第123話 ICU前まで

 見え見えの罠にハマりに行くつもりは無かったが、汚物による通行止めが予想されると分かったら、市警さんたちも素直になった。


 容赦ない黒革に”間違ってたら殺す”と再三脅された桃豚革ナースはそれでも間違い無いと言う。罠にはまらないと気付き腹をくくったのか、さっきまでのおもらしっ子はなりを潜め、随分落ち着いてアヘっている。

 トラブルにしかならないので、始めは地下は放置で外を叩こうかとも思ったが、後ろからあんなんがモリモリ挟撃してきたら即ペチャンコ。シャレにならないので後顧の憂いは完全に断っておきたい。


「祭り上げられてるから危害は加えられてないけど。取り巻きがほぼ二十四時間張り付いて出てこれない」


 毛布にくるまりギラついた目で一斉に凝視してくる監禁被害者たちを横目に、暗闇にかがり火が焚かれた雑草だらけの中庭を抜け、本棟別館一階まで移動した俺らは、これからVIPルームの手前の廊下に直上から穴を爆破で開けつつ降りていく。

 重みで穴が開けやすくなるので瓦礫は落としても良いのだが、建物の強度が不明な為、開けた都度片付けていく予定だ。

 片付けは意外にも市警たちが協力すると言うので、俺らは爆破とガス撒き、あと警戒に専念する。


「各階に空調も兼ねて安定剤のボンベ設置していくけど、開始したらスピード勝負だ。ファージ展開しきる前にあのデカいイソギンチャクが寿司詰めになって迫って来たら失敗なんでそこんとこよろしく」


 動きは止められるだろうが、ファージが安定運動する事が前提だ。

 このファージ濃度異常地域で生きた細胞に干渉するのは手間がかかる。殺した死体を盾に通路ごと押しつぶして来たら多少ファージで突っついたり体内組成弄ってもたかが知れている。

 虎の子のファージ系スフィアも下ろすが、つつみちゃんみたいに綺麗に使いこなせる訳では無い。下ではどうなるかは分からない。


”ボウズ、この小便垂れ裏切るつもりだぞ?考えてんのか?”


 知ってる。


”ファージに関しては俺の指示通り頼む。他は任せた”


”無茶言うな”


 突撃組のおっさん二人と黒革が一瞬だけ目配せする。

 まぁ、なんとかなるだろ。

 俺らの常識が通じる分、ケイ素生物の意味不明さに比べたら可愛いもんだ。


「ボス、爆破準備完了」


「うぃー。ざっと概算何秒?」


「片付けの時間にもよるけど」


 起爆ツールを肩に巻いた傭兵は自身らの足元にのたくっている重そうなワイヤーウエイトを流し見る。


「こんな感じだ」


 クルンクルンと、細い爆破用ワイヤーで器用に床に円を描き、その上に綺麗にワイヤーウェイトを載せる。器用なもんだ。大丈夫そうだな。

 時間が有れば一体型にして綺麗に置くが、今回はこれでいく。


「二秒くらいか?」


「爆風は無視して良いレベルだ。破壊後の床の強度は知らん」


「お片付けはどんくらいかかる?」


 腕組みして見ている隣の市警に話を振る。


「抜く部分に鉄骨は無いんですよね?粉々になってなければ三人飛び降りて、五秒もあれば片付きます」


 なら、開始から最速二十四秒で地下四階までいけるな。

 突入チームの俺らのうち、爆破係りでない傭兵と黒革と巡査長の三人は、一人一本ボンベ散布役だ。

 面通しに必要だと力説するナースにも降りてもらうかはまだ未定、安全確保出来てからにしてもらう。


「通話出来るか分からないから最終確認な。全階層の安全が確保出来てターゲットとコンタクト取れる段階になってから看護師を下ろす。最悪、無理矢理ターゲットを連れてきてから話を進める」


 爆破係りのヒゲ筋肉が付け足す。


「必ず。スフィアでの安全確認が済んでから飛び降りてくれ。反撃が来たら先に階下に撒いてからボンベを下ろす。気休めだけどな。拡散量はボスの指示で」


 皆の視線に頷いておく。


 スフィアの方は爆破と同時に落としていく。

 本当なら先に小さい穴開けて万全の偵察してからいくとこだが、今回は相手も雑だし、バレたらおじゃんだし。こっちも急ぎたいから一発勝負だ。

 抵抗してきた施設内部の奴らを含め、イソギンチャクもナースもファージガードガバガバだったし、OC弾が効くと思われる環境下で銃撃戦やってるし、病気とか気にせず生きてるタイプのワイルド系な奴らだ。

 各階にファージ散布から即行環境を整えて力技でいく。使える手は使う。エルフ相手じゃないが、当然DOSアタックも容赦なくいく。


 エピキュリアンがどんな奴か知らないが、ケンカ売ったら大将が来るとは思わないだろう。

 汚いゴミ押し付けてきた借りはノシ付けて返しにいく。




 床抜きの前に俺が傭兵二人と三脚を組み立ててたら市警たちが変な顔で見てた。


「何だ?」


「いや」


 歯切れが悪い。


「言いたい事あるなら言えや」


 傭兵のおっちゃんのヒゲの方が顎を使ってガンくれている。

 三下かよ。

 代表で巡査長がおずおずと聞いてくる。


「その。何で三脚クレーン当然のように持ち込んでるんですか?」


 なんだ、そんな事か。


「チェーンブロックに良いモーター入ってるからな。三トンまで吊り上げ可能だ。こんなんでも一秒一メートル吊上げいけるぜ?」


 俺のマジレスに傭兵二人がウけて噴き出している。

 毎秒一メートルはかなり高性能なんだが。笑うところか?

 黒革は笑い転げる筋肉二人を見て意味が分からないらしく眉をひそめている。

 そういや、この筋肉二人には幸手の時も、青森の時も作戦行動一緒で世話になったな。

 云わば、床抜きのプロ。

 ご丁寧に階段からクリアリングしながら降りる紳士諸君とは年季と格が違うテクノブレイク勢だ。


 考えてみたら、昔ゲームヤりまくってた頃も壁に破壊判定あるゲームではドアから入った事無かったな。

 攻略において固定概念は敗因の第一位だ。

 俺はエンターテナーじゃないんで、一泡吹かそうと手ぐすね引いて待ち構えている所を素直に驚いてあげる義理も無い。

 タイムアタックの場合は特に。

 現実なら尚更だ。


「今回は足場しっかり組むか。床の強度が微妙だしな。アンカーは気付かれるから爆破後に撃ち込む」


「アイアイサーぶふっ」


「ひゃひゃひゃ」


 おい、いつまで笑ってんだ。

 下に気付かれるぞ。




 開始後は速やかに目標を確保したいのだが。急ぎとはいえ、秒単位の縛りは無いので、爆破穿孔はすんなり進んだ。

 地下各階にも反撃は皆無。ファージ散布も滞りなく進み、地下四階までスマートに到着。

 ファージ環境の拡張はガスの散布範囲と共に広がり、同時進行で各階の見取り図も細かくしていく。確定部分は傭兵たちや市警にも共有する。


 嬉しい誤算もあった。


”市警諸君。穴に向かって無人機が落ちるから道空けておくれ”


 ネットが通じるようになって俺に気付いた無人機が三機、うち二階から一機、三階から二機。

 ぴょんぴょん飛び降りてきて俺の前に整列する。


”おー。よしよし”


 半分戻った。上出来だ。

 早速、無線化してデータ共有。廊下をざっと走り回っただけみたいだが、だいぶ補完出来た。

 三機分の映像データも全員で共有して、俺も隅っこに流す。誰か何か気付くだろ。

 一通り確認したらスフィアと一緒に先行させる為スタンバイさせる。

 といっても目的地は目の前なんだがな。


 豚革の親告によると、ターゲットのいるとおぼしき部屋はこの目の前の集中治療室だ。この階は廊下のライトも半分以上消えている。

 だが、照明の安定器は新しい。ワザと球が抜かれているんだ。省エネか?少し気になる。

 通路全体が全く掃除されていなくてハエが飛び交っている。廊下の壁際には臭そうなゴミやら壊れた機材やらが山積みなのだが、この目の前の扉も例に漏れずゴミに埋まりかけていた。穴が開いて蛆だらけのゴミ袋もある。ぐぇ。中身何だよ。

 嫌じゃないのか?!俺は潔癖症って程でもないが、こんなところで生活するなんて耐えられない!

 そんなはず無いのだが、アトムスーツ越しでも甘い苦い鼻にくる強い腐敗臭が感じられる気がする。


 あ。


”臭い移るな。安いスーツで来りゃよかった”



 誰にともなくグチったら巡査長だけ笑ってくれた。

 黒革と傭兵二人は俺と同じ気持ちのようで、むっつりだ。


”クリーニングでも買い替えでも好きにしろ。負担はする”


 傭兵三人は複雑な表情で唸った。


 お気に入り持ち込んでたらチョット可哀そうかも。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る