第97話 リハビリテーション
奴らに動きが無かったのは幸いだった。
イニシエーションルームは二十時間程でウェルダンまでこんがり焼き上がった。
どの道、あのガチガチの警護では手も出せなかっただろう。
俺も、あれを突撃銃と散弾銃だけで二十四時間以内にどうにかする方法は思いつかない。
建物上空は奴らの射程範囲に入っていて、何度か機体を掠ったので、攻撃ヘリは海岸から更に五キロも離れた位置から重機関銃で威圧を続ける事になった。
無人機は雲霞の如く投入され、一発でも銃撃があれば即座に殲滅された。
次ぐ日の明け方、エルフのお墨付きでイニシエーションルームの破壊は完了し、そのまま銚子を目指す。
あの辺りをうろちょろしてて報復されたら面倒だからとっとと逃げるに限るよな。
今回、母からのメール以外にも収穫はあった。
エルフの勢力について少し詳しくなり、貝塚も思っていたのと違う人間だった。
スミレさんは、俺の貝塚に対する認識を改めて欲しかったのではないだろうか?だから、事前情報無しに拘ったのだろう。
スミレさんと貝塚は、悪友であり、親友で。
企業とか利権とかで仲良くできないけど、札束や拳で殴り合う仲なんじゃないかと思う。
エルフの交渉は大宮にて行われ、その場には俺は参加していない。
トラブルにしかならないからな。
ルルルにも母として声がかかったらしいが、拒否されて一悶着起きた。
てっきり一緒に暮らすのかと思ったんだが。
そもそも、この今の世界の日本の価値観は昔と全く違っている。
親子。
という概念が非常に薄い。風習的にはナチュラリストの方が親族間の絆は強いらしいが、ルルルと四つ耳を見る限り、どうなんだろうな?
生まれてすぐにほとんどの子供が施設に預けられて、そこで育成されるので、親元で育つ子供は人類全体から見てほんの一部だ。
育ったコミュニティへの執着や、遺伝的な法拘束は有っても、親子の愛とかは幻想扱いだ。
つつみちゃんも、なんとなくは想像出来るそうだが、育ての親の一人でもあるルルルや、世話になっているスミレさんに対する思いとの比較は難しいだろう。
この世代の差は共感という感情を途方もなく隔ててしまっている。
俺のメールに対するこの爆発しそうなむしゃくしゃした思いを正確に評価してくれるのはサワグチくらいではないだろうか?
んでも、サワグチもサイコっぽいし。どうだかな。
理解はするけど、共感はしなさそうだよなぁ。
まぁいいか。
この思いは仕舞っておこう。共感されなくともいい。
両親がどう思っていたか。知ることができた。
それで十分だ。
「ねぇ、あたしにも見せてよ」
意外にも、サワグチは興味を示した。
サルベージと知識探求のルーチンワーク、大宮市内でトラブルの無い日常が戻り、隙間時間でメールの考察を始めた。
元々、サワグチは俺のヘルプコマンドの意図について興味を示していたが、その興味は元凶のエルフに移るものだと思っていた。
「つつみは聞いてたんだろ?教えてくれなくてね」
「サワグチはそういうのに興味無いと思っていた」
「他人の手紙に興味が無い女子なんていないよ」
女子とは。
「痛っ」
俺の肩に手を置いていた方のサワグチに後ろから耳を引っ張られた。ピキッっていったぞ。ピキッって。
ガキの頃小学校の先生に、教壇の前に立たされて耳を引っ張られたの思い出した。
今は、学校ってシステム自体が存在しないんだよな。
不思議な世の中になったもんだ。
「見てもいいけど、んじゃ、解析に協力してくれ」
「えー。タダで?」
こいつ。
「うそうそ。見せて」
大した内容ではないが、ソースコードごと渡した。
結構長い時間黙って見ていて、鼻をすすっているなと思って顔を見たら、目と鼻から水をボロボロ零していてビビった。
こいつもこんなふうに泣くのか。
後ろのサワグチも泣いていた。
「うぅぐ・・・。おぇ・・・」
何か言いたいらしいが、言葉が出ないようだ。
「落ち着けよ」
サワグチは鼻と目元を真っ赤にしてクスリと笑う。
「素敵なご両親じゃないか」
顔がぐちゃぐちゃだな。
鼻水拭けよ。
ハンカチを差し出す。
「記憶にあるのはドライな家族だったから全く実感が無いけどな」
「ありがとう。そうか。横山が植物状態になってから家族の結束が強まったんだな」
二人並んで、俺の前でハンカチをシェアしている。
感情表現は差異が無い。
演技でこうはならないよな。
サイコ扱いは取り消そう。
「らしいな」
「腑に落ちない顔ね」
「んー。母からのメールに間違いないんだが、色々と整合性がな」
「具体的には?」
説明していく。
「まず、俺は起きた時籠原にいた」
「治験に参加したって事だね」
「んー。だから、これはその前に作られたメールだ」
「それ以降のメールが見つかっていないって事だね」
「つまり、このメールは、俺が籠原で治験を始めた後も更新されずに残っていたって事だ」
「別のサービスにメールを残したって事は?」
ないな。
「そしたら、このメールは消えていただろ。そもそも、俺の母はそんなにポンポンアプリを変える性格じゃない」
「戦争が始まって更新できなかった?」
その可能性はあるな。
「たぶん、そうかもな。後、浜尻って人に心当たりが全く無い」
「横山って、一年前の同僚の名前とか普通に忘れてそうだよね」
それは。強く言い返せないが、美人の部下だったら印象に残っている筈だ。
「記憶が改ざんされてるとかでも無い限り、女性で記憶に残る部下は存在しない」
「残念ながら、脳の破壊で忘れることはあっても、チップ入れてるなら兎も角、あの当時にそんなに都合のいいSF技術は存在しないよ。となると、結婚して名前が変わったとか、この女がストーカーだったとかそんな感じだろう」
かなぁ?
「結婚してたら親父の下りは無かっただろうし、知り合いや部下を騙って近づいてたって線が濃厚かな」
何の意図があって近づいていたのか。不気味だが、どうせもう死んでいる。
「後は、リンク先か」
「リンクは両方死んでるけど、一つは日記、もう一つは女の連絡先だな」
リンク先が存在しないだけで、メアドは確認できる。
「ドットGOか。政府機関じゃん」
「怪しいだろ」
「政府公認で人体実験の材料だったとか?」
やめてくれ。
「植物状態の人間なんて、腐るほどいただろ。万が一そうだとしても、トラブルにならなそうな素体を選ぶ」
「竜馬君はご両親に大切にされていたようだからね」
サワグチはニヤニヤしている。
「仕事や私生活で警察とか公安に睨まれてたとか」
「スパイ映画の見過ぎだろ」
「当時、サイバー犯罪は結構細かく調べられてたからねぇ。怪しい案件とか抱えてなかったの?」
たぶん、無かったと思うんだよなあ。
税金もちゃんと払ってたし。
「思い当たるモノは無いし、有っても時効だろ」
「まあね」
過去について、ある程度スッキリした。でも不安な点がちらほら。
時が解決した可能性もあるが。
「関係ないけど、遺産はどうなったの?」
今の資産からしたら大した金額じゃないけど。
「銀行の貸金庫っぽいけど。もう存在しない銀行だし。金とか貴金属ならワンチャンあったんだけどな」
「現金の可能性が高いんだ。ご愁傷様。因みに場所は?」
「リンク先は母が愛用していた地銀のホームページ関連だ。見られなかったけど、質問答えたら家族のみ公開されるメモとか有ったんだろう」
「地銀漁ったら何か出てくるんじゃないの?」
「メリットあまり無さそうだしなぁ」
「遺言状とか、浜尻関連の情報出てきたら面白そうじゃん」
そりゃ、出てきたら面白いけどさ。
「でも、二回文明崩壊が起こってるし、銀行だぞ?確実に全部荒らされてるんじゃないか?」
「価値のあるものは持ち去られてる可能性が高いけど、遺言状が電子データのまま委棄されてる可能性はあるよ。なにより」
サワグチは余程頭の中を見透かしたいのか、二人して真っ黒な瞳で俺の目を覗き込む。
「あたしよりクリアランスレベル高く設定されているのが解せない」
そんな事言われても。
「世代の差か金額の差じゃないのか?」
「これだからお坊ちゃまは」
舌打ちすんなよ。
それに、俺の家は金持ちじゃなかったぞ。
文面だと金稼いでそうだったが、何でこうなっていたかは不明だ。
父は医療関係者だったし、母は外資系だった。
でも、そこまで高給取りではなかった。
もしそうだったら、俺はサラリーマンクソゲーマーではなく、廃課金ニートクソゲーマーにでもなって、子供部屋おじさんとかで悠々自適だっただろう。
「まぁ、蕎麦の後に気が向いたら調べてみるかな」
少し間が開いた。
「覚えてたんだ」
忘れてない。
「いずれ探しに行く予定だ。どういう形になるか分からないけどな」
「蕎麦より優先度高いかなあ。あたしの今後にも影響する情報だし」
何で嬉しそうなんだ?
「大した情報出てこなそうだけどな。貸金庫がありそうな場所はアタリが付いてるんで、んじゃ時間が作れたら行ってくるわ」
リハビリとして週二回、なんとなく続いている夕食後の雑談は、それでその日は終わりとなった。
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