第96話 空母沈降

 頭の芯まで響く、巨大な金属の塊が軋む音。

 今までで聞いたことは有っても、ここまで酷いのは初めてだ。

 まんま、アポカリプティック・サウンドだ。


 ギシギシと止まない鋼鉄の歯ぎしり。

 サイレンだかエンジンだか分からないリズムの欠片も無い振動。

 雷鳴かと間違うほどに大きく轟く空からの呻き声。

 何故か、海中を伝わって、崩れた地盤の衝撃が座っている椅子の尻から感じられる。


 因みに、今このテーブルは船ごと後ろに十五度程傾いている。

 十五度というと、大した事無い感じだが、違和感が酷い。

 椅子が海軍仕様で床に引っ付いてなければ全員仲良く壁際でおしくらまんじゅうになっているところだ。

 つつみちゃんや貝塚とおしくらまんじゅうなら愉しそうだが、ムサいおっさんたちとギュウギュウになるのは罰ゲーム過ぎる。


「楽しそうだね」


 なんかごめん。

 にこやかに俺を見つめる貝塚の目が、非難されてるみたいで心苦しい。


「正確には取れていませんが、海底のデータ反映させます」


 可美村が更新していくワイヤーフレームの映像をみていると、陥没していく海底はかなりの広範囲だ。

 逃げるの間に合うのか?これ。


「代表。イニシエーションルーム破壊作業、準備できましたが、開始しますか?」


「離陸に問題なければ開始してくれ」


「了解。視界ゼロなので、映像はレンダリングした代替です」


 ショゴスの霧を跳ね除ける為にもうもうと阻害用スモークガスが焚かれた中、ファージ整頓用の無人機が渦を巻いて飛び立ち、開いた上部甲板から続々とヘリが離陸していく。

 立ち込める赤い霧と水煙の所為でもう視界は無い。

 そういえば。


「ここから穴開け狙うのか?」


「北条。作戦室内のエアー、オフライン化は?」


「済んでます」


「宜しい。今わたしたちは前進に精一杯だ。砲塔は展開しているがブラフだ。地下二階まで爆撃による穿孔作業を行う」


 なんか、既視感で微笑んでしまう。

 つつみちゃんと目を見合わせたが、癖っ毛のハーフエルフはすまし顔だった。


「コンクリート弾投下直後にヘリでHPM車両設置、退避後にクラスターで建物を破壊、石膏を投下する」


 素敵です。


「チューブの動き次第では、多少の火力支援が必要だろうが、あれの最高スピードは大した事ないのだろう?」


「そうだな、時速五キロが精々だ」


 エルフが頷く。


「タッチアンドゴーで十分間に合う。最悪、ヘリはくれてやるさ」


 豪勢だなあ。


「流石に、あそこまで弄ると使い物になりませんからね」


「北条君。君そういう事言うと、わたしが恰好つけた意味が無くなるだろう?」


「失礼しました」


 怖くないのか?艦隊が全滅するかもしれないのに。

 この艦を含め、ほとんどの船が傾いだ状態で、水面すれすれまで甲板が沈んでいる。そして、海底から湧き上がる膨大な気泡によって海水の密度はどんどん下がっていくだろう。

 どう見ても詰みなのだが、パニックに陥ってるスタッフも居ないし、諦めムードも皆無だ。

 この軽空母の不沈を信じているのか?

 沈みゆくこの船は、今にも折れるのではないかという程耳障りな轟音が益々酷くなっている。

 様々な音に紛れて、不定期に響くこの下からの爆撃みたいな振動は何なのだろう?

 見えているデータからは類推出来ない。




 地形図を見ていた貝塚が、上を見上げた。

 釣られて上を見て、天井灯しか見えないので、机の上の地形図を確認してみる。

 サーチ範囲外から巨大な竜巻が降りてきている。

 くっそ、あいつらショゴス大好きだな。


「ショゴスではないな?見られるか?」


 北条が俺とつつみちゃんをチラッと確認した。

 違うのか?ぱっと見、雲から降りる巨大な竜巻だ。


「上からは雲しか確認できません」


 流石に、衛星からのデータは見せてくれないか。


「なら、カメラを近づけるか。どうも動きが妙だ」


 赤い肉の霧が濃すぎて可視光では近づいても見えない。

 竜巻は、ゆっくりとこの空母に近づいてきている。


 近づいた無人機のカメラでの高速度撮影は更に妙だった。


「処理に問題は無いのか?」


 可美村に聞いたのだが。


「動力学デバイスは通してないので、色調補正だけですね」


 との事。


「羽だな」


 羽だ。

 羽で作られた竜巻状の塊だ。


「黒い、・・・風切羽ですね。二十から三十センチくらいでしょうか。何の生物の羽かは、現時点では不明ですが」


 羽だけで出来たどす黒い竜巻は、太さは一定ではなく、上空の雲に隠れている付近は直径五十メートル、一番空母に近づいている部分は三メートル程の太さだ。

 ゆっくりとうねりながら近づく渦は、何か意図があってこの艦を狙うナチュラリストの仕業なのだろうが、あれがこの船に当たったところで何か出来る訳でもなさそうだよな。何なんだ?


 大きな軋みの直後、また更に船が傾いた。

 地形図では、船は完全に海面より下に沈んでしまっている。

 スクリューフルスロットルで水圧の低い海域から抜け出そうとしてはいるのだが、本当に間に合うのか?

 心なしか、船体がくの字に折れ曲がっている気もする。

 多分、浮力が少なすぎて自重に耐えきれていないんだ。


「近づけない方が良いんじゃないか?」


 意味も無くあんなもの大量に押し付けてくるとは思えない。


「不用意に刺激しても良い結果にはならなそうだがね」


「既に三百メートル切ってます。近すぎるので、ミサイルは近接信管でも逆に危険ですね。焼きますか?」


「この水しぶきの中で有効火力が出るかね?蒸気爆発する未来しか見えないが」


 逃げるが吉か?

 聞けば教えてくれるか?


「舞原。あれは?」


「何の為なのかは分からない。”滝の魔術”の一種だろう」


「どういうモノなんだ?」


「説明が面倒だな。分子間力のコントロールに類する」


 貝塚が顔を上げた。


「帯電しているのかね?」


「実害が出るほど強い電力ではない。熱はかなり出ているだろう」


「北条」


「はい。確かに、外観は二百度近くありますね」


 蒸し焼きにでもするつもりなのか?


「あれもファージでコントロールしているのか?」


 俺の問いに、”多分だが”と前置きをしてからエルフが答える。


「霧の中でしか有効活用出来ないだろう。内部では高温過ぎてファージが破壊されている筈だ、炭にでもなっているんじゃないか?」


 炭。


「貝塚。この空母。フジツボはくっ付いているか?」


「定期的に掃除してはいるよ。スライムが増えて重くなるしどうしても速度・・・」


「それじゃないか?」


 砲撃だの爆破だのしてアメリカ映画バリに破壊しなくとも、この状況では空母の船体にタンパク質でも焦げ付かせればスピードダウンして勝手に沈んでいってくれる。鉄には炭が良くくっ付く。


「現時点で狙われているのはこの艦だけだな。攻撃準備。護衛艦より効力射開始」


「代表。イニシエーションルームの破壊準備スタンバイです」


「そっちも同時進行だ」


「了解。同時に効力射開始」


 荒波に揉まれ、沈みゆく艦隊。

 比較的沈没度の浅い護衛艦たちから効力射が始まる。

 何が効くかが分からない。

 まず、小口径速射砲で竜巻の先端が狙われた。


「効果なし」


 大口径高角砲。


「効果。穴は開きますが、直ぐ塞がりますね。ミサイルは」


「撃て」


「カウンターミサイル発射許可」


 護衛艦の一隻から火柱が上がる。

 一瞬後、地形図の竜巻がごっそり削れて空母が大きく揺れた。

 爆発が近すぎて衝撃音が骨に響く。太鼓の中にいる気分だ。


「旗艦の被害は?」


「無し」


「決まりだな。この体積だと、五発も撃てば十分か?」


 ファージ合戦に持ち込まずに、物理で殴るこのスタイルは、絡め手ばかり使うナチュラリストには打つ手が無いだろうな。

 奴らの得意な土俵、電子戦でやり合うと、思う壷なのだろう。

 俺が防壁を張るまで、大宮も結構痛い目を見ていたらしいし。

 しかし、貝塚は戦闘の決断が早いな。

 トップダウンがここまで早いと、暴力として世界でも屈指の強さだろう。

 怖い怖い。


「随分沈んでいるが、大丈夫なのか?」


 ぶっちゃけ、もう甲板は海面下だ。

 艦橋が半分だけ出ている程度で、潜水艦かよ。


「なぁに。ミサイルの衝撃と発熱が海面で緩和されて丁度良いだろう」


 そういうもんなのか?


「トランサムスターンだ。推力は確保できている」


 確か、船尾がちょん切れた形状で、燃費は悪いがスクリューの水圧が確保し易い形状だな。

 まぁ、実際。これ以上沈む事は無さそうだが、水圧で船体が潰れたりしないよな?


「ん?りょうま君。廊下に出てみろ、面白いぞ?」


 近くのスタッフが水密扉を開けてくれたのでつつみちゃんと一緒に顔を出す。


「ひゃっ?!」


「うぉ?!」


 廊下が捻じれている。目の錯覚ではない。


「大丈夫なのか?」


 貝塚は嬉しそうに笑っている。


「中々見られる物ではないだろう」


 得意そうだ。


「後五秒で衝撃が連続で来ます」


 振動と共に身体が浮き上がる。音はさっきより酷くなかった。


「海水の密度も、あと二十秒程で通常に戻りますね。先頭は霧を抜けました」


 竜巻はほぼほぼ消滅している。

 ファージ系は、やっぱ熱の前には無力だな。

 霧だの水だので有効利用しようとしたみたいだが、上回る熱には勝てなかった。

 こっち側での懸念点はほぼ解消されたのかな?


「舞原君。まだ何かやってくると思うかね?」


 エルフは半眼で壁にもたれて溜息をついている。

 あまりの力技に呆れているのか。


「さぁ。ネットで嫌がらせくらいしか思いつかないかな」


「だろうな。浮上後、洗浄開始。付着したファージ類は全て死滅させるように」


 肉霧から出ると、電波状況は劇的に改善し、作戦中のリアルタイム映像がしっかり把握出来るようになった。

 既に車両の埋設は終わり、監視に入っている。

 残念ながら、輸送ヘリは大破して湖に落ちてしまっていた。

 破壊されたチューブは既に修復されて、建物の有った場所は遠方からは確認できないが、内部にカメラが大量に入り込んでいるので監視作業は楽だ。

 建物は崩れていて、奴らは中に入ってきていない。

 電子レンジが埋まっているのを把握しているのだろうか?

 分かっていても何も出来ないとは思うが、破壊しようとしたら無人機や攻撃ヘリからの制圧射撃で止めなければならない。

 旋回させているヘリは五時間程度しか燃料が積めず、滞空時間が確保できないので、ローテーションで二十機ほど飛ばすそうだ。

 破壊されてる事に気付いたら何かリアクションしてくるとは思うけど、ここまでくればもう大丈夫かな。


「ルームの状況とかは把握されてるのか?」


「ヘルスケアは施設内でされていた。外部からはアクセス出来ない」


 なら、問題無さそうだな。

 てか、ヘルスケアって。生き物みたいだな。

 生き物なのか?

 生きてたしな。

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