第122話 桃

 ご丁寧に壁にボードを出して、てんやわんやしながら作戦進行している真面目ちゃんの警官たちをかき分け、かび臭く陰気な階段の前に出る。

 後ろ手に簡易手錠で繋がれたまま包帯を巻かれ、踊り場の手前の階段に、片目から血を流した看護師が座らされていた。

 敷地内に戻ってから、周囲のファージに残っていた作戦ログ追ってる時、サイボーグ化してる管理者の目を破壊したとか言っていたが、こいつの事かな?

 投降したとはいえ、目はどうしようもないからな。データ垂れ流しで大宮に戻るまで放置って訳にはいかない。


「痛み止めは打ってあるのか?」


 開口一番、俺の問いかけにナースは不審な顔をする。

 走り回る必要は無くなったので、メットは被りなおして顔は見せない。


「抜く前に貰った」


 ならいい。

 接続切ってもログが残るからな。

 我慢してもらうしかない。


「片目だけで幸いしたな」


 口の端が腫れている。結構暴れたみたいだな。

 ジロジロと俺を測っている。

 こっちもジロジロ見る。

 桃色の豚革で出来たミニスカナース服で、全身血塗れだ。

 目からの血だけではないな。何があった?


「誰?」


 本当に俺が誰だか知らないのか?

 ここの組織ぐるみでストーカーしてた訳じゃないのか?


 青森を思い出して嫌な気分になる。


「あんたが助けに行ってくれるの?ノブレス」


 カマかけてもヒントはやらん。


「幻想だ。レディーファーストは建前だ。先に死んで良い方だからだ」


 市警と共同だし、ボンボンの暇つぶしとでも思われたのだろうか。

 ニヤニヤしながらしなを作ってくる。

 お前なあ、いくらミニスカエロナースだからって、男がそれで全部騙されると思うなよ。


「ヒヒヒ。坊ちゃん。ステキね」


 こいつ、話通じない人種だ。

 てっきり空調を隔離された一室で話し合いかと思ったら、救出作戦の片棒を担ぐことになっていた。

 イラついていた事もあり、すげなく返す。


「王様はどこだ?」


「ちげーよ。クソが」


 スルーされて瞬間沸騰している。


 地上は制圧したらしいから下いくのか?

 汚染酷くて入れないんだろ?


 エロナースは暫く睨んでいたが、俺が何だか分からないようだ。

 教える気も無い。

 傭兵に短機関銃で後ろ頭を小突かれて話し出す。


「階下はファージ溜まりが増えた所為で何度も改装されて、最近は上層部の者しか会いに行ってない。あたしが最後に行ったのは三カ月前だ」


 猫なで声を止めたナースは、ドスの利いたザラザラ声で投げやりに言葉を吐き捨てた。


 ファージ溜まりをコントロールしていない?

 別件だったのか?

 いや、だが、アドレスに間違いは無い。

 罠?

 でも、串刺しなら俺もつつみちゃんも気付いた。

 アドレスも直前までここのどこかに存在していた。

 新手のアクセス方法か?

 落ち着け。俺。


 それに上層部って何だよ。

 社会人がそういう単語使っちゃダメでしょ。

 思わず即入れたくなるツッコミをグッと堪える。


 しかし、それって生きてんのか?

 踊り場に下りて耐火扉を少し開けて覗いてみる。

 通電はしてるな。

 薄暗い踊り場に濃いファージ霧がもわりと湧き出て、皆が一斉に距離を取る。慌てて閉め、汚そうなファージをさり気なく隔離する。

 エロナースは不審な顔をしている。操作気付かれたか?


 ざっと調べているが、空気組成は地上の汚さの比ではない。

 これは・・・、人が生きていける環境じゃないと思う。

 俺だったら、こんな中に居たら一週間で溶けて黒いシミになる自信がある。


「どこにいるんだ?」


 そんな嬉しそうな顔すんな。行くと決まった訳じゃ無いからな。


「ここの地下四階から本棟の別館地下に繋がってる。そこの元ICUがVIPルーム」


 呟く看護師は俺の目を見ずに、ぼとりと包帯から垂れた血が足元に落ちるのを見ている。

 嘘が下手だな。

 んな、”罠張ってます”みたいな所行くわけないだろ。


「背丈はこのくらい。多分畳の上から降りられない筈。見ればすぐ分かる」


 畳?だから牢名主なのか?

 身長一メートル少し無いくらいか?子供?

 小さい子連れてこの中戻ってくるのは手間だな。


「なら、別館から降りよう」


 接続が他にも無いか様子見で言葉を投げかける。

 今の所この女から通信は発生していない。


「入口はここだけ。他は空調も水回りも含め、ファージが吹き出ないように塗り固めて塞いである」


 なんだそりゃ。ルート固定とかゾンビゲーかよ。


「なら、向こうに穴開けよう」


「市警が女の肩持って五月蝿せぇんだよ」


”あいつらファージ対策も甘々だろ?”


 ヒゲの筋肉が口とログを挟んできた。


”ファージなら俺が守るけど”


”言ったんだけど、ボウズに守られる訳にはとかごちゃごちゃ始まってよ。マジめんどくせぇ。汚ねぇの被るのが嫌なだけだろ”


 邪魔しに来たのか?

 今回ジャンキーがいたんで薬事法関係で警察がいた方が話が早いし、制圧後の治安維持は傭兵より得意だと思って一緒に来たんだが、マジでミスったな。


「市警だけ帰ってもらうか?」


「お?撒き餌すんの?殲滅楽になるから俺は賛成だけど」


”おいやめろ。そこの角で聞いてるぞ”


「かまうこたぁねぇよ」


 相当キれてるな。目端で市警の方の過去ログ見とくか。


 引率は苦手だ。




 ファージコントロールに関しては俺が一番上手い、結局俺が探検隊の隊長になった。銀行跡付近みたいな異常数値ではないが。ここいらも一応、人為的なファージ誘導が原因で何が起こるか分からない地域だ。ケイ素生物とか居ないよな?化け物の腹の中はもうコリゴリだ。ファージ環境はしっかり整えてから潜る。


 突入メンバーは、大宮市警の巡査長、傭兵のおっさん二人に黒革だ。確認出来たら血だらけの豚革ナース

 大人数でノコノコ行って長い廊下で機銃掃射されたら被害甚大なので、仕方なく最少人数だ。


「棺桶借りてくりゃ良かったな」


 あの頑丈な自律盾を持ってくればもっと人が使えた。

 強襲メインで救出作戦ではなかったし、ケガしても唾付けときゃ治るような奴ばっかだったので必要無いと思った。市警組は知らん。


「アレは特製だから貸さねぇぞ?ああ。ボウズになら貸すか?」


「替わりに掘られそうだけどな」


「宗家代行に?ツレが高崎のチームだから伝えとくわ」


「殺すぞ」


 装備確認してた巡査長が変な顔している。


「下品なオヤジどもだな。ほら、警視殿が呆れてるぞ」


「自分は巡査長です」


 装備の確認が済んだのか、立ち上がった警官は汗をかいても涼しそうな好青年だった。

 ガ体はそこまで良くないが隙が無い。さっき俺が扉開けた時も目端が利いてたし、そう簡単にはくたばらなそうだ。

 標準装備の強化装甲の上から申し訳程度に防塵スーツを纏っている。

 ボンベがむき出しでショボいのが懸念点だ。病気塗れにならないようしっかりサポートしないとだ。

 じゃんけんで負けたのかな。エリートっぽいが、こんなかび臭い穴にクソ共と一緒に潜らされるなんて。可哀そうに。


「待ってても良いんだが」


「市民の安全は守らないと」


 黒革が皮肉気に鼻を鳴らす。


「警務部は志が高いな」


 ったく。こんなとこまで来てケンカすんなよ。困ったちゃん共め。

 巡査長は襟章に手を当てて無表情に黒革を見たが、あえて何も言わなかった。

 黒革は俺の目をチラッと見てからつまらなそうに肩を竦める。


「階下の見取り図はあるのか?」


「ある。拡張デバイスはあるか?」


 いらねーよ。


「二度手間だ。接触で渡せ」


 ナースが”オオウイエエ”とか鼻血出しながらクネクネしてて少しキモい。

 どうせ隔離してから該当データだけ抽出する。


「巡回ボット停止の権限が無い」


 知らないウィルス持ってるなら、逆にワクチン生成が捗るわ。


「回避するから問題ない」


 傭兵二人が口笛で茶化す中、遠慮がちに出された血だらけの右手を握る。


「ヒャン!?・・・ア・・・アァ・・・」


 本当に触るとは思わなかったのか、びっくりしている。

 軽くイキかけてないか?大丈夫かこいつ?

 力の抜けたその小さな手は、接触感知でマニキュアが極彩色に変色した。大量のウィルスと共にしょっぱい見取り図が送られてくる。

 ザックり過ぎだろ。ゴミばっかよこしやがって。ほぼ役に立たないな。先行で無人機ぶっ込んどくか。


「三分くれ、見取り図完成させる。休憩していいぞ」


 放した手を妙に長い平たい舌でベロリと舐めて、涎垂らしながらビクビクしている変態豚革ナースを尻目に。背面装甲を外し、現在背中のリュックに所持している残りのスパイダーの数を再確認する。

 上空を周回してる無人機のグライダーは降ろさなくても手持ち分で足りそうだな。

 トラックに積んであるロボットも雲の上で飛んでる輸送機の中のロボットも全部地上用に使いたい。現段階では地上にはいくらあってもいい。


 この地下の濃い霧の中ではファージ回線で同期すると混線してバグまみれになる。走査するには無線通信しないで自律で行って帰ってこさせるのが無難だ。

 二分タイマーで帰巣設定だけしてリュックの中の無人機をバラバラ投げ込みまた直ぐに扉を閉める。使うのはこぶし大のスパイダー。全部で五機。

 簡易迷彩はしてあるが気休め程度だ。一つくらいは無傷で帰ってきて欲しい。


 既にここで待機していたメンバーは、一仕事終えて休んでたみたいなもんだが、データが揃うまでは詰める内容も無い。

 豚革エロナースに話を聞いておくか。


「なぁ、半分に話付けられるってどういう奴なんだ?」


「三カ月前まで牢名主だった。今は下で監禁されている。見回りに出ていた子たちのほとんどは言う事を聞く」


「カルトの教祖か?」


 豚革は嫌そうに顔を歪める。


「牢名主だ」


 どこが違うんだ。


「ん?」


 続きを聞こうとした時、ファージが振動を検知した。

 五感でも直ぐ気付く、扉の向こうから何かが大きな音を立てて凄い速さで近づいてくる。スパイダーに気付かれて反応されたのか?

 ワームで時間かけてこっそりゆっくりって訳にもいかなかったからな。


”何をやった?エピキュリアンに狙われてるぞ?”


 久々に目の端にログが出た。


 もう驚かない。


 このファージ異常地帯の中、平然とアクセスしてくるのは笑うしかない。


”久しぶりだな。また何か助けてくれるのか?”


 舞原だ。ルルルじゃない方。


”今の君にわたしの助けなどいらないだろう。エピキュリアンは大抵ファージに適応障害を起こしているし、面倒だが君の敵ではないだろ。一応こちらでも働きかけはしておく。気付かれるのでもう切る。また今度”


 クリアな音声だ。ファージの霧地帯はエルフの独断場とはいえ、ピンポイントで平然と繋いでくる相変わらずの謎技術。

 隣の黒革が目敏く気付いたみたいだが、内容は分からないだろう。

 俺にだけ聞こえているんだ。


”山田によろしく”


 もう切れていた。

 見てはいるのか?

 まぁいい。


 爆音を立てて硬く重い防火扉が階段の踊り場から廊下までぶっ飛んで来た。

 歪んだ扉はひしゃげて壁に刺さっている。

 そこにさらに突き刺さる形で廊下を埋め尽くすくらい大きな黒いゴミの塊が埃を纏って突進してくる。

 俺の後ろでは皆とっくに避難して銃を構えていて、俺はガチガチに固まって座り込んで漏らしているエロナースを小脇に抱えて進路上から待避する。

 壁にぶち当たり轟音を立てて建物全体が振動する。


 ゴミの塊は壁にぶつかった後、完全に階段と廊下を塞いでいる。固形物を含んだゲル状の液体をまき散らし、湯気を立てている。向こう側にいた奴らもカメラで確認した限りでは大丈夫そうだな。

 桃の臭いを検知しているが。何でだ?こいつか、ナースか。


 とりあえず保留。

 しかしこれは・・・。


「汚いな」


 まだ舞ってる埃で視界は悪いが、後ろにいる巡査長にナースをほん投げて、DOSアタックしながらサーチを開始する。


「少年。快楽主義者だ。ファージ抽出しろ」


 後ろから黒革がリアル音声で囁いた。

 皆に聞かせている感が大根だが、アドバイスは有難く受け取ろう。

 パラパラと壁の破片を張り付かせて、脳震盪をおこしているのか、俺のアタックが効いているのか、隙を窺っているのか、ゴミの塊で良く分からない。こちらに飛び掛かりそうに身を縮めたが、抽出を開始した場所から力を失い床に潰れていく。

 一部がちぎれて下に逃げ戻ろうとした。もう遅い。

 芯まで全部抜いた。

 汚そうだし、戻すと情報漏洩しそうなので、出てきてしまったばっちぃファージは空間ごと摩擦熱で死滅させておく。


「相変わらず器用だな」


 廊下の角に待避していた黒革が近づいてきた。

 一応、抜きながら体組成を調べた。ケイ素生物っぽかったが明らかに酸素呼吸する生物だ。

 ゴミが付いていない所はベタベタしたワニ皮っぽい。下の部分には海綿状の組織が多く有り上の部分は何分割かされた筋肉の塊で出来ている。目も口も鼻も無い。何だこれ。


「ここまでデカいのは珍しいな。よっぽど栄養が良かったんだろ」


 知っているのか、黒革。


「脚に杉苔が生えている。自前で光合成もしてたな。たぶん取り巻きが多いぞ」


 下の方を爪先で蹴って剥がし、確認している。

 大丈夫なのか、触って。靴ばっちぃぞ。


「あれぇ?居ないな?」


「巾着のシャンブラータイプは銃も火も爆破も効きにくい。潰しても裂いても生きてる。しょ、ボスならちょちょいで畳めるけどな。触腕の先に毒がある。死んでも反射で針が飛び出すし、寄生虫めっちゃ持ってるからあまり近くで息吸い込むなよ」


 汚っ!

 やっぱ触っちゃダメな奴じゃん。


「なんだっけ?ペクチン?」


 ジャムでも作るのか?


「ペプチドな」


 おっさんの一人が呆れている。


「それそれ。吸うと動けなくなるぞ。寄生虫の卵とか赤痢菌も持ってる」


「私もここまで大きいのは初めて見ました」


 ナースをお姫様抱っこしてる巡査長も興味津々だ。


「それは、吸気感染しかしないのか?」


「粘膜からは普通に入るが」


 黒革はマスクもゴーグルもしていないナースを見る。

 一緒に暮らしてて知らなかったのか?泣きそうだ。

 また漏らしている。


「安心しろ。ちゃんとガードしている」


 俺を見て更に泣いている。

 笑ってるのか?

 忙しい奴だな。

 盛大に漏らした。

 喰らったイケメンが悲しそうな顔をしている。


 やっぱ桃の匂いはこいつの小便だ。

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