第125話 凧の山彦
「ぎゃっ?!」
小人女は、部屋の外に出た途端、悲鳴を上げてイソギンチャクから転げ落ちそうになっている。廊下で展開してるファージで気付いたか。
下のイソギンチャク女は落ちないようにバランスを取ってフラフラした。
小人の股が丸見えだ。
照明に照らされたくないのか、必死に身体を隠そうとして、マスクが歪んでキモさが増す。
巡査長は驚きで固まっているが、外で見張ってた傭兵は知っていたらしく、チラッとイソギンチャクの下半身を見ただけだった。
何かもぞもぞ言っている。
タダでさえ声が小さいのに、マスクで更によく聞こえない。
ファージあんま使いたくないんだよなあ。
マイク向けるか。
「聞こえないぞ」
「てめぇ。スリーパーだったんか。大宮にいるのは何だや?」
あぁー。
やっぱターゲットこいつか。
どうすっかな。今話進めて大丈夫か?
いや、やめておこう。
「急げ。早くしないと皆殺しになる」
何か上で騒いでいる。
連絡は来ないので大した事ではないのだろうが、早い所上に上がりたい。
態度には出ないよう注意する。
「おめえらが?」
「お前らが。外出てる兵隊仲間なんだろ」
「・・・。ふん。来なさっせ」
携帯クレーンのワイヤーを無視して廊下の先へ歩き出す。
「そっちじゃない。こっちだ」
イソギンチャクは脚を止め、マスクの中で小人は振り返っている気がする。
「あっしの声なんかてんで届くわけ無ぇべ。声のでっけぇの連れてかぁ」
ファージ使って”ちょちょいのちょい”とかする訳じゃないのか。
とりあえず上に話の流れを伝えて、ぷるぷる震える生尻について行く。
あんな臭い汚い部屋に寝そべってるだけなのに、虫に喰われてない、形の良い綺麗な尻だ。
イソギンチャクの部分は、上で殺したゴミ纏いの巾着とは違い、艶艶の綺麗な梅干し状だ。よく見ると人との継ぎ目がシュロ縄・・・、じゃないな真っ黒に変色したタコ糸で縫われている。
元は人間だったのか?
無理矢理コレにされたのなら最悪過ぎる。
”おいボス。普通に話てっけど。何て言ってるのか分かるのか?”
”ああ。まあ大体な”
黒革。分かって聞いてるのかと思ったが、何も聞いてなかったのか?
”マジかよ。方言きついな。どこのエピキュリアンだよ”
地元なんですが。
時の流れって残酷だわ。
そもそも、エピキュリアンが何だよ。
足場の悪いゴミの中、暫く廊下を進んだのち、イソギンチャクは突き当たりのトイレのドアをゴンゴンと蹴った。
「わっちー。いるん?」
小人の問いかけに中でゴソゴソ動く音がする。
同時に羽虫の唸りが大きくなる。
「おいちょっとマテ。開けるな」
時すでに遅し。
止めようと伸ばした手の前でトイレのドアが開き、
黒い雪崩となってハエが噴き出してきた。
仄暗い照明の元、鈍い緑に輝くハエたちが辺り一面に充満する。
キンバエだ。トイレで繁殖させてんのか?
スーツ来てなかったらショックで即死だった。
続いて、ハエに全身集られた背むしの奴がトイレからもぞもぞ這い出て来る。
「このハエは駆除していいのか?」
「ぅぉ、俺は。殺・・・、すな・・・」
腹に響くめっちゃ低い声の所為で、そいつにくっ付いていたハエが一斉に飛び立つ。ノリユキより更に響く声だ。犬なのか?シミだらけの毛布を被っている。猫背のジジイっぽいが、声は若そうだな。ノリユキより全然デカい。
とりあえず、ハエは殺すわ。
「死んでる空間には近づくなよ」
別に殺虫剤を撒くまでも無い。
廊下の隅にファージで無理矢理空気の薄いポイントを小さく作り、そこへ渦を巻く空気の流れを作っていく。
ハエは面白いように吸い込まれて破裂し、床に死骸が溜まっていく。
「てぇー。・・・近頃のスリーパーは、なっから器用なモンだいの」
三十秒もすると飛んでいるハエはほとんど居なくなった。
誰も近づかなかったので、俺がトイレのドアをしっかり閉めておく。
中は真っ暗だった。見たくないので目を背けて閉めた。
「また換気口開けたんか。蛆が湧くからヤメロっつったんべ」
何か叱られている。
「ダッテ・・・臭いし・・・」
同意するが、お前のがにおい酷そうだ。
最上階まで歩いて行くと言うので。
”ふざけんな”って事でクレーンで吊り上げる。
一緒だと危ないのでイソギンチャクと小人は別だ。
誰がどう上がるかで一悶着あった。
ジタバタするイソギンチャクは特殊性癖の傭兵の一人がケツを見ながら嬉々として腰を抱えて上がり、高い怖いとギャーギャー騒ぐ小人はマスクを入れ物代わりに黒革が小脇に抱えて上がった。
わっちーに関しては、臭い毛布は汚いから置いて聞けと言ったが聞かずに泣き出したので、仕方なくワイヤーで吊り上げる。
何かボトボト垂らしている。
そいつらを引き上げたら、広場にいた奴らは一斉に反対の隅に逃げていった。
相当ヤバいな。
臭い落ちるのか?これ。
マジ最悪。
「牢名主様。息災ですぅ?」
「なんでぇ。なっから良い面になったんべ」
縛られてイモムシになっている豚革ナースがぴょんぴょん寄ってきた。
何度か殴られた跡がある。
さっき上で騒いでいたのはこいつの所為か。
面倒なのでスルーだ。
「んで?どうやるつもりなんだ?」
「上でわっちーが一声かけんで、死にたくなきゃ下げなさっせ」
なるほど。
「巡査長。警察の方、信号弾誰だったっけ?」
「皆撃てますよ。何でしょう」
「全員下げるぞ」
俺と巡査長で隣の広場に出て信号弾を撃つ。
広場に集まっている子供の一部が、花火だとか騒いでいる。
小人は”た~まや~”とか言ってる。
「上いくんべ」
本館屋上に着くころには外回り組たち全員敷地内への待避も済むだろう。
「ふんふふん。ふん。ふんふーん」
ご機嫌な小人は今、俺の頭の上でどこかの国の国家を口ずさんでいた。
俺の隣には材料の判明したマスクを汚そうにつまんだ黒革が並び、階段の途中で足が疲れて歩けなくなったイソギンチャク女は、じゃんけんで負けた傭兵が肩に背負った。
汚い毛布の塊は、音を立てずに階段を登ってきている。
その後ろで念の為警戒するもう一人の傭兵はもうずっと無言だ。
言いたい事は分かる。
やっつけのマスクでは浸食する臭いに耐えきれず巡査長はダウンした。
銃で解決できる程度の案件は楽だ。
いくら発砲してもこの臭いは解決しない。
上に乗る小人からは、このアトムスーツを着てても何故か浸食してくる鼻をつく悪臭の幻覚が発せられている気がする。
完全に遮蔽してる筈なんだけどな。
スーツ内のエアーも正常だから、やはりこれは幻覚だ。
本館の上階のほとんどは電源が落ちてて真っ暗で、窓も全部割れているのだが、最上階は窓どころか壁も天井も完全に抜けてしまっている。隙間風どころか、吹きっ晒しで結構風が強い。
「なして止まるん?」
月明かりで丸見えなのでこれ以上上りたくない。
「ここでやれ」
「無理だいの」
「これ以上上行ったら的になる」
「外の霧も濃い。当たりゃせんわ」
「・・・」
「あと六間は昇らんと」
ろっけん?
「黒革。ろっけんてどんくらいだ?」
「んー。十メートルかな」
上を見上げる。
屋上まで後二メートル。
上は空だ。
下は霧だが、空は良く見える。
「臭ぇからって現実逃避すんなよ?」
したくもなる。
風が吹いてるのに臭さは酷くなる一方だ。
「ったく。まぁ~ず世話のかかるスリーパーだのう。待っとれ。わっちー、行くんべや」
「うぅ・・・」
ふわりと浮かび上がった小人は、一気に上空に舞い上がっていく。
周囲にある塵をファージを使ってカビの菌糸っぽく張り巡らせて風を受けているんだ。
器用な奴だな。
臭いわっちーも引かれてゆらゆらと浮き上がる。
「おぉ?!」
辺り一帯のファージが、大規模に操作されているのが分かる。
何でこんな事出来るんだ?
やっている事は分かるが、何で動かせるのか謎だ。
エネルギー足りないだろこれ。
小人が何か叫んでいる。
よく聞こえない。
「ギュロロン!!!」
わっちーがバカでかい声で叫び、辺り一帯に響き渡った。
反響を繰り返し、何度も木霊する。
木霊が止むと、辺り一帯で激しい銃撃戦が始まった。
ターゲットは俺らではない。
同士討ちしてる。
本当に半数は味方だったのか?
いつの間にか降りてきていた小人は、俺のメットに座り込み、小さい口を開けて欠伸をした。
「駄賃がなっから楽しみだいの」
只より高いものは無い。
「こっちが礼を言って欲しい」
牽制はしておく。
「おい。こいつ連れてくる必要あったのか?」
イソギンチャクに巻き付かれて半身粘液でべっとりな傭兵がキレ気味だ。
もう一人に肩を叩かれている。
「他人事だと思って、下りはお前だかんな。あっ!逃げんな!」
臭さ的にはそっちのがマシだからな。
「交換するか?」
「いや。その大役はボスに譲るわ」
うんうん頷く小人は、実はかなりチョロインじゃないのか?
「とりあえず、帰ろうぜ」
ため息が出そうだ。
こいつらどうすっかな。
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