第107話 電話契約
”そんな顔をしないでくれ給え。これはりょうま君にとってもメリットの有る話だ”
デメリットも大量に有りそうだがな。
”俺が空手形を切って良いのか?ウルフェンが了承しなかったらどうなる?”
”りょうま君が今日の結果に満足すれば、仲介に最大限の働きかけをしてくれると確信している”
しがらみが出来そうだなとは思っていたが、ここで協力だけしてもらって知らんぷりも後々響きそうだし、金で解決したら貝塚は面白くないだろう。
”そして”
貝塚は腕を組み話を続ける。
鈍い金属光沢を放つ柔らかそうな胸が形を変え、少し強調された。
顔が無いのでどうしても胸に目が行ってしまう。
脚の形が貝塚と同じだが、この素体は貝塚の体型をトレースしたモノなのだろうか?胸も?
背が高すぎて棺桶に入らないから頭をカットしたのか?
前開きのポケットジャケットを着てコンバットブーツ履いてるが、首も胸もヘソも股間も晒してるから妙にエロいんだよな。
金属だから裸じゃないもんって事なのだろうけど。
”ウルフェンへの仲介を君が取り成したと舞原が知れば、りょうま君の過去に関する考察も捗るのではないのかね?”
確かに、あのエルフのファージ操作技術は目を見張るモノがある。
ソフィアとかも上手いが、別の意味で巧く使いこなしている感がある。
でも、メールの件はもう済んだし、それ以外で俺の過去について知ってそうでは無いんだけどなあ。
”彼女はここ数十年、籠原の医療センター入院者のアンライター全員にコンタクトしていたよ”
”っ!?”
やべ、油断してた。声に出た。
”りょうま君に指示を出したのも一度だけでは無かったようだね”
起きた時から、いや。起きる前からずっとトレースされていたのか?!
もしかして、当時ヘルプコマンドだと思っていたものはヘルプコマンドじゃなかった?いやまさか。
”彼女がどこまで知っているのか、興味が出てきたかい?”
確かに、ここで何かが得られなくとも、舞原から得るものはまだ有りそうだ。
”貝塚に何のメリットが有るんだ?”
餌に喰いついた俺に笑いが止まらないだろう。
存在しない頭から笑い声がしているように聞こえる。
実際、聞こえる。くぐもった暗い笑い声だ。
”もちろん沢山ある。言っても値段がつり上がらなければいくらでも羅列しよう”
”三つまで値上げ無しで聞こう”
指を三本立てる。
空母で逢ったの時のやり取りの、ささやかな意趣返しに、貝塚は笑い足りないのか肩を震わせた。
”では三つだけ。場所が場所なので、小難しい言い回しは控えよう”
早よ。早よ。
”一つ、りょうま君に貸しが作れる。一つ、ケイ素生物の非破壊調査が進む。一つ、舞原の心証が良くなる”
確認したこのマニュアルが作れる程度には調査実績があるんだよな。
資料は社外秘となっていて、専用アプリ以外では文字化けする仕様だ。
これを渡してくる程度には俺に価値があるんだろうとは思う。
二ノ宮に見せないと思ってるのか?
試されてる感が拭えない。
今聞けるのはその三つくらいだろうな。
二ノ宮関連の事も聞いておきたいが、俺も最大限譲歩しておこう。
”分かった。仲介は出来るが、確約は出来ない”
つつみちゃんが協力してくれるかどうかは、ぶっちゃけ半々だ。
蝙蝠になる気は無いが、スミレさんが言った”好きにしなさい”を拡大解釈すれば、俺が生き易い環境を整えるのにある程度裁量は任されてるとも言える。
”なので、ウルフェンのメンバーを含めた上で話し合いの場を設けるお願いをする程度の事しか約束できない”
貝塚を失望させるだろうが、それ以上に、つつみちゃんやスミレさんに空手形切る方がリスキーだ。
貝塚は流石に、少し考えている。
”何故わたしがここにいるか分かるかね?”
大体な。
”時間が無いんだろう?生命維持が出来ないのか、生きる意志がないのか”
貝塚は腕を組みかえた。
”彼は今、とりあえずある程度の細胞が生きているという状況だ。いつ生命活動が停止してもおかしくない”
発生した当初のサワグチコピーみたいな状況なのか。
いや、それより酷そうだな。
”複製で作り直したりは出来なかったのか?”
”・・・、DNA自体が修復が間に合わないスピードで壊れている。後半日もつかといったところだ”
期限を俺に教えてよかったのか?
てか、移動した途端悪化したのか?
俺の疑問に気付いたのか、貝塚が補足する。
”舞原の安全が確保出来て、本人の気が抜けたのではないかと考えている。元々、既に意識は無いのだがね。アレがスリーパーたちの愛なのだろう”
貝塚の口からそういうの聞くと、不思議な感じだな。
そうか、スリーパーだったな。
本人の生きる意志は兎も角、俺も見殺しにはしたくない。
”分かった。間に合うよう出来るだけ協力する”
目に見えて貝塚はホッとしたようだ。
”時間も無い事だし。早速、事前にウルフェンのメンバーと連絡を取りたいんだが”
”良いのかね?まだ我々は何も成していないが”
それはこれからするんだろ?
俺の用事に時間制限は無い。
熊谷の炙り出しはついでみたいなもんだし、この際捨て置こう。既にこの状況で熊谷の関連企業も、表立って貝塚に楯突く気は無いんじゃないかなぁ。
二ノ宮より怖いし。
貝塚は容赦ないからな。
上にでっかい飛行船が飛んでるんだろ?
気に入らなきゃ、ついでに誤射で熊谷空爆しそうだ。
俺がおバカな考察を深めている間に、衛星回線は直ぐ繋がった。
霧の中数珠つなぎのレーザー通信で上空の飛行船から一旦衛星経由してる。
電波だとこういう時楽だよな。
俺も専用の衛星回線欲しいな。
”回線を開いた。誰に繋ぐかね?”
個人のアドレスに貝塚の回線から連絡したら失礼だよなぁ。
二ノ宮の公式コールセンターに繋ぐか。
直ぐ出てくれるかな?
発信元俺なら出るか?
貝塚が出張ってるんだ、想定してくれると期待する。
”二ノ宮のコールセンター”
”・・・・・・”
絶対今、貝塚変な顔してただろ。見てみたかった。
可美村が気持ちを代弁してたが、豆鉄砲喰らった豆柴みたいで可愛かった。
”係長、繋いでくれ”
面白くなさそうに可美村に振る。
”はい、畏まりました”
コールセンターはワンコで出た。先は直で二ノ宮秘書室だった。
気付いてはくれたみたいだな。
”ヨコヤマ様。ご無事でしょうか”
ここで状況説明しておくか。
確かウルフェンは二ノ宮と契約してたし、スミレさん通してからつつみちゃんに繋いだ方が良いだろう。
他の手も有るかもしれないし。
”無事だ。俺の探索に、貝塚から協力しても良いと提示された。その条件としてウルフェンの再生医療技術を仲介して欲しいとの要望を受けた。時間制限がある緊急案件だ”
”お待ちください”
直ぐにスミレさんが出た。
”リョウ君?無事なの?”
多重通信だ、休日なのにスミレさんも仕事中だったか。
直ぐにスミレさんから位置情報の洗い出しが始まったが、貝塚は抵抗せずに好き放題させている。なんか嬉しそうだ。
”無事だ。目的地にいる。大きい被害はまだ無く、これから探索予定だ”
珍しく溜息をついている。
美声な上、耳元で聞こえるので相変わらずエロい。
”今、会議中。政子は目の前で論文発表してるわ”
思わず、無遠慮に貝塚を見てしまった。
”言ってなかったが、本体は金華山で学会に出席している。おっとスミレ、あまり意地の悪い質問はしないでくれよ?”
ほんと、器用な人間多いよな、この世界。
”してないでしょ、失礼ね。リョウ君が誤解したら困るわ。仲介料頂こうかしら”
フォローはしておこう。
”スミレさんはそんな事しない”
”あら。ふふ”
”ふん。わたしも下の名前で呼んでもらおうかな”
ふざけている場合か?
”貝塚。時間が無いんじゃないのか?”
おっと、失礼だったな。背中に少し冷や汗が出る。
貝塚が顎一つ動かすだけで俺が殺される立場なのを忘れてはいけない。
この世の女王二人がお茶らけてるのを見て黒革も黒ずくめたちも居心地が悪そうだ。可美村だけは、目を輝かせている。
こいつはほんと何なんだろう?思考回路が不明だ。
”・・・。りょうま君、宜しく頼むよ”
おっし。
”先日青森で保護された三名の内一人が危篤状態で、ウルフェン・ストロングホールドの持つ技術が効果的だと判断された。協力を依頼する”
”具体的には?”
大宮に戻ってから、検査も含め舞原の今後に関して進めていた筈だ。
そんな中でこの状況って事は、舞原たちは今の所、貝塚の庇護下にあるって事だな。
都市圏議会や他の企業は舞原たちを欲しがらなかったのか?
話を聞いていないから良く分からない。
舞原たちの現状がスミレさんに伝わって無さそうだし、ややこしい事になってそうだな。
スミレさんの問いには貝塚が応えた。
”元スリーパーで舞原の伴侶が重度の遺伝子崩壊を起こしている。彼が亡くなれば、舞原も後追いする可能性が非常に高く、このままだと圏議会は脳缶法を議決するだろう”
何だよ、脳缶法って。
蔑称か?
俺の変化に気付いたのか、通話口の向こうでスミレさんがかなり気にしているのを感じる。
なんか、貝塚もあえてこの場で言ったっぽいな。
圏議会ってそういうのの決定権まであるのか。
なんかもう、クソの集まりみたいなイメージしかないな。
関連法は一通り目を通した筈だが、スリーパーって人権無いのかな。
ああ、そうか。
スリーパーは保護されるけど、元ナチュラリストのエルフにはかなり厳しいのか。
あんだけ虐待されてたのに、経歴は加味されないのかよ。
いや、貴重な頭脳だから、死なせるのは何としても避けたいってとこか?
”リョウ君が言うなら請けましょう”
つつみちゃん同席せずに決めたけど、スミレさんは、俺の依頼なら仕事として動いてくれるようだ。この回線、つつみちゃん聞いてるのかな?
”なら、二ノ宮の費用は俺が負担しよう”
目の前のメタル貝塚が静かに柏手を打つ。
胸が少し揺れた。
今、確信した。あの銀の胸はノーブラだ。
あの素体は神経通ってるのだろうか。
別に、気になるだけで、エロい事したい訳ではない。
素朴な疑問として。
”決まったな。話は大宮で。人を向かわせる。我々は探索に戻るとしよう。熊谷が暴走気味であまりゆっくりもしていられないのでね”
嬉しそうに。あっちでウィンクでもしてそうだ。
スミレさんはめっちゃ面白く無さげだ。
後で沢山フォローしておこう。
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