第92話 メール
翌朝起きたら、部屋に可美村がやって来た。ナチュラリストの電子攻撃が割と酷いので念の為警戒するように、との事。
今日は日曜日でサルベージはまた明日からなので仕事には差し支え無いが、艦隊には厳戒態勢がしかれている。
停泊位置も、東北に近づきすぎると危険性が増すとの判断から、北海道のえりも岬沖合を無軌道に周回しつつ、エルフとの話し合いをひと段落させ、今日中にイニシエーションルームの完全破壊が目標だ。
「ファージの薄い海域に入った方が安全なんじゃないのか?」
「いえ」
首を振る可美村は、少し目の下に隈が出来ている。
井上は徹夜だったそうで、三時間だけ仮眠してさっき起きたそうだ。
向こうでブースの準備をしていると言う。
「こちらからのファージ対策も通じにくくなります。周辺の把握もどうしても甘くなりますので、破壊が済むまでは付近でサーチしっかりかけておく方が安心です」
なら、一刻も早く、エルフとの話し合いを終わらせるべきだな。
昨日は結局、エルフの身柄に関しては銚子に帰るまで保留という事になった。たぶん、二ノ宮と貝塚で取り合いになるんじゃないかな?
ルルルが権利を主張しそうな気もするが、音楽性の違いが有るらしいからな。どうなるかは分からない。
なので、エルフと俺との間で交わした約束のみ、とりあえず履行される。
俺の母からというメールの開示だ。
脳が手に入ったことにより、正確な内容を教えてくれるらしいが、一体どういう仕組みなのか。
そもそもの経緯も知りたいが、どこまで教えてくれるのだろうか。
話し合いは、隔離ブースを設置して行われる事になった。
まず、オフライン化したブース内で俺がエルフからメールのデータを受け取り、その後につつみちゃんと貝塚、北条、白川、可美村、井上を交えてイニシエーションルームの適切な破壊について決定する。
作戦指揮室に突貫で作られた隔離ブースは、マジックミラーになっていて中が丸見えだった。
何か起きても直ぐに制圧できるように、素敵な内装になっている。
中には既に、丸椅子に座ったエルフがいた。
しっかり栄養を摂ったようで、だいぶ回復した感じだ。
ジャージでサンダルだが、スタイルが良いので何着ても似合うな。
ルルルが姿勢を良くすれば、こんな感じなのだろうか?
胸はルルルの方が若干大きい気がする。
あの姿勢で重力に従って垂れているから、目立つだけかもしれないな。
「来たか。結局、まだ何も聞いていないんだ。どうなったんだ?」
治療以外の情報遮断は本当だったようだ。
エルフに現在の状況をざっくり説明した。
「分かった。始めよう。内容は口頭が良いか?書面が良いか?接触通信は駄目なんだろう?」
ガチャリと扉が開き、可美村がタッチパネルを持ってきた。
「記録はされません。外はつつみ様に確認して頂いております」
とはいえ、恥ずかしいな。
メールが本物じゃなかったら笑うんだけど。
「始めるぞ」
可美村が外に出て、ファージが抜かれたのを確認すると、エルフは俺にパネルを見せた。
接触通信で文字入力している。
竜馬へ
このメールが読まれているという事は、日本は負けて、私たちはもうこの世にはいないかもしれません。ですが、竜馬が起きた時、もし忘れていたらとても困ると思うので、メールとして送っておきます。
情報管理にうるさいから、自分のメールは一番にチェックすると思うので。
竜馬が眠りについてから、既に日記も三冊目になりました。
眠りについた原因は、若年性海馬変性症という脳の病気が急速に悪化した事で意識不明となり、階段から転げ落ちてそのまま植物状態になった事です。
植物状態と病気とは関係ないってお医者さんは言ってたけど、父さんは信じなくて、自分で勉強を始めて、今はミュンヘン工科大学に研修に行っています。
竜馬と同じでガンコで、言い出したら聞かないの。
今、竜馬は血液治療で、脳神経の活性化と、ホルモンバランスの調整を週一でやっているのだけど、主治医の先生が、籠原の再生医療センターの方で新しい治療法が発見されたとかで、治験のすすめが来たの。
内容を父さんにも見てもらったんだけど、アンチエイジングしてから遺伝子治療を手作業でするとかで、眉唾だから止めておけって、電話口で一時間も怒られた。
国立病院だし、滅多な事しないでしょ。
来月、父さん一時帰国するから、その時に三人で集まって話そうね。
そうそう。
植物状態だけど、竜馬は好きな音楽には脳波が反応するから、毎日かけてるんだけど、竜馬耳鳴り酷かったんだっけ?
お医者さんが、もう耳は治ってますって、一昨日太鼓判押してくれたよ。
高い音も聞き分けられるかな?
今、お隣の国とイギリスが戦争になりそうで、治療資金が危ないかもしれません。
母さんが持ってる台湾の会社が結構あおりを受けてるの。
竜馬が起きた時に困らないように、その為のお金は別にあるんだけど、最悪、確実な治療法が出来るまで少しの間、低温睡眠になるかもしれません。
そうそう、竜馬の部下だったって浜尻さん、熊谷近くに引っ越してきたとかで、毎週来るようになったよ。
浜尻さんの話する度に”美人なのに、勿体ない、お前がいなきゃ俺が貰ってるのに”って父さん毎回いうの。
ムカつくから、父さんの株五億くらい勝手に損切りしちゃった。
現金化した一部は不動産にしてから、毎年竜馬に相続していく予定です。
浜尻さんのアドレス、ここに貼っておくね。
あと、一応日記のリンクも貼っておきます。
長文メール竜馬が嫌がるから、ここまでにしておきます。
また一月後、竜馬が起きてなかったら書き直すね。
母より
2045/09/04 19:11:04
「以上だ」
「ありが、とう」
頭の中が、心がぐちゃぐちゃになっている。
家族仲は、割とドライだった気がする。
皆好き勝手に生きていて、こんな誰かの為に自分の時間を削る様な親たちでは無かった。
一秒が大事な時なのだが、つつみちゃんたちが入ってこないのが有難かった。この顔を、見られたくない。
横顔は見られてるか。
今の俺は、話そうとしても呻き声しか出せなそうだ。
でも、確かに、これは俺の母からのメールだ。
このやたらこっぱずかしいヘンテコな感じは、確実に母の文章だ。
日常会話だと、上州弁バリバリだが、俺が都内で予備校生だった時に仕送りの食料と一緒に何回か入っていた手書きの手紙は、こんなだった。
文面には、色々とおかしいところや不審な点が多い。
リンクも、文字に紐づけされていたが、その先は死んでいた。
「このメールはどこに有ったんだ?」
「舞浜の物理サーバーに有った。医療センターへの偽装転送に使う大き目のファイルを探していた時、たまたま開いたメールフォルダに、文字化けしていないメールが一つだけ有って、開いた時の内容がこれだ」
母は、流行のアプリが嫌いで、フォントも昔のままずっと使っていた。
多分、その辺が要因だろう。
ノックが三回鳴る。
「そろそろ良いでしょうか?」
可美村だ、変な顔をしている。隙間からつつみちゃんが心配そうに覗き込んでいる。
向こう側は暗いのでドアの隙間からは良く見えないのだが、皆見てたのだろうか。恥ずかしい。
「ああ。俺の要件は終わった」
「外で休んでますか?」
貝塚の指示か?
二ノ宮側がつつみちゃんだけって訳にもいかないだろう。
「いや、俺も同席する」
けど、恐ろしいよな。
電子データとか、アカシック・レコードとかなら兎も角、生身の脳内で、しかも外部に摘出した記憶が、こんな綺麗に再現されるものなのか?
信じがたいが、目の前で見せられると納得せざるを得ない。
タッチパネルは、俺が記録したのを確認したらエルフの手の中で壊れて丸まった。念入りに潰してこね回してから俺に渡してきた。
後で粉砕して燃やしておこう。
ぞろぞろ入ってきた面子は、つつみちゃんと可美村以外は面の皮が厚かったみたいだ。気にしてくれない方が逆に居心地がいい。
とっとと切り替えて、やるべき事を終わらせよう。
「さて、では標的の破壊について開始しよう」
何事も無かったかのように、貝塚が重々しく宣言する。
デスクの上に可美村と井上がデータをそれぞれ開き出し、周囲の隔離ブースが取り払われ、作戦指揮室に火がともり始める。
建材を持って出ていったスタッフと入れ替わりに、各部署のナビゲーションスタッフたちが入ってくる。
タイムイズマネー、わかっちゃいるけどさ。
ところで君ら、何でブースのドア開けて入ってきたんだ?
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