第106話 罠の張り方

”何やってんだあいつら?”


 スフィアでこっそり見ていると。

 霧の中懸垂降下してきたのは総勢二十人。全員見たことある黒ずくめ。貝塚の工作部隊だ。

 隣のビルの屋上にぬるりと展開して陣地を作った後、その中の五人くらいが寄り集まって片手を振っている。既にあの辺りに傭兵たちは居ないが、少し調べれば痕跡がバレる。こちらの人数は出来るだけ把握されたくないな。


 あれは・・・。

 どう見てもジャンケンしているように見える。

 その中の一人が頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 負けたのか?

 ジャンケンに?


 そいつは、水際に控えていたガタイの良い奴二人と一緒に水に飛び込んだ。

 俺らが侵入したのとほぼ同じルートだ。隣の建物の下から三人で真っ直ぐに金庫に向かって泳いでくる。


”金庫の真ん前に陣取る。包囲される前提でカバーリングよろしく”


”ふん”


”無茶言うな~。ボーナス弾んでもらうぜ”


 こいつらは殺しても死にそうにないからな。

 俺が攫われたらとっとと逃げる手筈になっている。

 関東で貝塚グループと殴り合えるのは俺の知る限りスミレさんくらいだ。

 ただ単に殺すだけならこんなにまどろっこしい事はしないだろう。

 確保したいのなら、大人しく捕まっておくしかない。

 脳缶にするか殺しに来たのなら・・・、せいぜい抵抗させてもらう。




 蔦で覆われた穴あき屋根の隙間からファージを呼び込み、大気中の混合比を適正にしておく。

 奴らが殺す気で来るなら、打てる手は少ないが、バレバレの状況で堂々と乗り込んでくるなら、話し合いの余地はある。

 通信設備の付いた奴らのカメラは屋内には発見できなかった。

 それでも三人だけでのこのこ入ってくるんだ。

 しっかり歓迎しよう。

 奴ら三人が水面から顔を出すまでの間に、出来る限りのトラップを仕込んでおく。

 黒革と殺し屋に裏切られてもいいように、マーカーを付けずに更に仕掛けを増やしていく。

 目の前でやっているのでバレてるかもだが、それはそれで良い。

 言い訳はいくつか考えてある。


 黒革の方でもゴソゴソ色々やっていたが、気配が消えた。

 殺し屋は俺へのマーカー表示すら消している。


 水面から、初めにスフィアが出てきた。

 警告灯を淡く点滅させ、ゆっくり浮かび上がる。

 ファージ操作か。俺が中の空気を弄ったの知っていますよって事だな。


 スフィアから音声が流れる。

 最近良く聞いていた声だった。


”今から出ますので、攻撃は控えていただけますか?”


 貝塚グループの可美村係長。

 青森旅行で俺の担当だった社員だ。


 組んでいた腕を解き、指で招く。

 意思表示の為、また腕は組んでおく。


 可美村係長は、両手を上げてゆっくり出てくる。

 黒ずくめの残り二人はまだ水の中だ。走査機器全開で出てこない。

 そりゃ、出たくないだろう。

 ファージ濃度適正環境では俺の独断場だからな。

 ダイバースーツはかなりゴテゴテしていたが、見たことないタイプだった。

 推進装置がウォータージェットだな。貝塚の新兵器か?

 でも電動だな。場所が場所だし、電動でもやり様は有る。

 今の所やるつもりは無いけど。


”お元気でしたか?”


”まぁ、ボチボチ”


”ぼち?”


”可もなく不可もなくって処だ”


”ああ。はい”


 美人で有能なのに所々抜けてるのって、実は狙ってやってるのか?


”災難だったな。俺の担当から抜けられないのか?”


”志願ですので”


 スモークなのでヘッドギア向こう、表情は分からない。

 仕草がそっくりだし、背丈も同じなので、多分本人だろう。

 場所が場所だし、偽物なのかもしれないが、それは今重要ではない。


”じゃんけんで負けてただろ?”


 可美村係長はくすりと笑った。


”勝ったんですよ”


そういう事にしておこう。




 結局、付き添いの黒ずくめは出てこなかった。

 なのでこっちの二人も潜んだままにさせておく。

 階段に付いた足跡で何人いたかはバレてるだろうが、何処にいるかまではまだ把握できていないだろう、外の奴らも妙な動きはしていない。

 他のカメラにも不審な動きは検知されていない。

 水の中の二人がガチガチの重装なのが嫌だな。

 俺ら以外にも脅威が多いし、仕方ないか。

 霧の上が見通せないので、上を抑えられてる俺らは立場的にはかなり弱い。


”説明させて頂いて宜しいでしょうか?”


”どうぞ”


 言い訳なのか、意図があったのか、どうするつもりなのだろう。

 ヘッドギアのスモークを切った可美村は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


”まず、この場所ですが、センサーを無視して入ろうとすると警報が鳴ります”


 可視光では見えていないが、可美村が手で遮るとアラームが鳴り始めた。

 公共回線で、内部のファージ濃度が表示され、危険だから直ちに離れるようにとメッセージが表示される。

 可美村が手を戻すとアラームは鳴り止んだ。


”ファージもそうなのですが、金庫内の一部がケイ素化してしまって、空気中に亜硫酸が混ざっています。床も一見水浸しに見えますが、全部毒性の高い流動パラフィンでそのまま入ると非常に危険です”


”・・・”


 二階からノリで飛び込まなくて良かった。どうせスフィア入れれば気付いたし、ファージが弄れればなんとかなるが、気付いてから対処では事故る事もある。ファージで防げばいいやと気軽に考えていたが、事前調査には今度から水質調査と気体測定も心がけよう。


”何でそんな事になってるんだ?そもそも。ファージ濃度高いけど、硫酸の中で何で存在できるんだ?”


”調べれば分かりますが、この辺りのファージは独自の進化により細菌でコートされています。硫酸内の生命活動が可能な種ですね”


 あー。映像で見たことあるが、深海とかで無酸素状態で活動している生態系の最底辺の生き物か。

 こんな地表に傍迷惑だな。


”ヨコヤマ様でしたら探索可能でしょうが、不自由はするでしょう。私たちは現環境下での活動実績があります。お役に立てるかと思います”


 押し売りか。


”見返りは?”


 金じゃないんだろ?


”それも含めて、代表との交渉の場を設けさせて頂ければと思います”


 それって今?


”ここで?忙しいんだが”


”後払いで結構です。ご満足頂けなければ無かった事にして下さっても構いません”


 随分下手に、というか大きく出たなぁ。

 俺程度の奴にここまで遜るのは貝塚としても面白く無さげだし、相当元が取れる話なんだろうな。

 あるいは、早急に俺の手伝いが欲しい案件を抱えているのか。


”分かった。只、外に色々待たせている。話は通さないと面倒になる”


”そこはお任せします。宜しければ中継器をお貸し致します”


”いや、いらない。信号弾撃つから過剰反応しないでくれ”


”畏まりました”


 慇懃に頭を下げて俺の反応を待っている。

 とりあえず、スフィアを半数だけ復帰させる。回線再接続。


”貝塚と協力する事になった。とりあえず待機。キャンプチームに信号弾宜しく。位置バレはしなくて良い”


 返事は来ないが、二十秒後に黒ずくめたちのいる建物から信号弾が上がって奴らビビッている。

 悪戯大好きだな。

 とりあえずこれで、傭兵たちの暴走は無い。


”終わったぞ”


”では、代表をお呼びしますので、柱の陰に退避していて下さい”


 ?貝塚来るの?


 落下音が聞こえてきた。

 隠れてる二人は大丈夫か?


”投下するのか?落下地点表示させろ”


”あ。はい!”


 どうせ表示させておけば隠れてる二人は見て避けるだろ。


 蔦の天井をぶち破って四トン程の大きさの巨大な水槽が降ってきた。

 骨に響く衝撃音と共に着水し、泥水に少し沈む。

 振動で身体が浮いた。付近の泥水が全部撥ね飛び、衝撃で壁面にヒビが走り、一部崩れた。一瞬だけ腐った床が見えた後、またひざ丈までの泥水に満たされる。

 建物全体が爆音でまだ振動している。

 ワイルド過ぎだろ。

 続いて、水槽の上に和太鼓の音を轟かせて落ちてきたのは、真っ黒な棺桶だった。アレだ。青森で使った盾になる担架だ。

 立ったまま落ちてきた棺桶は、水槽に沈まずその水面で一瞬止まり、衝撃を吸収した水槽は自壊して水になる。

 そのまま棺桶は泥水の中に立った。

 表面はガラスでもアクリルでもなく、この塊は全部水で出来ていたらしい。

 何だ?水の塊?最近の衝撃吸収はこういうの使うのか?

 組成を調べたら、普通に水だ。ざっくりとしか調べられなかったが、でんぷん質を少し含んでいた。

 泥水に少し沈んだ棺桶は観音開きに開くと、中から蒸気と共に首なしのメタリックなマネキンがゆらりと出てきた。


”ごきげんよう”


 多重音声だ。仕事中か。


”忙しそうだな”


”別件で今アルプスにいてね。この素体で失礼させてもらうよ”


 カミオカンデか?貝塚の仕事先だっけ?


”熊谷がここで暴れ始めたら面倒だ、手早く済まそう。ご要望なら霧の外にも救援を回すが?”


 移動してるキャンプ組の位置もバレてるのか?


”いらぬ世話だ”


 貝塚まで出張ると、スミレさんの敵対勢力炙り出しが上手くいかないだろう。俺の日雇い連中には精々金額分頑張ってもらう。


”くっくっく。なら、こちらに注力しよう。中の構造は可美村から聞いたか?”


”硫酸とケイ素だって”


”そうだ。内部でケイ素生命体が繁殖している可能性が高い。データを蓄積していると非常に厄介だ”


 ケイ素生物!

 SF好きの俺には大好物だが、この地球上で現実にお目にかかれるのか?!


”おやおや。まぁ、ここに関しては、我々もまだ外から見ただけだし。刺激すると手間だし。アレには生体反応が無いので確実にいるとも言えないがね”


 くそ。表情丸見えだ。

 スモークかけときゃ良かった。今更かけるのも悔しいのでこのままいこう。


”対処方法は?”


”マニュアルを送ろう。回線は?手渡しが良いかね?”


 貝塚相手に殺し屋の作ってくれた通信回線開くのは流石にリスキーだ。


”接触通信で頼む”


 もし悪戯されても、一発くらいカウンターは打てる。


”ふふ”


 差し出された右手と握手すると、見た目に反して軟らかくほんのり温かかった。表層がアルミシートなのだろうか、パリパリと小さく音を立てている。

 送られてきた内容は、専用アプリに調査マニュアルとアシストスーツ制御も含んでいる。流石に丸っと導入は出来ないな。一応隔離してから展開する。

 てかこれ、俺が貰って良いのか?悪用したらどーすんだよ。

 こっそり魚拓付いてるのかな?


”制御系はこの際無視していい。第三項に目を通してくれ”


 いつの間にか水の中の黒ずくめ二人が貝塚の後ろに控えていた。

 可美村は棺桶の再設定をやっている。

 階段の陰から黒革がゆっくり歩いてきた。

 黒ずくめ二人が少し身構える。対処されたら困るので、一応振り返っておく。

 殺し屋は潜んだままだ。気付かれているかは分からないが、言う必要も無い。下手は打たないだろう。


”酸化物は即対処してくるのか”


”そうだ。毒性があると見なされると破壊対象になる。基本的に燃焼や分解より密閉して排出が多いな”


 ファージによるハッキングだけでなく、肢節による物理運動もするのか、ショゴスみたいだな。

 神経構造とかどうなってるんだろ。


”構造解析されてるのか?”


”概ね。酸化の代わりに硫化してる。進化のステップは無視なので構造は無茶苦茶だな。意思疎通できる個体も何度か遭遇したことがある”


 なんとまぁ。


”思考判別を何度か試したが、アカシック・レコードに干渉した人工知能だと思うがね”


 それはそれで、夢の無い話だが、凄く興味深い。


”行ってみれば分かる。俺の要件が満たされれば、他は捨て置く”


”協力しよう”


 ケイ素生物は興味津々だが、余計な事はしない。データか遺産が回収出来れば十分なんだ。

 無ければ無いで、無いという結果が残ればそれで良い。


”それで、条件は?”


”仲介を頼みたい”


 俺の伝手なんてたかが知れてるんだが、その程度の事で良いのか?

 提案するぐらいだから、無理難題って訳でもないのだろうが・・・。


”この間のエルフ、舞原の連れを復元する為に、ウルフェン・ストロングホールドの手を借りたい”


 なんだろう、自ら罠にはまりにいったウサギの気分だ。

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