第111話 飛行船にて
巨大飛行船は、俺らの世代では憧れの象徴だった。
基本的に、俺は空を飛ぶモノと大きいモノに弱い。
肉嵐の積乱雲には圧倒されたし、貝塚の軽空母打撃群見た時は贅沢過ぎて心の中で”ふぉおおおおおおっ!!”ってなった。
貝塚グループの有する超巨大滑空型硬式飛行船”ツェッペリン”
上昇中に可美村からスペックを簡易データで貰った。
この硬式飛行船は、俺の起きていた時代に空を飛んでいた飛行船とは全く形が違っている。
飛行船には基本的に軟式と硬式が有って、軟式は骨無し、硬式は骨有りだ。
昔の飛行船は、砲弾型か風船型が多い。
このツェッペリンは、ヘリウムの過熱による浮力だけでなく、ファージ誘導による揚力も多用し、形状は平たい円盤状で高さ百二十メートル直径千四百メートルととんでもないデカさだ。最大積載量も二千五百万トンと笑えてくる。
まんま、空に浮いてる島だ。
木は生えてないし魔法も逆重力(笑)も使ってないが。
霧を完全に抜け、雲を突き抜けて雲海の上に出ると、グングン迫ってくる宇宙船じみた構造物。
昔映画で見た、宇宙からの侵略者が乗ってくる宇宙船にイメージが近いな。
”外殻には揚力確保の為に風速三十メートル以上の風が吹いています。手すりにしっかり掴まっていて下さい”
安全帯とか無ぇの?
”お?!・・・っと”
フワッと浮いて飛ばされそうになった。
殺し屋が咄嗟に俺の手首を掴み自分の足に俺の足首を引っかけて器用に着地させる。ファージ誘導の風だったのか。そりゃそうだよな。
”さんくす”
アシストスーツにフライボードもあるし、流石に重さ的に大丈夫だと思ってたら危うく墜落するところだった。
フライボードがあるから死にはしないが、二百人からのハンターが涎垂らして待ち構えてる所に錐揉みで降りていきたくはない。
許可取って無人機追随させとくか?
滞空する飛行船の船内に格納されたカーゴは俺達ごと何種類かの洗浄が行われた後、ファージが抜かれ加圧が開始される。
”ヘッドギアは外して頂いて結構です”
可美村が俺を見て言う。
何故全員俺を見るんだ。
いやまあ、気持ちは分かるけどさ。
仕方ない。
「俺だけ外す」
メットを取り深呼吸した。
良い空気使ってる。
「二人ともエアーは?」
”問題ない”
”あたしは後三十分”
「ご希望なら換装致します」
可美村がメットを外して髪を解いた。
かなり冷や汗をかいているな。
俺がファージガードするのも当てつけ過ぎるし、貝塚のテリトリーで日雇いの傭兵たちをノーガードにさせるのは流石に不安だ。仕方ない。予備見せるか。バレてるかもだし。
「いや、俺の持ってきた無人機に補給用物資は積んでいる。回収させてもらって良いか?」
俺に下手な事はしないだろうが、俺の雇った傭兵には何するか分からないからな。
「えー。補給用物資を積んだ無人機は、付近を飛行中のモノは四十五機ありますね。識別は?」
「見せてもらえるか?」
「・・・。どうぞ」
渡してきたパネルを見ると、しっかりバレていた。
くそう。
あの程度のステルスじゃ貝塚には敵わないか。
移動キャンプに付けてる方は範囲外だ。こっちにある二つの内、一つだけ教える。流し見たIDは後で解析しよう。どうせ大半は俺狙いのハンターたちだろうから、どんな勢力だったか分かるかもしれない。
「これを回収してくれ」
「他は撃ち落としてしまいましょう」
マテ。
「これもうちのだ。判断は任せる」
「なら、二機とも回収致しますね」
可美村がクスリと笑った。
俺も含め、流石に飛行船内で銃器の携帯は許されなかった。
全員武装解除後、迷路のような船内を十五分近く歩いた。
内部は五月蝿くて狭っ苦しいのかと思ったが、駅のホーム並みに広々としていてここが飛行船の中とは思えない。所々大きく窓が作られた部分があり、雲海や地表が見えてここは空の上なのだと実感する。
「こんな格好で済まないね」
執務室の高そうな木の椅子に腰掛けて足を組んでいる貝塚のコピー体は、製造中だった。
周囲をプリンターや工作機に囲まれて急ピッチで組み立てられている。
腰から下だけほぼ完成していて、音声出力は机の上のスフィアから行われている。
俺以外の傭兵たちも入って良いと言われたのだが、殺し屋以外は辞退した。
黒革も顔をスモークで隠して入口で控えている。余程お知り合いになりたくないんだな。
殺し屋は護衛という建前で俺の斜め後ろに控えている。
へとへとだが、今日はまだ先が長い。知りたい事も聞きたい事も沢山あるんだ。もうひと踏ん張りしよう。
「いや。こちらこそ助かった」
どの程度情報をくれるのか。今はケイ素生物の一般知識にすら疎いので、誰もが知っている情報を有償で有難がって聞くのも悔しい。
床から出てきた円柱形のスツールに腰掛ける。正直、立っているのが辛かったんだ。
殺し屋は座るのを断って、右手を左手で隠した状態で仁王立ちしている。
「内容は確認したかね?」
「ああ」
ざっと流し見た程度だけどな。
「ログを見た限り、中身は現金と債券とメモリースティックだったみたいだな」
「現金と債券は紙媒体だったので既に消失していると判断した。メモリースティックの中身は、案の定あのピラミッドに保管されていたのでデータを抽出しておいた」
有能すぎる。
「多少変質はしているが、市販の解析ツールで事足りるレベルだろう。そのまま吸いだしたので、好きに使い給え」
さて、ここからだな。まずは・・・。
「舞原の連れに関して、進捗は有ったのか?」
今の俺はオフラインだ。ここがどこかも分からない。
「二ノ宮地所本社に移送完了した。現在は設計作業中だと聞いている」
素人考えだが、間に合うのか?
生きる意志が無いってのは、あのサワグチが言っていたアポトーシスと同じなのだろうか?
つつみちゃんや金属袋は無駄な事はしない。作業中って事は、出来る見込みがあって動いているのだろう。
「あの場所に網が張られていたのは?」
貝塚は脚を組み替えた。
「この北関東でケイ素生物が発生する恐れがあるポイントは全て情報が入ってくる。りょうま君があのポイントに興味を示したので、安易に踏み込んで大事になって欲しくなかったのでね」
あんなのがそっこら中にあるのか?
怖すぎる。
「未開地に探検しに行く時は、貝塚から情報を買った方が良さそうだな」
「顧客を満足させるツアーを計画するのは我が社のモットーだよ」
知ってる。
「時に、探索時の手順についてはどこで学んだのかね?」
さり気なく話を逸らされたが、振られた話題は今の俺らにあまりよろしくない。
「大切なことは全て、ゲームから学んだ」
ふざけている訳では無いが、以前少し話したから話半分程度に理解は示すだろう。突っ込んで聞いてはこない筈だ。
”手順は後ろに控えている殺し屋から学びました”なんてこの場で言える訳がない。
「現代教育にも取り入れるべきだな」
真面目に返されても困るけど。
「国家は教育から始まる。衣食住をいくら整えても人は育たない」
ああ。そこに繋げたいのか。
銀行跡に向かう途中で見た、人間牧場を思い出した。
胸糞悪くなる施設だが、今の俺には何もできない。
そもそも、この話をサワグチにするのは止めておこう。
何もいい結果を産まない。
アレを見たことを貝塚も知っていて、やんわりと釘を刺している気がする。
少し意思表示はしておこう。
「この間、欧州が未だにアフリカから植民地税を取っているのを知ったんだが」
「我々都市圏の企業基金は毎年二兆円弱をアフリカに支援しているよ」
そう返すって事は。当然、マッチポンプに関しては知っているだろうな。
「俺が起きていた時代から、西側のグループは資源国からは搾取しか考えなかったし、同じ地域に日本は発展を促しては失敗していた」
頭部分も作られ始めた貝塚は、興味深そうに先を促した。
「知り合いのゲーマーに、日本に出稼ぎに来ていたケニアの二世がいたが、とても日本的な思考の持ち主だった。短絡的な思考の持ち主の両親をいつも嘆いていた」
画面越しのゲーマーには年齢も性別も人種も関係なかった。
上手いか、下手か。
それだけの世界だ。
「環境が人を作る。その通りだ。付け足しておくと」
何だ?
「今でもアフリカは世界の縮図だ。可住地域は縮小してしまったが、様々な国が支援し、搾取し、都合により翻弄され続けている。欧州は搾取の傍ら、インフラや教育にも力を入れているよ。善意もモラルも無い国には搾取と還元と言う仕組みを使わないと社会構造的に機能しないからね」
それが正しいのか分からない。
三百年近く同じことを繰り返して成長が無いのなら、意味は無いんじゃないのか?
「資源保有は諸刃の剣だ。・・・アフリカに資源が無かったら、りょうま君の時代に先進国入りしていただろう。ただ・・・」
諸刃の剣か。
日本は出来る出来ると言いつつも、自国領での資源採掘を頑なに拒んでいた。
争いの原因になるのが分かっていたのかな。
「ただ、当時のアフリカ諸国が先進国の仲間入りを果たしていたら、我々は今ここに存在していなかっただろう」
思わずガン見してしまった。
貝塚は既に顔が造られていて、じっと俺を見ていた。
貝塚はどこまで先を見ている?
「増加する消費サイクルに対して、リサイクルが間に合わず、資源不足により世界大戦は長期化したはずだ」
ん?世界大戦?
「世界大戦て二百年前の?宗教絡みのテロ戦じゃないのか?」
あ。ドヤ顔してる。
「公式にはそう歴史解釈されているね」
くそう。くそう!
「教えてくれ」
それは。今知りたい。
「歴史に興味を持つスリーパーは久々だ。さて、何を話そうか」
他に誰を知っているのかも気になるが、貝塚の歴史認識はもっと気になる。
大企業の重役ならではの面白い価値観を聞けるんじゃないか?
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