第110話 金庫脱出

 動きが遅いのが幸いだが、そう見せかけて、いきなり速いのが来る事も想定しておく。

 天上の方の塊を切り潰す時、下にいるとボロボロ引っ被るので付近のロッカーに登ってやりたいが、錆てて崩れそうだな。

 狭すぎてフライボードも使えないので微妙にやりにくい。

 黒革の方が全然背が高いし、黒革にやってもらえば良かったな。

 高い所のは少し跳ねながらアームを伸ばして切って飛び抜ける。

 ったく何やってんだ俺。


 少し囲まれ始めたので酸素筒を一本使ってみた。

 捻ると、シューッと勢いよく先端から噴出され、その気体を浴びたミミズは傷口から溶けていく。

 パラフィン中より若干溶解が早いか?

 傷付けないと駄目なのは同じだな。面倒臭い。

 効果時間は二十秒くらいか。

 エアーの弱くなった筒を手から離すとその瞬間から腐食が始まり、軽く破裂してパラフィンに沈んでいった。

 容器はスチール製かな?

 ファージでステルスしてないと一瞬でこうなるんだな。怖い怖い。


 ん?


”んおっ!?”


 足に絡みつこうとしていた黒い影に気付き、慌ててパラフィンの中に突き刺す。

 とうとうパラフィン中に隠れて襲ってきた。

 ただでさえ暗いのに、現状のソナーだとパラフィン溶液内がめっちゃ視難い!

 音!パラフィン中で動く音。内部は液体の圧力で動いているからか、独特な音で結構区別しやすい。視覚に反映。黒革に共有しないと!

 無線出来ないのがもどかしい。

 慌てず、急いで戻る。

 ミミズが黒い絨毯となって迫ってくる。

 比重がパラフィンより軽いのか、コードに絡まっていない部分が所々浮いてそこは視認しやすいが、数が多すぎる。

 コード切っても大丈夫か?!


 黒革は既に可美村の指示で動いてパラフィン中のにも対処していた。

 やはり可美村のスーツには対処法がフルスペックで載っかってそうだ。


”まだ塊は残ってるぞ?飽きたのか?”


 軽口叩く余裕もある。戻る必要無かったな。


”最新パッチ、いらなそうだな”


”仕事に支障が出て良いなら、渡さなくていい”


 可愛げのない黒革だな。


”ほら”


 腕に接触しようと手を出したら指を絡めてきた。

 危ないだろ。


”えっ?えっ?”


 可美村がキョドっている。


”止め。遊んでる場合か”


 ワンミスで溶けて石化して死ぬんだぞ。


”おお。見える見える”


 聞いちゃいねぇ・・・。


”ったく。よし。もっかい行ってくる”


 体感減ってるんだけど、量的には二パーセントも削ってないんだよなぁ。

 削った傍から生えてきてる訳でも無いし。別の目的で溜めこんでたのか?

 何にせよ早い所出たいな。


 塊崩しに戻って数分経った頃、地響きがした。小さいキノコがパラパラ降ってくる。汚ねぇ。

 ・・・ん、また来た。爆撃か?

 空に貝塚の飛行船いるんだよな?

 どっちの攻撃だ?流石に可美村は外と連絡取れないよなあ。

 また一旦戻るか。



 玉座周辺は、破壊した触手たちでかなり埋もれてきた。

 妙に溜まってきたな。溶かす処理が追い付いていないのか?


”可美村、外部とは?”


”無線は不可能なので作ってません。有線なら可能ですが・・・”


 ここまでコード引っ張ってないもんな。


”心配性だな少年。貝塚が出張ってるんだ。出た途端ハチの巣ってこたぁ無いだろうよ”


 まぁ、そうだろうけどさ。


”日雇いのオヤジ共が心配か?”


”・・・。”


”遠足じゃないんだ。てめぇのケツくらいてめぇで拭くだろ”


”かなぁ?”


 黒革は何が面白いのかニヤニヤしている。


”案外、絨毯引いて整列してんじゃねーの?”


 そこまでVIPって訳でもないしな。

 俺が酸素筒を使おうとすると可美村からストップが入った。


”お待ちください”


 うん?


”酸化被膜を形成する個体が出始めたので、一旦こちらを使用してください”


 ああ、それで溶けにくくなってんのか。


”・・・こいつら学ぶの早くね?”


”ですね。ここまで早く対応してきたのは初めてです。エジプト神話タイプは元々厄介なのが多いのですが”


 色々聞きたいし知りたいが、後にしよう。

 んで。


”これは?”


”只の塩酸系の焼夷弾です。噴煙を直接被らないよう注意してください”


 毒ガス手榴弾かよ。

 これで被膜形成を阻害出来るのか?

 これ使ったらそれはそれでまた対処されそうだな。


 襲ってくるミミズたちも巧妙になっている。

 動かなくなった個体に紛れたり、天井のフリして動かず剥がれ落ちたりして欺いてくる。

 貝塚に近づいてくる限り、斬り飛ばすだけなので問題は無いが・・・、いつも使わない筋肉を使いまくるので、いい加減俺も疲れてきた。

 ファージコントロールで体調弄りたいが、弄ったら俺も異物認定されて、こんな生ぬるい攻撃では済まないだろう。

 てか、俺らも若干狙われ始めてないか?


”あたしらに向かってきてないか?”


 黒革も感じているみたいだ。

 奴らからしたら俺らは周囲と同化して紛れているので感知出来てない筈。ガチ狙いではないが、手探り感覚で手を出されてる感がある。


”代表の素体が破損するとサーチはそこまでになってしまいますが、いざとなったら現状のデータ抽出だけして一旦出ましょう”


 可美村は尾骨片片手に、貝塚から有線で送られてくるぐっちゃぐちゃなログの整理をしてる。

 環境音として聞きなれてしまった、逆ピラミッドの上からの荒い息遣いが一瞬途絶えた。

 次の瞬間、耳障りな金属音を立てて貝塚が絞り潰されていく。


”ヨコヤマ様!代表からです!”


 突き出された尾骨片にアクセスすると、貝塚からノイズ交じりの音声通話が入る。


”待たせたね。ここはもう用済みだ。直ぐに離脱し給え”


”貝塚は?”


”この素体はもう使い物にならない。神経浸食も激しいのでロックして破壊するよ”


 金遣いが荒いなぁ。クッソ高いんだろコレ。俺が原因なので何とも言えないけど。


”貝塚、ありがとう”


”前金は頂いてる。気遣いは無用だ”


 濃霧の中際限なく降り掛かるミミズの群れにやきもきした黒革が急かしてくる。


”おいボス!”


 深呼吸。


”逃げるぞ”


 もと来た道を逃げようとしてる二人を顎で呼ぶ。

 金庫出口までの直進ルートを突っ走って抜ける。進路上の障害物は蹴り飛ばして壊すぞ。

 上に乗るのは無理でも、壊すなら訳無いだろ。


 目の前の貸金庫ロッカー棚に片足を添え、おもいっきり蹴ると、盛大な音を立てて折れ曲がり、セラフィンを撥ね散らして向こう側に倒れる。丁度そこに出来始めていたミミズの塊がついでに潰れた。芯の部分はまだしっかり錆てなかったのか、綺麗には吹き飛ばなかった。


”はっはっは!”


 黒革が笑いながら、俺が蹴った残りを斬り飛ばす。


”可美村。多少アスレチックだが付いてこれるか?無理なら背負うけど”


”はひっ!”


 大丈夫かよ。上ずってるぞ?

 まぁんじゃ行くか。


”黒革。ロッカーとミミズどっちにする?”


”ロッカー!!”


 吠えてる。

 だいぶ溜まってたみたいだな。




 なぎ倒し、蹴り飛ばし、ついでにミミズを払い除け。

 ゲラゲラ笑いながら今までの地味な草刈りの鬱憤を晴らす黒革。

 かなり騒々しい。

 なぎ倒されたロッカー棚の爆音がスーツ越しに頭の芯まで響く。

 五月蝿いがやらせてやるか。

 後で”代わりに”と俺でストレス発散されたら困る。


”出口で噴霧します!驚かないで下さい!”


 騒音に負けずに可美村が叫ぶ。

 酸素の世界じゃ俺ら毒塗れだもんな。

 今の所三人とも破損は確認されていないから浸食は無い筈だ。


 ショートカットしたらあっという間だった。

 霧の中、出口の明かりが見える。


 三人して駆け出ると、消火器っぽいモノのノズルを構えた黒ずくめが二人いた。

 その後ろには、うちの傭兵が三人いて背中を向けて水たまりの泥の中にしゃがんで突撃銃をアームで構えていた。急に吹きかけられた薬剤にサーモが対応できずにスーツが少し冷たい。

 エントランス正面の二階の窓枠に殺し屋が器用に貼り付いて蔦の隙間から外を窺っている。


”浄化。基準値”


”よし。降下”


黒ずくめの一人が上にライトで合図を送る。


”鳥かご落とします。また柱の陰に!”


 はるか上空から小さく金属音がして、何かが降ってくるのが分かる。


”バトンは廃棄していって下さい”


 俺と一緒に柱の陰に隠れた可美村が言い終わる前に金属の塊が落ちてきた。

 高い風切り音がして壁や地面が弾け跳ぶ。あっぶね。ワイヤーか?


 また部屋全体に水が撥ね飛び、大部屋のど真ん中にめり込んで沈んでいるのは巨大なカーゴだった。ワイヤーが何本も固定されている。

 まさか。


”飛行船で回収します。傭兵の方々には通達済みです”


 こんなんでちんたら吊り上げられたら良い的じゃないのか?


 ん?


”俺の雇った傭兵?全員?”


”あちらの方にお願いしたそうです”


 手で示した先に、器用に爪先から長い棘を出し、水音も軽く殺し屋が飛び降りてくる。


”高度な柔軟性を持って臨機応変に対応した。この即応性は褒めて然るべき”


 こいつが許可したのなら安全なのだろうが。

 飛行船に乗りたかっただけじゃないのか?

 どうせ、こういう時でもないとデータ堂々と取れないんだろ?


 ちらっと見ると、俺にしか分からないように口の端を一瞬曲げてる。


 やっぱりな。


”ミサイルの的になったら責任もって撃ち落とせよ”


”外を視ればその減らず口も止まる。包囲突破は骨が折れる”


 そんななのか?


 皆乗り始めているので、その泥に沈んだカーゴに俺も乗り、上を見上げる。


”おぉっ?!”


 上空の霧に消えてゆくワイヤ―。

 その周りにゆるく円陣を描いてスフィアが飛んでいる。

 見えるだけで三重ある。

 一定間隔で高度維持して飛んでるな。

 確かにあれなら、スナイプされても余裕で弾きそうだ。


”予想より多かった。二百人近くで周囲に潜んでいる”


 はぁっ?!


”熊谷がそんなに人集められたのか!?”


”熊谷のは一部。わたしの知らない勢力もいる”


 またお祭り好きが寄ってきたのか。そんなのとガチバトルは避けたいな。

 逃げるが勝ちだ。


”大宮に逃げて大丈夫なのか?”


”う・・・”


”出します”


 殺し屋が何か言ったが、合図し終わった可美村がゴーサインと被って良く聞こえなかった。殺し屋も言い直さなかったので問題は無さそうだな。

 カーゴの底が地面のぬかるみから離れる破裂音がして、俺らの耳抜きなど無視してグイグイ上がっていく。風切り音を立てて、カーゴの周りを整列して飛ぶ大量のスフィアで出来たサークルが何度も眼下に流れてゆく。

 相変わらず、貝塚は力技だな。


 横風に飛ばされそうになり、手すりに手をかけ霧を見通す。

 ああ、ファージを気にせず探査範囲を広げられるこの解放感。

 視界は霧で塞がっているが、この実家のような安心感はやはり俺に必要なものだ。


 上昇中に、何度かデカい金属音がしてカーゴが跳ねて、俺の足元の床材がモコリと盛り上がった。

 これ、合金の厚い重い床なんだよな?

 ジャミングしてる中霧ぶち抜いて偏差射撃ピンポイントか。

 結構ヤる奴がいるな。


”ボスは人気者だな。あっはっはっ!”


”ふふり”


 こいつら緊張感ねぇな。手すりに背を預け、リラックスしきっている。


”三人とも緊張感無さすぎですっ!徹甲弾でスナイプされてます!伏せといてください!”


 俺もかよ。

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