第126話 砂糖回

 臭い小人の手下たちは、幼い頃から牢名主の洗脳を受けた少年兵たちだった。自分らを統率してた管理者共や周囲を囲んでいた便乗野郎共を殺し、追い払い、男女問わず、ボロボロになった身体を引きずり、明け方には広場でグダっている小人の前に整列した。


 ボーっと眺める俺は徹夜だ。

 今日これから仕事なのに。

 ああ。コーヒー飲みたい。


 マスクを被った小人は、死に体で集まってきて整列する少年兵たちをイソギンチャク女の上で立ち上がって見回す。

マスクはヘソまでしか隠してない。

モゴモゴ何か言っている。


「牢名主は、お前たちの行いに悦んでおられる」


 わっちーが荘厳な声で話し出すと、さっきみたいに拡張してなくとも広場全体に響く。


「偉大なる戦士には寵愛を授ける」


 ホルモン分泌が誘発されそうになったので慌てて空間を隔離する。

 俺も何度か使った事があるので直ぐに気付いた。

 作戦メンバー全員に注意喚起する。

 広場の少年兵や施設の奴らは奇声を上げてひれ伏していた。

 痙攣しながら転げまわってる奴もいる。

 現代カルトはこうやって生まれていくのか。


 止めに入ろうとしたら傭兵に押さえられた。


「何人かそのままショック死してるぞ」


 生成量の一人当たりの管理が杜撰で、オーバードーズしている。


「ヴァルハラ逝ってんだろ。邪魔すんな。ヘイトが向くぞ」


 暫くすると、死体たちはゲラゲラ笑いながら胴上げされていた。




 今回の不審なハッキング。元をただせば原因は俺だった。

 銀行跡に向かう途中に地雷で爆破した装甲車の一つに、牢名主のお気に入りだった愛人が何人か乗っていたらしく、何で殺したのか調べていたと言う。

 管理者と牢名主は別のコネクションを築いており、施設はかなり険悪な状況で組織自体はほぼ二分され、牢名主も最近はほとんど地下に軟禁状態だった。

 愛人たちが死んで小人が発狂したのを皮切りに、管理者側が強硬手段に出て施設を掌握、情報入手ルートを一部制限されたものの、別にそんなのどうでも良かった牢名主は、回線だけ確保して、俺の動向について地下でシコシコ調べものしていたそうだ。それがなかったら俺らも動かなかったんで、風が吹いて桶屋が的な流れだったな。

 俺の事情を話したら”まぁ、仕方なかんべ”と軽く許してくれた。

 良いのかよ。軽すぎだろ。


 これは、スミレさんにどこまで報告するか悩ましい。

 二ノ宮の被害総額聞いてから考えようかな。


 施設内では違法薬物がかなりの量生産されており、この辺りは予定通り市警に丸投げする。

 第一発見者の権利は放棄した。

 取り分の金額分臓器摘出して換金する奴とかもいるらしいが、論外だ。

 でも、重度薬物依存の子供たちの正しい導き方なんて俺は知らない。

 あいつらが大人になった時どうなるか、考えただけで憂鬱になる。

 一応、つつみちゃんが策定したプログラムを受ける奴らに限っては、全額資金出資を申し出ているが、誰一人受けないというから暗鬱としてくる。

 牢名主が統率すると確約したので、皆殺しの話も無しになった。


 子供に選択の権利を与えるべきか、法の庇護の元で再教育すべきなのか。

 来るべき未来の為に人資源がこんなに浪費されてって良いのか?

 地下の奴らは、この状況をずっと黙って見てきたのか?

 確かに、人類が弱体化しないために、ある程度のストレスは必要なのは分かるが、この世界は度を過ぎてないのか?

 いや、止めよう。

 サワグチと同じロジックにハマってしまう。


 別れ際、牢名主は時々遊びに来いと言ってきたが、ばーちゃんちじゃねえんだぞ。




 そんな訳で。今、俺とつつみちゃんはあの抹茶の茶屋で、どこまでスミレさんに報告するかの作戦会議をしている。

 今回は完全にお忍びだ。傭兵は雇って張り付いてもらっているが、私用という事でスミレさんにも大宮にも何も言っていない。

 たぶん、つつみちゃんとデートだと思ってくれるだろう。


「やっぱ、予約しないと抹茶ショートは無理なんだね」


「又来れば良いだろ」


「絶対だよ」


 はいはい。


 今日も混んでるが、抹茶ソーダは美味い。


「ほんとに美味しいの?それ」


「あー。分かる人にしか分からないからなぁ」


 秒で取られた。


「あれ。美味しい」


「・・・」


全部飲みやがった。


 それ、来るのに十五分も待ったんだが。


”一連の流れに関しては、スミレさんの方でもある程度予想はついていたと思うの”


 俺の不貞腐れた顔に満足したのか、一応話にはのってくれるみたいだ。


”ついでに議会一掃したんだろ?かなりあそこに絡んでたんだな”


”あそこだけじゃなかったけどね。南さいたまにも圏議会直轄の工場がいくつかあったんだって”


 工場て、牧場ですらないのかよ。


”そうだ。レティキュリアンって何だ?”


”エピキュリアンね。言葉通りだよ”


”快楽・・・主義者?”


 調べても大した事は出てこない。


”あのイソギンチャクみたいのが?”


”思想だからね、人種は関係ないかな”


 人種とは。


”何でイソギンチャクが縫い付けてある人種とかいるんだ?籾殻産んでモルモット飼ってるし!良いのかよアレで”


 あのデカいのも下半身だけ女の奴らも、ハエまみれも、牢名主も遺伝子分類上人間だそうだ。

 狂気でしかない。


”よこやまクン落ち着いて。眉間にシワが寄ってるよ”


「ごめん」


 つつみちゃんに当たっても仕方ない。何をやっているんだ俺は。

 ダメな子を見る目で優しく笑うつつみちゃんに更に打ちのめされる。


”快楽主義者たちは、やりたい事を自由に、何でも、やる。迷惑度ではナチュラリストより全然低いよ。押し付けたりしないもん”


”犯罪行為盛りだくさんみたいだけど”


”そうだね。でも、一応どの程度やると法的に叩かれるかはっきり分かってて動いてるよ”


 確かに、俺への対応も、あの後の施設側の対応を見ても、その辺は弁えているように見えた。

 あの組織は、臓器や薬物が欲しい圏議会側と、法外の自由が欲しいエピキュリアン側のバランスで成り立っていた。

 稼ぎ口の無くなったあいつらはこれからどうやって喰っていくのか。

 あれだけファージ操作に長けていれば職には困らないのか?

 でも、地下市民登録拒否られたみたいだしな。

 市民権が無いという事は言い換えればモラル的にある程度自由であるとも言える。

 相変わらず、命の軽い世界だ。


”一応、医療目的で使用可のものに関しては、二ノ宮製薬の方で引き受けてくれるって。管理面でも介入するって言ってたし”


 それは朗報だが、どうみても採算は取れない。

 二ノ宮製薬は俺の所為で多額の負債を抱える事になるだろう。


 つつみちゃんは俺の顔を見て不敵に笑っている。


”スミレさんが下手打つと思うの?”


 読心術、巧いですね。

 そりゃそうか。スミレさんだしな。


”まぁ、いいや。全部言う事にするよ”


”それが賢明ね。どこまで白状するかで測られるとは思うから”


 とほほだよ。


「追加オーダーお待ちです。抹茶ソーダのお客様」


 はい。と手を上げる前に目の前に出された。


持ってきた店員を見ると、店長だった。


「毎回違う女の人ですね」


 おい。そういうのやめろ。


「まだ二回目だ」


 いたずらっ子の目をしている。


”使ってなかったんですね”


 ・・・何故気付いた?


 険悪になろうとしたつつみちゃんも表情作りに失敗して展開を見守っている。


”処分した”


 店長はギョッとしている。


”それは・・・。思い切りましたね”


”悪かったな”


”いえ。それはそれで。本人も満足でしょう”


「ごゆっくりどうぞ」


 店長は意味深気に微笑むと、追加オーダーのチェックだけして戻っていった。


「可愛い子ね」


「そうだな」


「あーいう子が好みなの?」


 あなたはいったい、今まで何を見てきたんだ。


「俺がつつみちゃんファーストなのに気付いてないのか?」


 俺がイラッとしたのに気付いたのか。黙って皿の上のオペラをツンツンし出した。

 最近誤爆が多いな。人間関係に慢心している証拠だ。

 ここは言葉一つで俺の命が消し飛ぶ世界。

 注意しないと。


 帰り際に謝ったのだが、何の事だか分からなかったみたいで、軽く流された。

 最近の若い子は良く分からん。

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