第113話 帰るまでが

 俺が何故、眠っていた間の歴史を知りたいのかというと。

 知るのが楽しいというのもあるが、ただ単純に、自分の過去を明らかにしておきたいというのがある。その上で、世界の流れを知っておくのは良いヒントになる。いつ死ぬか分からない爆弾を抱えているかもしれないのは心臓に悪い。


 母のメールで粗方把握は出来た。

 記憶喪失は、百歩譲って、まぁ仕方ないだろう。

 残っている一番の不思議は、アンチエイジングだ。


 サワグチから、文明崩壊前の技術では、アンチエイジングは可能だったが、サワグチが眠りに就く前でも、記憶の完全コピーは不可能だったらしい。

 それが本当なら、この身体はやはり俺の本体で、若返ったか、若い体に造り替えられた。という事になる。

 この身体がこれ以上成長するのかどうかは別として、当時のアンチエイジ技術は肌刷新程度でも超高額だ。破損した遺伝子を復元させ、全身をここまで退行させるのには天文学的な金が必要だ。

 株で一山儲けた程度では全く足りない費用がかかる。

 誰が、何の目的で、どこからそんな金を出してきたのか。

 以前、つつみちゃんが、どこかがモニター募集していたとチラッと言っていたが、それに応募したのか?

 母のメールにあった”籠原での治験”に参加したって説が一番濃厚なのかな。


 貸金庫のデータ解析したいし、舞原に話聞きたいし。


 そもそも、俺は安全に大宮に帰れるのか?


「俺は安全に二ノ宮に帰れるのか?」


 ついつい、不用心に口から出てしまった。

 前後から同時に鼻で笑われた。


「このまま高崎までお持ち帰りしたいのはヤマヤマだがね。うちの送迎ヘリの着陸許可が大宮からまだ出ていないので郊外で待機中だよ。出迎えで揉めているみたいだね」


 なんだそりゃ。


「市内のその辺で下ろしてくれればそのまま歩いて帰るけど」


「今りょうま君がどこにいるか、北関東の全員が注視しているんだよ。お祭り騒ぎが好きなのかね?」


 暇人が多いのか?


 殺し屋がボソッと呟く。


「貝塚の飛行船から生きて降りてきた部外者は居ない」


 あっ。この船。そういう系?


「勿論、りょうま君たちは下船した初めての部外者となる」


 先端技術の社外秘てんこもりなんだろうな。

 俺とかパッと見で流してるモノも、殺し屋から見たら宝の山なんだろうか。

 傭兵たちが自主的にかけてたスモーク、実は中からも見えません的なかけ方だったりして。


「俺の日雇いたちはどうなる?」


 一緒に降りたら不味すぎるだろ。


「希望は聞こう。でも、メンバーリストは既に出回っているよ」


 高くついたな。済まねぇ。


「守られる傭兵など居ない」


 殺し屋がフォローしてくれた。

 確かに、金は払っているんだし。

 顔見せてスリーパーの警備してる時点で今更か。


「うちの技術は高価だからね」


 貝塚も、漏洩を見逃しはしないようだ。




 なんか、大宮市庁舎の屋上ヘリポートから二ノ宮本社に帰る事になったのだが、出迎えに大宮の企業のボンボン共が一枚噛ませろと出張ってきたらしい。

 遠足くらい自由にできないのか?

 飛行船の内部見学とかしたかったが、対価に何を請求されるか聞くのも恐ろしいので、我慢した。


 ヘリポートから降りる時、ヘリがローターを止めてエレベーターまで赤絨毯が敷かれたのでビビった。

 遠足に行っただけなのに、何が起こってるんだ?


”政子がやらかしたわね”


 ヘリから降りた途端スミレさんからログがとんできた。


”俺は何をやらかしたんだ?”


 両脇に並ぶのは見知らぬ顔が大半だ。歩きながらも、知ってる顔にだけ目礼しておく。サーチは今やると気付かれて興味があると思われるから、記録して後で照会しよう。

 声をかけたそうにしているスーツ組がいたが、スルーした。

 遠巻きにカメラも大量に飛んでいる。

 何が起こったんだ?

 ケイ素生物絡み?違うよな。

 スリーパーが銀行強盗したから?


”報道記者がリーク情報として、うちとあっちのグループ会社”貝塚製薬”の業務提携を記事にしたの”


 する予定無いのに?


 ああ、舞原の治療を承諾したからか?


”ありえない妄想をドヤ顔で広める奴には損害賠償が妥当なんじゃないのか?なんなら俺が弁護士立てるけど”


”ああ。そこは良いの。うちの株価に変動は多少あるでしょうけどね。買いやすくなるほど影響はないだろうし、記事を書いた人は明日にはファージ汚染地域で死体で見付かるでしょう”


 怖えぇ・・・。


”わたしじゃないから。政子だから”


 エレベーターに乗り込む直前、レッドカーペットに並んでいたスーツ組の一人の女性が、何か持って俺に駆け寄ろうとして、市庁舎のガードマンに押さえ込まれていたいた。

 メモリースティックっぽかったけど。テロなのか、直訴でもしたかったのか。

 エレベーターの中でガチ装備の傭兵四人と殺し屋に囲まれて案内の役人は肩身が狭そうだ。冷や汗ダラダラで脚がガクガクしていて申し訳ない気持ちになる。傭兵の対応あんました事ない人なのか?

 役人っぽくない雰囲気だったが、ここでサーチかけるのも大宮に不信感抱いてるみたいでマイナスポイントなので記録だけしておく。


”リョウくんと二度コンタクトした事で、提携が現実味を帯びていると世論に広めさせたいのよ。実際どうなるか反応を見たいんでしょう”


 昔からよくある手だな。

 やるかどうか見極める材料として、ガセ情報で感触を確かめる手法か。

 この間の青森旅行も、事後報告で報道されていた。

 反応が良かったから今回早めにカード切ったのかな。


”舞原の連れの話は不味かったのか”


 企業同士のパワーバランスに関してもっと知っておくべきだったか。

 知らない事が悪手になる世界だ。

 悪手は即、死に繋がる。

 スリーパーの身の安全を守るには、保険や護身以外にもそういう知識も必要なのはサワグチで知っていた筈なのに。

 まぁ、良い。まだ俺は生きている。

 まだ間に合う。

 サポートしてくれるであろう人も沢山いる。


”修復が終われば、あのエルフの子とつつみにコネが出来るし、プラスに考えるわ”


 回復したら話してみたいけど、無理だろうな。俺がサワグチと話せるのは、彼女がこの世に存在しない事になってるからだ。

 多分、遺伝子鍵が復元されたらリスクの観点からコンタクトすらさせてもらえないだろうし、復元されなかったとしても、情報交換すらフィルタリングされた文通程度が限界だな。

 間に舞原挟めばワンチャンいけるか? 

 そんなに仲良くないし、”いずれ。出来たら”の話だな。


”遺伝子鍵の修復も視野に入れているのか?”


”流石に無理ね。作成プロセス自体が解明されてないもの”


 やっぱそこまで難しいのか。

 ナチュラリストの技術でも不可能だったっぽいしなぁ。


”記憶とかは?”


”長期記憶はある程度復元されるけど、壊れた心が元に戻るかどうかは未知数ね”


 一度だけ保管されていた現場の映像を見せてもらったが、水槽に詰め込まれたカビだらけのショゴスみたいになっていた。あれに比べたらライブで召喚されたてのサワグチが何倍も綺麗に見える。

 自分の連れが何年にも渡って凌辱され続け、その傍らで自身も遺伝子ぶっ壊されながら鍵として生き続ける。

 スリーパーなのに凄まじいメンタルだ。

 舞原の安全が確保されてぽっきり折れるというのも、らしいといえばらしい。

 遠距離のデータ送信にも一役買っていたのかな。

 昔だったら映画化した挙句、全米が泣くというナレーションが絶対入るやつだ。

 この世界には、起承転結など無いから、自分のケツは自分で捲らなければならない。

 幸せと平穏を維持する為には、膨大な労力を注がないと、あっという間に喰いつくされてしまう。


”ナビはスタッフに従って。患者の護送が完了するまで上の本社には近づかないようにして頂戴”


”了解”


 今日はもう疲れた。

 内容の精査は明日仕事が終わったらにしよう。

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