第88話 イニシエーションルーム

 筋肉質の洞穴を五メートル程進むと、薄赤暗い照明の六畳ほどある細長いスペースに出た。


「ここは保管庫だ。換装後は必ず、出る時に徹底的に破壊してもらう」


「中からやんのか?防衛どーなってる?」


 そう聞いた傭兵が薄気味悪そうに壁を見ている。

 壁は所々透けていて、羊膜っぽい表面の向こうに脳のパーツが、濁った液体の中で血管を大量に纏っているのが見える。


「電源を切ってから防衛反応が起きるまでに三秒だけ入口を固定できる。その間に手りゅう弾を放り込んでもらう。この区画は外からの銃撃や衝撃にはめっぽう強い。外から芯まで火を通すには千度以上で長時間熱焼却するしかない」


 奥の部屋はもう少し明るく広かった。気味の悪い形の臓器が大量に天井から吊り下がっている。

 中央には脂身と軟骨で出来た大の字の寝台があり、皮の無い蛇っぽい筋肉で出来た大量の拘束具が蠢いている。

 エルフは臓器を何点か確認すると、つなぎとブーツを脱ぎだした。

 長年の暴行の跡が全身丸見えで、その場の野郎全員が気まずい雰囲気になった。形の良いケツにタバコの跡が大量に並んでいる。


「おい。頭だけじゃないのか?」


 傭兵の一人が耐えかねて声をかける。


「そうだ。鼻から上にこれを被る。たぶん、漏らしたりまき散らすだろう。汚れるので脱いでおく」


 裸を見られるのが気にならないのか、さっさと脱いだエルフは、近くにあったパンパンに膨らんだ乳白色の塊を手に取った。エルフの頭の二倍強の大きさでぶよぶよしている。重そうだが、エルフが持つのに合わせて吊られた健が調整されて動いている。太めの管が何十本も天井に繋がっていて、表面の血管はかなり太い。


「五分くらいで終わる。終わったら声をかける。絶対に頭が外れないように押さえててくれ。手足が折れても構わない」


 そんなヤバいのか?


「時間が無い始めるぞ」


 被ると寝台に合わせて仰向けになった。

 傷だらけだが形の良い美体に興味津々でガン見していた俺らは、慌てて四肢を押さえる。

 俺はアシストスーツが無い。力足りるかな?


「げぇえええええっ!!!」


 パンパンの塊がドクンと嚥下音を立てると、直ぐにエルフが暴れ出した。

 口から血の混じった黄色い泡を吐いて、関節をゴキゴキ鳴らして全身をばたつかせている。

 形の良い胸や引き締まった腹や太ももが乱暴に揺れているが、見ている余裕が無い。


「おいクロ!もっと緩く押さえろ!折れてもげるぞ!」


 隣で脚を押さえている黒ずくめに傭兵がダメ出ししている。

 エルフは全身にあっという間に油汗をかき、緩急つけて抜け出そうと藻掻くので滑って押さえにくい。

 これは、確かに、大量の拘束具がいるな。

 麻酔しないのか?


 二分は押さえていただろうか?一旦落ち着いたようだ。エルフは嗚咽を上げて痙攣している。過呼吸だが、一応呼吸はしている。早鐘を打つ鼓動に合わせて胸が小さく揺れている。

 照明が明滅した後、天井から嘔吐音が何回か聞こえて、上から管を伝って塊がゆっくり降りてくるのが見えた。全員が気付いて、固唾を飲む。


 管の中の塊が乳白色の臓器に吸い込まれるとまた暴れはじめる、今度はもっと酷い。


「ぎゃぁああああああっ!・・・ぐぁあああああっ!!」


 獣の雄たけびを上げてのたうち回り、下から大小漏らし始めた。

 あまり食ってなかったのか、大は腸液っぽいのしか出していないのは幸いだ。


「畜生」


 腕を押さえていた傭兵が呟く。

 英語のFワードにしなかっただけ紳士だな。


「おい!」


 黒ずくめが叫ぶ。

 エルフは後頭部を叩きつけ始めた。これヤバくないか?


「俺が押さえる」


 腕を押さえていた傭兵が片手で頬を抑え込む。腕が抑えきれずバタバタし出したので脚も使って抑え込んでいる。

 俺は片腕で手一杯だ。どんだけ怪力なんだよ、このエルフ。

 そのうち、気管に何か入ったのか、咳き込みだした。


「吸いだすか?」


「いや、おい上」


 見ると、上から肉で出来た給油ポンプ状の臓器が数本、ヌルヌル降りてきた。

 傭兵が顔から手をどけると、エルフの口に吸いつき、喉の奥まで侵入していってる。


「ぬぐぉ!ぼごぉおっ!ごぼっ!っ!っ!」


 空気を送り込みつつ気管と肺を洗浄しているのか?

 見た目はまんまホラー映画だ。


「ハハ・・・」


 長く感じられたが、そこから一分もたっただろうか、ポンプ臓器が上に戻ると、ゼィゼィと息つくエルフから半分泣いてる笑い声がした。


「終わった。大丈・・夫だ。放して・・・くれ」


 自力で起き上がれないのか、もたついているので背中に手を添えるとビクッとした。

 半身起こしたエルフは頭に被さっている白い肉袋をぐちゃりと外し、自分の股を見て呆れている。


「また盛大にやらかしたな」


「使うか?」


 黒ずくめが水筒を出した。


「中は水だ」


「頂こう」


 ベトベトの頭と顔に浴びて軽く手で擦った後、残りの水を股にかけてクチュクチュゴシゴシしている。脚が生まれたての小鹿みたく震えているのは水が冷たいからだけでは無いだろう。

 肉を擦る水音が生々しい。俺らは顔を見合わせてしまう。

 違うんだ、今の俺たちのコレは不可抗力だ。


「すまない、全部使ってしまった」


「いや、今は拭くものが無い」


「大丈夫だ。時間が無い。急ごう」


 水筒を黒ずくめに放り、つなぎとブーツを身に着けるエルフの後ろ頭をちらりと見たが、傷跡は見当たらなかった。

 断じて、ケツが見たかった訳ではない。

 生体機械で傷無し手術か・・・、どういう技術なのか凄く気になる。


 最後に俺が肉穴を通っている時、断続的だった揺れが止まらなくなった。

 外のカメラを見ると、既に土煙が目前だ。


「まだ二分あるぞ」


「おかしい。早過ぎる。生成済みのアスベストチューブを使ったのか?」


 エルフは首を捻る。


「もう終わってるんだ。ケツまくって逃げるだけだ」


 傭兵の一人が腰から手投げ弾を外した。


「持ってるけど、俺三秒なんだよなぁ」


「俺も全部三秒。お前は?」


 声をかけられた黒ずくめはポリポリと後ろ頭を掻く。


「二秒、屋内だけだと思ったからな」


 傭兵二人はマジ受けしている。


「二秒ってなんだよ。手がミンチ肉だろ」


「足で踏む。簡易コンカッションだ」


「「あ~」」


 お前ら。


「時間無いんだけど。毒に巻かれて死にたいのか?」


 地鳴りが凄い。カメラもどんどん壊されていっている。

 無人機で応戦してるっぽいが、この悪環境で使用可能な積載火力が弱い上に襲撃者たちが隠れるのが上手く、ほとんど制圧出来ていない。

 見張りで残ってくれていた四人は、跳弾と身バレを避けて窓際から離れている。

 俺がそっち行くまでケガだけはしないでくれよ?


「三秒でいくか。ネーちゃん。カウントで閉めてくれ」


 傭兵の一人が手投げ弾を構えた。


「ネー?!ああ。電源オフで閉まる」


 上を見ながら貧乏ゆすりしていたエルフは、突然のネーちゃん呼ばわりにビクついている。


「おっけ。クロ。カウント」


「今伝えた。五秒後に切るぞ。二、一、カット」


 三秒だからミスるとこっちまで巻きこまれる。

 頼むぞ。


 ガタガタと建物やゴミが揺れる中、ピンの跳ねとぶ音が妙にクリアに聞こえた。


「二、おっし!あ!?」


傭兵が肉穴にアンダースローで手榴弾を放ると同時に、バシャっと豚の皮が勢いよく閉まり、間髪置かずに衝撃波が腹に響き、閉まった割れ目から血飛沫が跳ね飛ぶ。あっぶねぇ!ギリギリだぞ?!これだから閉所の手榴弾は嫌なんだ。

 一応、全員壁際に避けていたので血は被らなかったが・・・。

 豚皮の壁からは何個か目玉が飛び出て垂れている。


「”あ”って何だよ!?”あ”って!何やらかした!?」


 ゴミをかき分け一階に向かいながらもう一人の傭兵がキレ散らかした。


「いや、う~ん。見間違いかも。向こう側抜ける寸前に壁からカエルの舌が伸びた気がすんだよなぁ」


 嫌な予感がする。


「それは、失敗したかもしれないな。奴らがまた占拠しても、どうせ鍵が無いから開けられないが、早めに焼き払ってもらいたい」


 そんなに危険なのか?


「破壊しておかないと不味いのか?」


 気になって聞いてみた。


「アカシック・レコードに上げずに、鷲宮が長年貯め込んでいた門外不出のテロ知識がわんさか詰まっているバンクだ。完全に保管庫全域を死滅させなければ、遺伝子鍵さえあればいずれ復旧して取り出される」


 それは、本当なら嫌過ぎるな。鷲宮ってのが誰何なのかよく分からないが、ナチュラリストの有名人なのかな?

 それより。


「逃げられるのか?これ」


 一階で見張りに合流した俺らは表示された地形データを見て一様に唸り声を上げた。

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