第81話 満漢全席

 コーヒータイムの後、甲板で体操をしているスタッフたちを尻目に、俺と貝塚は朝焼けを見ていた。

 別に何か話す訳ではなく、ただボーっと。


 雲が多く、速さの違う塊が何層も流れている。

 その隙間を縫って、太陽がちらりちらりと顔を出す。

 あれは天使の梯子とは言わないのだろうか?

 無粋なので検索はかけたりしない。


 貝塚は、船に乗っている時は出来うる限り日の出を拝むそうだ。

 その習慣は、地球上のどこにいても欠かさないらしい。


「人のベストコンディションは太陽と共にある。昇る太陽はその日の可能性を広げる活力剤だ」


 朝食前に一仕事あるらしく、また後ほど、と別れる前に貝塚がそう言った。

 このカンガルーはどこまでを見据えて生きているのだろう。


「あ!ボウズ。何で起こさねえんだよぉ。姉御に怒られただろ」


 入れ替わりにアホ二人がぶつくさ言いながら前からやって来た。


 ワザとだろ。


「良く寝ていたんでな。起こすのが可哀そうになって」


 ”あぁん?”とかガンくれているが、多分命令されてこんな感じにしているんだと思う。スミレさんの指示だろう。

 実際、こいつらは今まで何度も命を救ってくれたし、今着ているアトムスーツは二十四時間モニタリングされている。

 俺の反応。貝塚の反応。両方とも調査分析している。

 二ノ宮としても、俺の一挙一動にヤキモキしていると思う。

 スミレさんへのデータ送信は、しているかは分からないが、俺が貝塚に浮気しないか細かくレポートを取っている筈だ。

 もしかしたら、上に衛星か偵察機でも飛ばしているかもしれない。

 理由は、俺がどうこうというより、貝塚に舐められるとムカつくとか、そういう理由じゃないだろうか。

 どうせそっちにはなびかない。と余裕を見せつつ、俺がコロッといかないか細心の注意を払って観察している。

 こいつらは、その辺り詳しく指示されてるんだろうか?

 知らないフリして煽った方が良いのか?


 まぁ、確かに。

 この下にも置かないVIP対応だと大抵の奴はホイホイされてしまう。

 もしかして、何度もこういう手で敵対企業の資産を奪ってきたのか?

 青森に何があるのかは分からないが、相当自信はあるのだろう。

 でも、他のスリーパーは殺されて、俺は助けられた。

 この違いは何だったんだ?


 ここに来る前の電車の中で資料を見せてもらったが、確かに手段こそ違えど”通信によって殺された”と判別できる内容だった。

 資料が真実なら。の話だが。

 死因は、DOSアタックっぽい事で脳を壊されたり、偽データで罠に嵌められたり、多種多様だったが、一貫して殺意に塗れた通信だった。


 俺の時は確か・・・。

 バタバタしている時に、いきなり視力加速のログが出た。

 ログの通信履歴は、青森のむつ市経由で関東の複数個所からの同時発信。

 通信はファージネットワークを介しているので、東北のナチュラリストたちには完全に察知された通信だ。

 緊急で俺を助けますよ。とエルフたちに伝えたとも捉えられる。

 その場では助けると見せかけて、間接的に俺の首を絞めたかったのか?

 この怪しい通信自体、連続殺人だとしても、始めの方で殺されたスリーパーの何回かはむつ市からの直通だったと書いてある。三回ほど前の通信から、アドレスの偽装が始まって、今回はとんでもない量のアドレスからの一斉発信となっていた。

 さいたま市付近の五百万か所から。

 二ノ宮はこのアドレスを全部調べたそうで、全て白だと言っていた。

 これは、それだけのアドレスを一斉処理できる設備か人がむつ市に存在するという事だ。

 今の俺とかサワグチクラス以上の隠遁しているスリーパーなのか。地下市民の設備なのか。

 もうすぐ分かるんだ。

 考えても仕方ないな。




 夕暮れの函館港からは肉眼で大間が見えた。

 山影が薄っすら見えるのだが、蔓だか蛇だか、実物大だと太さ数十メートルはありそうなチューブ状の物が下北半島の一部に蔦状に巻きついてゆっくり動いている。

 目の錯覚だろう。

 地球上の重力ではありえない。


 下船して市内のホテルでささやかな立食パーティーの筈だったが、秘密訓練という名目を函館市が誤解してしまったらしく、震えあがってしまい、市を挙げての祝賀パーティーを準備し始めていた。

 そりゃ、この大艦隊がアポ無しで来たらビビるよな。

 函館の港運会長が泡を吹いて倒れたとかで、停泊船舶の整理が進まない為、港にも入れず襟裳岬沖合で足止めとなっている。

 函館に近づくと海流が荒いのでいざという時対応が鈍るから、という事だが、それも函館市の不安を煽っている。

 このアクシデントは予定外なのか、予想内なのか、判断に迷う。


 俺が起きていた当時、空母打撃群が最大戦力を発揮するには、高速で海上航行している必要があった。

 戦闘機の離発着は高速航行中の方が難易度が低いからだ。

 だが、今の時代はそんな必要は無い。

 全ての艦載機が垂直離発着出来る。

 それより、航行には防衛面での必要性がある。魚雷や潜水艦対策には移動していた方が低コストだ。

 希少資源の大部分を地下に頼っている現代、たとえ魚雷一つでも、動いて避けるか迎撃するかでコストは違う。

 最近の魚雷は、誘導システムが発射から到達までに七段階くらいステップがあり、ハッキングされても良いように誘導装置を二十種類くらい積んである物が主流で、見付かる前提で超遠距離から音速の半分に近い時速六百キロもの高速で海上を跳ね飛んでくる”飛び魚弾”がよく使われる。これは対艦ミサイル対策が進んだ結果生まれた超高速魚雷で、ハッキングされようが、海が荒れてようが、誘導を無力化したとたんオフライン化して、そのまま直進、衝突して破壊する、たちの悪い兵器だ。

 艦載砲だと、弾道計算しないと水平線より遠くには当てられないので、気付いたら直ぐ近く。という訳だ。

 撃ち落すか避けるしか無いのなら、当然避けた方が良いだろう。

 海賊が船尾狙いで小型高速艇から時々撃ってくるので、隠れ場所の多い陸地付近では特に警戒が必要となる。

 兵装に関しては、俺はこの時代ではレコードから入手出来る素人知識しか持っていないので、軍需コングロマリットと名高い貝塚グループの空母打撃群にどんな物がどれくらい積まれているのかは、想像がつかない。


 現在の北海道は、北半分がナチュラリストのテリトリーで未開拓地域だが、南半分は日本の数少ない農耕地だ。

 現代の潮目となっている千島や根室沖を中心とした漁業も盛んで、地下から上がってこない魚介などの都市圏への供給の一旦を担っている。

 そして、その中心となる函館港の海運シェア五割を占める貝塚は、実質函館の支配者だ。

 現在午後八時、その支配者を歓待すべく、函館が誇る五稜郭ホテルの第一ホールは満漢全席で埋め尽くされている。

 そう、満漢全席だ!

 あれから三時間でここまでやったのなら、流石と言う他無い。

 貝塚は、本当に一休みの為だけに寄ったのだが、函館港側としてはそうはいかなかった。

 貝塚の主だった職員と、打撃群の広報担当がゲストで、ホスト側は港湾職員と五稜郭駐屯部隊の兵站部が主導していた。

 因みに、俺は今回の訓練に初参加している派遣社員代表という名目だ。

 なんだか、スパイになった気分だな。


 このホールを埋め尽くす山海の幸はほとんど地上産らしい。

 素晴らしい。

 本来の満漢全席は日本人の好みに合わないものが多いから、皿の種類はかなりアレンジされている、なので再現率は低い。

 味は。

 美味いものばっかで胃袋がたくさん欲しい。

 あれもこれも食べたいが、口惜しい。

 喉まで詰め込んで苦しいのを堪え、壁際の長椅子に腰掛けて、まだ手をつけていなかった皿たちを眺めていると、あいさつ回りが終わった貝塚が近づいてきた。


「そう恨みがましい目で見るな。誤解されるぞ?」


 面白くて仕方がない様だ。哀れなガキを見てニッコニコしている。


「欠食児童が涎を垂らしているだけだ。誰も不審には思わない」


「わたしが何故、キミと話しているのか。誰もが不思議に思うだろう」


 畜生。逃げときゃ良かった。

 開き直ろう。


「どうせいつかはバレる。誤解したい奴にはさせておけばいい」


 俺の答えに満足したのか、貝塚は重々しく頷いた。


「お気に召しませんでしたか?」


 眼鏡で背の高い黒スーツイケオジが近づいてきた。

 近くの席で皿を見回りつつ、俺に近づくタイミングを窺っていたのがバレバレだ。場違いなガキが何者なのか気になっていたのだろう。

 こいつ誰だったっけ?兵站部のゼネラルマネージャーだっけか?

 貝塚が声をかけたので我慢できなくなったのかな。

 好奇心はなんとやらだぞ、イケオジ。


「棚ボタとはいえ、函館の手腕には感心するばかりです。末席ながら楽しませて頂いた上で大変勉強させて頂いております。どれも都市圏では経験したことのない美味しさで、胃袋が幾つ有っても足りませんよ」


 居住まいを正し、お腹をさすりながら丁寧語で苦笑いすると。

 俺の立場を察したのか、満足気に微笑んだ。


「本来、満漢全席とは何日もかけて食したと言われています。今日一日で函館の美食を満喫する事は難しいでしょう。内地では堪能出来ない時間をどうぞごゆるりと」


 俺への興味は失われたようだ。

 貝塚と話したいのかと思ったが、料理の感想を軽く聞いただけでそそくさと消えてしまった。そうとう怖がられているんだな。


「傲岸不遜が売りなのではなかったのかな?」


 姿勢はそのままだが、肩を震わせている。

 ウケを狙った訳では無いんだけどな。


「俺はいつだって慇懃を心がけている。それに」


「うん?」


「ガキはガキらしく、小生意気な方が得らしいぞ?」


 ちょっと偉ぶって鼻を上げる。


「どういうメリットかね?」


「どいつもこいつも、皆侮ってくれるので楽だ」


「あまり笑わせないでくれ給え。クールビューティで通ってるんだ」


「真実とは得てしてユーモラスなんだよ」


「かもな。腹がよじれる前に、わたしも少し味を見てこよう」


 エビを皮ごとバリバリ喰う貝塚とか見てみたかったが、体調不良を理由にその場を退散した。長居は無用だ。

 ここは良い匂いだが、トラブルのにおいも充満している。

 あ。つつみちゃんにお土産持って帰ろう。

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