第86話 日本語の流暢なエルフ

「横山」


 綺麗な日本語だ。


「あたしはあなたを二度救った。借りを返せ。恩には報いる」


 腫れてて口がよく開かないのか、喋ってて苦しそうだ。

 クソ二人に殴られたのか折られたのか、さっきは有った前歯が無くなっていて、鼻と口からダラダラ血を流している。

 黒ずくめが全体に組織修復剤をスプレーしているのだが、お構いなしでカメラを見つめて喋っている。


「聞いているんだろ?!時間は無いが、ここから出るだけでは駄目だ!地下四階のイニシエー」


 ぷつりと切れた。


「催眠の危険が有りますので、ここからは文字に起こしてログ表示にします」


 可美村係長。

 分かっちゃいるけどさ。

 どうなのよ。空気読もうよ。


”イニシエーションルームであたしの小脳を換装してから救出して欲しい。あと一人は元スリーパー。もう一人は友人のエルフ”


「この二人は確保済みです」


 と、可美村が付け足す。

 元スリーパーって何だ?


「確保時の映像は有りますが、見ない方が宜しいかと思います」


 ゲロでも吐きそうな顔だ。美人はどんな顔しても美人なんだな。


「そもそも、何で脳の入れ替えをする必要があるんだ?確保してこっちで入れ替えれば良いんじゃないのか?」


 俺の疑問に、北条がつつみちゃんを見た。

 つつみちゃんが説明をしてくれた。


「よこやまクンには、ナチュラリストに関して調べないでって言ってあったけど。イニシエーションはエルフの独自技術で、人類は技術開発出来ていないの。脳を生きたまま持ち出せて綺麗に換装出来たとしても、まともに機能する可能性は低い」


 なら、話は早い。


「なら、現地でするしか無いな」


 可美村が深呼吸をした。


「・・・イニシエーションルームの解錠には、セキュリティ・クリアランス最高レベルの生体認証が必要だそうです」


「罠だったんでしょ」


 その気迫に、”ぞくり”と背筋が震えた。

 つつみちゃんが静かに、キレている。

 ファージが抜かれているのに、腰のポシェットからクァドラテックスフィアが浮き上がり、北条と白川が目をひん剥いている。

 そりゃ、ビビるよな。

 詰めていたスタッフの何人かが腰に手を当て、丸腰なのに気付いてこっそり手を戻している。

 見てたからな。

 つつみちゃんのポシェットにも、折り畳み式のタッチベースと手の平サイズのシンセサイザーがチラッと見えた。

 皆、頼むから早まるなよ。


「我々の手には余りますね。代表に対応頂きましょう」


「その前に、ファージを繋げて」


「出来かねます」


 つつみちゃんが俺を見る。


「繋げてくれ」


「わかりました」


 佐藤は細く溜息をついた後、スタッフに指示を出す。

 つつみちゃんから接触通信が来た。


”法務関係はアドバイザーしか連れてきていないの。言葉遊びで下手な事言えないから注意して、ガードは全開で良いよ”


 いつになく好戦的だ。相当怒っているな。

 でも、冷静に対処したくはあるみたいだ。

 つつみちゃんが法律関係苦手なのは知っているが、今俺達が成すべき事はいたってシンプル。

 論点をはき違えなければ大丈夫だ。

 よく見ると、ファージは開放したと見せかけていくつかの部分が隔離してある。

 船の心臓部や、要人のいるスペースだろう、気付いたからって別にどうこうするつもりは無い。


 モニタリングしている筈なのだが、貝塚と通話は繋がらず、佐藤とつつみちゃんは一分ほど睨み合っていた。

 丁度一分後、貝塚が部屋まで来た。

 つつみちゃんと佐藤を一瞥し、俺を見る。


「話を聞こう」


 ガード全開とは言われても、貝塚相手に大した事はできないだろう。

 この辺りでアカシック・レコードのリソースなんて危なっかしくて使えないし、生身の頭一つだけでシステム艦とこの軽空母のスペックを相手にするなんて考えただけで鼻血が出そうだ。周りの猛者に対処しながらネットもリアルもガチバトルなんて面倒過ぎてやりたくないので、なんとか穏便に済ませたい。


「今回の青森行きは、よこやまの利用または確保が目的だと判断した。よこやまの契約者及び身元引受人として、容認できない事態になった。直ちに全行程を破棄、帰還を要求する」


 つつみちゃんが押し殺した声で呟き、貝塚を睨む。


「なるほど。佐藤」


「えー。今回の対象候補を確保する為に、クライアントが現地に行く必要が出てきました、真偽は不明です。それに対してクライアント代理人が以降の行程全てを拒否して帰還を求めているのが現状です」


 貝塚はその場の全員を見渡し、一呼吸置いた。


「我々はクライアントの意思を尊重する」


 つつみちゃんがカッと全身の毛を逆立てている。


「りょうま君。どうしたいかね?っとその前に、判断材料が少ないね。通話を繋ごうか」


「えっ?!」


「ちょっ!!」


 可美村とつつみちゃんが悲鳴を上げた。


「私がフィルタリングすれば問題ないだろう?」


 スタッフたちが騒然とする。

 代表自ら人柱になると言えば、俺らも何も言えない。


「問題ありません」


 佐藤がつつみちゃんに言い聞かせるように顔を向けた。

 つつみちゃんは恨めしそうに俺を一瞥し、ポシェットに手を入れる。

 北条が何か言おうとしたが、貝塚が睨んで止めた。

 つつみちゃんはのろのろとシンセを取り出し一言。


「対処はさせてもらう」


「よかろう」


 貝塚が頷き、スタッフに指示を出すと、通話がつながり、モニターに現場のカメラ映像が映る。

 黒ずくめのカメラではなく、部屋の中に入った無人機からの映像だ。

 現場の制圧は既に済んでおり、四つ耳のエルフは棺桶に腰かけて俯いていた。出血は止まっているものの、痛々しい。パニック状態は落ち着いたみたいだ。

 ほぼ全裸でまともな掛けるものがないので、黒ずくめが持ち込んでいたアルミシートを被っている。

 促されてカメラに目を向けた。


「もう間に合わないけど、一応言っておく。横山。あたしが必要としているパーツには、君の母からの非常に重要なメールが一通含まれている」


 自分が息を呑んだ音が聴こえた。


「申し訳ないが、当時、内容には一度目を通した。文面にリンクもいくつか有ったが、記録はしていない。あたしが覚えている範囲内で内容を伝えることはできるだろう」


 母からの、メール?


「君はあれを読んでおくべきだと非常に強く思う。だが、時は残酷だな」


 泣いているのか?笑っているのか。肩を震わせてシートを胸にかき抱いている。


「その小脳は何で必要なんだ?」


 俺の問いにつつみちゃんが呻いた。

 心が痛いがスルーする。


「あたしを構成する重要な一部だった。この今入ってるクソとは違う」


 エルフはカメラを見た。


「でも、もう良いんだ。来てくれただけで十分だ。回収して、亡命させてくれ」


 痛々しく微笑むエルフは、さっきまで暴行を受けていた女の顔ではなく、慈愛と諦めに満ちた複雑な表情をしていた。


「小脳入れ替えに何が必要で、何が足りないのか聞こうか」


「知ってた」


 つつみちゃんがリアル音声で即レスをくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る