第90話 湖畔からの脱出
輸送機が近づいてくると、その内部のカメラ映像が映る距離になった。
赤外線カメラに点で見えていたジェット光が、二つしっかり見える距離になると、輸送機後部が開いて更に減速される。
真っ暗な湖面に吸い寄せられていく機体が水柱を巻き上げて低空飛行をする。後ろに、V字編隊で後続する戦闘ヘリが見えた。気付かなかった。小音電動ヘリか?!
襲撃者たちはほとんんどがそちらに注意を向けているらしく、銃撃が集中しているが、輸送機はまだ一キロ以上先で、弾はかすりもしていない。
貨物室内に縦列で待機している装甲車はモーターの回転を強弱させ、落下タイミングを見計らっている。
危険なので中に人は乗っていない。モーターが高回転する度に車体が震えて、武者震いしているみたいだ。
”始まるぞ”
黒ずくめの一人がログした。
高度五メートルから時速三百キロ近いスピードで二秒差で投下された重さ七トンの装甲車たちは、緩い後進から着水するまでの短い間に前進フルスロットル。
時速百五十キロ分の回転数で車輪をブン回す。
浜辺までは直線距離で二百五十メートル、そこから建物まで二十メートル。
投下地点の水深は十八メートルある。
ハイドロプレーニング現象を信じるなら、湖面との摩擦計算が合っていれば問題なく水面を跳んでここまで来れる筈だ。
建物の上、覆われた巨大チューブ上空を、輸送機とヘリ編隊が無事に飛び去る。
そちらに向けて撃っていた襲撃者たちは、向かってくる水柱を見て射撃を止めている。何だか分からなかったのだろう。
襲撃者のマーカーを装甲車にリンクさせると、水切りしながら迫ってくる装甲車から、備え付けの重機関銃が直ぐに唸りを上げた。
「退避ーっ!退避だーっ!」
奴らの誰か一人が叫んでいる。
”スピード出過ぎじゃね?”
”実測、時速八十キロ以下で沈むらしいし。あんなもんだろ”
”爆破いくぞ”
頭を床に付け、エルフをしっかり抑える。
空気の層も細かく分けて、爆風に対して前にも後ろにも流れやすくしておく。
”ファイア”
どっちの傭兵か分からないがカッコつけやがった。俺が言いたかった。
世界が真っ白に圧縮され、衝撃と振動が細胞の一つ一つを丁寧に蹂躙していく。
さっきの豚皮の時とは比べ物にならない酷さだ。
盛り過ぎだ。バカじゃねーの?!高速で頭の上を通り過ぎた爆風が、また高速で戻ってくる。ガードの為に全員に張っていた空気の層は、圧搾され一瞬膨らみまた圧縮される。ボロボロになったが、菌も綿も侵入はゼロ。上出来だろ。
脳が派手に揺らされてグラグラする。眩暈で前がよく見えない。
エルフが起きようとしたので慌てて抑えた。
視界の片隅で、半回転しながらケツから突っ込んで来る装甲車の映像が見えた。
建物と装甲車のぶつかる重そうな衝撃音に傭兵の投げるグレネードの衝撃音が続き、周囲で叫び声と野太い悲鳴が上がる。
ワームが良い仕事をしている。
「ゴーゴーゴーゴーッ!」
傭兵がノリノリだ。
棺桶二台を盾にゲラゲラ笑いながら装甲車まで突貫している。
「動けるか?」
エルフに声をかけると、白目を向いて鼻血を出しているが、力強く頷いた。
中腰で肩を貸す。反対側から黒ずくめの一人がエルフを支え、二人して装甲車まで引っ張っていく。
他のメンバーは全員が警戒に回っているが、抵抗は今の所確認されていない。
棺桶で遮蔽しながら、全員が乗り込んだのを確認し、後部ドアを閉鎖すると、全員一斉に息が漏れて苦笑いが広がる。
「回収地点は山沿いに浜辺を抜けて一キロ西だ。直線ではなく少し回り道だが、二分かからず到着する。棺桶はもう一台に載せて二台とも輸送ヘリで帰投予定だ。質問は?」
「滅菌には限界がある。空母に帰るのか?」
黒ずくめは”最もだ”と頷いた。
「簡易ヘリポートを洋上に建設した。一旦そこに着陸して、搭乗機体はレーザー照射による熱滅菌、乗員は全員気密ポッドで洗浄後検査をクリアしたら空母に戻る」
「なら、俺から質問することは無い」
「他には?」
その後、傭兵たちがアホな質問をしているが無視だ。
”つつみちゃん、スフィアは?”
”両方の車両上空に付けてる、追われてないよ。あいつら徒歩だったみたいね”
奴ら、乗り物が無い割には来るのが早かった気がする、でもメインが嫌がらせの遅効性毒殺で物理火力は骨董品の突撃銃と散弾銃だけだったみたいだからな。
ヘリへの装甲車積み込みは静かなもので、何のトラブルも無かった。
映画だったら、不思議な移動速度で追ってきた襲撃者に襲われて大惨事の中被害にしょげまくった帰投になるが、俺らはそういう星の下でドラマチックに生きる必要は無さそうだ。
洋上に設置したヘリポートは、とりあえず四方から艦砲射撃でレーザー照射するらしく、着陸したら暫く目を瞑ってろと言われた。装甲車の中はあまりクーラーが効いておらず、照射中は少し蒸し暑かった。
ワイルドだなぁ。
その後、上空からヘリで十回ほど放水され、ファージでガチガチにサーチを固めてからやっと装甲車から開放されたのは、夕食の時間から一時間が超過してからだった。
ハラヘッタ。
気密ポッドから出たらつつみちゃんが待っていてくれて、エルフと傭兵二人も一緒に空母に戻る事になった。
戻るヘリの中には可美村と井上がいた。
「か・・・っ!・・・・っ」
ヘリの中で俺の前に向き合って座った可美村が目を吊り上げてファイティングポーズをしている。
大丈夫か?
「か?・・・深呼吸しろよ」
「カッコよかったですっ!」
「・・・。うん?ああ」
井上がクスクス笑っている。
なんか、初めて美人が台無しだよ。
「ヨコヤマ様のファンなんですよ」
「ちょっと!井上っ!」
「係長はずっと緊張し通しだったようで、不快な気持ちにさせてしまっていたら申し訳ないです」
「ふっ?!・・・不愉快・・・でしたか・・・?」
それであの妙な意味不明の態度だったのか、初対面から微妙だったので何かと思った。
頼むからそのキラキラした目で見ないでくれ。
クソの俺には眩しすぎる。
「別に、気にしていない。それに」
特に役に立ってなかったしな。今回はバカ傭兵二人が大活躍だった。
「鍵開けて這いつくばっていただけだ、特に何かした訳じゃない」
可美村が興奮して何か言いそうになったのをつつみちゃんが暗い一睨みで封じた。
「可美村係長」
「っ!?・・・はい・・・」
「亡命者の件は帰るまで保留なの?それともヨコヤマへの待遇の一貫として捉えて良いの?」
可美村は落ち着いたようだ。
「それも含めて、夕食を摂りながら代表と歓談頂ければと思います」
「歓談ね・・・」
つつみちゃんは皮肉気に復唱する。
「貝塚は夕飯食べずに待ってたのか?」
意外だな。時間きっかり生活習慣が好きそうなのに。
図太そうに見えて結構身体は繊細だし。明日、消化不良でお腹壊すんじゃないか?
あの腰や太もも、喉の艶を思い出し、不穏な視線を感じて思考を停止させた。
おっと不味い。
「よこやまクンの為に待ってたんじゃないかな?」
こういう時のつつみちゃんの声はカミソリ並みに切れ味が良い。
「マイバル様はご一緒しますか?一度休まれますか?」
可美村がナイスなフォローを入れる。
「休ませてくれ。もう十年以上休まず暴行続きだったんだ」
だが、唐突なえぐい過去暴露に全員がテンション爆下げだ。
「っ。休息後、精密検査とカウンセリングを予定しています。ご希望がありましたらその都度、スタッフに申してください」
作り笑いが流石に引き攣っている。
「よろしく頼むよ」
イヤーマフを耳の数だけ装着したエルフはゆったりとくつろいでいる。
大きく欠伸をすると抜けた前歯の隙間から二つに分かれた舌がチロリと見えた。
今にも寝そうだ。
お前が今まで何をしてきたか俺は知らないが、とりあえずよく頑張った。
今はゆっくり休むといい。
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