第87話 エルフ(現地人

「ここから逃げ出す時間はじゅうぶんある。でも、脳の回収は無理だ」


「兎に角言ってみろ。可不可はこちらで判断する」


「スリーパーの癖に生意気だな」


 エルフは口の端で笑った。

 ここまでで、貝塚が黙認しているって事は、俺の独断で話すことを認めるという事なのだろう。

 話を続けさせる。


「イニシエーションルームの起動にはかなりの電力がいる。下の電源だけでは全く足りないから、外部から電力融通する必要がある」


 送ったのはこいつでアタリだな。

 あの通信ログの事を考えるのは後にしよう。


「送電線は鷲宮の犬たちのテリトリーを通っている。復旧が面倒なので送電線を切られる事は無いだろうが、変電設備は奴らのテリトリーの目の前だ。ここが占拠されたのはもう把握しているから、イニシエーションルームの封印の為あと数分で送電は止められる筈だ。もし今から君が来ても、換装は不可能だ」


「換装にかかる時間は?」


「作業自体は五分で済む。だが、あと十五分もすれば奴らが押し寄せるぞ」


 十五分な。タイマー起動。

 ここまで黙っていた貝塚が口を挟んだ。

 隣のモニターに地形図のポインティングと俯瞰映像が何枚か表示され、ワイヤーフレームでの細かいマッピングや解析が始まっている。


「変電所はこちらで把握した。さっきまで無人の施設だったが、既に占拠されているな。送電はカットされている。無人機では破壊せずに掌握するのは難しい。幾人か送るかね?」


 そんな、待ち構えてる所を襲撃する必要も無いだろ。

 ”用意・ドン”で正面から撃ち合っていいのはゲームの中だけだ。


「井上。送電量は分かるか?」


 さっき、調べてたよな?

 ハッとした井上が貝塚をチラッと見ると、貝塚は顎を小さく上げた。


「変電所からあの建物までの送電量は、最大で五万キロワットまで可能ですね。過去の送電量は二万弱が最大値です」


 五万は無理だが、二万ならいけるか?


「おい、エルフ。二万あれば足りるか?」


「必要電力は本体を見ないと分からない。過去の送電ってのはいつの事だ?」


「約七年前ですね」


「あれか。ならそれで足りる」


 よし。


「貝塚。電源車はあるな?」


「電源ヘリが一機有る。送電量が足りないから他に電源積んで三機分くらい出す必要があるな」


「使える電源は何でもいい」


「北条」


「はい。開始しました」


「よろしい。さて、りょうま君。時間が無いので甲板まで走ってくれ給え」


 貝塚がポンポンと拍手する。

 結構広いんだよなぁ。この軽空母。

 肩と膝を少し回す。

 白川がかけていた眼鏡を俺に投げる。

 見ると、艦内のナビが表示されていた。


「ちょっと待って!奴らが来たら・・・」


 通話の向こうでエルフが叫んでいるが、とりあえず走り出す。

 つつみちゃんが最強スフィアを二つこっちに付けてきた。

 大盤振る舞いだな、百人力だわ。


”サポートする。死なないで”


”さんきゅ”


 フルスロットルで駆けていると、眼鏡に貝塚からログが来た。


”少し厄介だね。襲撃は撃退が非常に面倒だ”


”何だ?”


”メインウェポンは大型兵器による炭疽菌散布だそうだ。物理火力での支援は出来ない”


 はた迷惑な奴らだな。


”熱焼却は可能だが、更地にしては元も子もないからね”


”爆風で炭疽菌と石綿がまき散らされたらどうするんだよ”


”そうそう。あのチューブ群が這いながら大量に迫ってくるという話さ。なかなか壮観だろうね。ハハハ”


 はははじゃねーよ、こんちくしょう。


”そのアトムスーツは抗菌完璧なのかね?”


”問題ない”


”使い捨ての無人機はある程度展開させるが、最低限の人員を残して、引き揚げさせるよ。流石に戦闘に耐えきるバイオスーツは数が少ない”


”俺とエルフだけ残せばいい。電源管理はマニュアルくれ”


”まだ、スミレに恨まれたくないのでね。放りだしたりはしないさ”


”ファージも使えるし、菌はなんとかなる”


 たぶん、分離出来る。

 あのデカいチューブから銃撃されながらもっさもっさ撒かれたら困るが、間に合えばいいだけの話だ。

 くっそ、全力疾走は疲れる。アシストスーツ欲しいな。

 ナビ通り行ったら、階段駆け上がらされた。通り道になる通路は人払いが済んでいたらしく、ぶつかることは無かったが、急に走ったので苦しい。一秒が惜しい。


「乗ってください」


「はぁはぁはぁっ!」


 返事も出来ない。

 甲板に出た俺は、目の前で待機していたスタッフのバイクに二ケツでかっ飛ばしてもらった後、横滑りで輸送ヘリに横づけしてもらうと、そのまま飛び乗った。


「おい。炭疽菌だと。ふざけんなよマジで」


「俺、最近気管支が調子悪いんだよな」


 メットをした途端、間抜けなおっさんの声がして気が抜けた。

 とりあえず、体内のファージコントロールで体調を万全の状態にしておく。

 何で傭兵のバカ二人が乗ってるんだ?

 しかも、バイオスーツ着てないし!


「タバコの吸い過ぎだろ?禁煙しろよ」


 それより!


「まさか、一緒に下りるんじゃねーよな?来るなよ?」


 傭兵二人は顔を見合わせる。


「来るなよ?絶対来るなよ?ってやつか?」


「フリじゃねーし!マジで来んな!医療ポッドでも治る前に死ぬんだぞ!?」


「まぁ、ダイジョブだろ。ボウズがファージ使えるし」


「ゲジゲジより楽だしな」


 ”なーっ”とか仲良くハモってる。

 面倒臭い、ミスれなくなったな。


「第一よぉ、相手が物量で来たら火力無いと詰むだろ」


 なんかタバコ吸い始めてるし。

 まぁ確かに、いくらファージが使えるとはいっても、デカいチューブがのたうち回って炭疽菌の煙る中、バイオスーツ着てる奴らに四方八方からショットガン撃たれたら詰む。貝塚の無人機にはある程度期待はしているが、奴らのハッキングがどの程度の精度なのか、エルフに聞くか。


「棺桶余分に置いてくらしいからよ。俺らが弾切れしたら、入っとくから弾避けにしてくれよ」


「ギャハハ。お前の墓いらねーじゃん」


 ぎゃははじゃねーよ。この馬鹿ちんどもが。

 ぶっちゃけ、助かるんだが。


「我々の方でも五人残ります」


 ヘリ内のケーブルを弄っていたバイオスーツのスタッフが眼鏡にデータを送ってきた。


「そちらのお二人は本当にスーツいらないんですか?」


「自前のアシストスーツ脱がなきゃだからな。勘が鈍るんよ」


「スーツのオフライン化は出来ないんだろ?」


「対策は万全ですが、そういう事なら、用意だけしておきます。フルフェイスマスクは必ず持って行ってください」


 スーツ着たらモニタリングもされるからな、敵対企業に手の内全部見られるのは面白くないか。

 来なきゃいいだけの話なんだが。


「あと二十秒で到着です。屋上から地下四階まで立坑を開けてあります。ラぺリングは出来ますか?」


 あれはミスると手間だ。


「ファストでいい」


 スタッフがギョッとしている。

 傭兵たちが口笛を吹いてる。


「ブレーキレバー装備して無いですよ?」


「グローブだけ、あったら貸してくれ」


 アトムスーツの摩擦耐熱は問題ない。手の内側部分はそんなに厚くないので、スピード降下したいからもう一枚欲しい。


「そのアトムスーツ、アシスト機能無いですよね?」


「無いな」


 渋い顔になったスタッフが連絡を取っている。


「着いたから俺ら先に行くぞ?」


 傭兵たちは奇声を上げて下りて行ってしまった。


「手間取るならこのまま行く」


「ああっ!?サポーターどうぞ!」


 手投げで渡された簡易サポートのグローブだけ付けて滑り具合だけ確かめる。


「行ってくる」


「お気をつけて!」


 手と足で調節しながら一気に降下していく。

 電源用ヘリたちが対空する中、俺らのヘリは屋上ギリまで寄せてくれていたので、それほど煽られる事は無かった。

 なんか、この縦にぶち抜かれた階層見ると、サワグチ救助の時を思い出すな。




 暗い立坑を危なげなく降り下につくと、アトムスーツは無事だが、サポーターは結構発熱して焦げていた。してて良かった。視覚補助を起動すると、カメラ越しでは気にならなかったが、この建物の中はクッソ汚いな。

 真っ暗な中、無人機のライトが周囲を照らしている。

 傭兵二人に黒ずくめ一人、あとエルフ。棺桶は一台だけ待機している。

 マップを見たら、残りの棺桶は一階だ。他の黒ずくめたちは一階で見張りに付いている。


「九十秒後に電源復旧します。それまでに情報確認お願いします」


ガラガラとケーブルを引っ張って降りてきたスタッフ数人が、そのまま五階へ降りていく。

 エルフに挨拶しておくか。


「初めまして、横山だ」


「あたしは・・・」


 言い淀んでいる。


「略称でいいぞ」


 口の端を曲げたエルフは、軽く身震いをした後。


「舞原だ。よろしく」


 外傷はだいぶ治ってきたが、顔の腫れや抜けた歯が痛々しい。

 スタッフが今持ち込んできたレディース用のつなぎとブーツを着用している。


「通路の先まで歩く」


 膝まであるゴミをかき分けて黒ずくめがくぐもった声で先導する。

 少し地鳴りがして、天井からパラパラと埃が落ちてきた。

 時間は後九分弱ある。


「生体認証にはヘルメットを取ってもらう必要がある」


「分かった」


”認証中は、あなたの遮断と防壁展開はさせてもらう”


 つつみちゃんがスフィアから発言し、直ぐに周囲のファージトラップ探査が始まった。


「ああ」


 返事をしてからエルフは目を見開いてスフィアを二度見した。

 余計な事言うなよ?


 正面の壁には、ライトに照らし出された毛深い豚の皮が一面に張られている。

 シミが多く、かなり萎びている。生きてるのか?これ。

 表面に真っ赤に膨らんだダニっぽいのが大量に貼り付いている。

 傭兵の一人が無意識にポリポリ腿を掻いた。


「ファージで見てる。気になるなら殺しておく」


「頼む。蕁麻疹が出そうだ」


 繊細な傭兵と違い、エルフは気にならないようだ。

 皮を所々弄っている。

 その間、俺はファージと周囲の埃を使い、ダニ共の頭だけ丁寧に潰していく。

 血の塊は皮から剥がれ、ポロポロ落ちていった。


「起動したら二メートルくらい手前に立ってくれ。自動認証が始まる筈だ」


「作業順調。残り二十秒」


 黒ずくめが周囲のゴミを乱雑に退け、スペースを作った。

 メットを取り、深呼吸。ぐぇっ。臭いな。

 埃とカビとクソの強烈な匂いがする。

 それに、硫黄の臭いが酷い。

 地下だから余計か?

 酸欠になりそうだな。


「空気は弄って良いのか?」


「認証中は止めてくれ。確かにここの空気は悪いが、少しくらい吸っても直ちに健康に害は無い」


 そう言うエルフは、鼻が慣れているのか、出されたマスクを拒否し、装着していない。

 黒ずくめがカウントを始めた。


「五秒前、三、二、一」


 目の前の豚の皮がブルンと痙攣し、通路上のライトが一瞬付いて消えた。


「電灯は全て消しておくそうだ」


 同時に、黒ずくめが俺の眼鏡に作業ログを送ってくる。

 送電量も含め、イニシエーションルームのデータ、あと地形データと共に外部カメラのリンクも百個程来た。


 正面の壁が熱気を放ち始め、ゴポゴポと内部から水音を響かせると、ズルリと皮が裂けて、俺の顔より大きいサイズの血塗れの豚の鼻が四つ飛び出た。

 やっぱ豚だよなぁ。鼻には皮が無いのでかなりキモい。

 血とリンパ液をダラダラ垂らした鼻たちは、執拗にフゴフゴやっている。

 十秒ほど嗅ぎ、満足したのか鼻が引っ込み、今度は上の方に大小様々な単眼が何十個も開く。何個かは白く濁って機能してなさそうだ。

 視覚以外にも、ファージ走査されているな。俺の知らないやり方だ、記録はするが、危険なのでデータは隔離しておこう。

 今はノーガードなので、セキュリティはつつみちゃん頼みだ。


「よし、入ってくれ」


 目たちが閉じると、皮の中心が真っ二つに裂け、人一人が通り抜けられるサイズに開いた。

 陰唇等は無いものの、女性器っぽく、ちょっと厭らしい感じだ。

 血生臭い熱気が穴から常に吹きつけてくる。

 エルフがボトボト体液が垂れる中をかき分けて入って行く。


「俺らも入るの?」


 傭兵たちはめっちゃ嫌そうだ。首からフードを引っ張り出している。


「拘束具のセットに結構手間がかかるからヘッドセットだけにしたい。作業中はあたしが暴れるから外れないよう全員で押さえつけておいて欲しい」


「しゃーねーな。ねーちゃん戻ったら奢れよ」


 エルフは鼻で笑った。


「ムサい男はもうコリゴリだ。横山になら奢ろう」


「つれないねぇ」


「フラれてやんの」


 こいつら、いつも平常運転だよな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る