第128話 日常は投げ捨てるモノ
ヤッポンがいつも頭に被っている金属袋は、頭に電子的なデバイスを埋め込んでいるサイボーグが、クラッキングやハッキングから頭を守る為に被るスタンダードな物だ。
二ノ宮でも、法務部とか会計部が外回りの時によく被ったりしている。
低コストなので身バレしたくない時も覆面代わりに使われたりする。
あいつの場合、恥ずかしいから被っているのだと思った。
「彼女は常に、感情が爆発しているの」
俺はどうレスポンスしたら良い?
「アレを取ったらどうなるんだ?」
「特定の受信をすると。男の言う事を。何でも聞いてしまうわね」
俺が顔を歪めたのを誤解したようだ。
「本当よ。くれぐれも」
「いや。違うんだ」
ヤッポンが使ったのは、中東とかに昔出回った奴か。
最悪だ。
「何でそんな事になったんだ?」
どこから話すか迷っているのか。スミレさんは目を瞑る。
「あの子が生まれて間もない頃。元々、彼女の親が適合者だと推測されてて、使われる予定だったらしいの」
「触ってしまって、起動したのか?」
「母親が実験動物にされるのが嫌で保身の為にヤッポンに使わせてから子供の所為にしたらしいわ。自分に使われたくなくって、ダメ元で試したって言ってたわね」
クズ過ぎる。
「ツツミがヤッポンとバンドを立ち上げたのも、それをなんとかしたい一心で。というのが根底にあるわ」
そうか。
だから、ライヴは人体実験って言ってたのか。
他に有名バンドは色々いるのに、二ノ宮が何でウルフェンを大々的にバックアップしているのか、常々疑問だったが、あの二人が超スペック技術者だからってだけが理由じゃないんだな。
「メンバーは皆知っているのか?」
「ノリユキだけ」
時系列が気になるが、今聞くべき事ではないだろう。
「つつみちゃんが入ってない理由は?」
「リョウ君に甘いからよ」
それを俺に言ってしまった時点で、スミレさんも相当甘いのでは。
「俺から情報が漏れるのか?」
さっき目の前で見せた部下とのやり取りと言っている事が繋がらないんだが。
あの通信もワザと見せたのではと思えてくる。
でも、怪しんでたならレーザー通信使うよな。
俺に、警戒してますよアピールしたかったのだろうか。
「何を考えているか分からない人間が一番怪しまれるのよ」
俺の事かと思ったが、殺し屋の事か。
そんなに警戒してるのか?
スミレさんとしてはあいつと繋がりがあるのが気が気ではないのかな?
そもそも、この全て前倒し感はスミレさんぽくないよな。
慎重さにも配慮にも欠けている感が否めない。
俺程度が何様のつもりというのはあるが、いつものスミレさんらしくない話運びだ。
聞いてみるか?
「何を急いでるんだ?」
少し黙ったスミレさんは、下唇を噛んでティーカップを見つめる。
言おうか迷っているな。
「明日、地所の株主総会があるのよ」
総会?明日?
それがどうかしたのか?
あ。
「リーク情報で俺の立ち位置が?」
頷かずに話を続ける。
「決定権は自社がギリギリなの。公平性を考えてなんだけど。圏議会で更迭された議員たちのスポンサーだった企業が今買占めに動いているの」
あからさま過ぎて、どうなの。それ。
「別に、ターゲットされてるのは地所だけだし、資金もあるし、直ぐに買い戻せるけど。今、早々と買い戻しに動くと本社側の印象が悪くなるのよ。だから一時的に決定権を失う可能性があって」
「その瞬間、二ノ宮で俺の立場がどうなるか分からない時間が出来ると?」
首を縦には振らなかったが、黙り込んでしまった。
二ノ宮の庇が無くなる。
俺が下手を打たない限りそれは無いと思っていた。
こういう形で来るとは。
エピキュリアンについて秘書室に聞いて、映画館に誘われた時点でこの流れは決まっていたのか?
あの赤外線通信で腹を決めたのか?
もっと前から?
今それを知ったところで、俺の今後が変わる訳でもないか。
その後も現状について話し合ったが、俺がどうするかとかは言わなかったし、スミレさんも聞かなかった。
多分、明日は面白くない事になる。
明日の予定はもう決まっているし、今変更したら、俺に教えたスミレさんに迷惑がかかるだろう。
俺がどう動くか。スミレさんは想定しているだろうか?
明日の株主総会は、つつみちゃんと仕事を始める前には既に開始されている。
これから俺が誰かに連絡したり、動いたりすれば、全部不利な要素になる。
誰にも気付かれないよう。
自分の頭の中だけで。
明日に備える事にしよう。
次の日の朝、二ノ宮地所本社八階のサルベージ用フロアは、浮ついていた。
スタッフ皆、俺に対しても普段通り接しているつもりなのだろうが、バレバレだ。
つつみちゃんも打合せ予定時間前に来てしまった。
総会の現地に行かないのは俺と仕事するから決定済みだったらしいが、時間前にいきなりこっち入ったら不味いんじゃないのか?
しかも、ベースを背負っていて、フローターのカメラや黒スフィアも持ち込んでいる。
一応、株主総会を視聴するという建前だが、何をする気だ?
「ちょっと早めに起きちゃって。やっぱ役員だと総会前は緊張するよね」
笑い方もぎこちない。
俺らの仕事の打ち合わせはコーヒーと共に滞りなく進んでいる。ファージ隔離された室内に、フローターの電磁波経由で株主総会の様子が垂れ流されている。
議決権の行使に丁度休憩時間が重なり、いつの間にか皆して展開を見守る事になった。
本社の怠慢で俺の手綱が握れていない事に始まり、重箱の隅をつつく質問が続く。
スミレさんが涼しい顔で応えている。
その内、議題に感情発信プロセッサが出て場が騒然とする。
「あいつ!履歴直ぐに調べて!」
つつみちゃんが個人的に雇っていた傭兵たちの内何人かが部屋を出ていく。
質問者はスケープゴートな気もするが、叩けば埃くらい出るのか?
議題になった時点で目的はもう果たされただろう。
流れが完全に俺の脳缶コースに向いている。
誰かが、俺がこれを見ていると言い。暴れる前に拘束すべきだとか騒いでいる。
スタッフを見回す。
表情は様々だ。
部屋の外に人が集まり始めた。
遮断したつもりだろうが、俺からは見えている。
二ノ宮の本社警備隊が廊下に鮨詰めになってきた。
扉の前に三十二番が控えて、秘書室と何か書面のやり取りしている。
扉からスフィア伝手に三十二番の声がした。
「サルベージ業務中失礼致します。就業規則三条第七項により、立ち入りが許可されました。法務部の査察で入室させて頂きます」
「開けないで!」
つつみちゃんが叫んだ。
「只今私的な懇談中なの!役員権限により。話が纏まるまで時間を要求する」
「総会中の権限は法務部にあります」
「わたしは総会には出席していない。その判断はここでは無効だよ!」
「つつみ様に関しましては、総会不参加により役員再選かどうかは総会後に決定いたします。行使はそれ以降に受理されます」
「詭弁ね!」
つつみちゃんも大概だと思うが。
部屋にいる何人かのスタッフは、付近のドアに張り付いてつつみちゃんを含む何人かは俺の前に立ち塞がっている。
俺を守るつもりなのか。逃がさないつもりなのか。
両方か?
外の警備たちは銃のセーフティを解除している。
フルスペックのあいつら相手につつみちゃんを守れる自信は、無い。
覚悟を決めよう。
「潮時だな」
周りの皆に聞こえるようはっきりと言う。
室内の全員が俺を見た。
俺の個人倉庫内の装備を遠隔起動させ、地所の周辺空域全体にゆるくファージ操作を開始する。
異変を検知して本社内にアラームが響き始めた。
俺に対してカウンタープログラムが反応するが、想定内だ。
気付いてる保安部が人力でハッキングかけてこないのは手心だろう。
三十二番はマイクを切って、このフロアと廊下を隔てるドアのいくつかが向こうからドカドカ叩かれ始めた。
「よこやまクン?」
俺が窓に近づくとつつみちゃんの顔がみるみる崩れていく。
「何するの?ちょっと。待って。終わるまで引き延ばせば」
「世話になった」
加速する。
助走は限界まで。
仕込んでいた破砕用のベアリングを、念の為窓の内一枚の四隅にファージで叩きつけ、そのまま体当たりする。
この一枚で畳四畳はありそうなデカい窓は、はめ込み式で、外からは徹甲弾も余裕で防げるが、内からの衝撃にはそんなに強くない。
二重ガラスで真空断熱な上、多重構造なので割るのには苦労するが、内側から押してまるっと外すのは難しくない。
そんな事する奴居ないしな!俺以外!
八階から飛び出した俺は、空中待機させていたフライボードに飛び降り、そのまま屋上を目指す。
落ちていった窓ガラスは耳をつんざく爆音を立てて真っ白に割れた。
砕けていないのは凄いな。一枚幾らするんだろ。スミレさん済まぬ。
さて。屋上のヘリは足止めしておかないと直ぐに捕まる。
出来れば大宮市役所のヘリも止めたかったが、ここからは俺の手持ちバッテリーだけでは届かない。既にパスコードは変更されてしまって、解錠には手間がかかる。大宮市内のファージコントロール主導権が消失した現状、役場への回線を開いた途端、俺の頭は焼き切れるだろう。
肉眼で見える距離にいないが、大宮付近滞空中のヘリは三機だな。
撃ってくるだろうか?
狙われたら対処しよう。
ヘリとエレベーターに時間稼ぎの嫌がらせをしている最中、ジェットスーツを装着した俺のアトムスーツが屋上に着陸した。
良かった。撃ち落されなかった。
っと。
無人機がワラワラ来た。寒気がする量だ。
その群れに紛れてスフィアも何十個も検出した。
無人機たちに攻撃目標を誤認させるのとほぼ同時に発泡ポリマーを俺のデコイに射出し始めた。
間に合ったのか、デコイ展開まで待ってくれていたのか判別に困るな。
打ち合わせなんてしていないので、今俺がここから逃げ出すのは独断だ。
ささっとスッポンポンになり、アトムスーツを着る。
慣れたもんだ。この実家のような安心感。
念の為アトムスーツのウィルスチェック。オールグリーン!
ジェットスーツのエンジンを再始動。
エレベーターの扉が爆破され、傭兵たちがファージ阻害用の煙と共に音も無く湧き出てくる。
トラップは一瞬で破られて時間稼ぎにもならなかった。
お前らとガチる気は無い。
銃を向けられてるが気にせず走り出し、屋上のヘリポート前から飛び出す。
狙われてはいたが、一発も撃たれなかった。
撃たれたら撃たれたで、互いに面倒なのが分かってるからな。
あいつらの苦い顔を想像して少しニヤける。
飛びながら、俺の分散された口座内資金を金に変換する手続きを開始する。
金。ゴールド。全額ぶっぱだ。
口座の差し押さえ前に少しだけ換金出来たが、思ったより止まるの早かったな。
残高は一割も減っていないが純金で重さ八キロ分くらいか?総資産からしたら少ないが、これだけあれば色々始められる。
換金所は九龍城に一番近い場所を指定。
これは受け取れないと詰む。
間に合えよ。
低空飛行で道路沿いに急ぐ。
通報がとんでいたのか、換金所はシャッターを閉める直前だった。
ジェットスーツごと突っ込み、無理矢理シャッターの間に入り込む。
シャッターに衝突した派手な音で周囲の通行人が逃げ出す。
中には質に入った高級ブランドが所狭しと並んでいる。
「換金の受け取りに来た。予約をした山田太郎だ」
「小用で只今閉店となります」
店員たちは震えあがっている、レジ前の女性が恐々立ち上がって俺に応えた。
入口隣でタバコ吸っていたガードマンは俺が目を向けると両手を上げた。
「なら、奪うしかないが?」
「はっ。早く渡せ!全員溶かされるぞ!!」
奥で物陰に隠れた禿のおっさんが喚いている。
「溶かしはしない。似たようなモノにはなってもらうかもな」
周囲のファージをゾワリと動かす。
「オイ早く渡せ。俺はまだ死にたくない」
ガードマンがタバコごと吐き捨てた。
そこまで怖がられると、複雑だ。
禿がレジの女を見て頷くと、レジ後ろの気送管のベルが鳴り、電子ダイヤル式の蓋が開く。
「なぁ、ちょっとこのシャッター押さえててくれ」
隣のガードマンに言うが。
「もう止まってる」
おっと。
「二十四金インゴット一キロ八本。ごご確認お願いいた」
震えながらも秤に分銅を載せ業務をこなそうとするレジの女に近づき、ガラガラとサイドポシェットに詰め込む。
重っ。
てか、めっちゃ重いな。金てこんな重かったんか。
「お世話様」
「アディオス」
通り抜ける横でガードマンがウィンクしている。
西ヨーロッパ系か?
見た目は眼つきの悪いガリガリ髭面フランケンだが。
「アスタレゴ」
一応返す。
ガードマンはニヤリと嗤った。
助走をつけ、店から飛び出す。二ノ宮の無人機が追い付いてきた。
サイレンの音も全方位から近づいてくる。
九龍城を目指し、大通りの建物より上らないよう低空で又かっ飛ばす。
金が思った以上に重かった。小さいのに重いのでバランスがオカシイ。
燃料持つか?たった八キロ。されど八キロ。
切れたら切れたで。
「なるようになるか」
たまには行き当たりばったりも悪くない。
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