第89話 襲撃

 建物の周囲は、上空も含め、完全に何層もの巨大チューブに囲まれている。

 電源ヘリやスタッフはチューブ到達前に無事引き揚げたようだ。人が通る隙間は余裕であるが、ヘリや装甲車が入ってくる隙間は無い。

 外は真っ暗で煙っていて肉眼で見通しは出来ないが、確実に待ち構えているだろう。

 屋内はつつみちゃんのスフィア操作と俺の操作でフィルターかけているので無事だが、一歩外に出ると、大量のアスベストと炭疽菌が渦を巻いている。


「奴らは何で入ってこないんだ?」


 黒ずくめの一人が囁く。


「あんたらがプロなのはもう分かっている。待っていればその内死ぬと思っているんだ」


 エルフはガスマスクの中で唇を噛み廊下の陰から外を睨んでいる。

 因みに、棺桶に入れと皆で説得したが、閉所恐怖症だから無理だと言って絶対に入らなかった。パニック障害起しそうなほど震え出したので仕方なくマスクだけしてもらっている。マスクも本当は嫌なんだろうな。冷や汗が凄い。


「面倒くせぇなぁ。ミサイル艦からMAP攻撃してもらおうぜ?」


「菌は燃えても石綿は燃えねえからなぁ・・・」


 傭兵二人はタバコを吸いたそうだ。


「一応見てるけど、マスク外すなよ?」


「ミサイル艦で来てるのか?」


 エルフは意外そうな顔で俺を見た。

 俺から言って良いのか?

 地下でご一緒した黒ずくめを見る。

 黒ずくめは肩をすくめ、エルフに返答した。


「軽空母打撃群で来ている」


 エルフは意外そうな目で俺を見た。


「随分豪勢だな。なら不味い、待たずに踏み込んで来そうだ」


 思わず吹いてしまった。

 黒ずくめも何人か吹いている。

 強いって罪だよな。


「先に動こうぜ?」


 傭兵たちは轟音を立ててゴリゴリ動くチューブ群を徒歩で抜ける気のようだ。血の気が多すぎだろ。

 俺、アトムスーツが汚染されるの嫌なんだけど。


「予定通りいった方が良い」


「なんだぁ?ボウズ。チューブの林に穴でも開けるのかぁ?」


 蕁麻疹の方の傭兵が嫌そうな顔をしている。


「いやいや。この建物の後ろ、すぐ湖だろ?なんか水上はチューブ全く無いし、こっち側から突っ込ませて、全員乗ったら湖の際を西に突っ走れば良い。

輸送ヘリ待機させておけよ」


「水辺までスペース狭いし、水深結構あるんだが」


 黒ずくめが気まずそうに補足する。


「それだったら近くにヘリ呼ぶか、湖際に装甲車を落下傘降下させた方が良くないか?」


 それじゃ只の的だ。


「のんびり滞空して、撃ち落とされなきゃそれで良いんじゃね?」


 傭兵二人がニヤニヤし出した。


「ドヤ顔するってことは、手があるんだろ?」


 装甲車のスペック次第だが、思いついた手はいくつかある。


「装甲車のスペックは?加速はどの程度だ?」


 黒ずくめがすぐ答えてくれた。


「電気と超音波のハイブリッドモーターだ。人を載せなきゃ二秒で時速百五十キロまで出る」


「マックスは?」


「メーター表記百二十キロまでだし、出したことは無いが、百八十キロくらいじゃないか?」


 十分だ。


「落下傘降下でなく。輸送機から直に湖に落としてくれ」


「浮かないぞ?」


「水切りさせろよ。百メートルや二百メートル跳ぶだろ」


 傭兵二人は手を叩いて笑って、静かにしろと黒ずくめに叱られていた。

 五秒ほど黙った黒ずくめが、鼻で笑った。


「許可が出た。予備含め二台落とすそうだ。湖に降下させる。計算上可能だが、綺麗に勢いが殺せるか微妙なラインだ。直前に壁を破壊、そのあとケツから車庫入れする」


 良いね。俺好みだ。

 ほぼほぼ決まったが、エルフが突っ込みを入れた。


「待て、湖には非コヒーレントポイントが有る。近づかないように注意してくれ」


 コ?


「コーヒーレンタル?」


 おっさん。それはワザとだろ?


「非干渉群だ。ヨグ=ソトースの残滓だ」


 ヨグ?物騒なのが出てきたな。あれか。光が通らなかった空間の事か。んで?


「あれに近づくとどうなるんだ?」


 エルフは力なく首を振る。


「分からない。観測出来ない」


 そんなのあるのか?


「陽子が破壊された空間が地軸固定されて宇宙を移動しているらしいんだが、推測に過ぎない」


 それは・・・ありえないだろ。

 地球も太陽も銀河も超高速で動いている。

 地球の表面一点に地球や太陽の遠心力程度でそんな高エネルギー空間を三次元的に固定しておける訳がない。

 楽しそうだが、推察は後だ。暇なときにルルルにでも聞こう。


「近づかなきゃいんだな?」


「そうだ、非観測範囲から三十メートルは危険区域だ」


「だそうだ。飛行ルート大丈夫か?」


「再計算している。ああ。問題ない。投下まで時間が無い、位置的に砲撃での壁破壊は不可能なので南側に爆薬の設置に行く」


「あ。俺、サポート行くわ」


 黒ずくめが嫌そうな顔で断ったが”いいから任せろ”となし崩しに傭兵の一人がのこのこ付いていった。

 既に、チューブの轟音に混じって輸送機のエンジン音が聞こえる。


”伏せて!”


 スフィアからつつみちゃんの声。

 その後、散弾銃の銃撃音。付近のゴミが弾け跳ぶ。

 丁度目の前に有ったエルフの頭を抱えて伏せる。

 他の皆は俺より全然早かった。

 黒ずくめたちが設置したトラップが起動したらしく、銃撃と同時に三箇所で一気に爆発が起きた。

 伏せると同時に、全員が再サーチ、俺も確認したが、既に一箇所から何人か入ってきている。二段構えのトラップにもう一度引っかかっている。ざまぁ。

 しかし、十人どころじゃないな。

 俺らは今、建物の中心付近の通路に陣取っている。棺桶を全部遮蔽に使っているから、跳弾以外は特に怖くはないが、奴らはファージ遮断してるらしく、さっきから手変え品替えやってるDOSアタックは全く効果が無い。

 つつみちゃんも色々やってくれている、音と光では騙せているみたいだ。

 入口付近で足止めは出来ているらしく、散弾銃と突撃銃の音が絶え間なく響く。銃撃音が廊下に木霊して、タダでさえチューブの轟音がある上、フィルタリングしてもクソ五月蝿い。閉所での銃撃音は悪夢だ。

 カメラも俺らの探査も騙してどうやって近づいたのか不明だが、輸送機を見て逃げ出されると思って慌てて突貫してきたのだろう。

 こちらの意図に気付かれる前に逃げ出したいな。


”窓から侵入されないか?”


 黒ずくめの一人にログで聞いてみる。


”共有してるマップ、気付いてるか?北東の二階は外から壊された。眼鏡で良いなら、以降リアルタイム共有するが?”


”よろしく。傭兵たちにも確認頼む”


”了解”


 してくれないと困る。

 今の俺は付近の空気管理で手一杯だし、つつみちゃんは音波がキレイに届かない範囲は苦手だ。

 操作やってて気付いたのだが、銃撃されると空気がぐっちゃぐちゃにかき乱される。

 これを整理整頓しながら石綿と菌の流入を防ぐとか不可能だった。

 なので、かき乱された空間は整頓せずに一旦排除して乱れが落ち着いたら濾過除菌というステップにする。

 撃たれて負傷すると摘出が非常に面倒だ。


”皆、怪我だけはするなよ?処理が手間だ”


”このフィルターは君がかけているのか?”


 お。エルフも繋いだのか。

 緊急時だし、仕方ないか。

 貝塚、よく許可出したな。


”俺と、スフィアのサポーターが分担してかけている”


”乱気流で手間取っているみたいだな。そこだけで良ければ受け持つ”


 なん・・・、だと。


”頼む”


 こいつとは争っちゃいけないな。

 ルルルの娘らしいし、天才の子は天才なのか?やっぱ。

 こうなると、俺の足りない頭にもそこそこ余裕が出来る。

 つつみちゃんのサポートに少し回るか。


”二秒差で着水する。付近のカメラ映像全部出しておく。分担して細部注意。壁爆破前に出来るだけ近づいておく”


 丁度、屋上に配置してあったワームが輸送機の正面を捉えていた。

 真っ暗な中、赤外線カメラに輸送機のエンジン光が遠く点で見える。

 エンジン音がかなり早めに聞こえてくる。音速よりかなり減速しているが、それでも時速三百キロは出ているだろう。

 外で、チューブの隙間から散発的に輸送機に向けて撃っている奴らもいる。

 当たる訳無いだろ。

 暗闇でマズルフラッシュ出すアホって事は、つまりやっちゃって良いって事だよな?加熱した銃身は頑張って隠していたみたいだが、威嚇射撃して位置がバレて移動しないのは愚策過ぎる。

 付近のファージを弄ると気付かれそうなので、そいつらの三十メートルほど上空で弄る。

 周辺を舞っている塵やコンクリの欠片を集約、細く棒状にして、落下し始めたら空気抵抗で回転する形状に加工していく。

 三十メートル上から鋭利な石を落とされて無傷な奴はまず居ない。

 判明した場所、一気にヤるか。

 集められる量的に一箇所につき五本、炭疽菌撒くような奴らなので遠慮はしない。

 中の奴らも連動して慌ててくれないかな。

 数秒後、外から悲鳴がいくつか響いた。

 中に潜んでいる奴が”増援か?”とか叫んでいるのが聞こえた。練度は高くないな。

 叫んだ奴は、爆弾仕掛けに一緒に行った傭兵の近くだったので、直ぐに傭兵にナイフで処理されているのが廊下のワームから見えた。


”服からガス出してるな。何だこれ”


 傭兵は殺した奴を漁っている。画面越しに小さくガスの抜ける音がする。


”あたし対策だろう。ファージ忌避剤だ”


 五月蝿いので無駄だろうと思い、音波探査は端折っていた。

 なんだよ。なら場所わかるじゃん。

 サイレント通信でつつみちゃんに伝える。


”つつみちゃん、ガスの音”


”聞いてた。怪しい場所全部マーキングするね。妨害は、するならタイミング合わせる”


 流石です。仕事が早い。


”お?割れたのか?”


 ぽつぽつ増えていく襲撃者たちのマーカーに傭兵が嬉しそうにコメしてくる。


”中にいる奴ら、ヤるならスフィアからタイミング合わせて妨害するって”


”おいクロ。ワームも使おうぜ”


 隣の繊細な傭兵が嬉しそうだ。奴らが見えづらくてイライラしてたようだ。

 嫌がらせにも卒がない。


”後十五秒で爆破だ。その五秒後に装甲車が突っ込む。そこに合わせる”


”スタングレネードも使うわ”


”あ。俺も”


 傭兵二人は向こうとこっちでゴソゴソやっている。


 全員から”了解”のログが返る。

 奴らが後十五秒待ってくれる事を願おう。


”装甲車突入まで耳を塞いで口を大きく開けていろ。結構盛ったから大きいぞ”


 向こうの傭兵も嬉しそうだ。余計な事を。これ、メット越しだと耳塞げないんだぞ。

 口だけ開けてスーツの内気圧反応速度最大にしておくか。

 何度か唾を飲み込み、衝撃に備える。

 隣で伏せているエルフの耳を二つだけ抑える。

 俺を横目で見たエルフは、マスクの奥で少しだけ笑ったように見えた。

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