第85話 夕飯前の突入作戦

 今回対象は一人だけだ。

 他二名は”人の形をしていない”という事だし、対象外だが、なし崩し的に救助しそうだ。

 欠損が激しくて自力で歩けない状態だから、棺桶を多めに持ち込むそうだ。

 ”棺桶”は通称で、正式名称は”自律型遮蔽物及び緊急搬送台車”と言う。

 超重量で盾にもなる自動で動く担架だ。

 突入作戦時にはこれを前面に押し出して、隙間からアームで制圧射撃する。

 ガスや爆撃など、空間で制圧してくる兵器は防げないが、これだけで前方からの射撃は無効化して一方的に攻撃しながら前進出来る。

 俺が起きていた昔は、ポリカーボネイトの分厚い盾を、人力でえっちらおっちら運んで銃盾を作っていたが、時代は変わったなぁ。

 高級品で用途が限定されるので、軍と警察のみに配備され、民間には売られていない。

 貝塚グループならでは、自前で作って売っているものをそのまま使っているのだろう。

 立てても横倒しでも動かせるし、十階建てのビルの屋上から落としても壊れない。その程度の高さなら格納した中の人も無事らしい。すげぇな。


 作戦はこうだ。

 まず、ワームを使って電源を落とした後、ケツを振ってるクソ野郎たちがズボンのベルトを締めて外に出たタイミングで電源を戻す。安全確保のため部屋は電子施錠。警報は無いが、緊急アナウンスが電源室から操作出来るので、気にせず部屋から出なかった場合はこれを発報させて、そのタイミングで棺桶と人員を投下。

 出入口に詰めている四体の警備ロボは艦砲射撃で破壊する。

 階段から一気に地下二階のターゲットまで近づき、棺桶に確保した後、一階に上がる。

 その間に、予め付近に落下傘で着陸させておいた空挺装甲車に全員載せ、付近で待機していたヘリを超低空飛行させ、そのまま回収して離脱。

 当然、ヘリを近づける時は力技で大量に無人機やら戦闘ヘリを飛ばすそうだ。


 金を湯水の様に使った、中々素敵な作戦だ。


「装甲車、落下の衝撃で壊れないのか?」


「ヘリで建物付近に二回離着陸するのは危険だし、屋内からヘリへの移動時が一番危険です。ターゲットの安全確保にはこれが一番ローリスクです」


 北条の言う事は最もだ。だが、これは、外部からの全面攻撃がある想定での作戦だ。


「チューブ地帯からの攻撃があると想定しているんだな?」


 北条が頷く。


「湖上の、日光を遮断していた不可視の浮遊物も気になります。最悪、施設ごと爆撃されても完遂できる手順です」


 口調は丁寧だが、目がキラッキラしている。


「楽しそうだな」


「不謹慎ながら。今回は資金が潤沢ですので」


 予算を気にしない作戦って良いよな。


「代表が金額書き放題の小切手切ったのは今回がハジメテじゃねーの?」


 白川は鼻歌でも歌い出しそうだ。


”モニタリングしてるぞ”


 機材の一つから貝塚の声が聴こえた。


”経費削減の為、白川君は今回の臨時ボーナス全面カットで宜しいかな”


「失礼致しましたぁ!」


 白川がサッと立ち上がって素敵な敬礼を見せると、続けてスタッフ全員が最敬礼している。

 よく訓練されているな。


”続け給え”


 貝塚に見られているのを意識してか、北条の背筋が伸びる。


「既に、施設内の人間には、靴裏にワームを貼り付かせてあります。制圧時に適切なタイミングで這い上がらせますでの、制圧はスムーズに行われるでしょう」


 大変、趣味が良いな。

 大の男でも飛び上るだろう。


「輸送機全基、回収用装甲車、回収用ヘリ、制圧用ヘリ、スタンバイ」


「手順。全てスタンバイ」


「全て確認。完了」


 北条に併せて、井上と可美村が手順確認をした。


「代表、許可をお願いします」


”ふふ。掛け声はりょうま君に譲ろう”


 俺?


「作戦開始」


 北条と白川が噴き出した。

 井上が真顔で作戦開始を指示。甲板の映像では、シューターもおらず誘導灯も付いていない中、艦載機が続々と飛び立って編隊を組んでゆく。

 ふぉ~!!カッコええ・・・。


「もっとさぁ。気の利いた事言えねえのかよ」


 案の定、白川からNGが入る。


「この間、ヘリの中で気の利いた後押し貰ったもんで、食傷気味なんだ」


 キメ台詞言ってみたい気持ちも有ったんだが、どうせ録画されてるしなぁ。

 後でスミレさんに見せるんだろうし、恥ずかしいからヤダ。


「何て言われたんだ?」


「アンカーに落ちる時は”レッツパーリィ”だった」


 白川と井上がツボに入ったらしく、咳き込んでいる。


”スミレが言ったのか?”


 貝塚が気になったみたいで、マイク越しに聞いてきた。


「いや。言ったのは、えっと、舞原だ」


 白川と北条が”誰だっけ?””どこのまいばるです?”と首を傾げていて、可美村からあんちょこをもらっていた。


「ああ。ルっちゃんか。何であんな所乗ってたんだ?」


 白川が聞いてくるが、言ってしまってから答えに困る。

 ヤバい。ノリで口が滑った。


「企業秘密」


 おっと。つつみちゃんが有無を言わせぬ一喝だ。

 ”めっ”って言われた。つつみちゃんに”めっ”って。




 電源を落とし、ゴミ二人が廊下に出たのを確認した後電源復旧、ドアをロックする。

 甲板の映像で、護衛艦の一隻からの艦砲射撃が見えた。

 始まったな。

 映像がカメラを意識したアングルで憎たらしい。


 山なりに飛んだ砲弾は、ピンポイントで建物の出入口を二箇所破壊。

 同時に、屋上に棺桶が突き刺さる。

 その後も、付近に何発か威嚇で落としている。


「あ。一個屋根抜きましたね」


「結果オーライ、ドアは使いたくなかった。そこから下りれるか?」


 超低速航行する輸送機から大量の無人機と共に真っ黒な人型が続々と降りていく。

 使い捨ての無炎ジェットスーツで降下したようだ。

 落ちた棺桶の抜いた穴に無人機や残りの棺桶と一緒にぬるぬると吸い込まれてゆく。

 表示画面のほとんどは建物内部の映像に切り替わった。


「抵抗しない奴らも殺しますが、良いですね?」


 北条が俺に確認を取る。


「研究者がターゲットだった可能性もある。警備員以外は生かしてくれ」


 白川が面倒臭そうな顔をした。


「その為に棺桶六個持ち込んだんだろ?」


「三個は救護者用だ」


 とりあえず、煽っておく。


「お宅の子たち、ケガすんの?」


「しねーし」


「なら、死なない程度に優先順位は守ってくれ」


「ふん」


 白川が指示出ししたら、黒ずくめの一人が、カメラに向けて中指を立てている。余裕ありそうだな。

 装備の詳細は教えてくれなかったが、外観は全身ガチガチにフルメタルボディアーマーで固めている。サイドアームも全員が二本ずつ背負っていて、突撃銃はサイドアームに装備している。初めに反撃してきた警備員四人を、棺桶を盾に二秒で制圧して、その後は中にいた奴らほぼ全員隠れてしまった。といっても、こちらからは丸見えなんだが。


「電源入れたくなかったですね」


 北条がぼやいている。


「ターゲットの安全優先だから、仕方ない。ついたぞ。隣の部屋にさっきの二人まだ籠ってるから、排除してからだな」


 そう言う白川も指でモニターを苛立たし気にコツコツ叩いて気に入らなそうだ。

 ドアの内側で待ち構えていた警備員を通路側から撃ち抜き、その後ドアをショットガンで開けてから更に止めを差している。

 エルフが隔離されてる方のドアを開けたら、各階の廊下にガスが天井から激しい音と共に降り注いだ。一人と棺桶一台だけ中に入り、他のメンバーは慌てて反対側の部屋に逃げ込む。一気に室内が緊迫した。

 言った傍からのアクシデントに北条が小さく舌打ちする。


「被害状況。成分分析」


”直ちに影響無し”


 現場からのログに息を撫で下ろす。

 全員、肌の露出は無く、フルフェイスで防毒マスクはしているものの、防げるガスの種類はどうしても限定的だ。


「ファージ対策用のガスですね」


 井上が出てくる分析を流し見している。


「細菌やウィルスの混入は不明なので、どの道戻ったら洗浄念入りにしないとです」


「とりあえず、全員回収して下さい。それ以外は予定通り」


 監禁されていた者三人全員を確保するようだ。


「部長、ターゲットが棺桶に入る事を拒んで揉めています」


 可美村が動画を正面にアップすると、ボロボロのエルフが叫んで何かを訴えている。


「ヨコヤマリョウマと話させろと言っているそうです」


 一瞬で室内が緊迫する。


「旗艦のファージを直ちに遮断、作戦室もファージ二重遮断」


 北条が即断し、部屋の空気が急速に入れ替わる。気圧の変化で鼓膜に違和感がきた。


「干渉はありましたか?」


「ありまし、たが数値は、未満です」


 ファージ遮断されたのに気付いたエルフは半狂乱になり黒ずくめに掴みかかっている。

 声を絞りだした可美村は、びっしょり冷や汗をかいていた。

 ぽとりと、力を失って落ちてきたスフィアを佐藤が器用にジャグリングしながら懐に仕舞った。

 北条が画面を睨みながら呟く。


「佐藤君、どうしますか?」


「そうですね」


 佐藤は、真っ黒な瞳孔を開いて俺を見ている。

 顔中のひげが細やかに動き、複雑な思考をしているのが窺える。

 貝塚とこっそり通信でもしているのだろうか。

 動物の表情を読む練習とかしておくべきだった。


「クライアントの意思を尊重しましょう」


 俺はつつみちゃんを見る。


「通話だけなら」


 一言、そう言うつつみちゃんの顔は真っ青を通り越して唇まで真っ白になっている。

 今にも泣きそうだ。


「つなげてくれ」


 とりあえず、聞こう。

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