第109話 虫だらけの胃の中で

”非破壊検査とか言ってたけど、壊して良いのか?”


 このマネキンは尾骨をポリポリ掻いて何をやっているんだ?


”ん、取れた取れた。接触式だと不便だな。係長、技研に宜しく”


”畏まりました”


 形の良い尻の上尾骨の表面の部分が尾てい骨の形にパリッと跳ね上がる。

 透明な液体を垂らしながらギターのピック程度の三角形をしたピースが外れた。細い糸状の物で貝塚本体と繋がっている。俺に差し出してきた。


”接触通信用の端子だ。リールはデバイス側にもある。百二十メートルまで可能だからこの素体が戻れなくとも金庫入口まで持つだろう。襲ってくるモノは撃退していい。いくら切っても生えてくるトコロテンみたいなものだ”


 うぇ。もったいない。

 その高級そうな身体使い捨てかよぉ・・・。


”接続部位さえ見付かれば、データ抽出にそう時間はかからない。コレの頭の中。リョウマ君も見たければ、閲覧共有するかね?”


正直興味は非常にあるけど。


”謹んでお断りする”


 クスクス笑った貝塚は、散歩感覚で歩き出す。


”では始めよう。背中はしっかり守ってくれ給え”




 貝塚が表示させていた危険だと思われるパーソナルスペースに踏み込んだ途端、狂ったように舌が暴れ始める。

 パラフィンを跳ね飛ばし、意外な怪力で付近のロッカーやキノコをなぎ倒しながら貝塚の素体にも激しく攻撃してきた。

 そうだよな。こいつタンパク質とカルシウムじゃなくて、ケイ素なんだよな。

 高速で舌全体をしならせ、若干ソニックブームの破裂音を発生させつつ貝塚の素体を打ち据える。

 素体の表面にコーティングされてるアルミが鱗みたいにパリパリ弾け散っているが、内部にダメージは無さそうだな。平然と近づいて行ってる。

 伸ばしている糸が舌に絡まりそうなので、少し伸ばしてパラフィンに沈めた。


 玉座の目の前まで行った貝塚は、偉そうに腰掛けている指だらけの巨人に飛び乗り、ピラミッドと首の隙間に勢いよく手刀を差し込む。緑色の汚そうな液体が吹き出て、パラフィンに落ちて煙を上げる。

 貝塚はガボガボと呻くそいつを気にせず傷口をこじ開け、もう片方の手を捻じ込み何か探しているみたいだ。

 手刀を喰らったそいつは一瞬ビクンと大きく痙攣した後、舌を貝塚に絡ませ、締め上げ始めた。金属がねじ曲がり破損する音が素体から響くが、貝塚は気にしない。


”む。有った。反撃が始まるぞ”


 楽しそうだな。

 粘液に塗れた臓器を、色々千切りながら引っ張り出した貝塚は、自分の胸元から出した太めのコードにそれを接続した。

 貝塚の動きが停止する。


”ヨコヤマ様。左側のサポートを・・・お願いして宜しいでしょうか”


 振りむいてはいなかったが、撃退は二人で足りてそうなので監視しかしていなかった。動きは遅く、何故かパラフィンの中からは襲ってこないため黒革は余裕そうにブレードを振っているが、時々上からも音もなく忍び寄ってくるのに若干苦慮しているくらいか。

 うねうね迫ってくる触手は一本一本なら、個別対処は楽なのだが、醜く節瘤立って太さも様々な金属製の軟体パイプが、イトミミズの群れみたいに脈動しながら圧し掛かってくると、恐怖感も嫌悪感もハンパ無い。

 しかもこれ、この金庫エリア全体なんだよな・・・。

 探査したデータが正しければ。全方位、厚く埋め尽くされている。

 どこからこれだけ湧いてきたのか、線虫だらけの巨大な胃の中って感じだ。

 軽く嘔吐きそうになる。どんな臭いか気になるが、嗅いだ瞬間鼻が爛れるな。

 玉座周りは大丈夫なのかと上や後ろを確認したが、玉座周辺のコード類には近寄らない仕様なのかな。一定以上は近づかず、貝塚のみを狙っているな。


 おっと、可美村が青息吐息だ。

 可美村、アクションゲーとかやってなさそうだしな。少し、暴力の先輩がアドバイスしてやろう。


”可美村、横の黒革の真似するんじゃない。中心に近い部分を持て”


 可美村は俺らとは違いサイドアームを装備していないので、アシストスーツの補助と自分の力だけで振り回している。振り方はまんま剣道だ。

 時代劇じゃないんだ。二キロの棒振り回してたら一分で疲れる。


”見てろ。こうだ”


 下がらせて実演して見せる。

 あえてサイドアームは使わずに自分の手を使う。

 ああ、キモいなー。

 ミチミチ変な音出してる。


”こういうヤツは、動きの先に絶対立たない事。それに、受けたら浸食されるんだろ?鍔迫り合いとかみたいなのは論外だ”


 素人チャンバラと違い、実戦で鍔迫り合いは、絵的にはカッコイイが即死につながる。

 相手が人でなくともそれは変わらない。

 動きを予測。

 こいつらは単調だ。纏まってる奴ほど見え見えの動きをする。


”別に、刃を叩きつけなくて良い。グルグル回してバトンの重みだけ相手に伝えるんだ。使う力は、インパクトの瞬間すっぽ抜けないようにしっかり握って引く時だけだ”


 人の胴体程もあるヤツがちょうど圧し掛かってきたので叩きつける。


”刃筋が立ってなくとも、別に一度で切れなくても良い。試験じゃないからな”


 同じ場所を雑に何度か斬りつけると、その群体は白い油を吹きながらパラフィンに沈んだ。


”得物が重いから、派手に回すと手首を痛めやすい。回してるバトンを固定する程度に手を添えておけばだいぶ疲れにくい筈だ”


”はいっ”


 何で嬉しそうなんだ。


 間近で見るとキモさ際限なしでマジでゲロ吐きそう。

 ショゴスは肉と骨って感じでグロくはあるけど、我慢できる。だけど。こいつらは何だろう。嫌悪感が半端ない。浸食されると石灰化するってのが余計不快感がある。

 他にも変な病気沢山持ってそうだな。


 そのまま左に避けてスペースを作り、黒革との間に可美村を挟んで向かってくる膨大なミミズの群れを刈り続ける。

 草薙の剣みたいに自動で刈り取ってくれないかな。

 あ、そうだ。俺もサイドアームを使おう。

 恨めし気な可美村を尻目にサイドアームで芝刈りだ。


 このミミズたち、内臓部分は溶けやすい様で、パラフィンに沈んだミミズは切断面から次第に分解されていくのだが、量が量なので間に合わずに俺らの周囲にどんどん積み上がっていく。これは不味い。


”可美村、足元に溜まった残骸の処理は考えているのか?”


”ある程度溜まったら反応剤を巻きます。ガスが発生しますが、直ちに影響はありません”


 対策はあるんだな。

 なら、貝塚が終わるまで芝刈りに専念するだけで良いのか。


”ヨコヤマ様、何でそんなに綺麗に切れるんですか?”


 比べてみると、俺や黒革と違い、可美村の処理した奴はザクロみたいなぐちゃぐちゃか、ナタで叩き割った感じのワイルドな切り口だ。

 典型的なロンソ割りだな。


”さっき、インパクトの瞬間引くって言ったのは、文字通りの意味だ。刃物ってのは叩きつけても潰れるだけで基本切れない。当てて、引くか押すかして刃を滑らせて初めて切断が開始される”


 昔だと、義務教育でやるんだけどな。

 今だと専門職しか刃物使わないのか?

 再現者のカテゴリーはその辺どうなってるんだろう。


”これは刃の部分が直剣だから叩きつけるだけでは刃の押し引きが発生しにくい。なので、こういう硬いモノ切るときは。押すか”


 近くに来た腕くらいのミミズの中程を刺す。

 あえて半分千切り残す。


”引く”


残りを、バトンを引き戻しながら切り落とす。


”これは元々振動してるから、全然斬り易い。力はほとんどいらない”


 あ。


”自損防止機能付いてるのか?”


 今更気付いた。


”それは大丈夫です。触れた時だけ感知して停止します”


 危ない危ない。

 俺、癖で刃の部分持ったりするからな。

 滑って指がすっぽんしたらマジ困る。


 このミミズたち、ケイ素生物がコントロールしてるんだよな?

 俺らに対処したいなら釣り天井でぐしゃっとやれば即解決なのに。

 アホで助かった。

 自重で潰れてパラフィンで破損するからやらないのかな?

 このパラフィンとミミズは別なのか?

 この逐次投入は俺らが四人の人間とすればとても正攻法だ。

 このミミズのリソースが豊富で、一気に大量消費したくない場合。

 俺らはあと数分で疲れて動けなくなる。

 その後ゆっくり対処すればいい。と考えている筈だ。

 実際、ここに踏み込んだ奴は即死んでただろうし、今の状況からの対処方法の選択肢は多くないだろう。

 残念ながら、この程度なら俺と黒革は後一時間は動けるし、それに気付かれて飽和攻撃される前に出来るだけ削っておきたいな。


 遠足で行ける場所にこんな危険地帯がゴロゴロあるんじゃ、帰ったら身の回りをしっかり調べておかないと。


 貝塚のサポート無しでここ入ったら詰んでたよなあ。

 殺し屋が知ってたかな?

 でも、金庫室に入れず入れても口座の貸し金庫の場所が分からず対処不明で出直しになってた可能性大だ。

 運が悪ければケイ素生物の対処出来なくて即死、良くて命だけ残って半分溶けながら逃げ出す感じかな。


”おい、ボス”


”ああ”


”どうかしましたか?”


 このケイ素生物にも、それなりの脳みそはあるみたいだ。

 俺らのアームが届かない範囲にミミズの塊ができ始めている。

 天井の届かない部分にも。


”アレが壁になって倒れてきたら流石に無理だ”


 黒革は可美村のバトンを奪い、自分の腕を組んでアームで二刀流している。

 無理とか言いつつ、めっちゃ余裕そうだな。そんな動かしてバッテリー大丈夫か?


 可美村は疲れて動けないのか、腕をプルプル振りながら休んでいる。


”うーん。俺が行って潰して回るのも手だけど”


 有効だって教えてやるようなもんだしなあ。

 分断させる罠かもしれないし。


”サーチ範囲内で塊以外に動きは無い。次の手が分からないから潰すのがセオリーだ”


 だよなあ。次策が分からない限り、リソース削るのは常道か。


”ちと行ってくる。貝塚はいつ頃終わるか分からないのか?”


 尾骨片を可美村に渡しておく。


”そろそろ終わっても良い筈ですが、わたしからはお答えしにくい内容ですね”


 そうか。対処法は時間も含め社外秘だよな。

 貝塚をちらっと見たが、舌でミッチミチに巻かれてエロい。あれじゃ、舌を解かないと抜け出すの無理だな。


”分かった。終わって、気付いてなかったら呼んでくれ”


”あ。これ持って行ってください”


 ポーチを渡され、中を見ると、発煙筒っぽいのが入っていた。

 重いな。


”捻ると酸素が出ます。溶かすのに使ってください”


”さんきゅ”


 死なない程度に暴れてくるか。

 ホラー映画の三下にならないよう要注意だな。

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