第101話 2on1
ポンポン山の集団失踪の件は、思いの外大事になった。
周辺のコミュニティでも人が消えた街が結構見つかったからだ。
しかも、野盗やナチュラリストでは無い可能性大だという。
物流と交流には必ず足が付く。
その痕跡が不明で、ある日いきなり情報遮断され、人だけが消えてしまう。
神隠しにでも遭ったかのように。
「よこやまクンの時みたいに、地下に落ちたのかなぁ?」
あの地下の人たちが脈絡もなく人を攫うとは思えないんだよなぁ。
地下に自らの意思で行くのも技術的に無理だろうし。
南極の基地建設の人工確保か?ありえないよな。
そもそも、地上の人へは不干渉が鉄則だろう。
「監視網にかからないって事はやっぱ人為的なんだろうけど」
人が消えた瞬間とか撮影されてれば話が早いんだけどな。
「都市圏議会が被害地域でおとり捜査に着手したって話だよ」
その情報が出てしまった時点でおとりでも何でもない気がするのだが。
「明日、伊勢崎市街に行くんでしょ?気を付けてね?」
今日の仕事はもう終わり、片付けも終わった。
今はつつみちゃんと来週からの仕事のすり合わせをしている。
「うん」
旧伊勢崎市にある母馴染みの銀行があった場所は、今は濃密なファージに沈んでいる無人地域だ。上空は常にファージの厚い雲に覆われ、衛星からの監視は乱反射で完全には行き届かない。治安が非常に悪く、戦闘が発生する可能性大なので、つつみちゃんが一緒に行きたいと言ってるが絶対連れていけない。
この間はツーリングが気持ち良すぎて以前通った十七号線なら大丈夫だと軽視してしっかりやらかしてしまったが、可愛い女の子を無法者との戦闘が発生する地域に連れていくとか狂気だ。ソフィアとライヴに行ったあの頃とは違い、今の俺は有名人だから有名税の価が命に直結する。
つつみちゃんは心配だから一緒に行こうかとか言ってくれたが、心配事が増えるだけなので何度も丁重にお断りした。
結局、二ノ宮の傭兵であるおっさんたちで俺の護衛についているメンバーから、声掛け自由、参加自由で募集する形になった。
金は俺が出すと言ったら、祭りが好きな奴が多くて、伝手が伝手を呼び絞りに絞って二十人の大所帯になった。
今日この後顔合わせして、明日の午前中ブリーフィング、昼過ぎからSUV五台に分乗して現地に向かう。探索のスペシャリストも雇った。
あの辺りには大きな盗賊団は居ないし、ナチュラリストの巣も無いので、比較的スマートにこなせる筈だ。
大々的に喧伝するとまた十七号線大名行列ん時みたいに大事件になるので公式には何も提出していない。
一応、スミレさんから大宮に連絡してある。
貸金庫が荒らされているのは想定済みだが、取引記録は残っているのではないかと踏んでいる。
データ管理の厳重さは銀行が最高峰だからな。
俺が眠るちょい前くらいに、量子コンピューターの普及に伴い銀行法が変わり、大規模資産の運用について銀行の責任が大幅に増した。
銀行が儲かる様にはなったが、無責任をごめんなさいで済ませなくなったので、それまで中国製のアプリとか使ってザルだったセキュリティが一気に強固になっていった。
犯罪集団と技術革新のイタチごっこではあったが、資金と法が味方についている日本の銀行は名実ともに強くなっていった。
今の俺のセキュリティクリアランスレベルで情報が取り出せるか不明だが、その辺はファージ接続にどの程度対応していたかにもよる。
年代的に、微妙なラインだが、系列銀行はまだ現存しているのでワンチャン期待している。
完全隔離された物理サーバーだと思うので、もし駄目なら諦めてそれごと持ってきて専門家に解析を任せるしかない。
「あれ?多くね?」
集合場所はテルミットスパーカーズの二階席にした。ライブの無い日なので、いる奴は全員俺の客だと思うのだが、明らかに三十人はいる。
「お。来た来た。お大尽様の登場だ」
「今日の飲み代も奢りって本当か?」
既に酒飲んでてガヤガヤうるせー。
「TPOに配慮しろ!準備集合罪で通報すんぞ!」
「捕まるのは先生ですぅ!」
「「「ギャハハハハ」」」
うざっ!
「おい。少年」
ワイワイガヤガヤ酒盛りとか苦手なんだ。
飲んでも酔わない俺みたいなコミュ障には苦痛でしかない。
見回したら寡黙に飲んでいる席もいくつかあった。
手前のしんみりビターテイストなテーブルには、どこかで見たことがある黒革コートにスモークサングラスの浅黒い女性がいた。だれだっけか。
この美人さんも参加すんの?大丈夫かよ。襲撃者たちがいきり立って脅威度増しそうなんだが。
「ん?」
「今回行くのは傭兵だけじゃないのか?」
その美人さんが顎で一番奥を指す。
デカいテーブルに一人。ビジネススーツでドーナツを齧りながら電子式知恵の輪を高速でガチャガチャ弄っている殺し屋がいた。丸いグラサンが致命的にスーツに似合っていない。
「探索のスペシャリストだ。今回、モノがモノだからな」
「あいつが何だか知ってるのか?」
「探し物なら大体見付けてくれる奴だろ?」
黒革コートは一瞬固まった後、空のショットグラスに口を付け、気付いてお代わりを頼む。
「まぁ。確かに。そうだろうよ」
有名人だったのか。
変装してもらえば良かったな。
一緒にいくなら殺し屋一人で十分だったので、雇った大軍団は大宮と二ノ宮への建前ってのが大きい。
前回のツーリングで襲われた時みたいに物量で来られても、旧伊勢崎市内の立地なら二十人いればだいたい何とかなる。
殺し屋と二人きりで殺し合いデートなんてしたら、また皆色々騒ぎそうだからな。
結局、集りに来たクソが十人いただけで、行くのは二十人で変わらなかった。
騒ぎに来た中の一人で俺が熊谷市役所で監禁生活していた時の傭兵が、”熊谷の商工会議所が狙ってるから注意しろ”とこっそり耳打ちしてきた。
懲りない奴らだな。もし仕掛けてきたら、この際徹底的に被害を出してもらおうか。
ドーナツを喰い終えた殺し屋は、知恵の輪に飽きたのか、本を読んでいる。
あのドーナツ自作だよな?持ち込みか?俺も喰いたかった。
「別に今日は来なくても良かったのに」
完全に村八分で若干申し訳無さも感じた。俺から誘ったので余計にな・・・。
誰も近づかなかったので相当有名人だったんだな。
「明日いきなりブリーフィングに顔出したら、皆殺しになる。それは面倒」
まぁ、そうだろうけどさ。皆に聞こえてるぞ?言葉は選ぼうよ。
こいつらがお米の国の映画のファンキーピーポーじゃ無くて良かった。
もしそうだったらケンカになって店壊しまくってスミレさんから出禁にされるまでセットだ。
「言ってくれるな。俺はその辺のフェミ肉ダルマたちとは違うぞ?」
バンッと殺し屋のテーブルに手を叩きつけ、ガン付けてきたのはさっきの黒革さんだ。
あんたそういう性格なのか。コートの上からでもケツの形が良いのが分かる。惜しいな。そうケンカっ早いと、美人なのに早死にするぞ。
「オイオイ。その目は節穴かぁ?この身に纏うのが何に見えるって?」
おっさんたちもドヤドヤ絡んできた。
なんだよ、皆して恥ずかしがり屋さんか?
それともホストが声をかけるまでお行儀良く待ってたのか?
「違うのか?」
熊谷傭兵にも反応する黒革さん。この女、全方位に喧嘩を売っていくスタイルか。
「これはな。・・・信用よ」
自分の胸筋を親指で差し、ジョッキ片手にドヤっているおっさんは、明日来るメンバーでは無く、タダ飲みにあやかってるだけの熊谷の傭兵だ。しかもこいつは以前サシで結構組み合ったが、俺に八割方負けてる。
「血の気が余ってるなら、二人まとめて相手するぞ?」
因みに俺は、こういうのを焚きつけるのが大好きだ。
「オッオッオッ?」
「少年。言うようになったねぇ」
二人の眼がギラリと光る。
殺し屋だと、手加減出来なくてこの二人殺しちゃいそうだしな。
「ファージが無きゃ蚊トンボな癖に」
勝負はもう始まってる様だ。
流石に、ファージ未使用だと俺もこいつらには歯が立たない。
「大負けで干渉は無しにしてやるよ。でないと勝負にならないからな」
どうせノーガードファージ合戦なら、血流止めるか息を止めるかで即片が付く。
「蚊トンボ少年相手に正々堂々とかヘボい事言わないよな?」
「おいおい?ここでやるなよ?」
スミレさん直属のヒゲのおっさんがやんわりと止めるが、既に賭け始めているのが周囲を流れるデータで丸わかりだ。
熊谷のおっさんも、やりたいけど二人がかりはチョット・・・みたいな善人ムーブで気持ち悪い。
「屋上に来い」
先に立って歩き出す黒革。
中学生かよ。とか悪態付きたいが、ここにサワグチは居ないし、言っても誰も理解してくれないだろう。
屋上へのエレベーターは無いので、最上階から階段で上がっていく。
階段を先に行く黒革コートは、コートの背中が腰から割れていて良い形のケツと内腿がチラチラ見えるのでグッとキてしまう。モデルウォークは仕様なのか?
俺の隣を歩く熊谷のおっさんも後ろから来るムサい連中も、ガン見しているのがもろバレだ。
見せケツなのか?そうなんだよな?
この黒革女は、上下関係をはっきりさせて俺を金づるとして末永く有効活用したいのだと確信した。
だって、脱いだコートの下はマット加工の黒いキャットスーツで挑発してるんだもん。これ。内心、計画通りとか思ってんじゃないだろうか?
見栄えが必要な映画と違い、ロングコートのまま肉弾戦はアホだが、だからって脱いだらキャットスーツなのは目のやり場に困る。
一応隣で腕組んでる熊谷のおっさんも俺を見ていないで顎髭を擦りながらニヤニヤとエロボディに興味津々だ。
周りを囲むおっさん共は口笛を吹きまくっている。
勃起してるのを見せつけながら腰振りダンスしてるバカもいる。
「お前ら何でボウズにそんな賭けるんだよ!?プロ二人相手だぞ?!倍率一割しか変わらねえじゃんかよ!」
最早賭けを隠す気が無いな。
「俺、今夜チーナがごめんなさいしながらしゃぶるのにもう五万賭けるわ」
「ダッテなー、ボウズ強いし」
「なー」
「「なーっ」」
「貴様ら。後で覚悟しとけよ」
明らかに黒革への挑発なのだが、黒革女はしっかりノせられて怒りでプルプル震えている。
とりあえずファージ起動。相手二人の筋電位を可視化させ俺の脊髄と連動させる。
ネタバレしてると危険だが、これでかなり騙されにくくなる。
視力バフは使わない。そもそも。
「何だそれは?やる気あるのか?」
イライラしている黒革女もファージで何か起動させたが・・・、ファージの集積部位と使用量的に反射速度増加とかだろう、ルール的に干渉は無しなのでジャミングとかはノータッチでいく。
「いいぞ?いつでも来いよ」
俺が目を瞑っているのを見て、熊谷傭兵は溜息を吐く。
黒革は初見だから意味が分からないだろう。
肩を震わせながらノッシノッシ近づいてくる黒革を見て、ふと思い出した。
「っ!?コボルドに捕まってた時レスキューに来た奴か」
「今更かよ!」
完全にブチキレたらしく、五メートルを一っ跳びで前蹴りがきた。
ワイヤーフレーム表示だけでも分かるスーツの下で”ブルンッ”と凶暴に揺れる乳に、眼を開いておけば良かったと後悔する。
当然、そんなバカ正直な蹴りは蹴り脚側に避けつつ膝を持ち上げて転ばそうとしたが、軸足で着地からスイッチして回し蹴りで側頭を狙ってきた。腰が載った良い蹴りだ。股関節が異様に柔らかい。むっちりした尻から腹にかけての曲線が綺麗だ。腰使いが巧そうだなとか冷静に下らない事を思う。
脊髄反射強化してなければ間に合わない速度だ。
しゃがみながら横に回った俺は、さり気なく動き出した熊谷傭兵に気付かないフリをしつつ、反撃する。
足は二本しかない。三発目にこの距離で片足から俺に出せる有効打は来ないだろうと踏んだ。
こいつは俺を這いつくばらせたい訳だから、地味な事はやってこない筈だ。
意識を刈り取りに来るか、鼻血を出して泣かせるか、内臓強打でのたうち回らせるとかだろう。
手の内が概ねバレてる熊谷傭兵が参戦してくる前にこいつをなんとかしないと普通に負ける。
タイマンなら誰とやってもソコソコいけるだろうが、この体格差でプロと二対一でやってステゴロで勝てたらファンタジー取り締まり委員会に八百長を指摘される。
体重が載った軸足を崩してからの脇に掌底を入れようとして、顔をカットしに来た肘をギリ避けた。あっぶな!意識の外から来た。
目を開けてたら喰らってたわ。
肘は見た目以上に硬い。
多分、体重ものせているだろう。掠っただけでもぱっくり逝く。
嫌がらせみたいに低くタックルしてきた熊谷傭兵の背中を跳び箱替わりにロンダードで跳んで距離を取る。
着地狩りするかなと思ったが、二人とも何もしてこなかった。
「クソ肉ダルマが!邪魔だ!」
「いい加減泣かすぞ!こっちゃヤニ代賭けてんだ!」
互いに関節をキめようと傭兵同士で組み手アソビをやっている。
「チーナちゃん。そんなに俺のをしゃぶりたいのか?」
指で輪っかを作ってベロ出して挑発したら、仲良く二人で蹴ってきた。
あまりに綺麗な前蹴りだったので、隙間を抜けつつ二人の足を両手で刈った。
熊谷傭兵はインパクトの瞬間、当てた腕にしっかり衝撃で反撃してきた。クソ痛い。
二人ともぬるりと受け身を取ったのでとりあえず離れておく。
下がコンクリなのに、受け身取って音がしないのは流石だ。
遊んでるのか遊ばれてるのかよく分からなくなってきた。
実は茶番なのか?
無挙動で伸ばしてくる黒革の手を逆に掴もうと俺も手を出したら、指を折ろうとしてきたので、少し後ろに下がりながら手の取り合いを何度かする。
間合いを掴まれたので、仕切り直しの為、背を向けて熊谷傭兵を遮蔽にすべく四つ足で転がっていくフリをする。
格闘が強い奴と向かい合うと、何を仕掛けたら良いか迷ってしまう事がある。
試合なら迷ったらそこで負けるだけだが、実戦では即死だ。
迷う暇があったら崩して崩して兎に角崩して時には誘って無理矢理隙を作る。
初めから隙があるのはド素人だけだ。
背を向けた黒革が蹴ってくる。これは見越している。
腰を狙って押し飛ばすだけの少し雑な蹴りだ。俺が喰らうとでも思ってるのか躊躇が見える。なんだよこいつ。意外に優しいのか?
蹴りを避けて地面に這いつくばり、寝転がって脚絡みにいった。
「ひゃっ!?」
危険を感じたのか黒革が悲鳴を上げて跳び退ると、周囲から歓声が上がった。
お前らホント馬鹿だなぁ。
ホストとして場を盛り上げるためには、熊谷傭兵の無力化を先にするのがベストだ。
紅一点を先に片付けておっさんと泥仕合なんかしたら、袋叩きに遭う。
別に八百長する訳ではない、瞑っていた眼を開き熊谷傭兵の目を見る。無表情でノーサインだ。もし、俺と同じこと考えていたとしても、バレたらリンチだから当然だよな。
よそ見したと思って後頭部を狙う黒革の踵を半歩跳んで避ける。
そのまま熊谷傭兵に突進。
構える筋肉ダルマの重圧に臆する事無く小刻みに重心移動で潜り込んでいく。
後ろから黒革の追撃で蹴りが来るが気にしない。
どうせモーションだけで当たらないだろ。
熊谷傭兵はどっしり構えて俺を潰す気だ。だが、物理現象には逆らえない。
奇しくも、以前一番初めにやり合った時と同じ構えからベアハッグが来た。
互いに少し笑った気もする。
俺は羽交い絞めで潰される直前に顎に掌底。
と見せかけて。
「ぐっ!?」
熊谷傭兵は低く呻き、気を失ってそのまま前のめりに崩れる。
黒革にガンとばしたいので、するりと抜け出して仁王立ちで向き直る。
べしゃりと痛そうな音で倒れた。
閉じていた目はもうしっかり開き。ちょっと首でも鳴らそうか。
じっ。
と、黒革の瞳を覗き込む。
一秒弱見つめ合い、黒革は両手を上げた。
「参った」
結果に納得いかないおっさん共が騒がしくなりそうなので、ブーイングには全力の暴力で丁重に応えると言ったら、皆仲良く黙った。
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