第82話 三日目 昼

 いきなり揚陸艇で近づくとか映画みたいな事にはならなかったが、調査機器を山ほど飛ばして、俺らも観察しながら意見して欲しいという事で、システム艦の情報集積室の隣にパネルを壁一面に設置してもらって、つつみちゃんや解析技師たちと籠る。


「ライヴ映像なのか?」


「勿論です」


 事前編集無しとは、太っ腹だ。


「お手間でしたら、後日編集後の映像を元に組み立て直しましょうか?」


 俺ら担当代表の可美村係長は美人だが若干棘があった。

 絶対、見た目だけで選んだだろ。

 係長補佐の井上は、つつみちゃん担当っぽい。細目のイケメンだ。

 これは誰がどういう意図で選んだ人選なんだ?

 別に、データさえ見せてくれれば人はいらないんだが。


「とんでもない。生情報の方が有難い。てっきり情報の取捨選択されるのかと思っていたから、個人的には嬉しいよ」


 殺し屋と小さい画面を睨めっこしてたのを思い出す。

 あの時とは物量が違う。

 カメラの数は七百を超え、陸海空に分けて探索する。

 発信ポイントは暫定的に判明しているのだが、まだ、貝塚としても実地調査しておらず、未踏破地域と公言されている為、安全性の十全な確認が成されてから現地に侵入する予定だ。


 函館に到着してから、無人機による下北半島上空からの偵察は既に九回行われ、今は有人低空飛行直前だ。

 上空三百メートルまで降下した戦闘機は三段階に分けて近づきながら毎回三十秒程かけて下北半島を横断する。

 攻撃を受けなければ、滑空型硬式飛行船を半島上空に制止飛行させるステップに移る。飛行船に対して敵対行動が確認されなければ、そこでようやく浜辺に近づいて有人調査だ。


「ちと待て。なんだこれ?」


 この探査機たち、可視光だけなのか?


「何か?」


「可視光以外のサーチは無いのか?」


 室内のスタッフが一斉に黙った。


「例え。ば。何でしょう」


 代表して可美村が答えた。

 息が詰まっているのか?何なんだ?


「そもそも、カメラ七百有って何で全部空中からしか映してないんだ」


「ヨコヤマくん」


 つつみちゃんから待ったが入った。


”要望頂戴”


 可美村。顔が少し青い気もするが、震えてるのか?まさかな。


”陸海空、チーム分け、トライアングル編成で目立つもの、少し目立つもの、目立たないもの、絶対にバレないものの四パターン。サーチ内容は、可視光、紫外線、赤外線、ファージ分布、全方位音波探査、あとは・・・、電磁波探査、空気や土壌、水質の成分分析、微生物やウィルスの検査、昆虫や小動物、あと有毒植物の分布。敵性生物に成りうる個体のマーキング。最低限それくらいやって欲しい”


”結構盛るね”


”優先順位は上から、出来ないモノは知っておきたい”


”りょ”


「ヨコヤマからの要望はこれです」


 バタバタ動き出すスタッフたち。

 貝塚の意図が不明だ。

 偵察を空中からの視認だけで終わらせるつもりだったのか?

 ナチュラリストの支配地域だっていわれてるのに?

 のり込んだら喰われるかもしれないのに?

 B級映画でも杜撰過ぎる。

 俺に見せるのは可視光映像だけでお茶を濁そうとしたのか?

 でも、自分の所の人員を現地派遣する予定で、調査が可視光カメラだけってのは人材の無駄遣いが過ぎるよな。


「く、空気と水質の簡易分析はリアルタイムで可能ですが、微生物とウィルスの検査は顕微鏡での目視検査も挟みますので、タイムラグが生じます」


「見られる部分で開始しよう」


 やっと始まる。

 今回のメインイベント開始だ。


「空気はファージが濃いめだけど、問題無さそうだな」


 二酸化硫黄が少し多く混ざっている。青森って火山あったっけ?


「ねー、よこやまクン。チューブがコンクリートみたいだけど、何で動いてるんだろ?」


「ん~」


 ちらっと見えたのは幻覚じゃなかったのか。直径二十メートルはある巨大なチューブが、地中から無数に生えてて、空中の高さ数百メートル辺りで半円を描いて折り返し、また地中に戻っている。太さは均一だな。

 仕組みは分からないが、回転しながらボロボロと破片をまき散らしていた。

 何かの巣なのか?

 チューブがある地域の周辺は降った破片が何度も雨で固まったのか、溶けかけた古代遺跡に見える。

 元々有った樹木や住居も降り積もった粉で殺風景に固められ、その中を蠢く存在も確認できる。

 確かに、色々とオカシイ。

 このデカいチューブはどうやって動いてるんだ?


「ちらほらいるな。人か?」


 チューブの下には人間大の小山がいくつか動いている。粉が積もっている所に足跡が見えなければ、気付かなかっただろう。

 赤外線でも周囲と同化していて見分けがつかない。

 コンクリで出来たマントでも被っているのだろうか?


「粉塵が帯電しています。チューブ周辺の飛行中のユニットは滑空に変更します」


 イケメンが俺の前にある三つのモニターに第一ポイントの周辺カメラをざっくり展開し始めた。


「うぃっす。んじゃ。一つ一つ見てくか」




 最終目的地となる、発信源は三箇所に絞られている。


 一つは、最初期にスリーパーが何回か殺された時の小細工無しの単発発信源である”早掛沼南のポイント”。ここはチューブが厚く重なっており、地表はほどんと見えない。破片の粉で煙っていて、地表付近は視界が非常に悪く、遠くから見ると常に濃い霧に沈んでいる状態に見える。

 地表から目立ちながら近づいたカメラは全て破壊された。

 地表付近は薄暗く、チューブの隙間を降下していったカメラは、可視光では砂埃でほぼ視認不可で、赤外線とファージを使った疑似表示を可視化してもらう。懐かしい。


「そだ。全域、ワイヤーフレームでマップ作りながらよろしく、生体には一応マーカー打っておいて」


「わかりました」


 チューブ地帯の内側に二十台送り込み、あっという間にそのほとんどが破壊された。慌てて戻したが、また上空に戻ってこれたのは三台だけだった。

 くそっ。もったいなかった。

 チューブの可動する爆音に紛れて微かに発砲音も聴こえたな。

 隠れてる奴らはかなり優秀だ。襲撃されるのに慣れている。


「むつ市は、何度か調べたのか?」


「当然。東北には未介入です。圏議会の許可が下りたのは今回が初めてです」


 わお。知らなかった。


「音紋も、出来るだけ調べてくれ」


 可視光のレンズは全て三百六十度視認可能だが、破壊手段は今の所不明だ。

 付近にカメラを待機させ、遠距離からの観察に移行する。フワフワ飛んでいたら只の的だ。この辺りにはバレにくいワームタイプを再度出してもらう事になった。

 下の軟らかそうな粉の中を移動すれば、見付かって壊されるカメラは少なくなるんじゃないだろうか。

 



 二つ目は、ここはかなり怪しいと睨んでいる。

 むつ市南、湾岸沿いにある旧むつ分析科学研究所跡。

 既に植物に覆われて、大きな建築物以外は緑に埋もれてしまっている。

 この辺りにある植物は、針葉樹でも広葉樹でもない、なんだろう?苔?海藻でもない、見た目スポンジ状のサボテンっぽい植生が多い。


「飛んでる粉はさっきと別っぽいね」


 珍しい風景につつみちゃんも興味津々だ。


「灰でもないな、何だろ?」


 胞子か花粉っぽいが、生きてるのか?虫なのかな?挙動がどうも風のみではなさそうだ。


 南の海上から投下された二百台ほどが周辺をサーチしている。壊されたカメラは存在しないが。海は真緑に濁って水中は見通せない。潜ったカメラに藻が大量に巻きついて動けなくなったので、水中の探索は後回しだ。

 これではスクリューもジェットも駄目だ、ぶっ壊れる。ホバーでも使わないと海上から大人数が揚陸するのは難しいだろう。


「ここの白い粉は積載機器では判別不能なので持ち帰って検査します」


「よろしく。後、地面とか、サボテンっぽいやつ。もっと寄ってくれ」


「地上に下ろします。ついでに地質サンプルも取りましょう」


「ん」


 葦の少ない見通しの良い部分を選び、降下させたら、下ろしたカメラがいきなり暗転した。

 喰われたのか?

 下ろした途端、影が覆いかぶさって通信不能になった。


「別のカメラは?」


「表示します」


 仕事は早いな。

 可美村の表示させた上空からの別カメラの映像を見ると、緑色の地面が剝がれて持ち上がり、一瞬でカメラを飲み込んでしまっている。


「あの辺り一帯全部なのか?動いている物に反応するのかな?」


 そもそも何なんだよあれ?

 この一帯、見た目は、泥炭地とか湿地帯とか、あんな感じのジメジメした沼地だ。

 所々に浅い水たまりがあり、苔生していない所はアサガオだかシロツメクサだかに覆われている。葦の枯れたのがたくさん生えているから、水場なのは間違いない。

 元々川だった田名部川付近からは外れているから、管理されなくなって随分前に堤防が決壊して沈んだのだろう。

 人の手が入らなければ河口付近なんてこんなものか。


「あの辺り何か投げ込んだり出来るか?」


「アームが持てるのは六十グラム程度ですが、浜辺の石を投げ込んでみます」


 カメラを十台使い、上空からバラバラと石を投げ込むが、反応は全く無い。


「別の場所に何台か寄せてみますか?」


 井上がサーモグラフィーでさっきの場所をグラフ化している。

 あー。さっき飲み込んだ辺りは若干温度が高い。


「生き物っぽいな。不定形なのか?」


「ソナーかけて地中も立体化します」


 ほぼ全域に何かが埋まっている。

 温度の違う構造物だか生物だかは、確認できる小さいものは十センチ程度、デカいものは地中七メートル近くまで埋まっている。


「とりあえず、この一帯には近づきたくないな」


 トラップなのか、生き物なのか。

 あえて通る事も無いだろう。


「獣道でも良いから、通った後がある部分はルート表示。生活感あったり、生き物の痕跡はその都度教えてくれ」


 指示出ししてから自分でもいくつかカメラ操作させてもらう。

 つつみちゃんと、可美村は俺と一緒の画像を後ろから見ている。

 可美村の息が微かに耳に当たる。

 この部屋、少し暑いな。


 発信源に到達したが、手入れされていないボロボロのコンクリで出来た建造物が有るだけだった。

 葛っぽい蔦の影に表札が見える。

 周囲を見ても、ドアや窓は全て植物で覆われて、出入りの形跡は無い。


「原子力研究・・・所?分析所じゃないのか?」


 三人で顔を見合わせる。


「いくつかの施設が併設されていたみたいですね。二度目の崩壊時に閉鎖されてます」


「ここは電気通ってるのか?」


「電磁波は出ています。電源施設は湾の東と、恐山の湖付近に有りましたが、どちらかが可動してここまで通電してるかもしれません。東のは範囲外ですが、カメラ飛ばして確認しておきます」


 井上は昔の地図と照らし合わせながら見ている。


「恐山付近て、三種類目の発信源の近くか?」


「そうです。例の偽装発信源のですね」


「因みに。実際、ファージによる生体通信で俺の時の通信をするってなると、電力どれくらい必要なんだ?」


 ファージ通信は遠距離だと消耗が凄い事になる。

 五百万箇所一斉に偽造ってなると、事前に準備していたとしても大電力が必要だ。


「推定で・・・、コンマ二秒としても、むつ市側で八千キロワットは必要です」


 はっせん・・・。

 そんな遠距離通信、俺でも無理だ。


「実は衛星回線使ってましたなんてオチは?」


「それは既に調査済みですが、この辺りは函館上空にある中継器を介さないと衛星に接続できません。接続履歴は有りませんでした」


 人が耐えきれる電力じゃないしなぁ。

 蓄電施設の近くから通信って事なのか?


「まぁ、いいか。分析と考察は専門家に任せよう。一通り見終わったら最後いくぞ」


 スタッフたちはまた顔を見合わせている。

 つつみちゃんはドヤ顔をしている。

 ?

 何なんだよ。




 最後、三箇所目。旧むつ市街から山間を西に入って行く。ここいらは大きな木は無く、見渡す限り白い砂で、痩せた土地だ。山崩れが何度も発生した形跡があり、礫が一面に散らばっていて、一見オブジェクトは少ないんだが、もし蓄電施設があったらここが怪しいよな。

 道らしい道は上空からは見付からない。

 古地図の道路跡も形跡はなんとなく有るかもしれない程度にしか判別できない。


「北からは入れないのか?」


「遠回りしないと巨大チューブ群の脇を抜けていく感じになるので、非常に危険です」


 それは嫌だな。

 徒歩ではなくジェットでも使えばササッとたどり着けるんだろうが、気付く間もなくスナイピングされて即死しそうだ。


「ヘリか水上艇で宇曽利山湖に着陸するのが手っ取り早いかな」


「ここ数年のスナイパーの射程は、リニアレールバレル使えばダウンフォース加味しても五キロオーバーなので、私ならチューブ地帯の縁からカモ撃ちしますね」


 井上係長補佐は過激だ。話が合いそうだ。

 エリートだから、俺みたいなクソとは、私生活では話す気も無いかな。

 ロケットやミサイルはヘリの電子兵装で防げるだろうが、大人数にレーザーや実弾で狙撃されたら確かに詰むよな。


「侵入対策してるなら、山間とか谷は予防線張られてるだろ」


「ですね。ざっと見でも、海岸からの侵入に過剰索敵されてます」


 いくつか見せてもらったら、簡易な無音鳴子から、動体検知器、ファージネットセキュリティ。ガッチガチじゃん。


「攻撃性の無いモノが多いな。この感じだとカメラも結構在りそうだ」


「固定カメラで有線だと、見付けるのは難しいですね」


 だよなー。

 踏み込んだら見つかると思った方が良い。


「セキュリティホール見付けて欲しい、上空も含めて」


「「了解」」


 可美村と井上が頷き、スタッフに指示を出していく。

 百個ほどのカメラたちが続々と湖に近づいているが、壊されたモノはまだ一つも無い。警備は厳しいのに、このチューブ地帯との対応の差は無気味だ。


「ヨコヤマ様は発信源の有人探査に積極的なのでしょうか?」


 ずっと黙って俺と井上のやり取りを見ていた可美村が口を開く。


「可能なら自分で現地に行って確かめたいな。その為に来たんだ」


 続けて可美村が何か言おうとした時。


「ッ!よこやまクン!これ!」


 湖畔に隣接する小山に住居可能な構造物が建っているのだが、まだ使われている。窓の中に人がいるのが見えた。

 昼間なのでまだ目立ちにくかったが、ライトをチカチカしている。


「悟られないようにゆっくり近付け」


 付近のカメラを進行方向や速度は弄らずにだんだん近づけていく。


「ライトは信号ではないですね。ただ、明滅させてるだけです」


「もっとズームできないか?」


「レンズ動きますけど」


 悩みどころだ。バレるかな?

 視なきゃ始まらない。


「やってくれ」


 拡大すると、大きく口を動かしている。

 女性か?薄着でボサボサの長髪だ。長い耳が、四つあるのか?


「繰り返してるね。・・・あ。う。え。え」


 つつみちゃんが画面を睨む。


「口の中見えないかな?」


 読唇術ですか?先生。


「このくらいですか?」


 画面いっぱいに女性の顔が広がった。エルフだ。

 殴られた跡があり、顔がボコボコに腫れている。治された痕跡もかなり有る。


「た。す。け。て」


 女性は後ろを振り向き、開いたドアから白い袋を被りタンクを背負った数人の屈強な男が入ってきた。

 持っていた警棒で全員が女性を殴りまくっている。

 一人がカメラを指差し、動かなくなった女性を引きずってドアの向こうに消えていった。


 沈黙が部屋を満たす。


 皆が俺を見ている。

 俺が何か言わなきゃいけないやつか?

 つつみちゃんを見ると、ソワソワしている。

 どうしたものか。


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