第124話 大量のシラミらしい何か

 ゴミで塞がった扉の向こうは相変わらず沈黙を守っている。

 グレネードでも投げてきた方がまだこちらとしても挨拶し甲斐があるが今の所後ろの廊下の奥もICUからも無反応だ。


”始めるぞ”


 エロナースは自信満々だったが、どんな罠を張っているのか。

 何度か蹴り開けて隙間を作り、スフィアとスパイダーを放り込む。

 スフィアが一瞬で無力化されて床に落ちた。

 見ていたメンバーが騒然として遮蔽物や壁際に身を寄せる。


”スパイダーには無反応”


 気付いてはいる筈だ。ファージによる接触感知を受けた。

 スパイダーはゴミの上を転がり埋没した後、カサカサ這い出たのを確認し周囲の探査を開始させる。

 続けて残りのスパイダーを投げ込み皆に指示出ししておく。


”コントローラーがいる”


 廊下に充満していたものより更に濃いファージの霧が、意思を持って外に湧き出てくる。

 ソフィアほど丁寧ではないな。

 風で吹き戻そうとすると混ざって大変な事になるので、気圧の層で優しく弾き、出てこれないよう押し込む事にした。


”この階だけ気圧変える。耐圧無い奴は耳抜きしといてくれ”


 当然、この施設にファージの扱いに慣れた奴がいるのは予想はしていた。

 俺のサルベージの穴をピンポイントでストーカーする奴がいる施設だ。

 この汚い霧にかざりたくはないが、やっぱりターゲットはこの中にいる可能性が高くなった。


 スパイダーの計器から送られてくる数字を見る限り、部屋の中は少し蒸している。

 原因の熱源は埋め尽くされたゴミの絨毯の中だ。

 地下のあのショゴス平原より全然カオスでは無いが、それでも世界汚部屋ランキングで日本代表に選ばれてもおかしくないクラスの汚さだ。

 廊下の隅には肉が綺麗に削り落とされた人骨もかなりの量が転がっている。

 こんな所で生きていける奴がいるのか?


 部屋の中で比較的周囲より小高いゴミ山にスパイダーを登らせる。

 天井は上の階に吹き抜けで、室内には照明がない。スパイダーも的になるからライト無しでソナーも打ってない、光がこの入口からの薄明りしか無いので、赤外線カメラでも上は見通せないが空気の対流が感じられないので本当に塞いであるのだろう。

 確かにこれは、塞ぎたくなる気持ちも分かる。

 寝てる時この霧が通気口から迫ってきたら俺でも汚すぎて絶望して死ぬ。

 あれか、ここに住んでる奴らは、これだけのモノが下にあるから、上の衛生管理もあれでまだマシに感じてしまうんだな。

 どっかのジジイが言っていたが、ゴミの数がゼロとイチの差は気になるけど、イチと二の差は気にならない。

 条件が加速すると最終的にはここみたいになるんだ。

 ゴミの中の熱源が動いた。

 カメラの死角になる下から飛び出てきた熱源はスパイダーより少し大き目のサイズで、ひっくり返した後噛みつこうとした。


「チュン」


 鳴いた?

 餌じゃないと気付いたのか、直ぐにゴミの中に潜って隠れてしまった。

 何だ?

 他のスパイダーで確認したが、色調補正かけてなかったので周囲と同じ色で良く分からなかった。ネズミっぽかったが、鳴き声が妙に人っぽい。

 ネズミに噛まれたくらいで壊れる機材ではないので問題無いが、このゴミに埋もれた部屋の床を埋め尽くす熱源は全部そうなのか?

 全部?!


奥から小さい声が聞こえる。


「まぁーず。物騒な挨拶だーないやぁ」


 女の声だ。そんなに遠くではないが妙に小さい囁き声だ。

 声かけてみるか。電波は阻害されていない。

 スパイダーのスピーカーから問いかける。


「豚革の看護師に言われて来た。ここに監禁されていると聞いた」


「豚革?ほっほっほ」


 特定できた。

 部屋の奥にある直径三メートル程度の熱源。

 小さい声はそこからしている。大きさの割に声が小さい。

 何だアレ?


 よく見ようと全機のカメラを向けたらレンズを塞がれた。

 ネズミにではない。

 ピントを合わせると、シラミだかダニだか分からない小さい虫がレンズ一面に張り付いている。取るか?アームで振り払えば落とせなくは無いが。


「挨拶も無しなんきゃ?顔見て話しなさっせ」


 少しイラッとしている。

 実家のばーちゃんと話してる気分だ。

 中に入りたいのはヤマヤマだが、スパイダーの臭気測定のメーターは振り切っている。

 洗浄機器持ってきてないんだよな。

 後のことを考えると、この中に入るのには勇気がいる。

 流石に、強襲作戦にシャワールーム持ってくる用意周到さは俺には無い。

 ファージで完全ガードすると他のリソースに使えないし、こびりついたシラミやらダニやら悪臭の元やらをどうするか。


”看護師にここの浴室は使えるのか聞いてくれ”


 後ろの傭兵にスレしたら黒革が応えた。


”さっき聞いた。綺麗な真水のシャワーが使い放題だ。市警が確認した”


 こんな僻地で使い放題?

 信じるぞ?


”一人で入る”


”つき合うよ”


”俺も”


 後ろから傭兵のヒゲの方と黒革が一歩出るが。


”中のあのサーモグラフィーの量見ただろ。ファージ以外守れるか分からないぞ”


”十分だろ”


”なあ?”


 何でこういう時だけ仲良いんだよ。


 二秒ほど俺が迷ってると黒革が補足した。


”エピキュリアンは何度か対処した事がある。ファージさえ何とかしてくれればボスの護衛くらい出来る。あのデカい巾着の足元に共生関係のモルモットが巣を作る筈なんだが居なかった。替わりにここで飼ってんだろう”


 言葉通りの意味なのか?

 ・・・モルモット?


”対処出来るのか?”


 二人仲良く腰からスタンバトンを外し、バシンと振って伸ばした。

 おーけー。

 ある程度想定はしてたんだな。


”デカい音立てると鳴き出してうるせーからボスも銃は撃つなよ?”


”うぃっす。んじゃいくぞ”


 ゴミで引っかかっている扉を力技で押し開けて中に入る。

 当然のようにファージが浸食してきた。

 何もしてなければこれで脳に血栓でも出来るか、心臓でも止まって即死だっただろう。


 今回、ただコーティングするだけではなく、貝塚方式にした。

 向こうから見たら、浸食したのに違和感無く同化してノーダメで動いて見える筈だ。

 上からパラパラ落ちて来たり、這い上ってくるシラミやノミの大群はファージ誘導を使い全力でお断りする。

 這い上ってこようとした小虫の大群は失敗してボロボロ落ちていく。

 真っ暗な部屋の中、ゴミ山の一つに登り、頭を上げて髭を高速で動かしながらネズミがこっちを見ていた。

 よく見れば、確かにモルモットに似ている。

 ダニだらけで目が爛れた膿で半分塞がり、体毛はハゲが目立つ。肌荒れが酷く、皺くちゃだ。チャームポイントは鼻に刺さったノミだろうか。

 大きさは十五センチってところか。


「キウィ!」


 俺が見たのに気付いたのか。そいつが一声鳴いた。やはり人の声だ。

 部屋全体からキウイの合唱が始まり、部屋の中でファージの霧が渦を巻き始めた。

 こいつらファージ動かすの?!


”オイこれ大丈夫なのか?”


 既に五月蝿いんだが。


”警戒音だ。飛びかかってくる時は鳴かない”


 本当かよ。

 いまにも群がってきそうだ。

 キモいキモいキモいキモい!


 あれが一斉に飛び掛かってきたら、ファージのステルスそっちのけでヤる。

 必ずヤる。

 容赦なく。


 絶対に触りたくない。


 部屋の奥にサーモでしか見えていなかった生き物の塊が見えてきた。

 思っていた物と全く違ったので、目を疑う。


 手前が広場になっていて少しゴミが片付けられていた。

 正面に腐った畳が何十枚か重ねられていて、その周りに下半身が女の脚のイソギンチャクが寝そべり、寄りかかり、群がっている。

 全員パンツすら穿いていない。

 手が無いから穿けないのか。

 腹が膨らんでるのがいるが、・・・・アレ太っているんじゃないよな?

 その巾着女どもは頭に生えている大量の半透明な触手を畳の上に載せ、重力を無視してゆらゆらとそよがせている。

 あそこだけ水の中なのか?

 いや、ファージ誘導だな。

 走査するとバレるかもなのだが、あの自然な動きはどうやっているのか気になる。何匹かは頭の触手が淡白く蛍光している。

 軟らかそうにそよぐ触手に囲まれた中心に、そいつはほぼ裸でクマノミみたいに寝そべっていた。

 ナースが言っていた通り、確かに一メートル無いくらいの身長だが、子供ではなかった。

 八頭身の女だ。小さいので人形みたいだが、生きて動いている。

 全身に申し訳程度に革ひもを巻き、宝飾品をじゃらじゃら身に纏っている。

 小人女が五月蝿そうに手を振ると、ネズミの合唱は鳴り止んだ。


「器用な奴らだあのう。新入りじゃなかんべ?太田の傭兵きゃ?」


 ゴミ山に隠れていて見えなかったが、近づいていくと積まれた畳の左右に錆てボロボロな移動式の分娩台がみえた。

 二つとも使い込まれていて、つい最近も使った形跡がある。

 赤黒い汚物が半乾きでこびりついている。

 あの膨らんでる奴はあそこで産むのか?

 こんな所でどうやって生きてるんだ?

 何が生まれるんだ?

 何なんだこいつら?


「そんな眼で見ると、よし子も恥ずかしいっちゃあね」


 メットの中は見通せない筈だが気付かれた様で、小人女が嗤い、腹の膨らんだイソギンチャクは脚を竦めて体育座りになった。


「上は制圧したが、周囲を囲まれている。あんたが半数を説得出来ると聞いた」


 言葉遊びの絡め手は使わない。

 こういう奴にはどうせ回りくどい言葉は通じない。


「てぇー?皆死んだんか?」


「施設内の護衛は全員殺した。管理者は二人だけ生きてる。飼われていたいた者たちは中庭で保護してある。二人の内のナース服の方が、お前の事を助けて欲しいと言っていた」


 別に、監禁されてる様には見えないけどな。

 好きで汚部屋に籠ってるヒッキーの末路に見える。


「ぁあー。外は眩しいからのぅ。あっしゃ目が痛いのはあかんべ」


「安心しろ。今は夜だ」


「そうなん?」


 隣で寝そべるイソギンチャクの頭に問いかけている。

 イソギンチャクは無言でワッシャワッシャ触手を揺する。


「ふぅん」


 通じてるのか?!


「花子のちっ子が抱っこして欲しいと。しとりゃっとくれや」


 頭が光っている上半身イソギンチャクの内一人がノソノソと這いずって来る。

 何だ?言うこと聞かないと駄目な奴か?

 交換条件で何かさせるのか?

 ”抱っこ”って。赤ん坊見えないんだが。

 幻覚が見えてる可哀そうな奴なのか?


 そいつに近づいていくと、頭を差し出してきた。

 手を近づけると、頭の触手の表面で蛍光してる物が俺の手に寄ってきた。

 この光ってるの全部シラミか?!


 全身の鳥肌を気付かれないよう我慢する。手に乗ってきた結構な量の塊に目のバフでフォーカスしてよく見たら、シラミではなかった。

 何だこれ?

 植物のタネだろうか?

 淡く発光している籾殻はそれ自体は動いていない。一つ一つは直径一ミリも無い。

 その全てが、ファージで形成された大量の鞭毛を使ってクルクル忙しなく動き回っている。

 これ全部こいつの子供なのか?

 そいつらは、俺のファージに隙間が無いか執拗に全身を探り始めた。

 遊んでるのか。喰おうとしてるのか。

 判断に苦しむ。


 一通り探索して満足したのか。俺の周囲に自身の集合体で螺旋滑り台を作って滑って元の触手頭に戻っていった。


「なんでぇ。喰われなかったんかぃ」


 この野郎。


「ヒヒヒ。行くんべや。今歩けるんは誰だったんかい?」


 畳の後ろに寝そべっていた奴がゆらりと立ち上がる。

 脚が生まれたての小鹿だが大丈夫か?


 同時に立ち上がった小人は、コンパクトながら色々な所が見えてしまっている。

 どっこいしょとか言って、立ったイソギンチャクによじ登り、その頭を応接椅子替わりにして触手に包まれ、ふかっと腰掛けた。


「あっしの顔はドコいったんかいのぅ?」


 座っている内の一人から頭の触手でぬるりと差し出された人間の頭大のフェイスマスクを全身に被る。

 目の焦点が合ってない顔が付いてて、キモい。

 訳が分からない格好でツッコミが追い付かない。


「行くんべや」


 見送りでもしてるつもりなのか、畳の上に載った頭たちが勢いを合わせて触手でわっしょいしている。


 いったい何が始まるんです?

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