第100話 リスクマネージメント

 ポンポン山南に有ったであろうコミュニティには生存者が三人しかいなかった。

 あの、途中で見たしょっぱいトラップ群の先にひっそり生きていて、大宮が保護した。

 外部と連絡も取れず、三か月以上陸の孤島で隠れていたそうだ。

 食糧が尽きていて、三人とも栄養失調だった。

 何度か助けを求めて北上した人たちもいたそうだが、誰も通報できていない。全員が原因不明の失踪だ。あの程度の距離で?情報すら漏れずに?

 あのコミュニティ自体、原因を掴む暇もなく五百人近い住民のほとんどが消えてしまった。


 雨が降り始めた後、ナチュラリストや盗賊の追跡が消極的に感じたのは、集団消失の原因を恐れてだったのだろうか?

 地元のクソ共は原因を知っていたのか?

 死体も争った跡もほとんど無かったから、意味不明だ。

 寝静まっている間に消えたり、昼間でも、気が付いたらその区画の人が丸ごと消えていたとかあったらしい。

 外部への通信手段がほぼ断たれていた事を考えると。

 自然現象とか疫病ではなく、明らかに人為的だ。

 ナチュラリストの餌確保だったのだろうか?

 やり口がスマート過ぎて不気味だ。

 悪事を全部奴らの所為にする訳ではないが、とりあえず生存者の聴取結果待ちだな。


 それより、目下の問題はソフィアが俺と会わなくなってしまった事だ。

 これは、サワグチのリハビリにも直結するので困っている。


 暴行されたのが原因なのだが、理由がややこしく。

 ”ブッカケされたのを俺に見られたのが悔しすぎてムカついてる”

 という理不尽オブ理不尽だ。

 一晩経ったら、どんな顔をして俺に会ったらいいか分からなくなったらしい。

 俺としても、今会ってもどう声かけたら良いのか分からないので、困っている。


「エロかったぞ」


「死ね」


「気にするな。入ってなければノーカンだ」


「クズね」


「大丈夫。大丈夫大丈夫」


「どこが。いつも厭らしい目で見てた癖に」


「ソフィアがいつもやらしい格好してるんだろ!?俺は悪くない!」


「ふーん」


 くそっ!くそっ!

 ついカッとなってしまった。

 今、サワグチに相談に乗ってもらってるのだが、リハビリ相手に本末転倒だよな。


「なら俺は、どう声をかけるのが正解なんだ?」


「会わなきゃ良いんじゃないかな?」


 正直、逢えなくなるの寂しいが、時間でしか解決できないのなら仕方ない。

 でも、それってさっき担当医が言ってた事と同じだぞ。


「確かに。別に、サワグチとソフィアが会わなくなる訳じゃないしな」


「そうそう」


 清々しい笑顔だな。

 俺の不幸が嬉しいのか?そうだよな。

 お前はそういう奴だ。


 第一、あいつは口は悪いが良いやつだ。

 友達想いで優しくて、すぐ騙される。

 あのエロい身体が見れなくなるのは寂しいが、俺といるとトラブルにしかならないからぶっちゃけ近づかない方がアイツの為だろう。

 冷めてしまったカプチーノを一気に飲み干す。

 底に溜まった苦みが少しザラついている。

 妙にスッキリしてるなと思ったが、今日はフレンチプレスか。


「ソフィアへの土下座は一先ず置いといて、この後二十時からスミレさんに会いに行ってくる」


「あと五分だね。デートのハシゴとは、良い御身分じゃない」


「分かってて言ってるよな?俺怒って良い所だよな?」


 昨日帰ってきてからドタバタしていてアポもなんとか捻じ込んだ感じだ。スミレさんも俺の顔を見るのも嫌だろうが、筋は通さないと。二ノ宮から放り出されたら、明日から指名手配のホームレス生活しなきゃならない。


「骨は拾ってあげるよ。肩に切り火でもしようか?」


「時代劇かよ」


「くっくっくっ」


 二人して首を竦めている。

 サワグチとしては、俺がポカやって消えてくれた方が有難いんだろうな。


「下らない事考えるんじゃないよ」


 エレベータ前で見上げた二人の顔は、口は笑っているが、目が笑っていなかった。




 スミレさんとは、二ノ宮本社社長室で会う事になった。

 場所が、心情を表している。

 ”ビジネス的に対処しますよ”と暗に示しているんだ。気が重い。


 普段はスキップされているエレベーター最上階で許可を取って降りると、秘書室の受付から無言で促され、仕切りの奥へ向かう。

 何気に来るのは初めてだ。

 青い間接照明にフカフカのペルシャ絨毯が敷き詰めてあり、正面にあるマホガニーの馬鹿デカい執務机にだけ薄く電球色のライトが灯っている。

 スミレさんは、最近いつもライブハウスで着るハイネックドレスのまま、正面に見える大宮駅の夜景を見ていた。

 俺が来たのに気付いているだろうが、振り向かなかった。

 口を開けば罵詈雑言が飛んできそうなので、机の前まで行って突っ立っている事にした。

 絨毯が軟らかすぎて、このままここに立っていたら跡が付くかなとか、俺の足跡分でいくらするんだろうとか考えていたら、スミレさんがクスリと笑った。

 居住まいを正す。


「どうしようか、迷っていたのよ」


「そうか」


「叱るべきか、褒めるべきか、労うべきか、責めるべきか」


 少し黙った。


「通牒を出すべきか」


 言われると、覚悟も決まる。

 追い出すと損失だし、都市圏的には、やはり不幸な事故で脳缶コースだろうか。二ノ宮も熊谷と同じ選択をするのだろうか。

 気が狂っても死ぬことさえ赦されないとか。

 それは。嫌だな。


「どうするんだ?」


 スミレさんは部屋に来てから初めて振り返り俺の顔を見た。


「好きにしなさい」


 凄く、凄く優しい顔で、だからこそ勘ぐってしまう。

 それは、どう取ったら良いんだ?

 俺は赦されたのか?

 それとも、やり過ぎたら直ぐ消すよって事か?

 昔、俺が好きだった映画を思い出した。カジノ経営で成功した男が、親友だと思っていたトラブルメーカーのクソ男に人生を台無しにされて、怒りでイロイロなってしまうという話が有った。

 今のスミレさんはそんな心境なのだろうか?

 俺が、リスクマネージメントしないで、このまま調子に乗ってトラブルを未然に防がないムーブをし続けると、いつの日か、朝起きたら脳缶でした・・・。って?


「スリーパーは一生、多かれ少なかれトラブルから逃れられないのよ。リョウ君なら上手く立ち回ってくれるでしょう」


 一安心と思って良いのか?


「分かった」


 謝るとか、弁済とか、今のスミレさんはそういう事は求めていないだろう。

 刺激するような言動は避けよう。


「良い机だな」


 スミレさんは付いていた手でデスクをなぞる。


「ドレスは褒めないの?」


「ヘアセットも神がかってる。スミレさんはいつも綺麗だ」


「あら、ありがとう」


 スミレさんのドレスはいつもエロい。

 言うまでもない。

 なんか、もっと褒めて欲しそうだったので、無理矢理言葉を並べた。

 後半は嘘くさくなったが、俺の語彙が尽きるまでニコニコと聞いていた。

 スミレさんが細身のシガーをゆっくりと巻き始め、俺の背中に冷や汗が流れ始めた頃、やっと満足したのか、違う話を振ってくる。

 吸い口を綺麗な爪で器用に千切りながら意外な事を聞いてきた。


「次の休み辺り、銀行行ってみるの?」


 銀行?って金庫の事か?


「良いのか?」


 さっきの今で、その話?気にしてないって態度で示したいのか?


「興信所に依頼した方が確実でしょうけど、かれらは営利目的で情報横流しするから、スリーパーの立場で利用するのはリスキーね」


 それは、探偵としてどうなんだ。


「うちの傭兵なら口は堅いけど、わたしから動くと公私混同って圏議会が五月蝿いだろうし、リョウ君が個人的に誰か雇うなり誘うなりして動く方が角が立たないわね」


「またお祭り騒ぎになるぞ」


「五月蝿い方々は顔を覚えさせてもらうわ」


 物騒だな。

 そういう理由で俺を使うなら気が楽だ。

 スミレさんは綺麗好きだが、綺麗事には拘らない。

 きっと、騒がしい連中はそうやって炙り出して葬ってきたのだろう。

 俺は聖人君子ではない。

 知り合いと友人だけで精一杯だ。

 そうだ、それで思い出した。


「亡命希望のエルフはどうなるんだ?」


「聴取と検査は今週いっぱいって言ってたから、籍の交渉はその後ね。他二人の事とかもあって込み入ってるから政府預かりになりそうだけど」


「他の二人って、俺は会わなかったがどうなったんだ?」


「一人は女性で、あの子と同じ目に遭ってた、脳も含め欠損が多い期間が長かったから日常生活への復帰は難しそうね。もう一人は男性で、スリーパーだったんだけど、遺伝子錠が壊れた後も何度も無理矢理遺伝子改変させられた影響でグチャグチャで意識も無いわ。あの子と仲が良かったみたいね」


 それは、非道い。

 やっぱナチュラリストってクソだわ。


「奴らは何でイニシエーションルームの解錠にスリーパーの遺伝子錠を使うんだ?」


「逆ね」


 逆?


 瞬時に部屋がオフライン化される。


「古来からの伝統技術で、イニシエーションルームも遺伝子錠も、ロストテクノロジーなのよ」


 ああ。


「使い方は分かるけど、作り方は分からない?」


「そう」


 現存するものを壊していけば、いつかはこの世からイニシエーションが無くなるのか。恒久的にエルフに狙われるってのは諦めるしかないな。

 地下世界にはこの技術は有ったのか?

 暮らしていた感じ、そんな技術は無かったが・・・。

 あそこは空気自体オフラインでファージ関連技術は厳しく管理され、銃弾一つですら持ち出しが禁止だったんだ。

 製造技術があったとしても、地上に持ち出しは不可能だろう。

 スミレさんが俺の顔をじっと見ているので、考えを読まれそうな気がして話題を変える。


「そだ。集団失踪の件は捜査進むのか?」


 俺から警察に聞いたら何も教えてくれなかった。

 状況説明だけさせられて”ご協力ありがとう”で放り出された。

 当然っちゃ当然だし、昨日検査はしてもらったが、オカルト過ぎて不気味だし、あの地域に踏み込んで変な病気にでもたかってたりしたら嫌なので、経過は知っておきたい。


「捜査資料は随時提出してもらう手筈になってるから、ある程度纏まったら教えるわ。今回、場所が近い上に人数も多かったから大宮の管轄内部に手引きした人物がいたかもって流れで、過敏になってるのよ」


 それで全然教えてくれなかったのか。

 熊谷ん時みたいにならないと良いな。


「そろそろ良い機会かしらね」


 うん?


「何がだ?」


「大宮は、熊谷とは違うわ。今度、地元の名士たちの二世三世が集まるサロンに顔を出してみる?ちょっと。そんな嫌な顔しないで」


 顔に出たか。スミレさんの前でする表情じゃなかったな。


「何だその、貴族のボンボンたちのお茶会みたいなのは。勘弁してくれ」


「助けてくれたお礼をいつか直接言いたいって。別に他意なんか無いわよ。そういう子たちじゃ無いわ。まぁ、気が向いたらセッティングするわ」


 無いわ。


「コネは多い方が良いわよ?」


 それは分かっちゃいるけど、俺社交性無いからなぁ。

 ”面倒くさい”が先に来る。


「ああ。そういえば、リョウ君は丁寧な対応も出来るのね」


 スミレさんはクスクスと思い出し笑いをしている。


「函館の満漢全席の動画、つつみに見せてもらったわ」


 ふぁっ!?

***

祝100話!

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