第84話 三日目 夜
なけなしの意思をコテンンパンに砕かれた俺は、既につつみちゃんの従順な奴隷だ。
いつまで続くのかと直立不動で突っ立っていたが、準備が出来たと連絡が入り、やっと開放され戻る途中、新事実が判明した。
因みにカプチーノは冷めた。
「あのコンクリチューブですが、大量のアスベストを含んだ軽量鉄骨で出来ています」
歩きながら、可美村が構造分析したデータを見せてきた。
「マジで」
俺は絶望したが、つつみちゃんは頭の中がハテナだ。
今は使わないし、使用禁止素材だもんな。
「ああ。吸い込むと肺に刺さる鉱物なのね」
軽く検索をかけたらしい。
「見た目ほど重くないのか」
「ええ。内部は空洞で軽金属の骨組みが見受けられるのですが、やはり何の為の構造物なのかは不明ですね」
うーん。
確かに、使い道がわからん。
下で動いてた奴らとか、生き物じゃなかったのか?
あの辺りでだけ攻撃された意味も不明だ。
防衛設備は、あのエルフが暴行受けてた場所の方が遥かに金かけてるもんな。
「あのチューブの辺りは、ロボットの自動反撃じゃないのか?」
「動画が一つだけ有ったのですが見ますか?」
差し出された手持ちのパネルに表示された動画には、超望遠で霞んでいたが、チューブの林の下、白い粉に埋もれた建造物の影に素早く移動したマントの人影が、銃身の先の方しか見えていないが、マントの隙間から長い銃を構えてカメラを撃ち落とす様が映っていた。
撮影していたカメラには気付かなかったのか、そのまま奥に消えた。
「ショットガン。どこ製だ?」
「カワサキ製鉄ですね。二百年以上前のモデルですが、製造年月日は不明です。我々の知る限りでは、百六十三年前に作られたのが最後です」
地下製ってことは・・・、無いかな。
武器を上に持っていくの禁止だもんな。
自力コピーしたか、骨董品か。弾有るって事はコピーかなぁ。
「東北で昔、猟師がタヌキ狩りでよく使っていたモデルで、単発式です。音紋解析したのですが、使われたのはこの銃だけですね」
「何台落とされたんだっけ?」
「十七台です」
「破壊された時間の分布とかは?」
「ああ。そうですね。グラフ化してみます」
ばらけてはいるものの、グラフの山は二つ有った。
「連射するのに上手い人だと何秒くらいかな?」
「作戦部の白川に聞いてみましょう」
うちの傭兵でも知ってそうだけど、顔を立てよう。
モニター部屋に戻ると、皆ガサガサ片付けている。
「ああ。可美村係長。作戦指揮室作ったそうなので移動です」
井上は両手いっぱいに機材とコードを持って、部屋を出る直前だった。
「だそうです。移動しましょう」
先に立って歩き出す可美村。
「持とうか?」
俺が井上に声をかけ手を出すと、可美村が慌てて止めた。
「お気遣いなく。ショットガンについては、白川が作戦指揮室でついでに説明するそうです」
井上も苦笑いしている。
つつみちゃんはなんか冴えない表情だ。不穏な顔で俺を見ている。どうしたんだ?言い過ぎたって後悔してるのかな。
作戦指揮室は空母に作られた。
俺らはヘリでまた移動だ。
イヤーマフは辞退してメットの遮音性能を試してみた。
別に、突入作戦を意識した訳じゃない。なんとなくだ。本当だ。
つつみちゃんの視線が痛いな。
以前、公園で傭兵が使っていたシステムをアトムスーツに導入してもらったんだが、試験運用がまだだったのを思い出して、丁度良かった。
起動許可をもらって、ヘリの音も自分の出す音も色々試せた。
井上が興味津々で見ていた。
指揮用機材が常設してある第四指揮室に足りない分の機材が運び込まれる。
主に。俺とつつみちゃんのファージ接続遮断関連の物だ、手間のかかる設置も無かったから直ぐに済んだ。
室内にはモニタリングするスタッフの他に、貝塚と白川と後目つきの鋭いスキンヘッドのおっさんがいた。視覚補助グラスで視線が見えない。
殺し屋と似た雰囲気を感じる。
見た感じ筋肉があまりついて無さそうだが、典型的な遅筋体型だな。
やり合いたくないタイプだ。
「今回の作戦指揮を受け持つ北条です」
腹に響くバリトンボイス、めっちゃ低姿勢だ。無気味さが増す。
「おいおい。カッコつけてると、ボロが出た時落差が激しいぞ?りょうま君、つつみ君、注意し給え。白川と北条は歩く下ネタ製造機だからな。適度にスルー推奨だ」
「代表。俺と北条を一緒にするな」
二人とも、文頭と文尾に”パッキン”付けないと喋れないタイプなのか?
「くっくっくっ。夕食前には終わるかね?一応十九時の予定だが」
現在時刻は十八時三分。
無茶ぶりが凄い。
「強襲部隊は既に出待ちです。偵察結果によりますが、多分間に合うでしょう」
北条はつつみちゃんを見る。
「お色直しには少々時間が足らないかもしれません」
つつみちゃんは片眉を上げ、腕を組む。
「ドレスコードでもあるの?」
「お嬢さんでしたら下着でも誰にも咎められません」
ドヤ顔で言う事かよ。
「なら問題ないね」
スタッフたちが口笛を吹いている。
「北条、若人をからかうなよ。わたしは一旦会議室に行く。夕餉前にもう一度くらい顔を出すよ」
「御心配には及びません」
何か調子狂うおっさんだな。
貝塚はやれやれと手を振り去って行った。
あと五十分で全て終わらせるつもりなのか。
頼もしい。
貝塚は一通り全員の顔を見回すとさっさと出て行ってしまった。
女の子救い出すって、サワグチの時思い出すな。
状況は全然違うけど。
こいつらは二ノ宮と違い、荒事特化のコミュニティだ。
きっと鼻歌歌ってコーヒー啜ってるだけで全て終わらせてくれるだろう。
「そうだ、ボウズ。使われたショットガンだが、弾は最近製造された物だ。連射は慣れてても五秒はかかる。結構壊されたんで正確な位置特定はできなかったが、発砲音は九箇所」
「ショットガン持ってるのが最低九人以上あの地帯に潜んでいるのか」
「ロボットかもしれん。兵装炙り出したければ、別口で色々出すぞ?」
あの映像は動きが人間臭かったけどなぁ。
別に俺は戦争屋じゃないし。
「今回のターゲットが違っていたらその時考えれば良い。チューブ地域からスナイプされる可能性は?」
井上をチラ見する。
「ええ。それも含めて、説明したいのですが、とりあえず偵察を開始して良いですか?」
北条がうずうずしているのでゴーサインを出す。
「どうぞ」
「よし」
ワームたち投下用の機体は既にエンジンを温めていたらしく、あっという間に発艦していった。
「飛行ルートは怪しまれないか?」
「抜かりない」
白川は老眼なのか?眼鏡をかけて画面操作している。
俺が見たのに気付くと、ニヤッとして指で眼鏡を上げた。
「俺は自分の体は弄ってないんだ。珍しいか?」
北条がワザとらしく溜息をつくと、白川が鼻を鳴らす。
「ふん。こいつは新しいものに直ぐとびつく。お陰でしょっちゅうあっちが壊れたこっちが壊れたって、ざまぁねぇぜ」
「時代に取り残された老害は、こうやって滅びていくんですよ。若人は反面教師としてよく見ておいてください」
どっちもどっちな気がする。
俺もつつみちゃんも、こいつらに比べれば危なっかしいガキなのかな。
「建物屋上へのワーム投下完了。カメラの死角で発生音は12デシベル以下に収まってます。二分後に開口予定」
「気付かれた時の為に何台か遊ばせとくか?」
「今の所カメラのレンズが動いた形跡はありません」
「なら、二台残して屋上のサーチし直しておけ、見落としが有るかもしれん。構造物と探知機材の再検索」
指示を出しながら、白川がフライタイプのロボットを半手動で操作していた。
「ねぇ」
つつみちゃんが口を開く。
「誰もトイレに行かなかったらどうするの?水が流れないでしょ?」
皆顔を見合わせて、一斉に笑った。
因みに、俺は至極真面目に澄ましている。
これ以上つつみちゃんにいぢめられる訳にはいかないからな!
「下剤でも持っていくべきだったか?」
白川はそう言って面白そうに俺を見ている。
俺が説明すんの?
「ワームの力ならタンク内から止水弁の操作は出来る。誰かが致してる時に抜け出る必要は無いよ」
「タれてるの流す時に出たらよ。クソ臭くてステルスしても直ぐバレちまうぜ!」
白川が、下卑た笑いでニタついている。
「奴ら、綺麗好きには見えないから、結構バレないかもな。ぐっ!?」
レバーに、良いのを貰った。
つつみちゃんの、肘が刺さった。
ノリで言った一言が余計だった。
白い顔の俺と、真っ赤なつつみちゃんの顔を見て、白川が更に笑い転げている。
「おっし。カバーも済んだ。穴開けるぞ」
強烈な光と共にフライタイプのカメラが壊れた。光は貯水槽の上面を溶かしながら中に潜り、水に落ちて消えた。
「火薬量丁度だったな。燃えカスはワームに排出させよう。見付かってねぇか?」
「他のカメラからは熱探知できませんでした」
「うっし。さっさといくか」
当然、水道管は真っ暗なので、ライト無しだと可視光カメラは見えないが、全水道管の把握から、トイレにたどり着いたワームの下水管把握、が三十秒程で終わった。
壁なども予測で内部構造が表示されて、全体像が出来上がっていく。
「む」
北条が唸った。
う~ん。面倒臭ぇな。
「地下結構あるな」
地上二階程度の箱型建造物かと思ったら、地下が五階層まで有った。
「地下で水力タービン回してますね」
オペレーターが電磁波探査と音波探査の結果を立体図に反映していってるのだが、地下に巨大な動力源がある。
「一通り終わりました。屋内探索開始」
一番小型のワームが二十匹ほど、各階の便器から這い出た。因みに一番下の階は動力室のみでトイレは無かったのでワームは出せてない。
余裕で見付かってない。しめしめ。
「内部の空気にファージは無しか。エルフ対策されてるな。」
白川が汚い舌打ちをして、つつみちゃんと可美村に白い目で見られている。本人にとってはご褒美なのがムカつく。
「へっへっへ。うん?清掃員雇って無ぇな」
廊下に出ると、ゴミだらけで明かりもタマ切れが多い。
「人が住んでるとな。建物ってのはどんどん汚れてゴミが溜まってくんだ。毎日、綺麗にしねぇと。掃除を人任せにしてきた奴はそれが分からねぇ。勝手に綺麗になってくもんだと思ってる」
「お爺さん。説教臭いですよ」
年寄りの長話が始まりそうな処、北条がやんわりと窘めてくれた。
「てめぇの方が年喰ってるだろうが」
「おいおいじいさん。血圧上がるぞ?」
俺、北条に付いておこう。
白川は面白くなさそうに舌打ちしたが、目が笑っている。
「ざっくり建付けは見たが、何かの研究施設だな」
白川がタッチペンを咥えて唸り、オペレーターが作成していってる図面に色々付け足ししている。
「だった。と言うべきですね。現在は施設維持だけ、小規模で管理されてると見ていいでしょう」
「地下四階はほぼ金庫エリアで侵入不可、地下五階は不明ですが、発電関連の施設でしょう。それ以外の人数は出ました。暫定で、研究員三名、事務員五名、警備員一二名、監禁隔離三名で内一名ターゲット」
「映像出せるか?」
俺が聞くと、オペレーターが北条の顔を見る。
意図的に出してなかったな。
「私が管理しておく、生存しています」
北条が真顔で硬く言った。
あまり考えたくない状況になっているみたいだ。
「さて。どうするか」
と言いつつも、白川はポイントに書き込みをしていってる。
既に粗方決まったらしい。
「ターゲットが一人で監禁された時点で突入するのがベストなんだが・・・」
暴行が現在進行中って事か。
突入した時に、早まってそのまま殺されたら困るな。
少し、口を挟ませてもらう。
「呑気に、終わるまで待つなんて言うなよ?突入直前に電源落とそう。輸送機で降下して、そのまま屋上から制圧すればいい」
スタッフたちがギョっとして俺を見る。
北条と白川の目が鋭くなった。
「ボウズ、言うねぇ。それじゃ懸垂降下できねーんだぞ」
「こいつらは、ハンドガンとスタン警棒しか持ってないだろ。内部からの逃走を阻止する為だけの警備員だ」
警備ロボも四体いるが、兵装はスタンガンとネットしか無い。全て、一階の出入口付近に張り付けてある。
このままだと、時間をかければ増援が送られてくるかもしれない。例えば、チューブ地帯とかからな。
「警戒だけしてる今のうちに事を起こすべきだ」
北条が時間を確認したのに気付いた。
「そちらの人員に出来ないなら、現場上空まで送ってもらえば俺が一人でやる。ああ。夕飯には間に合わせるよ」
煽ってみた。
つつみちゃんに小突かれるが必要経費だ。
「言うじゃねぇか。若いの」
「作戦はもう決まっています。プランBでいきます」
「Aが無ぇだろ」
ドヤ顔の北条に白川が呆れて突っ込みを入れた。
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