ロッカーの回収も止めよう。


 素直に逃げる。


 フロントに向かう。

 安いだけあって、フロントの警備はかなり厳重だが、この時間は流石に受付一人しかいなかった。


「お客様。如何なさいました?」


「急用でチェックアウトする事になってしまった。三〇三のカワカミだ」


「カワカミ様ですね。返金はできませんがチェックアウトは可能です」


 ボーっと動画を見ている気怠そうな受付の男は、ちらりとも確認しなかった。

 客に興味がないのか、目を合わせたくなかっただけか。


「頼む」


 特に何事もなくホテルを出る。

 情報統制されていたのは逆に助かったな。

 川沿いから北への脇道に入ると、緩い坂道は舗装が剥げて凸凹している。

 蝉の鳴き声が一気に大きくなり、山のひんやりした空気が下りてくるのが分かる。

 山に向かう脇道には、カラーコーンが所々にあり、ショゴス注意とある。

 赤い肉に埋もれてしまっている建物もいくつかあった。

 危ないな。爆発したらどうするんだ?

 処理が間に合ってないんだな。

 北の山を越えればショゴスの巣だ。

 赤城山山頂の上の赤い雲は今はかなり小さいが、どうせまた大きくなる。

 ここの人たちは隣にアレが在って怖くないのだろうか?


 誰も通らない道を街頭カメラの視界を縫って進む。

 横の路地からひょっこりつつみちゃんが出てきそうな雰囲気だ。

 でも、絶対そんな事は無い。

 サーチ範囲には人っ子一人存在しない。

 屋内にはそれなりに反応があるのでそんな筈ないのだが、街が死んでいるのでは、と錯覚する。

 曲がりくねった坂道はだんだん家屋が少なくなり、川のせせらぎが聞こえてきた。

 桐生川だ。

 ここは変わらないな。空爆も逃れたのだろう。

 川沿いを散策したくなるが、目立つので一本外して北上する。


 後ろから車のエンジン音が聞こえた。


 さらに細い道に入り走る。

 走査範囲をじわりと広げる。

 したいのはヤマヤマだが、無人機へのアクセスは控えておく。


 恐怖の為か、いつのまにか全力疾走していた。

 城跡の登山道が見えたのでそのまま入り込む。

 ここなら車では追えない。


「ハァ!ハァ!」


 森に入ったら空気が一気に冷たくなった。

 土は湿ってきたがここはまだ足跡が多い。

 そう簡単には追えないだろう。

 周辺の地形図は全部反映させてある。

 このまま北に抜け、皇海山と赤城山の間を一気に抜けていく予定だ。

 道など無いルートだが、俺には関係ない。

 無人機は低高度でしか飛ばしてないので、山間のショゴスがどの程度なのか、見晴らしの良い所から一度視認で確認したいな。

 キャンプも張れないくらい量が多かったら流石に詰む。

 そうなったら見つかるの覚悟でジェットスーツ着て飛ぶしかない。

 空母に乗っていた時、確か日光に二億トンとか聞いた気がする。大きいのは日光方面に行かなければ無いと言ってたし、大丈夫な筈だ。


 エアーもバッテリー残量も十分あるが、今後の補充が不安な今はなるべく使いたくない。

 パワーアシストも最低限でメットを被らずに走る。


 地図には無い小さな沢がいくつもあり、ショゴスが詰まって水が溢れている箇所もあった。

 生水は絶対飲めないな。

 ここいらに野生動物はいるのだろうか。

 皆ショゴスに喰われてしまってるのかな。

 蝉の鳴き声は依然として多いし、虫がいるなら、餌にする小動物も居そうな気はする。

 鳥の声は全く聞こえないのが不気味だ。


 一番近いコミュニティはみなかみ辺りにあると聞いた。

 そこで下調べをしてから拠点作りを考える。


 未来に絶望しか無いのに、少しワクワクしている自分がいる。

 まだ俺はゲーム感覚なのだろうか?

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