第83話 三日目 夕方

「あの施設との交流は無いのか?」


 念の為にもう一度確認する。


「先ほど言った通りです。ここがナチュラリストの支配地域だった場合、弊社の被害は相当なものになるでしょう」


「係長」


 井上に窘められて可美村は息を少し飲んだ。


「それも含めての。今回の作戦なので、ヨコヤマ様は気兼ねなく探索頂ければと思います」


 取って付けたようにフォーローされてもなぁ。

 恩着せがましく話を畳んできたが、貝塚としては事を構えるリスクを負ってでも俺と繋ぎを作りたかったんだろ?

 自分のところの社員にはどう説明してたんだろう。

 ナチュラリストを全面的に敵に回す以上、社員だって命はかかってくる。

 それとも、この地域でリスクが無くなったからコネを作りたくなったのか?

 でも、そしたらカメラをボコボコ壊される事も無いよなぁ。

 マッチポンプの必要経費か?

 事前に調査してあったら、履歴で俺に直ぐバレるから、信用が欲しけりゃやらないよな。

 実際、調べた痕跡は見つからないし。


「さっきの女性の該当者は?」


「今終わりました。ここ十年の地下市民該当記録は無いですね」


「エルフだと寿命何年なんだ?」


「二百年でもう一度検索かけます」


 エルフって二百年生きるのか?

 DNAどうなってるんだろ。デザイン初期の個体がまだ生きていたりもするのかな。


「あー。近い骨格が出ました。マイバル・ナツメコですね。三親等以内で確定です」


 どこかで聞いたことある名前だな。


「ナツメコさん・・・」


 つつみちゃんが呟く。

 ルルルか!


「親兄弟の話って有ったか?」


「わたしより少し年下の子供がいたらしい、音楽性の違いで亡命時に置いてきたって」


 それは、どう突っ込んだら良いんだ?


「耳四つなのか?」


「容姿は聞いてない。見た時まさかと思ったけど。雰囲気・・・は確かに似てた」


「あいつの子供なら、やっぱ科学者の血筋なのかな?」


「”あたしに似て才色兼備なんだ”って自慢はしてた」


 ここは、あのエルフで確定にしておこう。

 俺の過去より、つつみちゃんの方が大事だ。


「クロだな。エルフの亡命基準とかどうなってるんだ?」


 いささか浅慮に見られるだろうが、それはそれで良い。クロという事にして話を進める。


「先ほどの映像だけで立証可能です」


「亡命者の救助プロセスとかテンプレあるのか?」


「総務の法務部門が只今”あさま”より向かっております」


 あさまは旗艦の軽空母の名前だ。ヘリで来るだろうから、後数分でここまで来るかな。数分間あるので、つつみちゃんに要点をまとめておいてもらい、俺はその間に判明した要素をチェックしていく、成分分析の結果や、生態系の把握も秒単位で進んでいる。

 近づきたくない危険な所は・・・、チューブエリアと、南の河口近辺の落とし穴、後湖畔の建造物以外にも、透明だが日光を通さない意味不明なエリアが恐山の宇曽利山湖上空中に一部有った。直径三十メートルと巨大だが、形状は定まっておらず、只の空気の塊だ。

 これは移動してる気配はないので、近づかなければ良い。

 兵器だった場合も考えているが、だとしても利用用途が不明だ。


 俺たちは学者ではない。全てを解明し、理解する必要はない。

 危険を察知し、問題を避け、目的を遂げ、五体満足で逃げ出せれば、それで十分だ。変な透明の物体を見ていたつつみちゃんが、何か思いついたらしく、くすりと笑った。


「よこやまクン。ポルターガイストって知ってる?」


 大好物だけど。


「ふふ。どこが怖いのか全く理解不能だけど。シネマティックファージがグローバルスタンダードじゃなかった昔は、基教圏では恐怖の代表的な表現だったんでしょ?」


 知ってる。


「うん?」


 促す。

 可美村と井上も、作業がてら聞き耳を立てている。


「見えないモノや、半透明の光る空気が、物理現象に介入したり、人体に悪影響を与える・・・。どうやって?エネルギーは?幽霊だ呪いだって言うけど。思念を構成する神経回路が物理的に存在しないなんてスーパーパワー過ぎない?」


 俺は当時、心霊現象は大好きだったが、全く信じていなかった。


「当時、本当にそういう現象が有って、解明できていたら、人類は永久機関でも作れてて、恒久的に資源戦争から開放されていたと思うよ」


「良かった。それって、当時の一般的な意見?」


 どうなんだ?


「誰でもそうだと思う。見えないものを恐れて、知らないものを怖がる。俺は心霊現象は好きだが信じていなかった、かといって見えないからと死者を冒涜したりとかはしようとは思わなかった」


 井上が首をかしげている。


「死後の世界を信じていたのですか?」


 生き物は死ねば肉の塊だ。


「生きている者の心にしか死者は存在しない。と思う」


「なら、オカルトは幻覚だと?」


「当時、自称霊能力者は大体が脳の病気か薬物中毒で、後々治療されてたか早死にしてたしな」


 もし、脳腫瘍や神経異常が原因だったとしても、当時の俺が幽霊を見てしまったら泣いて喜んだだろう。

 物理現象の外の世界が存在するかもしれない証拠を体験できたのだから。

 では。今、それっぽいモノを視たら?

 とりあえず、ファージの介入を疑って、走査すると思う。

 夢が現実になって嬉しいのか。

 見えているモノが物理的に説明出来てつまらなくなったのか。

 心境は複雑だ。


「意外ですね。当時の人々は、神や奇跡を信じているのかと思っていました」


「いや」


 井上、インテリっぽいのにノリが良いよな、見た目で判断するのは失礼だった。


「当時、日本は例外だったよ。世界のほとんどは、人の文明に神の介入が有ったと信じていた」


「恐ろしい世界ですね」


 可美村が暗い声で呻く。

 そう見えるのか。

 俺が、江戸時代を野蛮に感じるのと同じ感覚なのだろうか?

 野蛮さで言えば、今もどっこいだよなー。

 いくら技術革新しても、野蛮さは消えない気がする。

 文明崩壊しなきゃ、平和な世界になってたのかな?

 平和な世界なんてうい理想を想像はできるけど、現実に落とし込める気がしない。


「ストレスのない社会はストレスに弱くなる。暴力の無い社会は暴力に弱くなる」


「見えないものを信じない社会は、見えないものに対処する力が弱くなるって言いたいの?」


「探求心は常に、社会の原動力だろ」


「エルフのおじいさんみたいな事言うね」


 つつみちゃんが嬉しそうに呆れている。

 俺から見たら、つつみちゃんも熱心なファージ教徒なんだよ。

 ただ、ファージに関しては、まだまだ研究途上ではあるものの、全て物理的に説明出来る。

 これは今までの宗教と違う点だ。

 ナチュラリストはそれを奇跡に戻そうと躍起になっている。

 もし、今の人類がナチュラリストに敗北すれば、それは真実になってしまうだろう。

 四大属性に神の御業、世襲貴族に肉奴隷、出来の悪いゲームみたいなアホ設定の暗黒時代が来る。

 地下市民にはもっと地上に介入して欲しい。

 スミレさんや貝塚みたいなのがいればなんとかなるのか?

 でも、都市圏は浸食されてるし、未開拓地域はナチュラリストの支配圏がどの程度なのか把握すらできていない。地下では把握してるのか?

 都市圏は、確定で勝てる力を得るまでは今の状態を維持する構えなのかな。

 でも、ナチュラリストも同じ事を考えているのではないだろうか?


 お。来たな。


「法務部の佐藤です。よろしくお願いします」


 入口に姿を見せた佐藤は動物素体で、テックスフィアを三つ浮かべていた。

 身長は小柄で、俺より少し小さいくらいだ。

 猫っぽいのだが、猫ではない。ヤマネコとキツネの合いの子っぽい顔つきをしている。犬なのか?猫なのか?

 ぴしっとしたスーツがキマッている。性別は不明だ。


「早速。亡命希望のエルフ体。救助予定でプランをお願いします」


 可美村がまとめておいた資料を送る。


「かしこまりました」


 データ流し見しながら皆にも分かるよう、スフィアで空中に表示させてプロットをテキパキ組んでいく。

 周囲を囲むモニターと同じく、データを俺やつつみちゃんに直接送りつけないという配慮だろう。


 ワイルドだな。法手続きは国際法に則っているものの、身柄確保に関しては、勧告とか交渉とか無しで武装突入一択だ。二パターンあって、隠密か強襲かまだ決めかねている。

 踏み込んだ途端、ターゲットが殺されたら元も子も無いしな。

 一通りキリが付いたのか、スフィアの操作を止めた佐藤は触毛を撫でた。

 チラッと温度と湿度を確認している。やっぱ暑いよな、この部屋。


「内部構造が知りたいですね。後、亡命希望者の現在の状態も」


 そりゃ、俺も知りたい。


「空調を二度下げてくれ。んで、監視の穴は無いのか?」


 俺が聞くと、井上が腕を組んで唸った。

「地上は見通しが良すぎて、動体検知も全域に有ります。屋上はカメラだけみたいですが」


「見せてくれ」


 大量のカメラを飛ばした力技で外観の見取り図と俯瞰図は完成している。ほぼほぼ、見た感じで不明な設備は無い。

 一応、自分でサーチかけたりはせず、スタッフに設備名を振っていってもらう。


「なんだ。水槽あるじゃん。これ材質は?」


「FRPですね。えっと、強化プラスチックです」


 よし。


「穴開けてワーム入れよう。最小サイズは?」


「井上補佐、リスト出せる?」


「径三ミリ、長さ五センチが最小です」


「十分」


「どうやってバレずにやるの?」


 つつみちゃんは不思議そうだ。


「兵装でテルミット弾かエレクトロン弾みたいなの無いか?」


「あ~」


 井上が分かったようだ。


「プロパントーチでも開くんだが、音凄いしガサばるんだよな」


「分解して最小限に加工します。兵器部門が直ぐ作ってくれるでしょう」


「断熱したワームも何匹か落として、それで断熱ドーム作る。別に断熱シートで囲ってもいいけど、持ち運びが面倒だしな。内部に侵入するワームは小型のものを。数はそれなりに揃えて欲しい」


「ワームは二種類で発注かけます」


「気付かれずにどうやって蛇口から出るの?」


 つつみちゃんはお清楚だからな。


「トイレなら絶対気付かれない」


 つつみちゃんと可美村が顔をしかめている。井上はクスクス笑っている。

 佐藤は、表情が読めない。


「トイレの取水管さえ通れば、失敗しても流されるだけだしな。天井か壁際で動かせば赤外線には反応しないだろ」


 もし反応しても視認できないから誤検知で済む。


「三十分で揃います」


 仕事が早いなぁ。


「明るい方が気付かれないだろ。屋上に見張りは出てこないんだよな?」


「ですね。今の所まだ一度も出てきてないです」


 こんだけカメラが飛んでたら向こうとしても、怖くて出てこれないだろう。


「偵察のフリして屋上に投下しよう。ワームは落としても壊れないよな?」


 可美村がスペックを確認している。


「高度三千メートルからそのまま落としても壊れないので大丈夫です」


 頼もしい性能だ。


「日が暮れると、囲っても光が目立つ。水槽の穴は日暮れ前に開けたいな」


「飛ばす機体をスタンバイさせておきます。代表に許可を取りますのでお待ちください」


 佐藤が貝塚の秘書に通話を繋いだ。

 続いてデータを提出すると、直ぐに貝塚からコールが来た。

 忙しそうだ。かなり映像処理がラグい。

 仕事モードの貝塚が出た途端、社員が一斉に硬くなるのが面白い。


「手短に言う。作戦は決まり次第決行して良い。細かい立案は作戦部を通せ。以上」


 本当に手短だった。数秒で切れた。


「偵察作戦はこの場で決めますが、突入作戦は作戦部に丸投げします。現時点での情報は送っておきます。付け足す事は有りますか?」


 まだ、特に無いな。


「ワームで探索済ませて、内部構造と人数、設備装備も把握してからだな」


「分かりました。以降作戦部と常時接続します。早速確認したい事があるそうです」


 何だろう?


 ビデオ通話にはムサくて目つきの悪い爺さんが出た。


「これは、ワームを使わないといけないのか?」


 皆が俺を見る。


「拘りは無い。適材があればそれに変えた方が良い」


 爺さんは頷くと、資料を送ってきた。


「反応薬の運搬と起爆にはフライタイプを使う。潜入には、スタンダードなメーカーで水道管とトイレの口径調べたが、もうワンサイズ大きくても通る筈だ、三タイプ用意させてもらう。この発注サイズだと稼働時間が十二分弱しか無くてな」


「他の奴の稼働時間は?」


「もう一サイズ上が三十分、一番大きいのは九十分もつ」


 見せてもらったが結構デカい。十センチのミミズは流石に目立つ。


「全部のワームを動かさずにある程度分担して牽引させれば良い。にしても、これは隠れても目立つな」


「おお。そうだな連結しよう。んー。可視光の保護色はある程度対応出来る。サンプル動画も見てくれ」


 サンプル画像と動画をいくつか見た。

 屋内が暗かったりごちゃごちゃ散らかってれば目立たないだろう。


「目立たないっ・・ちゃ目立たないが。一応、投下しておいて一番小さいので見てから決めるか」


「だな」


 映像は切れて音声のみになった。

 そういや、紹介とか無かったな。


「先ほどのは、海上作戦部の白川です」


 遅ればせながら、可美村から紹介が入る。


「ちょっと、偵察前にコーヒータイムしたいな」


 つつみちゃんがちらちら俺を見てて、話したいことがありそうだ。

 表情が若干硬い。嫌な予感がする。


「ここは飲食不可なので、一番近い休憩室にご案内します」


 おっと、案内はいらない。


「場所は分かる。すぐ戻る」


「緊急時に接続が有りませんので」


 そう言われるとなぁ。

 つつみちゃんを見たが。


「ふぅん。んじゃ、可美村さんよろしく。なんか、仕事中悪いね」


 という建前で付いてきてもらう事になった。


 休憩室に入った途端、コーヒーを入れる間もなくつつみちゃんのお小言が始まる。ドスの効いた声だ。


「言っておくけど。突入作戦に混ざるとか論外だからね」


 何故そうなる。

 可美村は目を白黒させている。

 数秒立ち尽くしていたが、慌てて聞いてないフリでコーヒーを入れ始めた。

 ここにはキッチンが無いから、エスプレッソマシンのコーヒーだ。


「よ、ヨコヤマ様はカプチーノで、ツツミ様はカフェマキアートで宜しいですか?」


「ああ。わたし、抹茶マキアートで」


「ご用意します」


 つつみちゃんの目が怖い。俺はずっと睨まれている。


「行きたいって思ったでしょう?許可なんて出ないからね!」


 それをするなんて、とんでもない!


「まさか。俺は荒事が苦手なんだ。物見遊山で後ろからついていっても、頭を撃ち抜かれるか、人質になって迷惑かけるのがオチだ」


「そうだよ!分かってるなら良いの!」


 信用していない眼だ。

 ボルテージがドンドン上がっている。

 見かねたのか、可美村が口を挟む。


「そういえば、お付きの傭兵の方が、昨日うちの防衛部門とトレーニングした時に、肉弾戦でヨコヤマ様に勝てなかったとかボヤいてましたね」


 おいやめろ。さり気なく話題変えるつもりで爆弾投下してくるなよ!

 ワザとか?!

 てか、昨日あの後遊んでたのかよ!あいつら・・・、何で俺を呼ばないんだ!


「ちょっと。可美村さん?あなたどっちの味方なの?」


 声が。怖いよ。つつみちゃん。


「ひっ?!みっ?あ。コーヒーをどうぞ。私は外で待機しています。何か有れば声をかけますので」


 逃げ足は早いな!

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