第94話 スタンス
「横山。この後、始まるまで時間少し良いか?」
エルフが、奥歯にモノの挟まった物言いで、部屋を出かけた俺の足を止めた。
同じく部屋を出ようとした中で、つつみちゃんと貝塚が足を止めた。
「気になるね」
貝塚は珍しく腕を組んだ。
我関せず、と。そそくさと出ていく北条と可美村。
「無理にとは言わないが、横山の立ち位置を今のうちに把握しておきたい」
「とても興味がある」
貝塚がつつみちゃんの顔を見る。
つつみちゃんはどう答えるか迷っているみたいだ。
確かに。エルフは、俺の立場をしっかり把握していない。
たぶん、漠然と、偶々運良く助けてもらっただけで、このままだと都市圏から良い待遇を受けるのは非常に難しいだろう。
プリオン異常の検査で、喰った人の数がある程度把握できてしまうからだ。
ただ、そこに、俺への報酬の価値がのっかってくる。
俺の影響力如何で、エルフの処遇にどの程度影響を及ぼすのか、事前に知っておきたいのだろう。
「俺が自分の立場を話すだけなら問題ないんだろ?」
「う~ん」
つつみちゃんは、肯定しつつも即答はしない。
「内容に偏りが無いか、気になるね」
貝塚はつつみちゃんの言いたい事を代弁したようだ。
俺が二ノ宮に有利になるような発言をすると、それを材料に帰還後の交渉が二ノ宮の不利になるという事か?
俺が、自分にとってイーブンだと思っている事を言う事がそもそも二ノ宮のメリットになるのだろうか?
まあ、なるかもしれないな。何とも言えない。
貝塚は、法とか気にせずに独断で俺の為に財布をはたいている節があるし、エルフを欲しがっているのかどうか、立場を明確にする事自体を控えている。
どっちにどう感じるかは、エルフに任せれば良いんじゃないか?
「俺は構わないけど」
つつみちゃんを見ると、俺を見て少し口の端を曲げて、大きく息を吐いた。
「佐藤を同席させて。こっちもアドバイザーに参加してもらう」
「よかろう」
う~ん。どう話そうか。
俺の立ち位置だけ、かいつまんで、簡潔に、無駄を省いて。
・・・無駄と問題しか無い。
近くのコーヒールームで立ち話、という形になった。
見た目だけでも軽い感じにしたかったんだ。
二ノ宮のアドバイザーは初めて会った。
「どうも。三十二番です」
それ、名前なのか?
メタルザックに似た袋を被っている。
見た目はグレーのスーツで高身長の筋肉質だ。
「よろしく」
問題発言は駄目出しが入ると期待して、ある程度正直に言わせてもらおう。
「俺の置かれている現状だけで良いんだな?」
「そうだ」
ここは少し臭うな。
壁や床は綺麗だが、沁み込んだタバコ臭が香っている。
空母内は、艦橋周辺から食堂まで遠いので、ちょっと休憩したい場合、皆大抵ここでだべる。
スタッフは置いていないので、コーヒーは自分で入れる感じだ。
因みに、今は誰も何も飲んでいない。
「青森に来たのは、メールの発信源を調査する為のバカンスを貝塚から提案された為だ。今の俺は、二ノ宮地所本社に住んでいる」
つつみちゃんは呆れているのか、感心しているのか。
「ほんとに現状だけだね」
でも、このエルフは、俺の環境を何らかのかたちで見ていたのだろう?
これだけ言えば、十分な気もする。
「そういう事か。なら、運が良かっただけなんだな」
何だ?
「何が?」
「明日には砂丘に護送される所だった。探索範囲外だろ?」
それは、危なかったな。
収穫無しの可能性も有ったのか。
「ずっとあそこで監禁されてたんじゃなかったのか?」
「基本あそこだが、定期的に青森一帯に貸し出されていた。具合の良さには定評が有ったからな」
クソ過ぎる理由だった。
「マイバル様の個人情報開示はお控え下さい」
三十二番の隣で画面をたくさん開いていた佐藤が一言挟む。
五月蝿そうに一瞬佐藤の澄ました猫顔を睨んだエルフは、続けて聞いてくる。
「今の環境はどうなんだ?」
これは、どうしよう。
「大宮市内は自由に歩ける。サルベージは週五でやっている」
エルフは顎に指を当て、唸っている。
「短期間でよくそこまでやったな。あたしの目に狂いは無かった」
どんな感じで俺の行動把握していたのか、知りたいんだけど、聞ける環境じゃないな。
「周りに亡命したエルフはいるか?あたしが亡命したら、どう思う?」
「いるな。ナチュラリストはクソだが、降りかかる火の粉を払う程度の認識だ。舞原が亡命したら?俺に迷惑をかけない範囲で好きにしたら良い」
メールのお礼として、このくらいまで譲歩できる。
「そうか。良く分かった。以上だ」
エルフも、この緊迫した環境では落ち着いて話せないらしい。
早々に切り上げた。
貝塚も満足したらしく、軽く頷いている。
「作戦開始は二時間後です、それまでお寛ぎ下さい」
佐藤が〆てそこで解散となった。
何か食おうと、つつみちゃんと食堂に向かう途中、気になって聞いてみた。
「あの、さっきの場で、二ノ宮に衛星回線使えなかったのか?」
つつみちゃんは肩を竦め、口元を押さえてボソッと呟いた。
「直近は函館。回線所有者は貝塚電信」
おおう。ダダ漏れするんだ。
こっそり飛ばして、つつみちゃんとか三十二番はやり取りしてるんだろうけど、公にバレたくは無いだろうしな。
あえて突っ込まないでおこう。
今度こそ、一休み、喰ったら少し仮眠取っておこうかな。
なんか昨日の爆破ん時の衝撃がまだ腹に残っているし。
「よこやまクン、食べたら部屋で休んでる?」
「うん」
エルフを送っていった佐藤が走ってきた。
結構凄い勢いですっとんできたのだが、靴音もせず、息が全く乱れていないのが無気味だ。
「ヨコヤマ様、ツツミ様。接続が無かったもので、口頭で失礼します」
トラブルか?
「航路上に赤潮です。多少揺れますがお気になさらずに、霧も出てるので外には出ないで下さい」
返事も待たずにまた走って行ってしまった。
「リンクくらいしても良いって言ったんだけどね」
「盗聴されてると思われるのが癪なんじゃないか?」
あの猫、律儀で堅物っぽいからな。
「艦内で今更感あるけど」
確かに。
「赤潮如きで何で揺れるんだ?」
「あー。ショゴスが湧いてるんだよ。奴らの嫌がらせかなぁ?」
地味に嫌な嫌がらせだな。
機雷掃討みたいに爆破処理で片付けるのだろうか?
「船を登ってくるのか?」
「小型船だと、時々飲み込まれたとかニュースになるけど、この船団大きいから大丈夫じゃない?」
低速だと登ってきそうだし、高速だとスクリューに不可がかかりそうだ。
通り道だけキレイにするのかな。
”ちょっと気を付けてね”程度の注意喚起だから、大したトラブルには当てはまらないのだろう。
念の為、一緒にいるというつつみちゃんが。今、俺の部屋でベースを弄っている。
弦無しばっかで物足りなかったらしく”五月蝿かったら言ってね”と言って収納ケース兼用のスツールに腰掛けてバチバチ鳴らし始めた。
ベッドで目を瞑って、暫く子守歌代わりに聞いていたら眠ってしまった。
「よこやまクン、起きて」
爆睡してた。
丁度一時間半寝たな。
「始まったのか?」
「これからだって、拭く?」
「ありがと」
差し出されたボディシートで顔を拭く。
「涎垂らして寝てたよ?」
クスクス笑っている。
「外で可美村係長が待ってる」
「うぃっす」
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