第129話 国定への航路

 九龍城を目指しているが、あそこを通って逃げる予定はない。

 あの場所は大宮が何度も掃討戦をやっていて、熟知している筈だ。

 網の張り方も手慣れたものだろう。

 展開する時間をつくってやる為に、無人機やスフィアを落としながら微妙に時間をかけて動く。

 市街地での包囲はコストも被害も甚大なので、絶対街中で仕掛けては来ない。

 俺が二ノ宮や大宮なら、逃げ込む場所が判明した時点で九龍城に入った瞬間が狙い目だと考える。

 三十二番は俺がそう考える事を想定して動くだろうか。


 治安が悪い地域に入ってきて、九龍城の入口も近くなってきた。

 無人機とスフィアがかなり減っているのは、俺が落としたのだけが理由ではないだろう。

 網を張っている証拠だ。


 通りがかりの狭い路地に飛び降りて少し走り、確認しておいた無人機とスフィアを一斉に落とす。

 そこかしこから、落下した無人機の所為で色々破損する音が聞こえる。

 高軌道から撮影されてる可能性もあるので、量子ステルスも起動した。

 ジェットの音と熱で目立つから、直ぐバレる。なので気休め程度だ。

 音響キャンセラーのスフィアは違和感あり過ぎて目立つから街中では使えない。


 今、俺がどこにいるか、正確には分からないだろう。

 今のうちに。

 北を、伊勢崎付近を目指す。

 ファージ濃度異常地帯だ。


 あそこで完全に撒いてから、赤城山を目指すつもりでいる。


 山を越えれば、地下登録市民圏ではなくなる。文化的な人類の支配圏影響下から離脱する事になる。

 ショゴスだらけだし、ナチュラリストの支配圏に近くなるが、ショゴスの湧いている地域は実質緩衝地帯だから、入った瞬間エルフに取っ捕まるなんて事にはならないだろう。


 食料や水、トイレなどのキャンプキットは、前回伊勢崎の銀行に行った時ののまま無人機に載っている。警備が緩んだ隙に飛ばした。食糧や燃料の消費期限は切れていないが、水は痛んでいるだろう。でも煮沸すれば飲めるので問題ない。

 使い切る前に基盤を作るつもりでいる。


 つつみちゃんは馬鹿な事をしたと思って呆れているだろうか?


 あそこで、皆を守りつつ株主総会が終わるまで耐えきれば、首の皮は繋がったかもしれない。

 でも、監視は強化されて逃げにくくなっただろうし、俺への締め付けも格段に強化されていっただろう。二ノ宮のガチ監視から逃げられる自信は俺には無い。

 まだぬるい今のうちの方が逃げ切りやすい。


 逃げる前提だが。現状、二ノ宮に残るのは無理だと踏んだ。

 あのままあそこにいたら、しがらみを盾に脅迫される未来しか見えない。

 俺は逃げられなくなり、緩く、不自由に縛られ、腐っていく。

 絶望と共に、近いうちに脳缶になるだろう。

 一日だって耐えられる気がしない。

 俺はサワグチみたいにメンタルが強くないんだ。


 当てはある。

 ショゴス以外にも脅威はてんこ盛りだが、緩衝地帯にも人類の生活圏はある。

 この間、ゲームのレベルデザインの元スリーパー、山田に聞いた話に出てきた。


尾瀬の辺りから新潟の佐渡にかけて、緩衝帯となっている地域があり、そこだけでどちらの勢力にも属さない生活圏が成り立っている。

 ファージ災害が多い地域なので、採算が取れず手を出してこない場所だ。

 山田はそこで一時期仕事をしていたと聞いた。

 俺みたいなクソでも出来る仕事だ。

 何でも屋とかそういうのではない。


 運び屋だ。


 今の世の中、運び屋は需要と供給が全くバランスが取れていない職業だ。

 都市圏でさえ、街から街へモノや情報を運ぶのは命がけだ。

 二ノ宮とか貝塚くらい大きくならないと、好きに輸送するのは難しい。


 緩衝地帯は道らしい道も整備されておらず、荒れ放題。

 大型輸送車が使えないから、空路か人力がメインだと聞いた。

 高い金を払ってでも運んでもらいたいモノは山ほどある。

 一発屋がなり上がるには最適な環境だ。


 現地の情報は全く無いが、山田がテリトリーにしていた場所はその時に聞いた。周辺のどこかに潜り込めれば、どうとでもなる。

 行ってみて無理だったら、残りの人生はサバイバル生活だな。

 美人に囲まれた生活は天国だった。

 もう二度とつつみちゃんたちに逢えないと思うとテンションが下がりまくりだ。


 赤城山を越える前に見つかったら行き先がバレる。

 伊勢崎に潜伏してからは、慎重に進めたい。


 昨日話を聞いた時点で、ルルルや殺し屋に頼ろうかとも思ったが、秒で思い直した。ただでさえあいつ等は敵が多いし、俺が頼んで素直に聞いてくれるか分からなかった。そういう賭けには俺は絶対負ける自信があるので、素直にあきらめた。

 固定値しか信じない。

 賭けるコマが自分の命の場合は特にな!


 ジェット最高速で飛ばしたら、無人機とスフィアは振り切れた。

 ヘリの音がしていないのはスミレさんの有情だろうか。後は、高高度のグライダーや衛星から二ノ宮や貝塚に見られているくらいだろう。

 霧に入ればなんとかなる。

 ヘリが追ってきたら落とさざるを得なかったので、一安心だ。

 利根川を越えた辺りで、西に進路を取る。

 このまま隠れ場所の多い太田の山間を目指しても良いのだが、地理には疎い。

 土地勘のある伊勢崎の方が動きやすい。

 どうせジェットは切れないので身を隠せるギリギリまで高度を上げる。

 音は凄いが、見付かった時に高度が高い方が、ジェットを切った後の航続距離が長くなる。

 ここからは足場が悪い場所が多くなる。

 ぬかるみのど真ん中に潜伏して囲まれるなんて事態は避けたい。



 このルート、付近にレーダー塔が無いのは銀行の時に下調べ済みだ。

 衛星とかの高高度からのレーダーは人の探索には向かないから、一度見失った俺をデータから見付けるのは骨が折れるだろう。


 新田の辺りからファージ霧が濃い場所が増えてきた。

 上から見ると、霧の塊がそこかしこに纏まっていて変な景色だ。

 段々、雲海状に霧塊は繋がっていき、伊勢崎に入ると地表はほとんど見えなくなった。

 ああ、そうか。

 これ、もしかしたら下からは丸見えかもな。

 ここのファージ霧は、どういう仕組みなのか、何故か地上から空を見ると薄くなる。

 この辺りで活動する傭兵とかに見られてたら少し面倒だ。


 とりあえずの目的地は、旧伊勢崎市街に入ったら北上して、国定辺りに潜伏しようと思っている。


 今日の夕暮れには調査を済ませ、廃線となっている両毛線沿いか、六十八号線沿いに北上すれば桐生まで抜ける。

 桐生まで行ければ、後は山の中だ。まず見つかる事はないだろう。

 あの辺りは、少し土地勘がある。

 今でも人がそこそこいるらしい。

 地下登録市民と未登録市民半々くらいで六万人くらいらしいから、俺が起きた直後の籠原みたいな感じだろうか?

 そろそろ夏だが、祭りは流石にもうやってないのかな?

 昔は、ダンスを見る為だけに祭りに通っていた。

 最終的には、クソ暑い中、盆踊りのステップをボーっと眺める事になるんだよな。

 今の桐生はかなり流通の悪い土地なので、その辺りはほとんど情報も無くて調べていないが、見付からずに生きてたどり着けたら、少し滞在するのもありかもしれない。

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