第112話 歴史の裏側
「二十二世紀初頭、アカシック・レコードが形成された事は知っているね?」
当時はそう呼んでいなかったらしいが、話としては一応調べた。
頷いておく。
「当時、確かに宗教間の紛争は有ったし、我こそは羊の申し子と名乗り出す組織が大量に発生した。そしてそのほとんどの組織にはバックボーンが存在していた」
どうせ、儲けた奴が後ろ盾なんだろ?
歴史の授業では大体通例だ。
あれ?でも、あの時一番儲けたのって二ノ宮じゃないのか?
「本当にネットに神が発現したのか、定かではないが、当時の技術では不可能な現象が起きたのは事実だ。その原因解明には多くの資金と人員が注ぎ込まれた」
伝染病よりそっちの方が重要なのか?
「当時大流行した病気に関しては、問題視されなかったのか?」
「キルギスから感染拡大した出血熱の事かね?確かに発症者の致死率は高かったが、遺伝子改変履歴は解明されて出所も特定されたよ」
まじでー。
そっか。履歴も分かる時代だったんだ。
「特定したのは二ノ宮傘下の遺伝子解析会社だった筈だよ」
「出所は?」
「レッドチームの愛国者団体だ」
「本当は?」
「当時、キルギスの開発資本大手”亜細亜公司”が音頭を取っていたね」
民族浄化によく使う手だな。
平和的且つ低コスト高リターンという事で、俺の起きていた時代からよく好まれていた手法だ。
「愛国者団体は、スケープゴートとして関係者全員即死刑だったそうだが、封殺は赤い国ではお家芸だ。疾病流行のコントロールが出来ない時点でどうかと思うがね」
貝塚は、兵器に関しては人一倍拘りが有りそうだな。
「全世界の人間が、同時に同じ体験をして、どこのサーバーも落ちなかった。ファージネットワークが形成されていたとはいえ、これだけでも凄い事だ。でももっと大きな問題が有った」
何だ?!
「神は、人など歯牙にもかけていなかった事に気付いたんだよ」
「うん?」
意味が分からない。
それが意味する所も分からない。
顔が完成した貝塚は、俺の表情を面白そうに観察している。
「どうやって気付いたんだ?」
貝塚は厭らしく、一呼吸置く。
「発信は地球上全ての生物に一斉に行われた。内容も様々だ」
いやいや。
いやいやいや。
ないない。
「全て?」
「ファージの届かない、岩盤奥深くは知り様が無いがね」
だとしても、ファージの存在出来る場所全てに送信された?
天文学的なデータ量になる。
いや、まぁ、今の技術なら出来なくはないのか?
でも、やる為のエネルギーが全く足らなそうだ。
当時。何の為に?どうやって?
「誰がそれを成したのかは不明だが、何の為にやったのかは直ぐに判明した」
「何だ?」
「再現だよ」
再現?
あー。
「アカシック・レコードの基盤だな」
貝塚は重々しく頷く。
「レコードへの書き込みは人力より人工知能の方が圧倒的に速かったが、杜撰な部分が多かったのだよ。だがそれ以降、急に精度も増し、加速度的に量も増えていった」
「アカシック・レコードの製作者が完成度を高める目的で走査したんじゃないのか?」
後ろの扉が開き、キッチンワゴンを押してきたウェイターが飲み物を作り始めると、貝塚は下がらせて自分で作り始めた。
飲むのか?
その身体で?
「君は浪漫が欠けているね。若者ならもう少し夢を持ち給え」
貝塚より二百歳以上年上のつもりなんだが。
「まぁ、そんな事も有り。膨大なデータの送受信に、どんなエネルギーがどう使われたのか。そこに焦点が当てられて研究は未だに続いているんだが」
謎が謎なのは良く分かった。
戦争にどう繋がるんだ?
「ここまで説明すれば、世界戦争継続の原因はもう分かっただろう?」
分からない。
表向きは対テロ戦だったんだよな。
テロ戦と、世界大戦は全く別物だ。
それに、二千六十年代に起きた二年間の世界大戦の後、疲弊した世界は大戦をやる余力など無かった筈だ。
現実の戦争は、人と資源が使い潰され、金だけが増えてゆくシステムだ。
文明は加速するが、デメリットも計り知れない。
「対テロ戦は儲からなかったからシフトさせた?」
あ。ちょっと残念な顔をされた。
俺はこういう考察は苦手なんだ。
「テロ戦も、世界大戦も、側面に過ぎない。二十世紀、間を置かない二度の大戦を経て、強大になった敗戦国は」
?!
「ドイツと日本が誘導したって言いたいのか?」
「当事者が言うんだ。間違いないだろう?」
更に不穏な台詞も出てくる。
「そんなオカルトめいた話が・そもそも、ファージの時は丁度技術革新の波に時代が乗ってた・・・、時期。だったし・・・」
新しい時代の幕開けだったファージ技術。インフラの速やかな掌握。
金融勢力図の刷新も二百年近くかけて終わらせた。
すっぽりハマり過ぎて逆に怪しい。
二ノ宮があくせく地道に築いてきた城を”姦計だった”で済ませたらスミレさんもブチ切れるだろう。
あるいは、本当だと開き直って嗤うだろうか?
「中々面白い話だけど、そもそも、当時の欧州連合は軍事的には兎も角、経済圏は中国、ロシア寄りだったんだろ?連合の中心はドイツで、俺の起きていた時からずっと欧州はドイツを中心にドイツの為に動いていた筈だ。旗頭のドイツが何で日本と協力するんだ?」
俺の反論に満足したのか。トマトソーダを俺に渡した貝塚は、ついでに指でサラッと俺の手の甲を撫でると、撫でた面に弾けるファージガードに満足げに微笑み、後ろの殺し屋に何か飲むか聞いた。
「同じものを」
飲むの?!
「りょうま君のその言葉は正に古代日本人的だ。素晴らしい」
貝塚にバカにされても痛くも痒くもない。
貝塚より有能な人類なんて数えるくらいだろう。
「誤解しないでくれ給え。今の都市圏民にはその君の奥ゆかしさの欠片も無いのだよ」
ふん。
「俺の起きていた時代は、国際連合という組織が一応機能していた。第二次世界大戦の戦勝国が好き勝手に世界を動かしていた時代だったんだ」
「うん?整合性が無いのではないかね?」
「当時のドイツと日本は資源が無くとも金が出る”打ち出の小槌”だった。誰もが利用しようと思うだろうな」
対立する事はあっても、手を組む事は考えられない。
日本とドイツが手を組むだなんて。世界のすべてが、それを赦さない。
だいいち。
「誇り高きアーリア民族が、極東の子猿を猿回しに使う事は考えても、共に世界を牛耳ろうなんて露ほどにも思わないだろう」
「アッハッハッハッハ」
バカ受けしてるし。
「肌の色や人種による選民なんてインテリジェントデザインがあっという間に終わらせてしまったよ。新しく、もっと過酷な選民が生まれてしまったからね」
貝塚からトマトソーダを貰った殺し屋は、入口の近くの壁にもたれてヘッドギアを上げずにストローで飲んでいる。
その飲み方すると、アトムスーツが俺のと似た型だってバレるじゃんよ。
ワザとなのか?それとも、俺らのバカ話聞いてて気が抜けてシクったのか?
「君の所の傭兵は随分資金繰りが良さそうだね」
あー。ほら。言わんこっちゃない。
言ってないけど。
目を付けられたじゃん。
軍需コングロマリットの総帥の前でそーゆー事すんなよな。
「俺の内内で全部小遣いでやりくりしてるんだ。手出し無用で願いたいな」
嘘は言っていない。庇える範囲は狭いんだからな。知らないぞ。
「りょうま君の伝手を害するつもりなど無いよ。只、仕事仲間は常に厳選するべきだとは思うがね」
一応は釘は刺したが刺し返された。
どこまで知っているのか、聞くのも怖い。
「今するのはその話ではない。都市圏民の志についてスリーパー君にしっかりレクチャーすべき」
「君とは話が合いそうだ」
「財閥の重役と傭兵がするのは金の話だけ・・・」
腕を組んだ殺し屋は、グラスを片手に目を瞑って黙った。
泡の弾ける音に耳を澄ましている。
興味深そうにそれをじっと見ている貝塚は凄く物騒だ。
「いずれするかもしれないね」
殺されなきゃ良いなぁ・・・。
「話を戻そう。便宜上”対テロ十年紛争”と呼ばれているが、世界中が核戦争で疲弊し、テロが頻発する中、稼ぎ時と見て本格的に動き出したユダヤ資本に対抗すべく、ドイツのシュタットベルケと二ノ宮が業務提携したのが事の始まりだ」
しゅた?
「当時、ドイツの公共インフラ事業団」
殺し屋が補足する。
貝塚は微かに片眉を上げた気がするが、眉が無いからわからん。
殺し屋は何で知ってるんだ?一般常識なのか?
アカシック・レコードの歴史系の項目には載ってない話なんだが。
因みに、今の貝塚の顔は犬っぽいカンガルーだ。ちょっと可愛い。
何の動物を模っているのか不明だ。
「世界中に資産を分散させている金持ち共の資産価値を目減りさせつつ、自分らの財力を増やすのにファージインフラ事業は最も適していると双方考えが一致したらしいね」
資産をどこにどれだけ保有してても、気に入らなかったらその国なり通貨なりの資産価値を下げてしまうって事か。そして自分の持っている資産と通貨の価値を上げて叩き潰すと・・・。
言葉にすれば簡単だが。
力技過ぎる。
「仮想通貨がトレンドになる前、二ノ宮が組んだのは、当時のドイツでは新興勢力だった事業団だ。厳しい階級社会に元々不満を持っていた移民の二世三世が多く勤めていて、とても日本的な考えに沿う思考のグループだったらしいね」
日本的。か。
起きてた当時、何度かドイツ人と仕事したが、確かに仕事はこなすのだが、無責任でめっちゃやり辛かった記憶がある。
同時期にタッグ組んでたエチオピア人よりはやり易かったが。
あのエチオピアンは俺が年下だからというだけで全く話を聞かなかった。
環境が人を作るとは言っても、どうしても国別に判断したくなるのは否めないよな。国イコール教育。判断基準として、血液型占いより全然信頼性がある。
脱線するが、ちょっと現代の感覚を聞いておきたいな。
「貝塚。今の時代の”日本的”ってどういうニュアンスなんだ?」
今は正確には日本なんて国は無いし、これもどうせ、データには上がって無いだろう。
「若干ミーム化されているがね。集団的信頼感が高次で形成されやすい環境を指してよく言われるよ」
分かりにくいな。
殺し屋が後ろから一言挟んだ。
「わたしと仕事してどう感じる?」
何だ?売り込みか?
「成功率が上がる事が分かり、安心できるな」
「・・・全員がその感覚を共有する。日本的」
一緒に仕事したくない日本人って結構いたけどな。
ああでも、起きてからは全然そんな事ないな。
寧ろ周りが凄すぎて自分のアホさと無能さで肩身が狭い。
「なんとなく分かった」
信頼できない仲間ほど厄介な敵はいない。
仕事する仲間は、こいつと一緒なら安心できるというメンバーで固めたい。
でも疑問なくそう思う俺自体が多分日本的なんだろうな。
「戦争の側面として、過激な宗教を信仰する民族の排除は確かに有った。だがそもそも、当時の世界は戦争と搾取以外知らない人間が多すぎたというのも有る」
選民か。いつの時代も変わらないな。
俺にはどっちがどうという気も無い。
好きで生まれてきた人もいないしな。
「西側諸国は、テロの扇動によって、同じ民族同士や国内ですり潰して自壊を促す事をそれまでずっと行ってきたが。”羊の発信”以降、全世界でのテロ多発により自国に被害が出始め、完全な殲滅に舵を切ったんだよ」
テロ殲滅という名目で、今まで家畜として搾取してきた人たちを一掃する事にしたのか。
屑だなぁ。
どっちもどっちか。
戦争と搾取以外教えられてこなかったテロリストも、自分の一族で一つ国を持つヨーロッパの名だたる金持ち連中も、自分ら以外は家畜にしか見えてないんだろうからな。
「本来、その戦争でも金は動くから儲けは出る筈だった。当時のビルダーバーグなどは、終わったらまた別の手段を見付ければ良いくらいに考えていただろうな」
「そこで二ノ宮とドイツが罠を撒いたのか」
鷹揚に頷いた貝塚は話を〆た。
「うちは元々カナダ資本の軍需系外資だったし、立場は違ったのだがね。当時、東京は既に機能不全を起こしていてたんだが。二ノ宮の会長から、さいたま都市圏群構想を持ち掛けられて紆余曲折あった結果が今の状況だ」
地下で、歴史に関して調べておけばよかったな。
つくづく悔やまれる。
殺し屋が知ってるかな?
機会が有ったら聞いてみるか。
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